第7話 伝説の黄金獣
「おはようシバタ!」
翌朝、割れんばかりの大声でトゥリンが起こしに来る。
「……うっ、寒っ」
よく見ると俺は布団の端に追いやられていて、布団の真ん中にはサブローさんが大きく伸びてる。
「サブローさんに布団を譲ってやるなんて、シバタは何て優しいんだ!」
「はは……」
おかしい。昨日、夜寝る時に「サブローさんのベッドはこっちな」ってわざわざ部屋の隅に座布団を敷いてサブローさんの寝床を作ったのに……。
俺は布団の上のサブローさんを退かし、立ちあがった。
トゥリンは昨日と同じ麦飯のおかゆと丸薬を差し出す。
「これは今日の分の薬だ。忘れずに飲むように」
そういえば、毒に侵されてたんだった。もうすっかり体も軽くて気分もいい。
「ありがとう。大分具合はいいよ」
「それは良かった。でも念のため薬は飲むんだぞ」
続いてギルンもやってくる。
「おはよう、調子はいかがかな? これはサブローさんのエサだ」
大量のキャベツと人参を置くギルン。サブローさんはムシャムシャと生のキャベツにかじりついた。
コキコキと首を回す。
だいぶ体の調子も良くなってきたし、そろそろここを立つかな。
というか、魔王とかいうのはどこに住んでいるんだろう。
俺はトゥリンとギルンに尋ねた。
「なあ、聞きたいんだが、魔王とかいうのはどこに住んでるんだ?」
「魔王?」
キョトンとするギルン。
トゥリンは眉間に皺を寄せる。
「確か鬼ヶ島とかいう島に封じられたんじゃなかったっけ? 随分昔に……」
鬼ヶ島か。何だか日本昔ばなしみたいな名前の島だな。
「そうか。じゃあその鬼ヶ島というのはどこにあるんだ?」
「それは知らない」
首を振るトゥリン。まぁ、島の名前が分かれば、あとは地図で調べればいいか。
「それよりも、村長が調子が良くなったら話を聞かせてほしいと言っていたぞ」
思い出したようにギルンが言う。
「その時に村長に聞けば何か分かるんじゃないか?」
「村長か」
エルフの村長。どんな人だろう。
ヒゲを生やした仙人みたいな老人を思い浮かべる。
「分かった、それじゃあ今日にでも村長に会いに行こう」
もしかしてエルフの村長なら鬼ヶ島や魔王のことも知っているだろうか?
◇◆◇
「あれが村長の家だ」
トゥリンが集落の端にある一番大きな木造家屋を指さす。
「村長、シバタを連れてきましたー」
トゥリンが村長の家の戸をノックすると、中から低い女性の声が聞こえてきた。
「入れ」
緊張しながら中に入ると、中には椅子に腰掛けた二十七、八歳くらいの外見の美女がいた。
艶やかになびく絹糸のような銀髪。
その気品、優雅な佇まいは、まるでロシア貴族が飼っていたという大型犬・ボルゾイのようだ。
この人が村長なのか?
「ようこそ。
マルザ村長がうやうやしく挨拶をすると、髪をサラリとかきあげた。
さすが不老長寿と言われるエルフ、歳をとっても美しい。
「シバタです。こっちは柴犬のサブローさん」
俺が挨拶をするとサブローさんはキリッとした顔で座布団の上にお座りする。トゥリンは緊張した面持ちでその横に据わった。
「そうか、これが噂の獣か」
マルザ村長が脚を組み替える。スリットの入ったロングドレスからチラリと美脚がのぞいた。
「噂通り神々しい獣じゃ」
いや、ただの犬なんだけど。
マルザは美しい切れ長の瞳でじっとサブローさんを見つめた。
「
「伝説の黄金獣?」
「昔、魔王を封印した伝説の勇者がいたのじゃが、その勇者が連れておったという獣のことじゃよ。もう千年も昔のことになるかの」
そういえば、ミアキスがそんなこと言ってたな。
「マルザさんはその勇者に会ったことがあるんですか?」
「いや、エルフの寿命は約千年。当時のことを知るエルフはほとんどいない。妾も母親から話を聞いただけじゃ」
「そうなんですか」
「母親の話によると、その伝説の獣は見た目はキツネそっくり。じゃがキツネとは違い手足は白く、体はがっちりとしており、くるりと巻いた尾をしていたという」
確かに、サブローさんはその特徴に当てはまる。というか、柴犬そのものだ。
「そのリンゴ」
すると、マルザ村長は俺たちの目の前に置かれたフルーツの盛り合わせを指さす。
「立派なリンゴじゃろう?」
「? は、はい。真っ赤で美味しそうです」
「そうじゃろう。じゃが、言い伝えによると、昔この地には小さくて酸っぱく、ボソボソしたリンゴしかなかったのだという」
皿の上のリンゴをじっと見つめるマルザ村長。
「そうだったんですか」
「ああ。じゃが、幻の黄金獣がこの地で糞をしたところ、糞から真っ赤で大きく甘いリンゴの実がなる木が生えてきたのだそうじゃ」
「は......はあ。そんな伝説が」
「今ではこの地のリンゴは『エルフ林檎』として人気を博していて、資源の少なかった村にとっては重要な収入源となっているのじゃ」
「なるほど」
それでエルフたちはサブローさんのウ〇チを有難がっていたのか。納得だ。
他にもマルザ村長は、村に伝わる勇者様や黄金獣、お供のエルフの話をいくつかしてくれた。
伝説の黄金獣がゲロをしたところから麦が生えてきたこと。
伝説の黄金獣のウ〇チからは、黄色くて丸い未知の芋が生まれ、その芋はのちに「ジャガイモ」と名を付けられたこと。
「この世界にジャガイモが誕生した瞬間じゃ」
「な、なるほど」
そこで俺は、思い切って切り出してみることにした。
「実は俺は、その勇者の生まれ変わりと言われているんです」
「ほう?」
俺は異世界から転生してきたこと、女神によると勇者の生まれ変わりらしいことをマルザ村長に話した。
「なんと」
目を見開くマルザとトゥリン。
「それは伝説の勇者確定だな! まさかシバタがそんな凄い奴だったとは。やはり私の目に狂いは無かった」
トゥリンがキラキラした瞳でこちらを見てくるので、慌てて訂正する。
「いや、まだ確定では」
「そうじゃな。妾も信じたいが、まだそうと決めるのは早い。女神も確率は六割と言っておったのじゃろう?」
「えーっ、そうだけど……よく見ろ、なんとなく勇者っぽいだろ!」
トゥリンが適当なフォローをする。何となくってなんだ。俺に勇者らしさなんてゼロだぞ。アディ〇スのジャージだし……。
すると急にサブローさんが真剣な顔をしてスッと立ちあがった。
「ん? どうした?」
「その獣、妾に何か言いたいことでもあるのか?」
マルザ村長はゴクリと息を呑む。
サブローさんはマルザ村長に背を向けると、外に向かってグイグイと縄を引っ張っていく。
「どうした、サブローさん!」
俺たちはサブローさんについて外に出た。
クンクンと迫真の表情で木の匂いを嗅ぐサブローさん。
「な……何じゃ!?」
俺たちが固唾を飲んで見守っていると、サブローさんはサッと足を上げ、勢い良くオシッコを引っかけた。
「なんだ、オシッコか」
「おお、黄金獣様の黄金水!」
「私にもそのお聖水をかけてください!」
どこからか集まってくる野次馬エルフ。
サブローさんは近くの木に順番にオシッコをかけていく。その度エルフたちが木の周りに群がった。
「あのポーズは!!」
「まさか伝説の!?」
今度はサブローさんはおもむろに地面にしゃがみこむ。
サブローさんがいきみだしたので、俺は慌てて麻袋からシャベルを取り出した。
「見ろ、黄金のシャベルだ!」
「なんと神々しい。やはり黄金獣は格が違う!」
サブローさんが出したウ〇チに群がるエルフの人々。
ザッザッザッ。
が、ウ〇チをしたサブローさんは、後ろ足でウ〇チに砂をかけ始めたので、エルフたちは慌てて立ち止まる。
「わっ!」
「ゲホゲホ」
巻き起こる砂埃。
俺は砂埃が収まってからサブローさんのウ〇チを拾おうとした。
すると観衆が突然ザワザワとし始めた。
「おい、あれを見ろ!」
「何だあれは!」
見ると、サブローさんが掘った地面から金色に光る何かが出てきた。
「何か出てきたぞ」
「何だ? 金貨か?」
シャベルで掘ってみると、そこから出てきたのは黄金の装飾を施した立派な剣だった。
「それは!」
マルザ村長がすっ飛んでくる。
「知ってるんですか?」
「あれは、妾の母親がチャンバラごっこをしているうちに無くしてしまったという伝説の勇者の剣!!」
伝説の勇者の剣!?
--------------------------
◇柴田のわんわんメモ🐾
◼マーキング
・犬が電柱や塀などに片足を上げてオシッコをかける行為をマーキングと言い、自分の縄張りを守るために本能的に行う。犬はオシッコの匂いを嗅ぐことで、マーキングした犬の年齢や性別、健康状態を判断していると言われている
◼ボルゾイ
・長い手足と
・元々狼狩りに用いられた犬で、昔はロシアの王侯貴族しか買うことが許されていなかった。非常に足が速く時速50kmで走る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます