ダークエルフの里で迎える夜に。

 シルヴァードの許可の下、王都を発った飛行船。

 といっても一隻だけの行軍ではなく、計三隻の大型――――それも新型での行軍だ。

 作戦の遂行にあたって隙が生じぬよう、中に乗った人員に限らず飛行船もかなり気を遣って選定されていた。



 王都を発ってから数時間後、イスト近郊にある軍が保有した敷地にて。

 ここはつい先日、アインがブラックフオルンの中に隠れていたリッチを暴き、すぐに飛行船に乗り大本を討伐に向かったきかっけの場所だ。



 ここに今日、厳重に護衛されてやってきた一台の馬車がある。その馬車は、ダークエルフの王子としてイシュタリカにやって来て、結果的に王女であるとバレてしまったルギスを乗せている。辺りには彼女が里から連れてきた同族も馬に乗って同行していた。

 彼女はそこで、ある人物たちと顔を合わせる。

 停泊した飛行船を降りたロイドとカインの二人だ。



「あ、あの――――」



 馬車を降りた彼女がロイドとカインの近くに歩を進めて口を開いた。



「ん?」


「……ああ、その方が例の王女か」



 ロイドにつづき、カインがルギスに目を向ける。

 すると、ルギスは息を呑まされた。イシュタリカが誇る元帥ロイド・グレイシャーその男の姿ともう一人、彼女がまだ名を知らぬカインの更なる覇気……というのだろうか。凄みに思わず足を止め、いったい何者なのだろうかと閉口する。



「カイン殿、私が」


「そうしてくれ」



 ロイドがルギスの眼前へ行き、軽く頭を下げて挨拶を交わす。これが相手を軽んじず、かといってイシュタリカとの関係性を鑑みて下手に出ない気遣いだった。



「お初にお目にかかる。私はロイド・グレイシャーと申す。陛下より元帥を預かる身にございます」


「あ、ああ……私はルギス。この度は何とこちらから頭を下げればよいものか……」


「ご安心を。陛下をはじめとした王都の皆々も、そちらの事情は聞き及んでおります。こちらとしても、そちらの氏族のしきたりを尊重して参れればと」


「……本当にそう、陛下が仰ってくださったのか?」


「はっ。しかしながら――――以後はどうか我らを信用してくださればとも」



 言葉は優しくとも、今後はあのようなことが無いよう気を付けてくれ、と暗に告げれば、ルギスもその意図を汲んで頷いた。



「陛下のお言葉に感謝する。また、今度の作戦においても同族の避難などの作業に協力させてもらう。私もそれを惜しまない」


「そう言っていただけるとこちらも心強い。同じ大陸に生きる者として、是非に」



 一応、ルギスがイシュタリカに来た理由はアインを見定めるという理由だった。

 そこには彼女が自らを犠牲にして同族の安全を買うという、古典的な価値観によるものもあったのだが、アインは気にするなと言ったためそうはならない。これでもイシュタリカの庇護下に加われることは決まったも同然なのだが、ルギスは迷惑をかけた身だ。

 より一層、彼女は自分が成すべきことに真摯でなくてはならない。



 ――――それが、今回の作戦に同行することだ。



 ルギスが帰らないうちに作戦行動を行うことに対し、宰相ウォーレンは思うことがあった。

 万が一にもイシュタリカがルギスを人質にしたと思われてはならない。そう思うダークエルフが一人でも現れることを嫌い、彼女に同行してもらうことに決めていた。



 とはいえ危険が伴う。作戦行動があるのにかかわらずルギスを連れて行くことにも不満を抱かれる可能性があった。

 しかし、そこは万全の体勢だ。ロイドやカイン、マルコに飛行船が何隻もいる。

 イシュタリカが示す本気はダークエルフを軽んじていないことを証明づけるだろう。外に出たことがないダークエルフたちも、作戦行動中にそれを骨の髄まで理解するはずだ。



「…………」



 ふと、



「む? どうされた?」


「すまない。……先ほど、ロイド殿と話をしていた御仁があの方に似てると思ってしまい……」


「あの方……誰のことでしょう?」


「王太子殿下だ。つい先日、私がお会いしたあの方と、あちらの御仁が不思議と似ている気がしてな」



 すると、ロイドは微かに笑った。

 理由を口にする彼は誇らしそうだった。



「あのお方はカイン・フォン・イシュタリカ」


「……で、では王族のお方だったのか。もしかして、王太子殿下の兄君なのか?」


「いや、ご先祖様ですぞ」


「――――ご先祖様?」


「色々あるのです。この話はイシュタリカの建国史とハイム戦争に触れなければならないので、立ち話に這向きませんな」



 ここで語るには時間がなさすぎる。だが、幸いなことにルギスの下へそれを説明することを可能とした者と、その時間をもたらす燕尾服のデーモンが訪れる。



「ロイド殿、出発の準備が整いました」



 やってきたマルコはそう声を掛けて、早速ダークエルフの里近くの駐屯地へ向かおうと口にした。

 ここでルギスの世話などはマルコに引き継がれる。彼に案内されて飛行船の中へ歩を進めたルギスはその中にある最新技術に驚きつづける。



 部下たちと別の部屋に通された彼女は、豪奢な一室に置かれたソファに腰を下ろす。



「ルギス殿にはこちらで過ごしていただきます。作戦行動中はメリナス殿のお傍へ行っていただけますし、我らの駐屯地で安全をお約束いたします」


「ああ……すまない。何から何まで世話になる」


「お気になさらず。同じイシュタリカの民になる方たちに対し、このくらいのことはさせていただかなければ」



 好々爺然とした笑みを浮かべたマルコ。

 二人がいる部屋にマーサが入室したのは、その後すぐだ。彼女はロイドが作戦を指揮することに加え、ルギスがいることもあって世話係として同行を直談判していまに至る。

 王都に残してきたクローネのことは心配だったが、彼女のことは給仕の序列で最上位にあるベリアが請け負った。

 マーサとしては自分がまだベリアに劣ることを承知しているため、安心して任せることができるのだが、それはそれとして自らの実力不足には悔しさを覚えた。



 ……それはさておき。



 小柄な給仕のマーサはこの部屋にやってきてすぐ、マルコとルギスに茶を淹れた。

 普段ならそうしてすぐに去る彼女が近くに控えていた。今日はルギスが緊張し過ぎないよう、同じ女性として残ることにしていたから。



「マーサ・グレイシャーと申します」


「グレイシャーと言うと、ロイド殿の血族なのか?」


「いえ、妻でございます」


「つ、妻――――!?」


「ふふっ、久しぶりのご反応をありがとうございます」



 昔はアインもルギスに似た反応を示したことがある。そのときはマーサの眼前ではないが、後に話を聞いたマーサは笑っていた。



 その後、ルギスの緊張をほぐすべく話がつづけられた。

 取り留めのない話から、ダークエルフたちの暮らしぶりなど。

 ルギスは話していくうちに緊張がほぐれたのか、口調も少しずつ変わり、頬にも自然な笑みが浮かびつつあることがわかる。



 飛行船が空にいたこともいつの間にと思ったくらい、リラックスしていた。

 ルギスはおもむろに「あっ」と呟き、思いだしたように尋ねる。



「聞こうと思っていたのだ! イシュタリカの建国史とハイム戦争の関係を教えてほしいっ!」


「でしたら、マルコ殿がお話するべきですね」


「――――ええ。では、僭越ながら」



 古き時代、マルコが旧王都の騎士となった頃にまで遡る。

 赤狐という敵が現れたことで、楽園が崩壊したことから詳細に語った。



 そこに添えておくと、決して機密を語っているわけでも民に語るべきではない話をしているのではない。マルコの口から詳細が語られていることは違いないが、イシュタリカの民も魔王大戦の話はすでに知っており、時折、王家から発信される情報で少しずつ、少しずつ多くを理解しているからだ。



「そ、それでどうなったのだ!?」


「初代陛下はカイン様とシルビア様――――アーシェ様のお傍を離れ、この大陸を旅された。あるときはエルフの里を救い、旅するドワーフたちに安息の地をお与えになりました」



 そして――――



「赤狐の暴走、、により、アーシェ様もまた暴走に追い込まれたのです」



 一瞬、マーサは赤狐の暴走と言う言葉に首を捻った。

 そんなことがあっただろうか、と疑問を抱いたのだが、話の邪魔をしてはと思い、またイシュタリカの建国を自分より知るマルコの言葉を遮るのは無礼と思い閉口したままだった。



「私はカイン様とシルビア様のお二人と協力して、アーシェ様の暴走と魔王軍の動きを内側から抑えるために尽くしました」


「すごい……マルコ殿たちも英雄だったのだな……!」


「……おやめください。お二方はいざしれず、私は何もできず魔王城に残っただけの身ですので」



 マルコの自嘲した声と切ない表情。

 彼はすぐに頭を振ってつづきを語った。



「やがて魔王大戦が本格的にはじまり――――そして――――いつしか初代陛下が――――」



 長い昔話をルギスは瞳を輝かせて聞きつづけた。

 魔王大戦の苛烈さを耳にして涙すれば、魔王大戦を締めくくる初代国王とアーシェの戦いを聞いて再び涙する。

 ぐずぐずと鼻を鳴らす彼女の感受性の豊かさを前に、マルコは「そしてハイム戦争に至ります」と話し、あの戦争の多くを語り聞かせた。

 すると、もはやルギスはぼろぼろと涙を流すばかりである。



「ぅ……すごい……その末裔があの王太子殿下だったのだな……」


「いかがでしたか? これがルギス殿も生まれた大陸の物語でございます」


「わからない……こんな気持ちになるのははじめてだ……そ、その……私は愚かな先祖のようになりたくないとだけ考えてきたから……そんなすごい話があるとは知らなくて……」



 ハンカチで涙をぬぐうルギスを傍目に、マルコとマーサが視線を交わすことで意識を共有する。

 この子、いい子で真面目ですね――――と。



「マルコ殿とマーサ殿が羨ましい……仕える身として、それほどの誉れはないだろう……」


「おや? 王族として育てられたルギス殿もそう思ってくださるのですか?」


「もちろんだ! というか私も母も、仕える者として育っているのだぞ。神樹は自然が我らにもたらした尊き存在だから、共生する私たちには従者の側面もあるのだ」


「ふむ……だから我らが神樹の存続に手を貸した際、あれほど喜んでくだったのですね」


「ああ。故に我らは王族に多大なる恩を感じ、母と共にこの先どうすべきか考えたのだ。……なのに性別を偽るなど……先ほどの話を聞いてからはもっと強く後悔している……」



 すると、ルギスが思い付いた様子で口を開く。



「私も……二人のように尽くしたい」



 まだ泣きべそをかきながら呟き、マルコとマーサを驚かせた。

 実際、彼女が生まれたダークエルフの里がイシュタリカに参入するなら、ある種、自治区的な側面はありながらもイシュタリカの民になる。

 その王族に生まれたルギスがいまのような言葉を口にすることは、大きな意味を持つ。

 彼女がまだ未熟な王族だったことと、閉鎖空間で育った王族だから故の素直な言葉なのだろうが、それはそれとして気持ちは伝わる。



 ここでマルコたちが何かを確定づけることは許されないが、



「――――すべてが終わり次第、ルギス殿とメリナス殿の口から陛下にお気持ちを伝えるとよいでしょう」



 と、希望を滲ませた言葉を告げる。

 それを聞いたルギスは泣きはらした瞳を輝かせ、「ああ!」と元気に頷いた。



 彼女の姿を眼前に収めたマルコは穏やかな笑みを浮かべながら、ルギスの苦労を悟る。

 過去、同じ王族たちが犯した罪といまに残る影響を思えばこそ、立派に里を率いる彼女にとって対照的なイシュタリカ建国史という英雄譚は、それこそ輝かしい物語に思えたことだろう。




 ◇ ◇ ◇ ◇




「それで、作戦は?」



 操舵室にて話すカインとロイド、エオーラの三人。

 いま、カインの言葉をきっかけに操舵室の中央にある大きなテーブルの上に、エオーラが用意してきた紙がいくつも並べられた。

 ついでにロイドがダークエルフの里の地図を並べたところで話が進む。



「私が説明してもいいのです?」


「ええ。エオーラ殿に是非」


「任されたのです! では早速なのですが……ええと……あ、これなのです! ここには王太子殿下も足を運ばれた研究所調べが書いてあるのです! 神樹の情報と一般的な木の根と、あと、周辺の地形などを比較した結果による、神樹の根がどの範囲に伸びてるかの予想なのです!」



 エオーラが饒舌に語った情報は、神樹の木の根に侵食してしまったと推定される魔道具の流れを事前にある程度予測するためのものだ。

 それがなければ、地下にある層から広がった魔道具の影響を取り除くことは難しい。

 が、その難しさは以前として変わっていなかった。



「――――細かく、そして広いな」


「はいなのです。カイン様が仰ったように、神樹の根は最低、、でもこのくらいは広がっている、と思っていただきたいのです」


「最低でも、ということはこれ以上の可能性もあるのか?」


「……あると思われる、って書いてあるのです」



 カインは肩をすくめ不敵に笑う。

 厄介だと思ってはいるが、そこに怯んではいない。

 むしろ、望むところだと思っていた。



「カイン様、我々が問題に思うのはそれらの根に対し、どのようにして影響を取り除くべく動くかですな」


「地中深くの根に対し、力をどのように届けるかだろ?」


「はっ。その通りでございます」


「そんなの、根に触れていればいいだけだろうに」


「……と仰いますと?」


「当たり前だが根と根は繋がっており、すべては本体の幹を通じている。ということは、いずれかの木の根に触れてさえいれば、事実、勝手に動く魔道具に触れているも同然だ」



 カインは抽象的な言葉を口にした後にエオーラを見た。

 エオーラは一瞬、カインの凄みに気圧されかけたが、彼女も国を捨てた王族が残したものを破壊したいという願いが強い。また、そのために鉄の国が培った技術を生かすべく気を取り直す。



「自立型の魔道具が勝手に成長をつづけ、根にその力を伸ばしているんだったな?」


「間違いないのです」


「それはつまり、世話をされていない大自然の中で伸び続けるツタも同然か?」


「カイン様が言うツタを例にすると、鉄の国の国賊が残した魔道具は更に厄介なのです。時間が掛かっても神樹を枯らす目的にのみ特化した成長しているので……」


「なるほど。ところでその魔道具が伸ばした力は、どんな形で残されていると思う?」


「地中の土や石を魔道具の力で加工した、人工的な腕を地中で根の全体に伸ばしていると思うのです」


「ああ、そんなことだろうと思っていたが、それなら楽だな」



 ここでカインは、先ほどロイドに話した件に話を戻す。

 根に振れていれば十分だということの真意は思いのほか単純で、



「エオーラが地下の魔道具をいじくってる間に、俺はそこから伸びたすべてに対して幻想の手を伸ばす」


「げ、幻想の手ですと!? 確かにあれなら使用者の気持ち次第で大きさを変えたと思いますが……ッ」


「巨大な神樹が地中に這わした根に対しても、同じく広げることができるか気になるのか?」


「はっ――――恐れながら、それほどのことが可能なのですか?」



 するとカインは当たり前のように口を開いて「ああ」と短く答えた。

 その答えに頬を引き攣らせていたロイドに対し、カインはその顔に涼しげな笑みを浮かべ、男性的な色香を纏った流し目を向ける。



「アインならもっとだぞ。死ぬ気でやれば、この大陸中に伸ばせるかもしれないな」


「ははっ……そんなまさか……いくらアイン様でも……」


「まぁ、俺も割と冗談で言ってる。しかし言っておいてなんだが、もしかしたらできるのではないか? と思う自分もいてな」


「ですな……実は私もです」



 取り敢えず、神樹が地中に這わせた根くらいなら問題ない。

 カインがそう言い切ったので、作戦を遂行する際にはエオーラとカインの二人が中心になるだろう。

 ロイドをはじめとした騎士たちは、ルギスにメリナス、その他のダークエルフたちを守るために尽力するのが最善である。

 多少は現地で状況が変わるとしても、この大前提は覆らない。



「怖くはないか?」



 カインがエオーラに問いかけた。



「当然なのです!」



 すると、エオーラは鼻息荒く言う。

 小柄な彼女が胸を張る様子は可愛らしく、操舵室にいた者たちが一斉になごんだ。



「国を捨てた男に私たちの技術を示すとともに、その馬鹿者のケツを私が拭いてやるのですっ!」


「はっはっはっ! 随分と立派な元王族じゃないか! 気に入った! 仕事が終わったら魔王城の近くを案内しよう! 近くの洞窟にはまだまだ希少な鉱石が眠っているぞ!」


「ほ、ほんとなのですか!? ありがとうございますなのです!」



 こうして時間は過ぎていく。

 ダークエルフの里の近くにある駐屯地まで、あと数時間であった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ 




 飛行船がダークエルフの里に着いたのは、深夜になってからだった。

 深夜もするべきことは多く、特にメリナスに対しロイドの口から作戦について共有する必要があった。話を聞かされたメリナスは、色々なことに困惑していた。

 娘の性別を偽っていたこと、またリッチが現れてひと悶着あったことを聞き、くらっと意識を失いかけた。

 だが、娘のルギスに多くを聞いて気持ちを強く持ち、ロイドの指示に従うことを約束した。



「事は迅速を貴びます故、ダークエルフの皆様には早速避難していただきたい」


「わかりましたわ。私とルギスも民に知らせ、皆様方が用意してくださった場所へ移動します」



 深夜にもかかわらず、ダークエルフの里に多くの松明が火を灯される。

 寝惚け眼の民が散見されるが、皆が神樹にかかわる大事と聞いてすぐに目を覚ました。

 神樹のふもとに暮らす民たちもまた、急いで荷物を少しだけ持って騎士に従う。



「急げ! 森のために早く!」


「神樹を助けてくださる! 我々は邪魔になるぞ!


「荷物は最小限にしろ!」



 口々に神樹のことを労わる声が聞こえてくる中で、ロイドは神樹の枝からその様子を眺めていた。隣にやってきたカインと共に、里中に灯された松明の灯りとともに里の様子から目を放さない。



「カイン様。私は駐屯地と森への道の中間にて全体の指揮を執ります」


「ああ。こちらは任せろ。俺とエオーラで地下空間に入り、外側でマルコを見張らせる。何かあればすぐに動ける体制は崩さん」


「かしこまりました。ところで、ご覧の通り、上空にも飛行船を用意してございまして」


「……そのようだな」



 夜空を見上げたカインが、漆黒の天球に浮かぶ飛行船の光を見た。



「場合によってはこちらに攻撃を仕掛けて構わん。無論、我々が里にいる状況でもな」


「ですが――――」


「気にするな。魔導兵器程度で我らは傷を負わん。……もっとも、バハムートの主砲は話が別だがな」


「ははっ! さすがのカイン様も、バハムートは別問題でしたか」


「あれはどうしようもない。アインを主人として構築されたことによる破壊力は、この俺から見ても底がない」



 二人が話していたところへマルコがやってくる。

 彼曰く、王族二人の避難もそろそろはじまるそうだ。



「お二人には伝えていなかったのですが、場合によってはアイン様の命により、アイン様のお力を使うことになります」



 マルコがさらっと、特に気後れした様子もなく言い切った。

 彼に限って報告を忘れていたわけではないだろう。間違いなく意図的にいままで黙っていたことに、話を聞く二人は瞬時に理解を深めた。



「何を使うのかだけ教えてくれ」


「アイン様からはこのように。――――何かあれば、綺麗な花を見ると気が休まる。と」



 カインとロイドは笑った。

 いまの言葉でアインが何を思ってマルコに命令を下したのか想像でき、アインらしい気遣いだなと心温まる思いだった。



「さて」



 ロイドが二人に頭を下げてから、



「私はそろそろ参ります。お二人も、どうかご武運を」


「ああ、ロイドもな」


「ロイド殿の方も、何事もありませんように」



 ロイドはこれから、避難する王族二人の下へ向かう。

 次に作戦通りの配置に付き、神樹の地下で行われる本隊の仕事をサポートする。

 二人に背を向けてこの場を去ったロイドの代わりに、



「お二人とも! 私はもういけるのです!」



 エオーラが元気な声で二人を迎えに来た。

 その声に「いまいく」と応じたカインが歩き出し、その半歩後ろについて歩くマルコ。

 彼は不意に、前を進むカインが口にした言葉に昂りを覚える。



「マルコ」



 まず、その呼び声に身が震える思いだった。



「共にする任務だ。この時間は大事にしようじゃないか」


「――――はっ。カイン様のお傍でアイン様のために働けること、これ以上の誉れはございませぬ」



 夜は更けていく。

 神樹の地下での特別作戦がはじまるまで、あと数十分だった。

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