忍び込み、興味深い話に耳を傾けて。

 アインはムートンと話したことで抱いた予想に対し、ひどく困惑した。

 ただでさえ不安定な情勢のままに外へ出た鉄の国だというのに、あの少女――――女王は王家の血を引いていない可能性が高い。



 ……ムートンと別れて部屋に戻るも、頭に残された戸惑いは鳴りを潜めなかった。

 アインは自室の窓からじっと外を眺め、夜が更ける様子に身を任せる。



「うーん……」



 色々なことを考えた。

 たとえば、自分が見ていた女王は誰かの影武者なのかも、とか。本当の王族が別のところに居て、影で大きな作戦が蠢いているのかもしれない……とか。



 だが、どれもしっくりこない。

 アインが前にシャノンの力を用いて女王やギド、それにリルに対して多くのことを問いかけた際は、その影の気配がなかったからだ。



 あのときは彼らに力が強く作用しすぎることを嫌ったアインが加減したため、あまり深く問いただすことは出来なかったが……。



「どうしよ」



 最善の行動を、愚かではない行動を考えて。

 すべてはこのイシュタリカと言う国のために。



 リルが女王を鉄の国から遠ざけようとしていた件然り、もう少し調べておきたいと思った。



(叡智ノ塔ぶりにやるか)



 昔、アインがイストにはじめて足を運んだときだ。

 諸事情により叡智ノ塔に忍び込んだことを思い返したアインは、同じく秘密裏に行動するべきだと考えたのである。

 窓の外に広がる闇が、それにうってつけな時間であることをアインに知らせる。



 ……軽めに荷物をまとめたアインは王太子の身分にもかかわらず、相変わらず大胆な行動を好んでいたようである。

 彼が部屋を出ると、そこでは。



「このマルコもご一緒いたします」


「……なんで準備万端なのさ?」


「当然、アイン様の騎士としての嗜みだからでございます」



 燕尾服に身を包んだ老紳士が、さも当然と言わんばかりに言い放つ。

 老紳士ことマルコはアインを止めようとせず、自分が同行できるなら問題ないと言っているようでもあったのだ。



「実は我々の下にもムートン殿がいらっしゃいまして、件のことについてお話しいただきました。また、シルビア様にも私が同行する件は共有済みにございます。ただシルビア様は、もう少し考えたいことがおありとのことでした」



 代わりに彼女は『気を付けてね。それと、朝までに帰ってくるように』という有難い言葉をアインに告げるようマルコに言った。



(すっごく緩い)



 アインとマルコの力を信用しているからだろうが、それにしても、だ。

 まるで、友達と遊びに行く子供に注意を促す程度に留められている。これにはさすがのアインも苦笑してしまった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 鉄の国への入り口は、アインが知る限り一つしかない。それは先遣部隊として足を運んだレオナードたちも同じことだ。

 イシュタリカの者たちが鉄の国に足を運んだ際、当たり前のように他の道を探してある。

 だが、なかった。

 鉄の国へ入る道は建国当時から一つしかないようだ。



「――――って話だけど、どうしよっか」



 密かに夜の平原に下りたアインが言った。

 隣に立つマルコは精緻に整えられた髭に手を当て、「ですね……」と言って悩む。

 二人は夜風を浴びつつ、平原に散見される見張りの騎士たちを傍目に考えた。



「アイン様も懸念なさっているかと思いますが、真っすぐ向かったところで、間違いなく鉄の国の者たちに見つけられるのが落ちでしょう」


「だね。この状況で拘束されたりはしないと思うけど、忍びこもうとしてる身としては見つかりたくないな」


「ところで、鉄の国へ忍び込みどこから調査なさるおつもりで?」


「ギドとリオルドかな。二人の周りを少し探っておきたいって思ってるよ」



 今宵に限った話ではないが、アインが今後に繋がると判断できる情報を得られなかった際は、今度こそシャノンの力に頼るしかないのかもしれない。

 それにしても、まずはどのようにして秘密裏に鉄の国へ潜入するかだ。



「うん?」



 そこでアインがあるものに目を向けた。

 彼が視界に収めたのは、いくつかの巨大な木箱である。



「あれって、鉄の国への援助物資、、、、、、、、、?」



 人道的な面から、鉄の国へはイシュタリカから食料などが提供されている。アインが見つけたのはそれらの品が詰め込まれた木箱で、夜のうちに鉄の国へ運び込まれるものだ。



「はい。食料の他、医薬品などが詰め込まれたものかと」


「……あの木箱に忍び込んだらまずいかな?」



 アインはいたずらを思い付いた子供のように言い、肩をすくめる。

 端正に整った中性的な顔立ちが星明りに照らされて、どこか幻想的だった。

 彼の声を聞き、その楽し気な表情を見たマルコは一瞬目くらったものの、すぐに好々爺然とした微笑みを浮かべる。



「管理している者の中には近衛もおりますから、私が話を付けて参りましょう」


「…………」


「アイン様?」


「ご、ごめん。反対されると思ってたから驚いちゃって」



 などと言いつつアインはマルコを伴って平原を歩き、近衛騎士たちの下へ近づいていく。

 これまで気配すら感じさせなかった二人が急に現れたことで、支援物資の傍にいた近衛騎士たちがハッと驚くも、すぐに仕方なそうに笑っていた。

 どうやら彼らも、アインが何か思い付きで行動しようとしていることに気が付いたようだ。



「ところでさ」



 と、アインが歩きながら。



「マルコの考えでいいんだけど、さすがに忍び込んだらまずいと思う?」


「それは両国の関係に関してでしょうか? それとも、アイン様のご身分を鑑みてお答えすればよいのでしょうか?」


「両方かな」



 尋ねられたマルコは平然と、しかも当たり前のように答える。

 彼の声には一切の迷いが感じられなかったのだ。



「前者については仕方ないと思います。鉄の国は一方的に我らに攻撃を仕掛けたのですから、文句を言える立場にはないでしょう。逆にこれまでの寛大な対応を考えれば、仮に見つかっても問題と言えるほどの懸念にはなりません」



 一方で、



「ご身分についても、陛下がお止めになっておりませんから」



 アインはこれまでだって何度も自ら行動し、その勇気を皆に知らしめた。

 騎士や臣民からすればそれが心配に思える者も居るだろうが、それ以上に、アインの英雄的な振る舞いが讃えられているのも事実。

 国王シルヴァードもアインに以前はなかった自由を与えているのも、その影響なのだから。



「マルコの分の魔道具も飛行船から取ってこないとね」


「魔道具と言うと、我々の存在を鉄の国に感知されないためのものですね?」


「そそ。入国してすぐ、鉄の国の魔道具とかでバレちゃったら元も子もないからさ」


「それについてはご安心を」



 マルコが胸に手を当て、自信に満ちた声で言う。



私の魔法、、、、でしばらくは隠密行動ができましょう。これでもアンデッドですので、気配を消して生者に忍び寄るのは得意なのです」



 便利な魔法がある者だとアインが頷くも、その魔法は魔力の消費量が著しく多いため、普段使いには向かないのだとか。

 あくまでもアインの身体から魔力が供給されていることと、傍にいることが重要であるそう。



我々イシュタリカからの物資は城に搬入されます。城の裏手にある広場に置かれたのちに、ドワーフたちが餞別して民に配ると聞きました」


「なるほどね。なら、潜入してからもどうにかなりそうだ」



 二人の間で計画が決まると、やがて近衛騎士の前に立つ。

 待っていました。近衛騎士はそう言いたげな表情の中に、「何を思い付いたのですか?」と尋ねたそうな感情が見て取れる。



 ただ、近衛騎士と言えば、その多くがアインの幼い頃をよく知る者たちだ。

 それ故、面前に断つアインを見れば彼の思い付きにも勘が働く。



「鉄の国への支援物資に紛れ込み、何をなさるおつもりですか?」


「……そんな簡単にバレるもんかな」


「幼い頃からお傍においていただいておりますから、我らにも多少は予想できますよ。お傍にマルコ殿も居るとあれば、これから何かしようとしていることもすぐに」


「そういうことか。――――予想通り、ちょっと鉄の国へ行こうと思っててさ」



 アインは詳細には語らずとも、これからマルコを伴って鉄の国へ忍び込むと言った。

 王太子がわざわざ忍び込む。それも、最初に武力行使に奔った小国に対して。

 この事実には近衛騎士も少し疑問を覚えた。というのは、わざわざそんなことをせずとも、堂々と調べてしまえばいいと思ったから。



 しかし、近衛騎士は自身も口にしたようにアインが幼い頃から知っている。

 だからこそ、忍び込んでまで何かを調べようとしていることに、きっと大切な意味があるのだろう――――とすぐに考えた。



「お帰りはどうなさいますか?」


「確かレオナードが夜明け前に鉄の国へ行くらしいから、その一団に紛れて帰ってこようかな」


「承知致しました。では朝にはこちらにお戻りになるのですね」


「その予定。――――じゃないと怒られるしね」



 それが誰からなのかは明言しなかった。

 母上ことシルビアが朝までに帰るようにと言っていたことを思い出し、アインはそれが門限という意味以外でも予定があると考えている。たとえば、彼女が調べると言っていた鉄王槌の件や、女王が王族の血を引いていないという件についてだ。



 そうでなければ、わざわざこの段階で朝までに帰るようにとは言わないだろう。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 計画そのものは順調だった。

 鉄の国に運び込まれる巨大な木箱は地下に設けられた道を進み、一度も止められることなく鉄の国へと入国したのだ。

 また、城へも一度も止まることなく到達した。



 アインとマルコは秘密裏に木箱を出て隠密行動に移ると、辺りを見渡すべく城の屋根へと上った。

 上を見上げれば、昼間と違って真っ暗な人口の空が広がっている。その空には地下の天井に埋まった宝石などが煌めいて、偽りの星空を作り出していた。



 ――――問題になったのは、目的の人物について。

 ギドとリオルドの二人を探すべく隠密行動に勤しんでいたアインとマルコだが、彼らは目的の二人を探すのに苦労していた。

 そもそも夜の暗闇の中、自宅も知らぬ二人を探すことは難しかったのだが……。



「マルコ」



 ふと、アインが上を見上げた際に気が付いた。

 同じくマルコも気が付いたようで、二人の視線が同じ場所に向けられる。

 そこは、鉄王槌の中心である漆黒の箱。



 城から、更に地下から伸びた幾本もの管が宙で絡まったその中心に、目的の二人が居る気配を二人がほぼ同時に感じ取った。



「地下か城内からじゃないと行けないんだっけ」


「破壊して忍び込むわけにもいきませんし、内部から向かう他ないと思われます」


「だよね……じゃあ、今度は城の中に入らないとか」


「ご安心を。叡智ノ塔に忍び込むのとは比較になりませんから」



 言われてみれば確かに。

 頷いたアインとマルコは闇夜に紛れ、今度は城内に忍び込む。

 数日にわたって足を運んだことで見慣れた道を進み、他国と違い警備が薄い内部を難なく忍び足で進んだアイン。

 鉄の国に入り込んでしまえば難しいことはなく、苦労することはなかった。



 城内から地下への道も見張りが何人か立っていたものの、その目を忍んで鉄王槌の中央へ向かう。

 曲がりくねった管の道を進むこと数分。



(声がしたな)



 向かう先から声がした。

 聞き覚えのある二人の声だったことから、声の主がギドとリオルドであるとすぐにわかる。

 マルコも同じく悟ったようで、二人は一層気配を殺した。



「アイン様、ここから参りましょう」


「うん。そこからならバレないと思う」



 マルコが示した道は曲がりくねった管の隅にある、空調のために用いる空間だ。

 彼とアインはそこに身を隠すと、声がした方へ向けてその内部を進んだ。



 すると。



「なぁギド、お前は勝手に何をして、、、、、、、、、、いるんだ、、、、?」



 先にリオルドの苛立った声が聞こえ、



「それはこちらの台詞だ。リオルド……お前はどうして私の邪、、、、、、、、、、魔をする、、、、?」



 つづけてギドの声がした。

 ギドはリオルドと違い落ち着いているような口調ながら、その実、声音の節々から苛立ちが聞いて取れた。

 間違いなく、彼らは何か言い争いをしている。

 それも人目を忍んで、こんな場所で。



「……これほど早く興味深い話を聞けることになるとは」


「……うん。俺も驚いてる」



 マルコとアインは微かな声で驚きを共有すると、力なく笑った。


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