見えてきたほつれの根源へ。

 リオルドとの対談がすぐに許可されたこと自体は、レオナードにとって大きな驚きというほどではなかった。

 むしろ、アインが急に対談を口にした直後の方が驚いたくらいだ。



 そのため、鉄の国の城内にその席が設けられた際には、落ち着きを取り戻しつつあった。

 そのレオナードを見て、マルコが、



「慣れですね。今後……やがては宰相を目指すのであれば、アイン様のお傍にいる限り、似た場面はいくらでもございましょう」


「……そのようですね」



 レオナードを苦笑させ、二人は涼し気な笑みを交わす。

 彼らの視線の先にあるのは、古びた小さい円卓につく二人の男性。一人はアインで、もう一人は尊大な態度が目に余るドワーフ、リオルドである。



 窓の外からは依然として人工的な光りが差し込み、武骨な灰色の室内を照らす。

 呼び出されたリオルドは意外にも大仰なことを発する様子はなくて、対面に腰を下ろしたアインが茶を飲む様子をじっと眺めていた。

 それに気が付いたアインが、「うん?」と言ってリオルドを見る。



「飲んでいいよ、それ」



 アインの言葉が示したのはリオルドのために用意された茶だ。その茶はこの城に仕える者が淹れたそれではなく、マルコがすべて用意したものだ。

 茶葉もカップも、すべてイシュタリカから持ち寄ったもので間違いない。

 そのせいで毒を盛られたと思ったのだろうか? アインが思わず口を開く。



「毒なんて入ってないから、安心して飲んでほしい」



 すると。



「……あ、ああ。なら貰っとく」



 リオルドはカップを手に取ると、勢いよく一気に呷った。

 一度、嚥下のために喉仏が上下して、飲み干したことを皆に知らしめる。



(熱いだろうに)



 火傷してないだろうかと思いながら、アインはその様子を見守った。



「うめぇ。こんな茶が存在するんだな」


「だったら、お代わりでもどう?」


「……タダなら、もう一杯くらい貰ってやってもいい」



 少し調子を取り戻したのか、微笑ましく強がる姿。

 依然として変装したままのアインはフードの端から緩んだ口元を覗かせて、リオルドから目を放さない。彼のカップにマルコが新たな茶を淹れ、今度はゆっくり飲みはじめたそのドワーフの様子から、決して。



「俺に茶を奢るために呼んだわけじゃないんだろ」


「もちろん。けど、落ち着いてくれたみたいだから助かったよ」



 今度はアインの方が調子を崩した。

 と言っても表情に出るほどではなく、あくまでも、心の内で小さな違和感――――あるいは、ボタンを掛け違えたような不思議な感覚に首をひねりかける。



 すべては、リオルドの態度が先日と一変していたから。

 あのような愚かな振る舞いをした男とは、まるで違う人物に見えたのだ。



「何を話したい? 先に行っておくが、悪いが腹の探り合いがしたいなら他を当たれ。それこそ、愚かなギドあたりにな」


「えっと……女王の護衛が愚かだって?」


「将軍から見れば俺の方が愚かだろうな。が、本当に愚かなのはギドだってことを、俺はここで宣言しておこう」



 ただの仲違いや、意見の相違による言葉ではなさそうだ。

 また、立場の違いによる言葉でもなさそうに思えたし、それこそ無責任に……何の根拠もなしに愚かと一蹴しているようでもない。

 それがムートンが言っていた違和感と、重なっている気がしてならなかった。



「なぜ彼が愚かだと?」


「それを聞いてどうする。教えたら女王を自由にしてくれるってんなら、いくらでも教えてやってもいいが」


「残念だけど、俺の一存では決められない」


「なら諦めるんだな。俺にも古きドワーフの意地がある。この件について話す気はもうないぞ」



 だがアインにはリオルドの忠誠心がわかった。

 一方で、考えることもある。

 女王を案じているように見せながら、国に戻った女王を傀儡として自分が王になる――――なんて野望があるかもしれない。

 安易に正解を求めることをせず、慎重にリオルドの腹を探った。



(けどなー……)



 どちらかと言えば、それなら女王が国に戻らず処刑された方がいいはずだ。

 そのちぐはぐさがアインを更に悩ませた。



 そのため一瞬、脳裏にシャノンの力がよぎった。



 彼女の力があればリオルドの真意を探れる気がしてだ。

 だが、アインはすぐに「違う」と考えを改める。

 いまはそれを使う機会ではない。使ってしまえば逆に面倒なことになる……彼は対面に腰をおろしたリオルドの顔を見て、昔、マルコと魔王城ではじめて出会った際のことを思い出していた。



 ――――大きな成果があったとは言えない対談は、当たり障りのない話を交えて終わりを迎えた。



 その後、アインとマルコを残して皆がこの部屋を出る。

 二人だけになったところで、マルコが先ほどのアインの判断を評価した。



「あそこで力を行使するのは時期尚早でしたから、私はアイン様の判断が正しかったように思えます」



 不確定な要素だらけの中でも、アインとマルコの二人はリオルドが女王に対して強い忠誠心を抱いていることを無視できなかった。

 また、それが間違いのないものだと確信できたため、この会話に至っている。



「両国の関係を鑑みれば、まだ無理をする必要はないかと存じます」


「うん。わかってる」



 シャノンの力はアインの下で進化を遂げている。

 だがそこに、オリジナルの効果が薄らいでいるかどうかは、誰もが確信できるだけ試したことがない。

 つまるところこの二人は、『魅惑の毒』と『孤独の呪い』の名残りとして、リオルドに効果が出過ぎてしまうことを危惧していたのだ。



 マルコはその効果の強さを、身をもって経験したことのある貴重な個人である。

 またアインも、その効果を幾度となく目の当たりにした個人だ。



(マルコが言ったように、これでリオルドの精神に異常をきたしたらまずかった)



 これにより、リオルドの異変がアインをはじめとしたイシュタリカのせいだと思われれば、鉄の国の住民は間違いなく非人道的な行いをされたのだ――――と思うはず。

 事実、強制力に富んだ力はその弊害が大きいため、アインも無理に使う気はないのだが。



「ってか、色々わからなくなってきたなーって感じ」


「はっ――――何やら、この狭い国の中でも多くの思惑が跋扈しているようです」


「それにリオルドが言うには、彼は例の元相談役を話をしてないそうだしさ」



 一応……というより、聞かずにはいられらなかった。あの元相談役は目立つ容姿をしているため、リオルドにも接触したか否か尋ねるのは容易だったのだ。

 しかし、リオルドは一切かかわっていないのだとか。

 女王があの男と相対した際は傍に居たそうだが、それ以外は常に女王の傍に居て、警護に励んでいたとのことである。



 では、あの男はこの国で何をしたのか。

 わざわざこんな場所を探し当て、足を運び、何もせずに観光だけして帰ったとは考えにくい。



(何かを仕掛けてから、この地を去ったはず)



 それはこの地の住民に手を出さず、あくまでも何かしらの……それこそ、鉄王槌に宿る違和感のみに限られるのだろうか。

 でもアインはすぐに頭を振り、「そんなはずがない」と声に出す。



「黄金航路からはじまって、シュゼイドにシュトロム。あいつはいつでも人を玩具にして、人の生き方をも侮辱した。なのに鉄王槌に手を出して満足なんて、到底思えない」



 不意に発せられたアインの言葉の真意を知り、マルコも静かに頷いた。

 そのマルコの前で、アインが意気揚々と席を立つ。



「あの男がこの国で誰と接触したのか、この情報を正確に洗い出したい。既に皆には動いてもらっているけど、さらに人員を割いた方がよさそうだ」



 歩きはじめた彼はそのまま扉を開け、後につづくマルコがすぐさま「承知しました」と言う。



 しかし、アインは自分でも遠回りなことをしていると思って止まない。

 やろうと思えば、シャノンの力を用いて無理やりにでも聞き取ることはできるのだ。しかしそれには、無理に尋ねられた者に大きな後遺症を残す恐れもある。



 女王に聞いたときのように、わかりきってる答えを短く聞くだけなら話は別だ。

 だが、ここまでくればそんな小さなことで収まらないことは当たり前で、長く長くその力を用いることで、以前のマルコがそうだったように、行使された者の自我まで破壊されるかもしれない。



 ――――これはアインも受け入れがたいし、そこまで強制する段階にはない。

 今後の鉄の国との関係を鑑みれば、殊更にそうだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 アインは城下町に出てすぐ、女性のドワーフたちが自分を見ていたので声を掛けてみた。

 彼女たちはアインが扮した将軍という身分に驚いていたものの、意外にも嫌悪感のある返事ではなく、表面上は普通の態度でアインに接していた。



「ああ、やっぱり覚えてるんだ」


「そりゃ当然よ」


「あんな人が来たら忘れる方が無理って話さ。別に男として魅力的だったとは言わないけど、お城にある美術品に書かれてるような男だったからね」


「でもああいうのが外では好まれるって話じゃないか。本当かどうかしらないけどさ」



 アインが彼女たちと話していたのは、当然のように例の元相談役について。

 皆が皆、あの男がたなびかせる銀髪の美しさをよく覚えており、いまでも顔立ちだって詳細に思いだせるとのこと。

 また、奴は彼女たちとも言葉を交わしたそうで、奴が滞在している間が不思議な時間だったと語る。



「よそ者だってのに、なんていうか話しやすかったのよね」


「そうそう! すっ……と心の入ってくるというのかね? 私たちのことを随分と理解してくれてね、世間話も一緒に楽しんでたくらいなのさ」


「うちの旦那より、ずっといい男だったのよねぇ」



 アインがよく知るあの男の特徴だ。

 あの男と話していると、最初は不思議と嫌悪感を抱かせることなく、心にしみわたるような筆舌に尽くしがたい親近感を抱いてやまない。

 その特徴に、アインは何とも言えない苦笑いを浮かべた。



「でも、将軍さんも優しくていいじゃないの」


「ははっ、ありがと」



 軽口を交えてから、アインはこほんと咳払い。



「その男が誰と話してたとか、何でもいいから話を聞きたいんだ」


「……そう言われても、ねぇ?」


「そうさねー……最初は女王陛下とお話してたけど、ほら、リオルド様がいるじゃない?」


「あの粗暴な男、何が何でもあの人を近づけたくないってんで、徹底して衛兵たちで女王陛下をお守りしてたのよ。だからあの人が話してたと言えば、私たちのような人たちとか……」



 アインはそれを聞き、ため息を漏らしかけた。

 あまりめぼしい情報は得られないと思った、その矢先である。



「強いて言うなら、リル様かしらねー」



 ふと、アインも知る名が発せられたのだ。

 それはいままさにイシュタリカ王都に居て、女王と共に軟禁状態にある傍仕えの名前だ。



「あぁー! そうそう! リル様がよく城下町に来て、あの人への食事がどうのってお買い物してたっけ!」


「そんなこともあったわねぇ……なんだかんだあの人が客人になって、リル様がお世話してたのよね」


「そ、その話をもうちょっと詳しく!」



 食い気味に迫ったアインに驚きながらも、女性たちは話つづける。

 井戸端会議が如く、そんな軽さで。



「あれはきっと、リル様のお兄様に頼まれたのよ」


「えっと……彼女の兄?」


「あらご存じない? 将軍さんの前で拳を振るった方のことよ」


「――――ギド?」


「ええ。とはいっても従兄妹なのよね。リル様は幼い頃からギド様に面倒を見られてたから、その関係で兄妹みたいな関係なんですって」



 へぇー、という素直に驚いた声がアインの口から漏れた。

 思えばそんな節は一切見ることがなかった。

 王都で彼らに尋問し、幾度とかかわる上でその姿を見ることが無かったから、なおのこと驚いてしまったのだろう。



(まぁでも、筋は通ってるな)



 ギドは女王の騎士であり、聞いてはいないが恐らくリオルドの上司にあたる立場だ。

 リオルドが副衛兵長だというし、ギドが衛兵長と言ったところだろう。

 そのギドを通して、近しい立場にあるリルが元相談役をもてなしたとしても、何ら違和感のない話であるからだ。



「ところで、話は変わるんだけど」



 アインはふと、気になったことを口にする。



「よそ者の俺に対して、結構簡単に話してくれてるのはどうして?」



 尋ねられたドワーフの女性たちが、言い辛そうに肩をすくめる。

 そして忍び声で、あまり大きな声で言いたくないと言わんばかりに。



「男どもは文句があるそうだけどね……私たちは子供が助かってるから……」


「そうさね……子供たちが腹を満たして笑うのを見ると、ね」



 イシュタリカの物資への感謝から、隠しきれない感情が見え隠れする。

 これはアインにとっても、イシュタリカにとっても悪くない兆候だったけど、つづく言葉を聞いたアインは密かに眉をひそめるのだ。



「――――女王陛下は大切なお方だけど、私たちは腹を満たしてくれる人にはもっと感謝しないとね」



 ……と。

 当たり前の感情が内包された言葉だったけど、それはまるで、誰かが女王を貶めようとした結果にも思えてならなかった。

 マルコと話していた、王位の簒奪という言葉が自然と脳裏をよぎる。



(少し気になるな)



 まるですべてが、こうなるように計画されたような。

 女王から心が離れるよう、誰かが仕組んでいたかのように。

 これらが、アインに新たな行動を決意させた。



「話してくれてありがと。それじゃ、俺はもう行くよ」



 アインはその後すぐに女性たちの下を離れ、近くで待っていたマルコと合流する。

 すると彼は、



「マルコ。急いで王都に――――いや、クローネたちに連絡するよ」


「何かお考えがあるのですね」


「ああ。聞いておかないといけない話ができたからね」



 数歩先を進むアインの背を見て、マルコは何も言わずに従った。

 その背を見ていれば、何も心配はいらないとわかるから。

 だから、彼のために働けば最善の未来が訪れると思い、自らが思う偉大な主君の後を追ったのである。

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