アフターⅣ 黒龍艦バハムート
序列者
王都から遥か彼方。
今となっては王家直轄領となり、その権限がアインに任されている地――――神隠しのダンジョン跡地から、馬車で半日ほどの町の宿で。
夜、皆が寝静まってから密会していたアインとオリビアの二人。
「あらあら、走って行くなんてアインらしいですね」
「出来るだけ時間を多く取りたいので、大急ぎで行って、朝には帰ってこれるようにしようかなって思います」
当然、宿の周辺は騎士たちが見張っていたが、それは不審者を見張るものである。
だから、アインが秘密裏に宿を出ようとしたところで、止めることも気が付くこともできやしない。
「気を付けて行ってらっしゃい。私はアインのお部屋で待っていますね」
淑やかに、雅やかに手を振られたアインは窓枠に手を掛ける。
「城に帰ったら何かお礼をしますね」
去り際にオリビアに楽しみにしていると言われ、闇夜に姿をくらました。
――――土地勘は皆無。
でも、方向だけは分かっていた。
心なしか、セラが居る気配も分かっているような気がしたし、足取りは迷いなく、一直線に森を進み、山を越えた。
今のアインといえど、さすがに数分で到着なんて夢でしかない。
宿を発ってから一時間ほど過ぎたところで、ようやくあの場所が見えてきた。
……あそこだ。
息を整え、崩落した塔の跡に目を向ける。
すると――――そこに。
「なんちゅう時間に来るんじゃ……寝るところじゃったのに……」
瓦礫を椅子にして座っていたセラがこう口にした。
「お土産があるんで許してください」
「む…………ほう!? 甘いにおいがするぞ!? 甘いにおいがするではないかッ!?」
「シュゼイドの件以外にも教えて欲しいことがあります。これは話しながらつまんでください」
「よい心がけじゃのう! んむんむ……では早速」
「はい、早速中で――――」
「身体を動かして腹を空かせねばな! アイン。お主も付き合え!」
「えぇー…………」
藪から棒に何だ。
つい、嫌な声が漏れてしまった。
しかし、セラは気にしていない。
「下の部屋にいくぞ。はよついて参れ」
こうなってしまっては、付き合うほかない。
アインは話を聞けることへの喜び以上に、この後のことを予想して溜息を漏らしてしまう。
そう、セラは身体を動かすと言った。
そうなれば……することはつまり……。
◇ ◇ ◇ ◇
「皆が皆、その恩恵を享受しておる」
広大な地下空間に設けられた奥底で。
アインは今、彼女が住まう古き景色の世界の中に居た。
セラの生まれ故郷の景色が広がるあの場所に。
「くっ……ッ」
「そもそも、ステータスカードを発行する技術はここ、イシュタル諸島独自のものではない」
話ながらも悠々と、セラは息を切らさずアインの剣戟を容易く受け流す。
「元を辿れば技術の粋を与えた者たちがおる。それは儂のように海を渡り、このイシュタル諸島にやってきた者たちのことじゃ」
「ッ……どうしてその技術を与えたんですかッ!」
「調査の一環、管理の一環としてじゃろうて」
「へぇ……!」
「考えてもみよ。誰もが自身の強さを知ることが出来て、それを他者に伝えることだって出来る。自分自身が理解していないスキルの一端を垣間見ることもそうじゃ。そんな技術、こんな辺境でそう簡単に生まれるはずがなかろう。まさに神の御業、人知を超越した贈り物に他ならん」
彼女の鎌がアインの首筋に匹敵する。
寸でのところで躱すや否や。
「その躱し方は悪手じゃ」
刹那の旋転により鎌がアインの懐へと。
しかしアインも意地があった。
身体能力による強引な動きでそれを弾き、距離を取って息を整える。
「ほー! 見事じゃのう!」
「はぁ……はぁ……で、誰が調査と管理をしたくて技術を?」
「ギルドじゃよ。もっとも、イシュタル諸島で生まれたギルドではなく、遥か彼方の世界中に造られたギルドじゃがな。つまるところ、このあたりにあるギルドの元となった奴らのことじゃ」
「訳が分からないんですが。それはもう色々と」
戦いの間に小休憩を挟むという謎の状況に陥るも、アインは気にせず呆気にとられた。
「儂が言うギルドは世界中に根を張っておる。イシュタル諸島のような辺鄙な田舎を抜けば、ほぼすべての場所に点在しておるぞ」
「で、できればゆっくり聞きたい話なんですが……!」
「一理ある。そう思うと……そろそろ腹も」「もう十分な気がするので、俺が持ってきた甘味を食べてくれませんか?」「だのう! いや楽しみじゃ!」
……良かった。やっと終わってくれた。
(どうなってるんだよ……あの竜人……)
膂力に至るすべてに加え、スタミナも化け物すぎてどうかしてる。
帰りの体力が残っていることに感謝したアインは、先を歩くセラについて湖の傍にある一本の木に向かい、彼女に倣って地べたに腰を下ろした。
ここにはアインが町で買ってきた甘味が山のように置かれていて、セラはそれを見ると同時に瞳を輝かせた。
「ほわぁあ…………何と言うことじゃ、楽園ではないか……! ああいや、この心象風景のことではないがの!」
彼女は両手に甘味を握り締め、それはもう幸せそうに頬張っていく。
アインも手ごろな甘味を手にして口に運び、樹の幹に身体を預けたままに空を見上げた。
「ギルドかー」
セラからは以前も世界の話を聞いている。夜空に輝く星の数に同数を賭けてもなお足りぬほど広大で、人の数もそれに準ずるのだと。
つまり、ここイシュタリカは彼女も言うようにそこから遠い。
ただ、アインにはセラが言う国々に足を運びたいという気持ちはなかった。
「なんじゃ、儂が言うギルドが気になるのか?」
「そりゃ、まぁ」
「奴らの中には調査と管理がしたいと言い、世界政府を自称するように振舞っている者たちもおるが、別に大したことはないぞ。むしろ、奴らが管理したいという名目ではあるが、管理しきれていない強者たちの方が問題じゃ」
セラは気に入った菓子パンを頬張りながら言う。
「もしかして、セラさんみたいな人たちのことですか」
「そうさな。儂も儂で自由に振舞っているつもりじゃが、儂はまだ常識人じゃて……。はぐはぐはぐ……アイン、次はこの菓子パンを買えるだけ買ってくるんじゃ。よいな」
「あ、はい」
「素直で結構、研究に没頭しておるとどうにもいかん。甘いものが食べたくて仕方ないんじゃ」
頬を撫でる暖かな春風が湖を揺らす。
外はもう初夏なのに、この世界だけは季節の概念が全くない。
以前と同じ光景で、二人の戦いにおいても影響はなくここにあった。当時は戦いの余波で一度崩壊したのだが、結局のところ、セラに活力が溢れていれば特に影響はないのかもしれない。
「どれ、貸してみよ」
「はい?」
「ステータスカードじゃ。お主、儂のところに来てすぐに何て言った?」
遡ること数十分前のこととあって、よく覚えている。
「何もしてないのに壊れたって言いました」
「なーにが何もしてないのに壊れた、じゃ! そう言う奴に限って何かしとるんじゃ! 無意識に、あるいは良かれと思って何かをな! 仕方ないから見せやるさな」
そう言われるも、今回は本当に思い当たる節が無いのだ。
ヴァファールの魔石を吸ったりはしたが、それぐらいである。別に魔石を吸う経験は今までに何度もあって、毒素分解EXの力もあり、違和感を感じたことは――――ヴェルグクの一件だけだ。
ヴァファールが神族なら、とここに来るまでに考えたこともあったが。
(あれが神族……なわけないか)
正直、弱すぎるがゆえにそう感じざるを得なかったのだ。
何はともあれ。
「お願いします」
「んむ」
懐から取り出したステータスカードをセラに手渡す。
「やれやれ――――心配して損したではないか」
彼女は一目見てすぐに言い切ってしまう。
当然、小首を傾げるアイン。
そしてステータスカードを返されてしまい、余計に疑問ばかりが脳裏に浮かんで止まない。
「半ば予想通りじゃったぞ」
「問題ないんですか?」
「ない。見せたことはないが、儂のステータスカードも同じ状況さな」
「教えてください。どうしてこんなことに……?」
すると、セラは一呼吸置いた。
何時にも増して真剣な態度と改めるほどではないが、目の色を変える。
「世界には、個人戦力が抜きんでており、ギルドが認定する大国を単体で滅ぼすことが可能な者たちが存在する」
すると彼女は立ちあがり、湖畔を眺めて。
手にしていた菓子パンを勢いよく咀嚼した。
んー! 声を上げて背筋をうんと伸ばす。
「ようは、
彼女はこう言って、静かに振り向いてアインを見た。
彼女の顔を彩る嫣然とした笑み。
アインはその言葉に耳を傾け。
不思議と、自然と旨が早鐘を打ち出していく。
だがこれも性分なのか、思い出深い出来事だったからだろうか。
アインは第一王子との勝負に使われた世界でのことが不意に脳裏を掠めた。
「
確かあの造られた世界で。
記憶の中のセラがこの言葉を口にしていたはずだ。
「アインは儂の記憶の一部にも触れておったな。そうじゃ。儂が言う上位者と言うのは、儂以上の序列にある強者のことさな」
「ちょっかいを出したとかどうとか」
「馬鹿をいうな。正確に言うと先に手を出されたのは儂じゃぞ」
それでもセラは応戦せねばならず、時には彼女から仕掛けなければならないほどには切迫した状況だったらしく。
「奴は儂の境遇も考えずの独善的な男であった。ま、どうせ誰かしらから儂の討伐を頼まれたんじゃろうて。儂の故郷、楽園の件で考えることがある者はおったであろうからな」
こればかりは難しい話だ。
セラを閉じ込めていたのが生まれ故郷の竜人たちで、彼女は自由を欲して里を出ようとした、ただこれだけのことである。
しかしそれが竜人の怒りを買うことになり、戦いになった。
(――――そして)
聖域はセラの力により崩壊したのだ。
生まれながらに制約を強いられる事実には同情する。それが戦いによってでなくば自由は得られないと決まっていたならば、殊更に。
仮にアインが生家であるラウンドハート家に縛り付けられていたならば。
あの日、クローネと会ったパーティの日ですら外に出られない生活であったなら、しかも、オリビアという存在が居なければ逃げ出したくもなっていただろう。
こう思うと素直に同情できた。
「話を戻すとしよう」
彼女はアインのステータスカードをアインの手のひらにおいて、そこに描かれていた、アインが見知らぬ文字を指さした。
「これは数を表す」
「どうして俺のステータスカードに数字が?」
「アインが強いからに決まっとろう」
そう言い、言葉をつづける。
「星の数に星の数を掛け、更に同数を掛けていく。それでも足りぬほどの存在にあって、文字通りの絶対強者。その者らは総じて、とある序列に組み込まれるんじゃが、その序列というのは――――」
たった一人で災厄に値する稀有な戦力のため。
たった一人で滅びをもたらすだけの存在のため。
その序列というのが――――。
「
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