元帥の息子は逞しい。
「アイン君! じゃ、まだ今度ね!」
共に夕食をとった後、ロランが大通りを駆けて研究所へと帰っていく。
アインはその様子を眺めて、姿が見えなくなるまで見送った。
「――――さてと」
俺もそろそろ城に帰らないと。
足を王城に向け、一人で歩き出して間もなく。
聞きなれた声に気が付いた。
「ん?」
ディルだ。
貴族向けの高級品を扱う店先で、金色のケットシーが店員と共にいた。
何か礼を述べたようで、ディルの手元には小さな紙袋。恐らく店員はディルを見送った後で、ディルはこれから屋敷に帰るのだろう。
いわゆる私的な時間だし、声を掛けることに気が引けた。
しかし、ディルはそんなアインの姿に気が付いて。
「ッ……!?」
慌てて駆けだすと、急いでアインの隣にやってくる。
何か信じられない光景を見たと言わんばかりに、目を見開いて口を開いた。
「ア、アイン様! どうしてお一人で……!?」
「えっと――――あ、そう言えばディルの私服って珍しいね。似合ってるよ、そのシャツ」
「ありがとうございます。こちらはカティマ様からいただいたものでして……それで、何故お一人で歩いていらっしゃったのですか?」
「へぇ、カティマさんが……じゃあ宝物だ」
「仰る通り大切なものです。重ねてお尋ねいたしますが、なぜお一人で?」
残念なことに、誤魔化せない。
一人で出歩いている理由を伝えたところで、ディルは決して承諾しない。
仮に許可を出したのがシルヴァードやウォーレンであっても、ディルは絶対に反対するだろう。
「とりあえず、歩こうか」
だからこれは妥協案だ。
少なくとも、対話を拒否しているわけじゃない。
「承知いたしました。城内までお供いたします」
「ん、ありがと」
閑話休題。
アインは横目でディルを見た。
服装は先ほど口にしたように、珍しい私服はあまり見慣れない姿だ。
良く磨かれた革靴と、質の良さそうな服は動きやすそう。アインの専属を務める者らしく、いつでも駆け出せそうなのが印象に残る。
陽が傾きだした茜色の空を頭上に臨み、二人は何も話すことなく、黙って城への道を進む。
こうして二人だけで夕方の王都を歩くのは、久方ぶりだ。
先程の、ロランと居たときにも考えていたことだが、やはり学生時代の話に遡る。
随分と大人になったと言う実感はある。
しかし郷愁的というか、ディルという男は何処か兄のようで、今の雰囲気と相まって、学生時代の振る舞いに戻ってみたくなってしまう。
「ねぇ」
「ええ、なんでしょうか?」
以前と変わらぬ距離感で言葉を交わす。
「今からマグナに行ってみるってのはどう?」
アインは期待していた。
以前同様に呆れたような口ぶりで「なりません」と言われることを。
だが。
「承知いたしました。早速参りましょうか」
「……え」
「え、とはなんですか。アイン様がご所望なさったことですよ?」
「いやいやいや、今からだよ? 準備もなしにだよ?」
「はい。着替えは買えばよろしいかと。別に財布も持っておりますので、ご安心ください」
「それはディルの私費だと思うんだけど」
「ご安心ください。後程、クローネ様が支給してくださいますので」
なんなんだ、これは。
ところで、ディルは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
してやったりと言わんばかりだ。
少し悔しそうに、アインが答える。
「いっそのこと魔王城までってのはどう?」
凄く遠いけど大丈夫か? と挑発的に言ってみるも。
「構いませんよ。何はともあれ、ホワイトローズ駅まで参りませんと」
「……分かったよ、降参するって」
「では、私からの意地が悪い叱責もこのぐらいに」
ディルなりに、アインの一人歩きを咎めていたのだ。
「今日は買い物に来てたんだ?」
「そうです。ちょっと贈り物を……と」
「えっと、カティマさん?」
「仰る通りです。近頃は厳しい日程で励んでいるようなので、このぐらい贈っても罰は当たらないかな……と」
照れくさそうにはにかんだ顔は、今まで見たことのないディルの姿だった。
なんとも幸せそうで、見ていて悪い気がしない。
「ってことは、最初から城に行く予定だったんだ」
「い、いえいえ! さすがにこの服装で登城する気はございません!」
確かに、私服で城に来るディルなんて見たことがない。
クリスなんかは以前から城内でも私服で歩く姿は見受けられたが、彼女の場合、そもそも城に住んでいるのだから仕方ない。
「実は明日なんですが、私の衣装合わせで城に参ります。その際にお渡しするつもりでした」
「なるほど、カティマさんに衣装を――――」
「いえ、衣装は互いに当日に分かるようになっておりますので……」
言われてみれば当然のことだ。
互いに式の前に衣装を披露するなんて、思えば聞いたことがない。
「もうすぐなんだね」
「……実は今頃になって緊張しております」
「え、ほんとに?」
「アイン様、私を何だと思っておいでですか?」
「初対面の時はロイドさんに堅物って言われてて、魔物実習が終わるまで名前で呼ぶどころか握手一つしてくれなかった人」
「またそんな昔のことを……」
「でもディルだって緊張するんだって思うと、新鮮な気分だよ」
当たり前ですよ、とディルが片頬を吊り上げた。
次第に二人とも屈託のない笑みを浮かべ、気が付くと城門のすぐ近くだ。
偶然にも、城を出て来たロイドと邂逅する。
「あれ、ロイドさんだ」
「これはこれはアイン様、お帰りでしたか。いつの間にかディルが供をしていたようで」
すると、ディルが目を細めて言う。
「父上は元帥としての自覚がおありなのですか? アイン様をお一人で城下町に向かうことを許可なさるなんて、到底許されるべきことではありません」
「お、おお……言いたいことは分かるのだが、ウォーレン殿の隠密が周囲を警戒していたはずだが」
「だとしても、です。騎士が傍に居ることの抑止力は、父上もお分かりのはずかと」
「……アイン様、我が子が随分と逞しく育ってしまったようで」
「頼もしい限りだね。じゃ、俺は父子の触れ合いの邪魔になっちゃいけないからさ……」
「お、おおおお待ちください! アイン様! まさか逃げ――――」
「父上、話はまだ終わっておりません」
「それじゃディル、送ってくれてありがと」
「とんでもございません」
上品な笑みはその後、堅物時代を想わせる表情に変貌した。
この裏表にロイドはたじろいだ。
「すまんが、私はまだ仕事があってだな!」
「今日は早番でしたよね。残業なさるのでしたら、後日その記録も確認いたしますが」
「……分かった。屋敷に帰るとしようか」
人知れず、アインはロイドの背中からディルに合図を送っていた。
申し訳なさそうに表情を崩し、俺が一人で出たのが悪いんだ、と声に出さずに伝える。
ディルは承知した様子で頷いていたが、アインが去ってから。
「それはそれ、これはこれですからね」
別問題なのだと小さくつぶやいた。
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