天賦、セレスティーナ・ヴェルンシュタイン
遺跡跡にて。
ある騎士曰く、彼女は何を考えているか分からないほど自由だった。
ある騎士曰く、彼女はたとえ武に限らず何事もそつなくこなしたと。
ある騎士曰く、彼女が負ける姿を想像した者は一人もいないはずと。
アインが新たな生を受けるその前に、イシュタリカという大国の最強を一身に集めていた女性。それこそがセレスティーナ・ヴェルンシュタインという女性だった。
当然のように情報は伏せられ、誰が様子を見に行くのか検討された。
話したのはアインとシルヴァード、そしてウォーレンの三名だ。
結果、赤龍に破壊された遺跡に向かうことになったのは元帥ロイド。
わざわざ元帥が向かうのか? という疑問符は誰も浮かべることが無かった。今回に限って言えば、ロイド以上の適任がいなかったからだ。
第一に、クリスに教えることは避けられた。
そして当然ながらアインが向かうことはすぐには叶わず、マルコやカインに依頼することもあまり現実的じゃない。なぜなら彼らはセレスティーナという女性と出会ったことがなく、仮に言葉を交わせたとしても、適任かと尋ねられればそうではない。
ゆえにロイドなのだ。
名目は元帥のハイム視察。
ハイム戦争以降、一度も足を運んでいなかったからこそ信憑性があった。
息子と第一王女の婚儀が控える今、顔見せの意味でも悪くないだろう、と。
しかしウォーレンが
その万が一とやらは詳しく語られなかったものの、皆がその言葉を了承したのだった。
――港町ラウンドハートは以前に比べ、遥かに経済的にも成長した都市だ。
爽やかな海風が吹き、季節的にも外を歩くのが気持ちのいい今日。最新鋭の大型戦艦を駆り、二人がその町に足を踏み入れる。
「さて、どうしたもんか」
「どうしたもんかも何もありませんってばー……セレス様の顔を見て、場合によっては連れて帰るべきなんじゃ」
「私もそう思うがな。しかし不思議なのは、我らの騎士を見て威嚇してきたことだろう」
「あ、あー……」
少なくとも、セレスティーナがイシュタリカと仲違いした過去は無い。
厳密に言えば第一王子のライルを連れて行ったのだから、これは仲違いなのかもしれないが、険悪な仲にあった記憶はない。
それなら話も出来るはず。
だと言うのに、先日の報告だ。
「例の謎の現象に陥っている場所から現れたのだ。大きな声では言えんが」
「そりゃ、私も何かおかしいなって思ってますけど……」
「つまりはそういうことだ。果たして本当にセレスティーナ殿なのか、これが問題であるわけだな」
「剣でも抜いてこられたらどーしましょうか」
「はっはっは! セレスティーナ殿ぐらい強いのかどうかによるな!」
「仮にそうだったらどうします?」
「……おかしなことを聞くな。決まってるだろう」
歩きながら、ロイドは空を見上げて自嘲した。
「私ではセレスティーナ殿に勝てん。リリが居ようと同じことだ」
と、リリの同意を誘う。
哀愁漂う二人の下へ、一組の男女が近寄ってきた。
「久しいな、ロイド殿」
「おお、これはこれはハイム公――それに、エレナ殿まで」
「お久しぶりでございます。この度はご足労いただきありがとうございました」
「構わん構わん、我らとしても捨て置けぬ事態であるからな」
四人が肩をならべ街中を歩く。
向かう先はティグルの屋敷……ではなく、
「もうすでに馬の用意はできている。すぐにでも出発できるようにな」
「泣き虫だった王子様が、仕事のできる領主様になってるじゃないですか……」
「な、なんだお前は! 仕事が出来ると思うならつつくんじゃない!」
「いやーすみません、エレナ様もいらっしゃるんで、つい元気になってしまいました」
皆が彼女の自由さに苦笑する。
「あのね、リリ。どうして貴女ったらそんなに緊張感がないのよ」
「だってエレナ様の前ですし、どうせなら明るい方が楽しいじゃないですか」
「……時と場合を考えなさいって、前から言ってたでしょうに」
「その顔が見たくて騒いでるんですし、少しぐらい許して下さいよぉー……まーでも、そろそろ私も気を引き締めますかね」
「リリ、最終確認だ。戦闘用魔道具の準備は?」
「ありますよ。騎士が持つのより殺傷力が数段高い優れものです」
呆気にとられつつ、エレナが慌てて口をはさむ。
「ちょ、ちょっとお二人とも!? そんなに殺傷力の高い魔道具をどうして――」
「セレスティーナ殿と戦うやもしれんのだ。これぐらい無くてはな」
「っていうか足りませんよね?」
「うむ。足りん。なんなら魔石砲があってもいいぐらいだ」
するとティグルとエレナの二人は息を飲んだ。
いったい全体、セレスティーナという女性はどれほどの強者だったのだろうと。
「ロイド殿、一応、こちらでも騎士を選定したのだが」
「すまないが遠慮しておこう。足手まといになる可能性の方が高い」
「ですねー……場合によっては私たちも逃げるんで、二人だけの方が楽ですし」
そういうわけだ、ロイドが頷いて笑みを浮かべる。
こうしている間にも用意された馬が近づいてくるし、一向にティグルとエレナの疑問は晴れない。
遂に馬に乗ったロイドたちを前にして、二人は大したことを尋ねることも出来ないまま、去っていく二人の後姿を見守った。
◇ ◇ ◇ ◇
亜熱帯地域は、居るだけで体力を奪う過酷な環境だ。
夕方になった頃に到着した二人は、荒れ果てた大地を馬に乗って進んでいる。
二人の視界に映る結晶に覆われた景色。
「見事なもんだ」
「こんな時でもなければ、観光したいぐらいには悪くないですね」
「ああ。とは言え、そうも言ってられん」
漂い出した異様な雰囲気。
空も普段と違う、青紫色の幻想的な雰囲気だ。
「それでロイド様。戦いになったとしたら――」
「逃げるぞ。そうしろと陛下からご下命されている」
「ですよねぇー……」
その可能性を危惧するのなら、もっと多くの戦力を連れてくるべきだったのでは? とは二人のいずれも考えていない。何事も詳細に情報がないこともあり、少数精鋭が好ましいと分かっていたからだ。
……しかし足取りが悪い。
赤龍による被害のあとは想像以上で、瓦礫や崩れた木々。ブレスに押し上げられた地面のクレーターの数々で、元の静かな風景は既になかった。
ふと、視界が開けた。
「見えたぞ」
あれが崩れ去った遺跡の、いや、神隠しのダンジョンと同じ現象に陥った地域だ。
天を突きさそうとする巨大な塔は、磨かれたクリスタルのような何かに囲まれている。
また、頂上付近にはこちらも入り口のようなものがあった。
マルコの報告と相違ない光景が広げっている。
「そして……居ましたね」
二人が見覚えのある一人の女騎士、彼女は塔の下に居た。
何かするわけでもなく、じっと俯いて立ち尽くしていたのだ。
地面全体は冬場の湖のように光沢に溢れ、されど滑る感覚はない。
馬を降りると、確かに靴底がぎゅっと噛んだ。
顔を見合わせた二人は目配せを交わして歩き出すと、彼女の近くに足を運ぶ。
「――立ち去りなさい」
声を聞き、二人はピクっと立ち止まる。
二人はあくまでも冷静だ。久しく見ていなかった女性の姿があろうと、喜びすぎることもなく、感動に身を震わせることもせず静かだった。
何故ならば、彼女の振る舞いが以前と違いすぎたから。
しかしロイドは勇ましく、更に一歩踏み出してみた。
すると。
耳の下を通り抜けた弾丸のような風。
手を触れると、首筋に浮かんできた鮮血に思わず苦笑した。
いつの間にかレイピアを抜いていたのだろう。
すでに納刀の動作を終えた彼女からは、次の一撃を予感させる気配が漂う。
「見えたか、リリ」
「残念ですけど、まったく」
「……だろうな」
久しく見ていなかったセレスティーナの剣。
視界に納められず、そして距離があろうと届く剣の一振り。
このとき、ロイドは遂に確信に至った。
「間違いない。アレは
その声のあと、セレスティーナは顔を上げてロイドを見る。
クリスと同じ紺碧の瞳がそこにはあった。
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