聖女と。
クリスと城下町から戻ってしばらく経つ。
二人だけで静かに過ごすのは久しぶり――と言っても過言ではないかもしれない。
アインは今、城内の中庭に設けられたテラス席にて、オリビアと共に、とりとめのない話と茶を楽しんでいた。
ここ最近は二人でゆっくりと語り合えなかったというのもあり、今晩のアインは、オリビアと水入らずの時間を過ごそうと約束していた。
「――私も見に行きたかったです」
と、オリビアは唇を尖らせる。
先程まで、アインがクリスと二人で城下町に行っていた話を聞いて、お忍びのようなこと行いを羨んだ。
「今度一緒に行きましょう。俺が強くなったからか、割と外を歩いても怒られないようになりましたし」
「ふふっ、アインがエスコートしてくださるんですか? なら我慢しなきゃ」
「勿論ですよ。任せてください」
すると、オリビアが頬に手を当てて微笑みを浮かべる。
他者を蕩けさせるような艶は彼女特有のそれで、夜の灯りが伴うと、一際その魅力が際立って仕方がない。
特にアインに向けられるものは顕著であり、アイン至上主義の彼女らしい振舞だった。
「あら……?」
ふと、彼女がアインに顔を近づける。
「あの、お母様?」
「急にごめんなさい。目の下に隈が出来てますよ? まだ疲れが取れてないのかしら……」
よく気が付いたなとアインが苦笑する。
実際、女神を夢の中――あるいは精神世界か何かで見てから考える事が多く深い休みは取れていない。
「少し考え事があったので」
「平気? 怖い夢でもみてしまったんですか?」
少し惜しいが、アインの頬がピクッと痙攣する。
「あらら、当たっちゃいましたね。……どういう夢を見てしまったのかしら」
さすがオリビアだ、この一言で片づけてもいいだろう。
だが、女神との話を詳細に話すわけにもいかず。
かといってすべて隠すのもどうかと思い、アインはどう伝えるか気を付けながら口を開く。
「じゃあ相談してもいいですか?」
「ふふふっ――ええ、勿論ですよ。そうだわ、なんでしたら今晩は一緒に寝てあげますから」
「そ、それはもう恥ずかしいので……ッ」
顔を赤らめて左右に振ったのを見て、オリビアは上機嫌に微笑む。
「えっとですね、相談というかなんというか」
「ええ。何でしょうか?」
「……すごく変なことを言うかもしれませんよ? いいですか?」
「大丈夫です。私はアインが言うことならなんでも信じられますから」
今日ばかりはいつも以上に、彼女の大きすぎる愛が嬉しかった。
「俺、夢の中ですごい人に会ったんです。前にお世話になった人で、ほんと急に会ったんです。最近はその人に関して考える事があって、話をしてみたら余計に謎が深まってしまって」
「うんうん……そうだったんですね」
「夢の中で会うなんて馬鹿みたいな話ですし、本当かどうかも分かってません。でも、妙に現実的な夢だったので気になってます」
言葉一つ一つを口にするたび、オリビアは真面目な表情で頷き返す。
アインの言葉を何一つ疑っているように見えない。
「本当にすごい人なんですけど、秘密が多いみたいで……。また会いたいんですけど、会い方が分からないんです」
「ふふふっ、アインったら情熱的なんですね。その方は女性なのかしら? クローネさんとクリスさん、あと私も気になってしまいますよ」
「女性っていうのはあってます。ただ、接し方としてはカティマさんに近いかもしれませんね」
くすくすと笑うアイン。
若干、いや相当な無礼な自覚はあったが、彼女は急に現れて急に消えたのだ。少しぐらいの文句は多めに見てほしい、心の内でそう呟く。
「夢で会えたなんて素敵ですね」
「素敵かもしれないですけど、ひどくないですか? 言いたいことばっかり言ってあっさり消えちゃったんですよ」
「うーん……事情があったのかもしれませんよ? 伝えたいことがあるから頑張ってきたのかもしれないですし」
「それはまぁ、そうだったんですけど」
とはいえスッキリしないのだ。
アインが不貞腐れるように紅茶を飲み干す。
すると、オリビアが両肘をついて顔を置いた。
「一つ聞いてもいいですか?」
「はい。なんでしょうか」
「アインはその方からどんなお世話になったのか……私に教えてくれますか?」
彼女の
瞳を覆う長い睫毛も良く分かる、そんな距離で見つめられると、オリビアのような美女は少し迫力があった。
「……」
もしかしたらオリビアに見惚れたのかもしれない。
ただ同時に、アインは彼女に真実を隠すべきか迷ったのだ。
だが、真実を語るならば、自分は前世があると自白するも同然。わざわざそれを伝えるよりも、伝えたことでショックを与える方がアインにしてみれば負の一面が強い。
だから。
「こんなに輝かしい生活を得られたのは、彼女のおかげだと思ってます」
だからこそ濁す。
濁した割に、意味合いは強い気がしてならない。
その言葉を聞いたオリビアは考え込む。
細長い人差し指を伸ばし、艶めく唇に押し当て小首を傾げた。
「もしかして」
十数秒後、彼女は頬を綻ばせる。
「その彼女って言うのは神様なのかしら?」
刹那、アインの表情が硬直してしまう。
夜風が不思議と更に頬を刺し、オリビアの指先、目、口元など――アインの視線が不規則に震えた。
こんな動揺は見せてはならない。
オリビアなら、アインが見せた小さな動揺すら気が付くのは今更の事。
しかしアインは言い繕う。
「かもしれません。それぐらいすごい人でしたから」
と。
実際嘘は言っていないのだ。
女神だと思っていた人は竜人で、アインからすれば神様のような力の持ち主に変わりはない。
「ふふっ、じゃあ私からも一つ教えてあげますね」
何だろう? アインが興味を抱いて間もなく。
「――私も女神様に会ったことがあるんですよ」
冗談? 本気?
戸惑うアインを傍目に言葉はつづけられる。
「って言ったら、アインは信じてくれるかしら?」
「そ、そりゃ……お母様が言うことですから」
答えたものの半信半疑だ。テーブルの下では、アインの手元が忙しなく動かされる。
「えっと、お母様は女神様に――」
胸が高鳴るのは緊張からだ。
アインは恐る恐る訪ねる。
「女神様に会って、何をしたんですか?」
決して緊張のようなものではない。
ただ、オリビアの言葉の先が気になって仕方ないだけだ。
「……なんて、冗談ですよ」
くすくすと、口元を抑えて笑うオリビアは楽しそうだ。
なんだ冗談か―アインがテーブルの上で脱力した。
「ふふっ、そろそろ城に入りましょうか。寒くなってきましたし、お風呂に入ってからまたお話ししましょう?」
「ですね……分かりました。じゃあ早速」
「それとも、久しぶりに一緒に入りますか?」
「か、勘弁してください……」
すると二人は立ち上がり城に向かって歩く。
途中、オリビアは一瞬立ち止まってアインの背中を眺めた。
その後、天を仰ぎ見て両手を合わせる。
数秒に渡って祈るように目を閉じて、小走りでアインと肩を並べたのだった。
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