その身体を穢された幼い龍。
直近で、イシュタリカを襲った魔物の被害で最も大きかったのは二頭の海龍の騒動だ。一頭を討伐隊が、もう一頭はアインが倒したことが、今回はそのどちらも居ない。
代わりに新たな技術で造られた魔導兵器が運ばれている。
遺跡の外――警戒のため控えていた部隊が異変に気が付いた。
すぐに遺跡から戻った仲間を見て、すぐさま迎撃態勢を取った。
「レオナード! 乗れッ!」
「あぁ!」
「みんなも走れ走れ走れ……ッ! こんなとこで戦うなんて勘弁したいぜぇッ!」
皆が一斉に走り出す。辺りに馬の蹄が地面を踏む音、連絡を取り合う騎士たちの慌ただしい声だ。
先陣を切るようにバッツとレオナードが走り、縦一列に走り出した軍勢のど真ん中を魔導兵器を持つ馬が進む陣形。
空をみればどこまでも暗い漆黒。ではなく、空の端からは瑠璃色の明けの空が徐々に姿を見せだした。バッツがそれを確認して口角を小さく上げる。
「……もうすぐ夜も明けるか」
一時の黄昏の言葉につづき、背後にそびえる遺跡から石が崩れ去る音と赤龍の叫び声が届く。
『ァァァアアアアア――』
空間ごと切り裂けそうな迫力に、訓練されていたはずの馬たちが嘶いた。すぐに落ち着き騎手の言うことを聞くが、騎士らも緊張から汗を浮かべ、幾人もの頬を汗が伝う。
バッツが振り返るが暗闇で赤龍の全貌が窺えない。
しかし、わざわざ見せつけるように赤龍が炎を吐いた。
『ガァアッ……グォォオオオオ――ッ!』
半ば崩壊した遺跡の上に座し、左右に翼を広げ首を振り吐かれる炎。
舞台に立つ役者が照らされるかの如く、真紅の炎が赤龍を照らす。
「おいおいおいおいおい……でけぇなあ……おい!」
ウォーレンに届いた報告によれば、赤龍の大きさはよくある民家程度。
だが、視界に映る赤龍の大きさはそれよりも遥かに大きく、二倍以上はありそうな巨躯を晒している。
全身を分厚い真紅の鱗で覆い、炎の明かりを反射した爪は鋭く長い。
赤龍は成長したのか? バッツはそう思うが合点がいかない。
「近ごろの魔物ってのはすげえんだな。聞いてた情報の倍以上でかいぞ?」
「いや、どうみてもあの龍だけが特別に決まってるだろう……。見てみろ、筋肉の膨らみ方が異常だ」
「お、おぉー……すげえなあれ。針でも刺せば破裂しそうじゃねえか」
赤龍を見れば、不自然な膨張が腕、足、そして胸元を強く強調している。太い筋が浮いているのが痛々しく、血走った瞳は遠くからでも分かる。広げられた翼は体格にそぐわないほど大きかった。
「種族として可笑しな成長でもさせられてそうだな」
「まぁ、何処か不憫ですらあるが、何にせよ焼かれるのは勘弁願いたいものだ」
二人に遺跡を出た時と比べ落ち着きがあるのは、過剰分泌された脳内麻薬ゆえか。レオナードは苦笑すら浮かべる始末で、バッツより更にリラックスしているように見えた。
そうしている間にも、二人が率いる皆が湿地帯を駆ける。
やがて、赤龍が空に飛びあがったところでバッツの声が響く。
「今だッ! 閃光弾をぶん投げろッ!」
後部を走る数十人の騎士が懐から取り出す手のひら大の玉。馬や他の騎士の目に入らぬよう、後ろに向けて放り投げた。
カツン、コツンといくつか転がってすぐ、ここら一帯が昼間かと見まがうだけの眩い光を放つ。
『ッ――!?』
「部隊長ッ! 赤龍が墜落!」
「辺りを見渡しており……炎を暴れ狂ったように吐いておりますッ!」
「あぁ、だろうな! 俺だって同じことされりゃブチ切れるさ!」
この間に距離をとりたいというのが第一だったが、ふと、バッツらの頭上を光線のように炎が通り過ぎた。
「なっ……まじかよ……ここまで届くのか!?」
赤龍との距離はすでに100メートルは離れたはず。
そんな攻撃が出来るなら色々と考え直さなければ――と思った矢先。
『グァァ――ッハァ……ハァ……!』
赤龍が鳴き声をあげようとした刹那、人がむせ返るのと同じような苦し気な声がしたのだ。
「バッツ! 炎を吐くのも無限じゃないってことだ! 力強い炎を吐くには準備が要るのだろう!」
「……みたいだな! ったく、生まれて間もないらしいんだからよ、静かにしてろっての!」
順当に成長した赤龍ならばもっと脅威だったのか? と疑問符が浮かぼうと、それに答えられる人物はいない。
ただ、異常発達した筋肉からは無理をしているのが一目瞭然だ。
「夜明け前の撤退戦ってのも悪くないな!」
「悪いが同意できんな!」
「でもよ、龍を相手に撤退戦をした文官なんて、きっとレオナードが初めてだぞ?」
「何がでもよ、だ! それには同意するが別に嬉しくもなんともないぞ!」
「違いない。――さぁもっと速く走れ! 一気に湿地帯を抜けるぞ!」
◇ ◇ ◇ ◇
作戦は単純明快。新型魔導兵器の攻撃で赤龍を撃ち落とすのみだ。あるいは、閃光弾で地面に落として総攻撃もいいかもしれない。
ただ後者に至っては、死に物狂いに炎でも吐かれれば、あっさりと全滅の危険があるため選びたくない手段だった。
赤龍を一度閃光弾で落としてから十分も経たない。
一同は深い湿地帯を抜け、馬が自由に走れる程度には広い道に出ていた。
この数分で更に瑠璃色が広がった空が、背後に飛ぶ赤龍の姿を晒す。
『ギィイィァアアア――ッ』
まるで苦し紛れの喚き声のような鳴き声が響く。
何処か悲痛だが、騎士や馬に与える威圧感に違いはない。
声が聞こえて間もなく、距離を確認したバッツが命令した。
「撃て撃て撃て……ッ! 一斉にぶっ放せッ!」
すると間もなく、耳を覆いたくなるような轟音と共に放たれた赤黒い光の筋。先端で一際輝くの魔石の屑で、小型の魔石砲はその名に恥じぬ威力を見せつける。
『――ッ!?』
幾つもの光線を赤龍は避けたが、そのうちの一本を翼で受ける。
「命中だ!」
「次弾装填! 我らでも赤龍を倒せるぞ!」
騎士たちの歓喜の声。
赤龍の翼に空いた一つの穴に喜びの声が上がった。
同じくバッツもニヤリとほくそ笑む。
「はっ、なんだよあいつ、結構弱いじゃねえか!」
「生まれて間もない子供の龍だ! いくら龍と言えどもということだろうな!」
「あぁ、海龍と違って空ならまだ対処もしやすい。これならなんとかなりそうだ」
なにせ生まれて一年も経たない赤龍。
マグナに現れた成体の海龍と比べることすらおこがましい。
――しかし。
「……って思ったけどよ、案外簡単には倒せなそうだな」
と、バッツの顔から不敵な笑みが消え鋭くなる双眸。赤龍の翼に空いた穴が、肉をかき分けるように蠢き埋まったからだ。
胸元に埋め込まれた黒い石が鈍く光り、バッツたちを嘲笑した。
だが一つだけ救いがある。
『グゴァ……!』
「とはいえ赤龍も辛そうだぞ! 結局のところ、体力を削れば我らの勝利だ!」
「あぁ、撃ち続けるしかねえな!」
赤龍が弓なりに首をもちあげる。
口元から真紅の炎が漏れ出したのとほぼ同時に、魔導兵器の次弾が放たれた。
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