研究所での綻び

 宿に到着し、三人はそれぞれ部屋に入って休みを取る。

 とはいえ、クリスはアインの部屋の中に設けられた、使用人も使うような部屋で休んでいる。

 以前と内装が少し変わっていたが、本質的な部分に変わりはなく、アインは優雅な時間を過ごせていた。



 ――陽が昇ったころ、アインはリビングにて資料に目を通していた。

 クリスはまだ起きて来ず、彼は一人だ。



「あー、資金難な研究所はいくらでもあるのか」



 カティマの手が入っている資料を眺めてそう言うと、やれやれと首を振る。

 古代生物研究所だけでなく、様々な事情まで書かれているのだ。

 目を通せば、今までに閉鎖した数多くの研究所についてまで、アインは知ることができた。



 金が関わることで臭い事例なんて、これまで何度もあったのだろう。

 研究は何をするにも金がかかるとあってか、こればかりは避けられない気もする。

 皆が聖人君子ならば――と、そうでなければ無理な話だ。



「到底無理な話だけどね」



 カサッと音を立て、紙のたばを机に置いた。

 分かったのは、古代生物研究所の場所や研究成果。

 ただ、成果と言っても大した内容ではなく、特筆するものはない。



 そして、古代生物研究所の所長の経歴についてだ。



(……所長がイスト大魔学の研究員だった、ってことぐらいか)



 当時はそれなりに優秀だった研究員のようで、一念発起して独立した――らしい。

 独立してからは鳴かず飛ばずというか、ため息を漏らす程度の話のようだ。



 オズとの関係を疑ったが、それはなさそうと安堵した。

 その研究員についてはカティマが知ってるらしく、その辺りは任せてほしいと一言添えられている。

 読み終えたところで、アインは窓の外に目を向ける。



「それじゃ、試しておこうかな」



 ふぅ、とため息をつき、アインはおもむろに立ち上がって窓際に向かう。

 窓際に置かれていた一つの花瓶、中にある花を抜き去ると、小さくごめんねと口にした。



「土が要らないのかは分からないけど、とりあえず……出てくれると助かる」



 花瓶の首に手を当てて笑う。

 アインの手元が鈍く光りだし、鼓動が伝わるように花瓶が脈動した。

 生唾を飲み込む音が一度だけ響いたと思えば、花瓶の中が弱く揺れる。



『――ア……アァ……?』


「……やぁ、おはよう」



 一輪のバラのように小さく生まれ、ぼーっとアインを見つめてくる。



「調子はどう?」


『――!』



 ぶんぶんと首、いや、頭を振って答えたそれは、興味津々に辺りを見渡す。

 なんだ、意外とかわいい仕草じゃないかと、アインは小さく微笑んだ。



「うーん。中はどうなってるんだろ?」



 と、アインは花瓶の中を覗き込もうとする。

 すると、



『ッ! ――ッ!』



 彼……いや、もしかしたら彼女かもしれないが、不愉快そうに首を大きく振って拒否する。

 なるほど……想定以上に意思は強いのかもしれないと、アインは喜んだ。



「ごめんごめん。そうだよね、恥ずかしいよね……うん……。 マンイーターだって、生きてるしね……」



 花瓶に作り出したのはマンイーターだ。

 カインやシルビアといった魔石組とはまた違う、純粋な眷属と言える存在。

 どうやって生まれるのか、どうやって生きてるのかなど、謎は多いが追及するのは難しい。



 ハイムの戦争を経験した者――そのなかでも、魔石組の者たちにとっては、非常に面倒に感じた存在なのは言うまでもない。

 だが、あくまでも、マンイーターは主のアインに忠実なだけで、性悪説を唱えるものではない。



「実は困ってるんだ。手を貸してほしいんだけど、いいかな?」



 相変わらず命令口調になるまでが長いアイン。

 マンイーターは、目のない花の顔を彼に真っすぐに向け、まるで首を傾げるようにして、口を半開きにしていた。



(……可愛い気がする)



 親心に似た感情もあったが、小さいと存外に可愛く思える。

 口を大きく開ければ獰猛な牙もある、だが、今は気分も落ち着いてるのかその片鱗はみせていない。



(……それに、言葉も十分通じるみたいだ)



 意思疎通が出来ている。

 内心で考えてることは伝わらないが、声に出せばはっきりと理解してくれている……ように見えた。

 ほっと一安心したところで、



「実はさ、調べたい場所があるんだけど――」



 と、これまでの経緯と状況をマンイーターへと語りだす。

 傍から見れば異様な光景だろう。

 花に語り掛ける、これならそれなりに可愛らしいが、この時ばかりは筆舌にし難い。



「できる? 研究者を食べてもダメ、研究所を破壊してもダメ、研究対象を食べてもダメ。ダメな事だらけだけど……」


『……ハァアアア……』



 すると、返事はとてつもなく大きなため息。



「……え?」


『……?』



 この時になって、アインは前回の召喚を思い出した。

 ある、一体のマンイーターのことが脳裏を掠めたのだった。



「君さ、前も俺にため息つかなかった?」



 オーガスト商会を出て、港でローブの男たちに襲われた時の事だ。

 アインの指示が不満だったのか、ハァ? といったマンイーターがいた。



「ついたよね?」


『……ン』



 頷きやがった、顔をゆがめて内心で思った。

 感情表現豊かすぎるマンイーターに怪訝な目線を向け、互いは沈黙を交わす。

 それが一分近くつづいたころ、アインも同じくため息を漏らし、



「次に変なため息ついたら、ローガスって名前つけるけど」


『アァァアアアアアッ……ペッ!』



 マルコと同じことで、顔があれば表情がみたい……と考えさせられる仕草だ。



「……なるほど。頼もしいかもしれない」



 気が合いそうだ。

 なんとなくうまくいきそうな気がして、アインは考えていた計画を語りだした。

 結果を言えば、このマンイーターは意外と言うことを聞く眷属だったということで、終わってから魔石を与えることで勝負がついた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 二日目の今日。

 イストの町中にある食事処、その個室でクリスがある物を手に持っていた。

 それはウォーレンが用意した手紙だ。

 今日の朝一に、コレが複数の研究所へと届けられている。



「第一王女カティマの名において、該当する諸機関への訪問を行う――ですか」



 さて、初日はクリスが目覚めてから町に繰り出した。

 特に目ぼしい情報は集まらなかったが、古代生物研究所の場所を確認するなどで終える。

 道中、魔物闘技場を見かけて懐かしい気分になったと追記しておこう。



「いいんですか、こんなの?」



 ジト目をアインに向け、彼女は注文した料理を口に運ぶ。

 ところで、この店は意外と雰囲気がいい。

 個室の方が話しやすいという事で高級店を選んだが、クリスも舌鼓を打って嬉しそうにしていた。



「俺だって考え無しでお願いしたわけじゃないよ。カティマさんがシュトロムに来たのだって、研究所の関連のためだからね」



 招致の下調べなどなど……アインはいくらでも理由付けをできたというわけだ。

 抜け目ない仕事に、クリスがため息を漏らした。



「はぁ……あんなに純粋だったアイン様が、いつの間にかこうした手口まで覚えてしまって……」


(純粋だった時代あったっけ……)



 他人のせいにするわけじゃないが、言い訳はある。

 幼い頃から、文官寄りの知識などはウォーレンが師匠なのだ。

 狐に化かされるとはよくったもので、アインは上手く技術を吸収したと言えるはず、



「とはいえ、正当な理由……となるのはその通りですね」


「でしょ? だから、次は俺の気転……というか、俺の考えが必要になるってこと」



 アインはテーブル横に置いた木箱を指さし、クリスもそれを見る。



「先日仰っていた贈り物ですよね? こんな小さい物なんですか?」


「小さくなってもらったんだよね。中身は――」



 アインは語る。

 何が詰め込まれているのか、それを使ってどうするつもりなのかを。

 当然だが、クリスは呆れたように手を額に当てた。



 片手では料理に刺したフォークが、中々に物悲しい。



「――……はぁ、密偵を送り込むつもりですか」



 密偵、確かに密偵だ。

 古代生物を研究している者ならば、気を惹かれるであろう存在を餌にするのだから。



「ひどい言い草だね、それ。俺は別にそんなこと考えてないよ? ただ、貴重な存在を……」


「もー、茶番過ぎませんか?」


「……だけど、これなら角が立たないでしょ」



 マンイーターには良く言い聞かせた。

 仕事の後の褒美につられてか、最後の方は元気に頷いていたほどなのだ。

 これなら、仮に白だったとしても変な被害を与える事は無い。



 疑ってかかっての行動ゆえだが、こればかりは仕方のないことだろう。



「――待たせたニャ」



 すると、そこで店員に案内されてカティマがやってきた。

 彼女はウォーレンの部下と共に行動し、今の今まで他の研究所まで足を運んでいた。



「お疲れ様。他の研究所はどうだった?」


「ついでに溜まってた仕事をしてきたのニャ。今回の調査は、意外と有意義だったかもしれないのニャ」


「んっ……それでは、古代生物研究所まで行きましょうか」



 残っていた料理を慌てて咀嚼すると、クリスは立ち上がった。

 もう少しゆっくりしてよかったのにと、そう思わないことも無かったが、アインも同じく立ち上がって歩き出す。

 支払いはもう済んでいる、あとは店を出るだけだ。



「ニャー、アイン」



 静かな店内を歩いていると、カティマが語り掛けてきた。



「はいはい。どうしたの?」


「箱の中のマンイーターって、どうやって帰ってくるのニャ?」


「……実験したら、水に溶けるように消えたから、多分そんなもんじゃないかなって」



 白だった時には、その特性を利用して撤収させるつもりなのだ。

 魔力で生み出せてるせいか、こうした面での使い勝手はとてもいい。



「ニャるほど……都合のいい眷属だニャー……」


「今日一晩で研究所の中を探らせるよ。夜には俺の部屋の花瓶に戻ってきて――って命令してあるし」



 ――すると、三人は食事処を出て、徒歩で目的地へと向かいだした。



 町並みは変わらず、流線型のオブジェが多く置かれている。

 それらはいずれも魔道具というのだから、やはりイストらしさといったところか。



 以前イストに来たときにも見かけた、町のど真ん中にある大きな時計台。

 目を引くそれを傍目に、三人は賑わうイストの町を歩く。



「あ、そういえば――」



 数分も歩けばそれは近づき、クリスの緊張感は高まっていく。

 一方で、アインとカティマは楽観的だ。

 これなら大丈夫、と自信があるのはアイン。

 なんとかなるニャ! と得も言われぬ自信があるのがカティマだ。



「古代生物研究所についたら、私は何をしていればいいでしょうか?」



 もうすぐ到着するという頃、クリスが首を傾げて尋ねる。



「クリスはじっとしてればいいのニャ!」


「……いいんですか?」


「というか、別にすることは多くないしニャ―……」



 カティマが答えると、苦笑いを浮かべてアインもつづける。



「うん。カティマさんが事務的な話をしてから、あっちの大陸で見つかったこれを渡す――ってことで帰るつもりだしね」


「なるほど。では、むしろ私が口を開くべきではありませんね」



 計画は素早く進めて、早く宿に帰る。

 余計なことは極力避けた。



「怪しまれるのも面倒だしね。こっちが怪しいって調査に来てるのに、こういうのもあれだけど」



 歩幅は一人一人違うが、揃えて歩く様子は馴染みが深い。

 調査の件を打ち合わせ終えると、なんてことのない世間話に花を咲かせた




 ◇ ◇ ◇ ◇




 研究所の入り口についた時、アインはちょっとした違いを感じた。

 イスト大魔学、あの研究所に足を運んだ時と、出入り口の警備が段違いに薄かったのだ。

 雇われ冒険者の門番は居たのだが、規模は格段に劣る。

 カティマ曰く、



「ま、金が無いと警備を雇うこともできないからニャ」



 ――とのこと。

 王家の威光を存分に使い、三人はあっさりと中に入った。

 それから、この研究所の責任者がやってくるまで少し待ってほしいと、ごく普通の応接間に通されたのだ。

 王族を通すには場違いだが、こればかりは誰も気にしていない。



「それはそれとしても、中は……ちょっと雰囲気が違うね」


「……ですね」



 アインの呟きに同調したクリス。

 彼女はそっと目を閉じ、ふぅ……と息を吐いた。



「地下でしょうか。外見とは裏腹に、結構な広さがあるように思えます」



 研究所の中は階層ごとに設備を分けているのだろう。

 一階はよくある廊下で、魔道具の電灯が天井に付けられ、地面は安価な建材だ。

 地上階は決して広さを感じさせず、普通の民家が何件かくっついたような広さに思える。



 少なくとも、こうして廊下を歩いただけでも、イスト大魔学との違いは大きい。



「えっと、魔法か何かで調べてくれたの?」


「はい。ただ少し、私が感じやすい風を流してみただけですが」



 それはいいなと、アインが笑う。

 機会があれば習得してみたいものだ。



「俺が感じたのはクリスとは違って、なんとなく雰囲気が……って感じなんだけどね」


「あはは……もしかすると、私の感覚よりも、アイン様の方が分かってるかもしれませんよ?」



 なにせ魔王ですからねと、彼女はアインを弄るように言うのだ。

 やがて、こうした和やかなやり取りを交わしている間に、応接間の扉が開かれる。

 やってきたのは一人の男――どこにでも居そうな中肉中背で、研究者らしく白衣を羽織っている。



「いやはや、お待たせして申し訳ありません……おや?」



 笑って足を運んだ彼は、悪く言えば、ヘラヘラとした締まりのない表情だ。

 クリスはその態度に苛立ちを覚えるが、何もしないと言った手前かそれを耐える。

 彼はカティマに注目したが、次の瞬間には驚いた表情でアインをみた。



「第一王女殿下がいらしたと聞いたのですが、そちらのお方はもしや……」



 アインを見てまばたきを繰り返す。



「私のことは気にしないでくれていい。今日は付き添いで来てるだけなんだ」


「……失礼致しました。ただの研究者風情がお声がけをしてしまいまして」



 男はアインについて気が付いたようで、別にそれは驚くことでないが、彼の態度にアインは内心で考える。



(珍しいな、王族を……カティマさんだけじゃなくて、俺もいるのに態度が落ち着いてる)



 全く緊張感が感じられないのだ。

 アインたちを待たせたことすらそうで、思っていることを顔に出さないように気を配っているように感じる。

 間を置くことなく、緩い表情を浮かべたと思いきや、彼はいそいそと近寄る。



「申し遅れました。私は当研究所の主任件責任者を務めている、ノイシュと申します」



 ノイシュはカティマの席の正面に腰かけると、顔を上げてカティマが話すのを待った。



「――手紙は読んだかニャ?」


「勿論でございます。シュトロムでも技術者を募っており、そのためにイストにも足を運んでいるとか……」



 片手でこめかみを掻きながら、彼は白い歯を見せて言う。



「とはいえ、第一王女殿下が自らされるお仕事とは思えませんが」


「私には他にも仕事があるからニャ。その関係で、今回はたまたまってとこだニャ」



 事実、彼女にはいくつかの仕事があった。

 アインと合流する前はそれをしていたのだから、嘘は言っていない。



「なるほどなるほど。左様でございましたか」



 相変わらず男の表情は緩い。

 彼はおもむろに手を伸ばし、テーブルに置かれた茶をゴクッと音を立てて飲んだ。

 満足気に声を漏らしたと思えば、次の瞬間には顔をゆがませた。



「とはいえ、我々の研究所では助けになれないかと……。研究員は、実は私を入れて5人程度の小さなところですので」


「ニャるほどニャ。それは確かに、シュトロムに来てもらうには難しいニャ」


「えぇ、えぇ。ですのでなんと言いましょうか……、ここ、古代生物研究所ではその……」



 もういいだろ? 早く立ち去ってほしそうな声にアインは聞こえた。

 カティマは自然な仕草でため息を漏らし、



「それは残念だニャ―……でも、実は他にも仕事を頼みたいのニャ」



 ここからば本番だ。

 カティマの言葉につづいて、アインは持ってきた木箱をテーブルに置いた。

 何が入っているのだろうか? 視線が木箱とカティマを往復し、彼は尋ねる。



「……そちらは?」


「あっちの大陸で見つかったものだニャ。ハイムの冒険者から届いたんニャけど、少し調べてほしいのニャ」



 目配せを交わし、アインが木箱の蓋を取った。

 すると、中に収められているのは小さな鉢植えと、そこに生えているマンイーターの姿。

 マンイーターはなんとも弱弱しく口を揺らしていた。



「ッ――これは見たことがありませんね……! 新種の生物でしょうか……?」


「それを調べてほしいのニャ。古くからの生物にも精通してるこの研究所に頼みたいんニャけど、いいかニャ?」


「……それはそれは。なんとも光栄に思いますが……こんなに小さな研究所でよろしいので?」



 若干、空気ひやっと変わったように思える。

 言われてみれば可笑しな話で、わざわざ小さな研究所に頼むことではない。



「ノイシュだったかニャ? 私はノイシュの過去を知ってるのニャ」


「私の過去……ですと?」



 口を丸くし、目を白黒させる。



「ニャ。あのイスト大魔学での研究員……それも、主任研究員を務めたこともある男だニャ?」


「ははは……いえいえ、当時は運が良かっただけですので」



 ふぅん、アインがカティマをみた。

 彼女が任せろと書いてたのは、こうした事情を詳しく知ってるからなのだろう。

 なるほど、アインが語るよりも説得力がある。



「実績は十分だニャ。研究所の規模は小さいかもしれニャいけど、これ一つならなんとかなるって思ったのニャ」



 この広いイストにおいて、そして、この広い大陸イシュタルにおいて。

 イスト大魔学という研究所の名は響き渡っている。それほど権威のある研究所だからだ。

 カティマが言うのはおかしいことじゃない、その実績は今はどうあれ、称えられるべきだろう。



「当然ニャけど、必用な器具とかは、全部王家持ちで金が出るのニャ」


「……左様でございますか、それほど、私の腕を買ってくださっていると」



 コクリとカティマが頷くと、ノイシュは考え出す。

 どうしたものかと、俯いたと思えば、鉢植えのマンイーターを眺める。

 興味は引かれているらしくて、徐々にマンイーターを見る時間の方が長くなっていった。



 彼は無精ひげを撫でさすると、また、ヘラッと笑って顔を上げた。



「王家からの依頼を断るのも無礼ですね。是非、当研究所にお任せくださいませ」


「お、それは良かったのニャー」



 最後は興味に負けたのか、それとも断る理由を失って同意したのか。

 何はともあれ、アインの計画は一歩進んだことに違いない。



「ところで、ハイムの冒険者からとのことですが、ハイムから送り届けられたのですか?」


「そうだニャ」



 ノイシュは興味津々にマンイーターを眺める。



(……演技指導しといてよかった)



 と、アインは内心でほっとする。

 極力弱弱しく、あまり元気に振舞わないでくれと言いつけてある。

 元気すぎて扱いに困られても……と思ったのだ。



「あちらの大陸では、バードランドへと色々な物が集まってくるらしいですね。私も以前、あちらの商人から購入したことがありますよ」


「ほほー、何を買ったのニャ?」


「ごくありふれた魔物の素材ですね……、イシュタルの魔物と生態が違うのかと、気になったものでして」



 優秀な研究者なんだなとアインが思う。

 そんなことまで気にするなんて、そして、気になったら行動する辺りが嫌いじゃなかった。

 とはいえ、警戒してるのは変わりないのだが。



「バードランドの商人も優秀ですね。彼らの船で、ハイムからすぐに届けてくださいましたから」


「ッ――!」



 そのとき、アインはピクっと身体を動かした。

 どうしたのかとクリスがアインを見たが、カティマとノイシュは気が付かなかったようだ。

 クリスは心配そうに目線を向け、アインは何かに気が付いたと言わんばかりに唇を動かした。



 ――大丈夫、と。



「カティマさん。そろそろお暇しようか」


「……ニャ、ニャー。そうだなニャ、そろそろお暇するかニャ」



 ふと、アインが立ち上がった事で彼女も立ち上がる。

 少しばかり戸惑っていたが、その声に逆らうことなく振舞った。



「じゃ、ノイシュ。そういうわけニャから、後で決済とかの書類なんか、騎士か文官が持ってくるから頼んだニャ!」


「どうぞお任せください。何か分かりましたら、逐一報告致しますので……詳細については、また後日ということに致しましょう」


「――じゃ、いくかニャ」




 最後は随分とあっさりした様子で応接間を後にした。

 だが、これが当初の計画には違いなく、そう強い不信感をカティマとクリスの二人は抱いていない。

 何かに気が付いたのは、アインただ一人だけだ。



「アイン。何か気が付いたのかニャ?」



 廊下をしばらく進み、誰の気配もしない所に出てからカティマが尋ねる。



「この研究所、あのノイシュって男は何か隠してる」


「ニャ……ニャッ!?」


「あの、アイン様……? どうしてそれを……?」


「ノイシュの勘違いかなって思ったけど、あいつは迷うことなくハイムからって言ったしね」



 何が切っ掛けで察したのか、これが二人は分からなかった。

 ただ早歩きで歩くアインの隣に立ち、彼がその理由を語るのを待つ。



「……昔から変わらないことなんだよね。エレナさんが来たときからずっとさ」


「エレナ……? クローネの母親がどうかしたのかニャ……?」



 今ださっぱり分からない。

 だが、次にアインが言った言葉によって、二人はアインが察した理由を理解することになる。



「バードランドの商人、彼らの船はハイムには無いんだ。……俺が、いや、俺とお母様がハイムを離れた時からずっとね」



 静かに語り、そのつづきを口にする。



「国交断絶状態だった名残だよ。だからさ、当時から商人たちの船は……北の国、ロックダムにしかないんだ」



 これはあることが判明した瞬間だ。

 アインの新たな目的が確固たるものとなり、これからのことが確定したともいえる瞬間だ。



(表立ってできない取引があったってことに違いない)



 それ単体ならば間違いかも、と考えないこともない。

 だが、前提条件を思えば間違いなんて考えられなかったのだ。




(龍信仰、金の流れ、そして……法に触れた研究ね)



 レオナードが語っていた黒龍の逸話が脳裏を掠める。



『というか、その赤龍って今は生きてないんでしょ? だったら、復活も何もできない気がするけど』


『仰る通りです。ですので、黒龍の線は無いと思いますが……だとしても、行ってることに目をつむることはできませんから』



 先日の会話を思い返し、話が繋がってしまったことをとうとう自覚した。



(復活させて逸話を実行する……考えたくないけどね)



 龍種が人に懐く可能性はゼロじゃない。

 特殊な状況とはいえ、双子がアインを親と思っているのがいい例だ。

 もし、もしも復活させて最初に見た人を親と思うのなら、実行することは出来るんじゃないかと……アインはそう考えざるを得ない。



「夜にはマンイーターが帰ってくる。その結果次第で、今夜のうちに乗り込むことにする」


「……はっ!」



 ――そして、アインら三人が宿に戻ってから数時間後。

 先日の花瓶の中へと、マンイーターが火傷を負って帰還することになるのだった。


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