第29話

人生の夢について


自分の 人生で 子供の頃に 夢を 持ったことは 一度もなかったと思う。


物心 つくのは 3歳近くで 松島海岸で のことであった。

記憶に 残っている 1つである。2歳のことも 覚えている。

3歳の時 松島海岸近くの 山の 脇道で 少し年下の

友達と よく遊んでいたが


坂道の すぐ脇に

いわゆる 肥溜めが いくつもあるので 気をつけないと って 遊んでいた。


夕方になり 家に帰って 数時間して 、なにやら お袋とか 近所の人が 騒がしくなった。


ミノル〜お前の 友達の ○○君が 死んだんだってよ〜〜

今 大騒ぎだよ!


?⁇ え〜〜うそだろう?


ほんとだってば!


だって さっきまで おれと ふたりで 遊んでて 、ふたりで 帰ったんだよ、暗くなってきたから。


どこで⁇


裏の 山の 坂道の とこだよ、降りてきて 帰ったんだよ。


だから〜あそこの 脇の 肥溜めに 入って 死んでだんだってよ〜〜!


え〜〜あれほど 気をつけないとなって

毎日 ずーっと 遊んでたのに、


そんなことあるかな〜〜?


とにかく 死んだんだから、大変だよ!それに よりによって

肥溜めなんかで 足滑らせたんだよな〜〜


あれから また ひとりで 行ったということか?


そうだっちゃ〜〜おっちょちょいだったからな〜〜


けっこう そのことは 子供時代の まだ3歳の 自分にとっても けっこう 考えた。


彼は 3歳の 人生だったわけだけど

じゃ〜 四年前は 自分は どうかというと


何処にも いないわけで

彼と 同じといえば 同じである。


それから 数ヶ月後 よく 見舞いに 行ってた

母方の 祖父が 亡くなった。


仙台で 一番 金を使い 粋で 遊び呆けた ドラ息子(笑)

なぜか 孫のなかでは 一番 自分と

気があって

何度か 仙台の 病院に 見舞いに行った。

明治半ばの 生まれである。


60ぐらいで 亡くなった。


仙台の 木町通りの 長屋の 狭い 一階四畳ぐらいの

居間全体に 巨大な 仏壇を 作り上げて


ものすごい 豪華な 料理が 並んで


人が 死ぬということは こんなに いい思いが できるものか?と ほとんど 私は

お祭りだった。


散々 お祭りの 贅沢な 産まれて初めての 料理を 食べて

大満足で 松島に 帰った。


その時も やはり 人間の死を 考えた。


祖父の 実家は 仙台でも 歴史的な 富豪だったが


次男でも 驚くほどの 資産を 分けてもらったが

人から 騙されて 零落した。


まじめに 働いたが 若い時の 阪妻真っ青な

天才的な ノリは


とても 仙台人とは 思いえなかった。


寄席芸人になった阪妻のような 風貌と ものすごい ノリは


あんな 祖父が 自分の 血の中に 入っているのは

ものすごい 可能性を 感じたものだった。


父方の方は 安土なので 信長系の 落ち武者伊達藩である。


人間というものは たまたま 生きてるだけで

そこには 自分の 場合は

希望とか 夢とか 成功とか


いいことがあるとか 考えられない。


子供の頃から 全てが 否定されてきた 自分としては

夢は 現実化はせず

挫折するためにだけが 生きることである。


万が一 運良く いいことがあれば

それは たまたまの 神様の 気まぐれだけで


その後は 失敗と 絶望だけが 延々と 続くだけが

生きてる ということだと

思うようにしている。


世の中 そんなに 甘いはずは 全くない。

夢見てると 一歩先は 崖に 落ちるだけしかないと 思うので

期待も 希望も 夢も 抱かず


死んでないから 生きているだけしかない。

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