おかえり
全てを消してしまう白い光の中を、トウマは必死で走った。
(この想いだけは、守ってみせる)
「カレン……!」
唐突に、カレンの姿が現われた。カレンもトウマを見つけて懸命に駆けてくる。
「トウマ! やっと追いついた――」
カレンは子供のように両手を広げた。トウマはぶつかるように、カレンに駆け寄り抱きしめる。
固く抱き合いながら、確かな存在をお互いの肌で感じていた。かすかに、風を切る音が聞こえたような気がして、顔をあげる。
二人の視線の先には、男の後ろ姿があった。白金の鎧に身を包み、赤い剣を構えている。彼は目に見えない何かに挑み、斬りつけていた。
「誰だ?」
トウマの呟きに、カレンが答えた。
「私、あの人、知ってる――」
トウマの視界に、ふわりと揺れる青いフードコートが目に入った。
「もう一人、いる!」
青いマント姿の人物はトウマとカレンを追い越し、剣を振るいつづける男へ駆け寄っていく。何度も足をもつれさせながら。途中、邪魔そうにフードを脱ぎ捨てる。白いロングドレスの少女だ。浅い色の金髪がどことなくカレンを思わせた。
グランド――と少女が叫んだように聞こえた。
カレンはトウマの腕をぎゅっと掴んだ。トウマは訳が分からなくなって叫ぶ。
「グランド、初代の聖剣の主か!?」
「あの人……ユージニアさんだわ」
少女は男に背中から抱きついた。もういいのよ、と制止するように。男は剣を降ろし、少女を見つめる。そして笑顔で抱きしめた。彼の、彼女の、長かった戦いは今、ようやく終わったのだ。
二人は振り返った。
聖剣の主は何度か代替わりをし、意識の寄る辺だった贄神はもはやいない。グランドとユージニア、トウマとカレンが出会うなど、考えられなかった。
だが、そこにいる二人は確かにトウマとカレンを見つめている。
何か言葉を発したわけではない。だが、じんわりと伝わってくる何かがあった。
グランドとユージニアはトウマとカレンに微笑みを投げかけた。光が二人を押し包む。何もかも飲み込む光が視界を真っ白に染めていき――静かな暗闇が戻ってきた。
かしゃん、と何かが壊れる軽い音で、トウマは我に返った。
ほの暗い闇の中で、トウマとカレンは座り込み、寄り添っている。すぐ目の前には、光を失い、砕けたゴールドオーブが転がっていた。
「カレン」
カレンはようやくトウマの肩から頭をあげた。最初はぼんやりしていたが、トウマを間近で見ていることに気づき、勢いよく突き飛ばした。
「いやあっ!」
「いやって……酷くないか?」
カレンは鎖をもじもじと引っ張りながら顔を真っ赤にして呟いた。
「ご、ごめんなさい……でも暗闇の中で抱き合うなんてっ……はやすぎるわゴニョゴニョ」
そこでカレンは慌てて鎖をたぐりよせた。青い魔導書は以前と変わらぬすまし顔で金鎖を纏っていた。ほっ、と安堵の溜息をつくカレン。
「トウマの聖剣は?」
「あっ、そーいや……元通りだ」
赤い聖剣は何事もなかったかのように手甲の形をとってトウマの右腕に絡みついていた。少し離れたところにタロスの剣が転がっているのを見つけ、トウマは嬉々として飛びついた。
「オレの剣! あーよかったー、失くしたら痛すぎる!」
「贄神は消えたのかしら」
カレンはおそるおそる、壊れたゴールドオーブをつついた。何の力も持たない、ただの金属片だった。
トウマは周囲をきょろきょろ見渡している。
「ここ、さっきの場所じゃないな」
「聖剣の影響でどこか別の場所に出ちゃったのかも……」
トウマはさっさと立ち上がると、カレンに手を出した。
「帰ろーぜ」
少しの間、カレンはトウマの手を見つめていたが、にっこりと笑い、手を握った。
ぴし。ぱきっ。
ひび割れの音が静寂を破る。トウマたちの頭や肩に、ぱらぱらと何かの破片が降ってきた。
「なんかヤバイ感じ!」
トウマはカレンの手を引っ張ると駆け出した。
「どこ行くの!」
「出口のあるとこ!」
壁に沿って小走りに進むと、扉らしきものがあった。
「出口か!」
力任せに剣で叩くトウマ。扉はゆらり、と外側に倒れた。扉を踏み越え外に一歩踏み出したトウマは思わず叫んだ。
「なんだこれ!」
部屋の外は夜空のようで、フロアを曲がりくねった回廊が繋いでいる不思議な構造になっていた。
「一体どこに来ちまったんだ?」
混乱するトウマの手を、今度はカレンがぎゅっと握った。
「行きましょ」
「どこへ?」
カレンは曲がりくねった回廊を指し示した。
「道があるところへ!」
カレンの答えに、トウマも笑った。
「だな!」
二人は回廊を駆けていく。ひどく不安定に揺れて足場が悪い。その間にも、天井がないくせにどこからか破片らしきものが降ってくるのだ。
「よくあるパターンだな。時間制限内に脱出しないと城が崩れるっていう」
「もうっ、イヤなこと言わないで!」
――カレン、トウマ!
聞きなれた声が耳に飛び込んできた。思わず叫ぶカレン。
「レイ! 無事なのね、よかった!」
『カレンもトウマも大丈夫みたいね! もうアタシ心配で心配で心配で……うっ、ひっく、ひっく』
『レイ。時間がない』
ゼロの声がレイの嗚咽を遮っだ。
「おう、ゼロ! 久しぶりだな!」
『全くだ、マスター・トウマ。だが再会を喜んではいられない。マスター・トウマとマスター・カレンがいるのはブリガドゥーン城の地下だ』
「そりゃねえよ。来るときはこんなんじゃなかったぜ?」
『セイントと異次元坑道を強制接続したときに歪が生じている。そこへ、聖剣の発動やセイントのシステムの再起動などが重なって、次元が乱れていると思われる。次元ごとの崩壊も時間の問題だ』
いつもの調子で、淡々とゼロが大変な状況を説明した。
曲がりくねった回廊に点々と、ピンクの光が示される。カレンたちを地下に導いたのと同じものだった。
『アタシたちが誘導するから、光を目印についてきて!』
「なんか、ずっと走りっぱなしだよな……あっ!」
トウマはあることを今更思い出した。慌てて宙に向かってゼロに呼びかける。
「ゼロ。城全体がこんなヤバイことになってんのか? リグラーナたちとガリュウも助けないと!」
『彼らは先にセイントに誘導しておいた。マスター・トウマとマスター・カレンの所在が、なぜかずっと掴めなかったのだ』
『カレン……贄神、消えちゃったんだよね?』
レイはおずおずと尋ねた。カレンは姿の見えないレイに語りかけた。
「うん! ねえ、レイ。私たち、ユージニアさんとグランドさんに会ったの」
『――ホントに!?』
「あの二人は、もう大丈夫よ、きっと。笑ってた……」
『……よかった……』
そこでトウマが叫ぶ。
「おい、カレン! もっと真面目に走れ! 後ろから崩れてきてるぞ!」
「え、ええっ!?」
ちらりと振り返ると、走ってきた回廊がばらばらと崩れ、夜空のような空間に吸い込まれていく。
「急げ!」
ピンク色の点滅が早くなる。それに平行して、赤い色が点滅して線を描いていく。レイとゼロが二人並んで先導しているようだった。
『あと少しでセイントよ! がんばって二人とも!』
カレンの足がもつれた。倒れそうになったところを、トウマがぐいと引っ張りあげ、助け起こす。
手は固く握り合ったままだ。
絶対にはなさない。二人とも、心に誓っていた。
『カレン、トウマ。アタシ、いっぱい嘘をついてた。悪いことに手を貸して、危険な目に遭わせた。ゴメンね……』
「戻ったら2時間正座で説教だ!」
トウマの言い草に、レイはくすくすと笑った。
『――ありがと。ユージニアの想い、届けてくれて。ありがとう、カレン、トウマ。二人とも、最高の聖剣の主だった』
『何かと型破りではあったが、人間について多少は分かるようになった。まだまだ知りたいことはたくさんあるのだが……』
ゼロが言い添える。
「おいっ、こんな緊急時にお別れっぽい雰囲気出してるんじゃねえよ」
トウマが茶化したが、レイもゼロも答えなかった。
「レイ、ゼロ……セイントで待っててくれてるんでしょ?」
不安になったカレンが尋ねると、ゼロが答えた。
『セイントにいるのは間違いがないが、我々はシステムの中にいるのだ』
「大丈夫よね? 二人とも、会えるわよね?」
『――以前のような形で会える保障はない。我々はかなりデータを失った』
衝撃的なことをゼロは淡々と述べた。
『だが、満足している。我々サポーターも、あなたたちと共に戦うことができたのだ』
「ゼロ……」
くっ、とトウマは歯を食いしばる。足取りが重くなったカレンの腰を抱きかかええ、加速をつけて走り出した。
「二人とも、絶対に戻ってこいよ!」
行く手に、白い出口らしきものが見える。ピンクと赤色の点はそこまで続いていた。
――忘れないで。二人が一緒に戦ったこの日のことを。意味を。
「レイ! また、会えるよね?」
全てに別れを告げ、消してきたのに、最後にこんな悲しい別れが待っているとは。カレンは嗚咽をかみ殺した。
「だって、私たち、友達じゃない……! 戻ったこと、一緒にお祝いしましょうよ、レイ!」
トウマは最後の気力を振り絞り、カレンを抱えあげて出口へと滑り込んだ。
その勢いのまま、床を滑っていく。止まったところで、トウマとカレンはぐったりと倒れ込んだ。
目に優しい明るさの、見慣れた部屋。異次元坑道の入口だ。
トウマとカレンの手から聖剣が解け壁面に飛び込む。複雑な文字列が浮かびあがり、消えた。聖剣は再び二人の手に戻っていく。
「あ、いたたた……」
トウマは腰をさすりながら起き上がった。顔をあげると、懐かしい仲間たちが笑顔で出迎える。その中にはリグラーナとグレゴリア、カリヴァにガリュウ。リグラーナの愛竜のヘレナがいた。
「わあぁぁん!」
「うえぇぇん!」
リリとイヨが泣きながらトウマとカレンに体当たりしてきた、もとい抱きついてきた。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっているリリの頭を撫でながら、トウマは仲間たちを一人ひとり確認していった。
「クリューガ、酷い格好だな」
包帯で上体をぐるぐる巻きにされたクリューガは、ティアに支えられていた。
「なぁに、ちょっと転んじまったんだ」
「痩せ我慢もそこまでくると感心するぜ」
リグラーナの背後に控えていたディアナが、トウマと視線が合うと頭を深々と下げた。
「みんな、揃ってるようだな」
「レイと、ゼロがいないわ……」
暗い声で、カレンが呟いた。イヨが慰めるように、カレンの手をさすっている。
「レイとゼロ、戻ってきてないのか?」
トウマの問いかけに、ティアが答える。
「キリクがセイントに贄神を呼び込んだときに、レイとゼロは消えてしまったの……それから姿が見えないのよ」
しん、と部屋の中は静まり返った。とりなすようにティアが言う。
「トウマとカレンの手当てをしなくちゃ。制御ルームに移動しましょ。リペアシステムか回復の泉が元に戻ってるといいんだけど」
こうして、一同は重苦しい空気をひきずりながら、制御ルームに移動した。
機動城塞セイントは壁面や床が壊れ、未だかつて見たことがないような状況だ。ここでの戦いも激しかったことを物語っていた。
うなだれるカレンを支えていたトウマだったが、リペアシステムの方を見て、カレンを手すりに押しやる。
「ははッ、見ろよ、カレン!」
リペアシステムはもう黄金の光に満ちておらず、以前の状態に戻っていた。
その台の上に、黒犬と白猫がだらしがなく寝そべっている。
「どうやら間に合ったようだな……人間体を維持するデータは喪ってしまったが、再構成できたことを良しとしよう」
ゼロは呟いた。ぐったりと動かない姿は新鮮だった。
「う~~~、つーかーれーたーよーお」
隣ではレイがへばっている。
「君が泣いたりするから消耗が多くなるのだ」
「なんですってぇ~~」
「レイ! ゼロ!」
カレンが階段をよろめきながら駆け下りてきた。レイも台の上から転げ落ち、もたもたと走る。カレンはレイを抱き上げ、くるくると回った。
「カレン! また会えたよ!」
「レイ! もう、すごく心配しちゃったじゃない」
へへへ、とレイは照れ笑いをし、カレンの肩に乗った。懐かしい重さに、カレンは目の奥がまた熱くなって来るのを感じた。
「ねえ、カレン。レイ・スーツ、役に立った?」
「うん、とっても! 贄神の攻撃を一回無効化できるって言ってたけど、本当に、完全に防御してたわ」
「んふっ。正確に言うと防御じゃなくって、攻撃をデータ解析して消去してるんだけどねっ。あれがホンモノの力ってやつよ」
くふくふ、とカレンとレイは頬をすり合わせる。トウマはじめ仲間たちは、その様子を楽しそうに眺めていた。
ゼロもリペアシステムから降りて階段の下まで歩いてきた。それを見たトウマは、階段を下りて出迎える。
「よお、ゼロ」
犬型に戻ったゼロは、トウマの前に座った。
「この視線になるのも久しぶりだ。マスター・トウマ。無事に帰還してくれて、嬉しく思っている」
にやっ、とトウマは笑った。
「んだよ、ゼロ。えらく人間っぽくなったじゃないか」
「それだけ私も学んだ、ということだ」
カレンはレイをトウマに見せようと、階段の傍に戻ってきた。
「ほら、トウマ! レイよ! ちっちゃくなっちゃったけど、レイだわ」
あっ、と声をあげるレイ。
「忘れてた! カレン、贄神から一撃食らっちゃったんだっけ? その後、服の耐久性が失われるから……あ」
言った傍から、カレンのコートドレスの下からきらきら光る断片がフロアに落ちていく。
トウマは目を丸くして凝視している。視線の先を追い、カレンは恐る恐る自分の服を確認した。コートドレスの下は素っ裸という、アバンギャルドな格好になっていた。
まだまだだな、とクリューガが呟き、ティアに足を踏まれて悶絶した。
カレンは魔導書を大きく振りかざした。危機を察してカレンから飛び降りるレイ。
「いやあーーーーっ! トウマの変態!」
「ちょ、変態って! オレなんにもしてねぇぇぇでっ」
ばっこーん、といい音と共にトウマは床に沈んだ。
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