青い空
空は果てしなく澄んでいて、淡い雲が時折ゆっくりと通り過ぎていく。鳥が高いところでピチピチと鳴いている。この時期のニアネード周辺は快晴が続く。乾燥しないのは、豊かな土と森があるからだ。
カレンはベランダの柵にもたれ、ぼんやりと西の方角を見ている。おおよそ、この素晴らしい天気とはほど遠い心境だった。
今朝、夜が明けきらぬうちにトウマたちは出発した。カレンは行かなかったが、他の仲間たちが早朝にも関わらず見送ったようだ。
ぐりぐりとこめかみを指で押さえる。軽い頭痛がした。昨日はほとんど眠っていない。浅い眠りに入った途端、覚えがないビジョンや声が脳裏をめぐり、起きているような状態だったのだ。祖父の書斎で発見したオーブのせいであることを、ほぼ確信していた。
「グランドって、言ってた、あの人……ユージニアさん」
あの記録は一番最初の聖剣の主だったグランドの時代のものなのだ。そしてもう一人、聖剣の主らしき女性がいたこともこれではっきりした。
どうして現代に全く彼女の記録が残っていなかったのか。
「消されたんだわ」
あのオーブがどのような経緯で残り、祖父の手に渡ったかわからない。後世に誰かが偽物の資料として作った可能性も完全に否定できないが、カレンは信じていた。感覚と感情に迫る彼女の喜び――悲しみ――怒り――憎しみは本物だと。
それに影響されて、昨日はあんなに感情的になってしまったのかもしれない、とカレンは思った。
「でも、後悔はしてない。私は自分が正しいと思う方法を言ったんだもの。それがトウマに受け入れられなかっただけ。仕方がないじゃない。衝突なんてよくあることだわ……」
一人、声に出して言ってみるが、虚しかった。
そのとき、久々に警報音が室内に鳴り響く。ここしばらく防衛戦がなかったため、緊張で肌が粟立つのをカレンは感じた。
カチッ、という音がしてゼロの声が続く。
『マスター・カレン、第1動力機構付近に接近するモンスターの一群がある』
(私だって、聖剣の主だわ。ずっと防衛戦を戦ってきたんだもの)
カレンは魔導書を胸に抱き、足早に部屋を出た。
制御ルームにカレンが入るのとほぼ同時に、居住区からわらわらと仲間たちが集まってきた。
ゼロが口を開く。心なしか、いつにも増して重々しい口調だった。
「マスター・カレン。今回の防衛戦は少々手間取るかもしれない。防衛ロボットの一部が機能しなくなったのだ」
「本当なの?」
ゼロの横に控えていたゲノムが代わって答える。
「上位機種限定でスが、制御系にトらぶるが発生しテ命令を一切うけつけなくなっていまス。私の権限をモってしても入れません。彼らの機能を一旦停止シて原因を調査中でス、すいませン」
「ゲノムが謝ることはないわ」
さらっと流したものの、カレンは内心唇を噛んだ。性能アップした防衛ロボットがいたから、これまでモンスターの大群を防ぎ得たのだ。
「リペアシステムからエナジー炉に一部エネルギー供給をして、動力機構の防御力を上げた。それでも早く決着をつけるに越したことはないだろう」
ゼロの言葉に、カレンは頷いた。
「わかったわ、ゼロ。ありがとう。さて……」
カレンはくるり、と仲間たちを見渡した。共に贄神と戦った頼れる仲間たちだった。
「じゃあ、行くわよ、みんな」
「カレン」
沈黙を守っていたキリクがカレンを呼び止めた。
「僕も防衛くらいはできる」
「キリク!」
キリクは革製の弾薬ベルトをカレンの鼻先へ掲げてみせた。
「ノヴァとインフェルノ効果が30回分。並以上の魔導師の攻撃力がある」
さすがにカレンも迷った。それだけの魔力があれば遠隔支援ができる。
「でも、あなたは……戦う人じゃないわ」
「それは君だって同じだろう? ただ、聖剣の主というだけでここまでやってきたんだ」
キリクの碧の瞳が、じっとカレンを見つめている。
「私が出撃するわ。だからキリクはセイントに待機していてくれるかしら?」
埒が開かないと判断したのか、ティアが穏やかに割って入った。が。
「ダメよ!」
「ダメだ」
カレンとクリューガが同時に反対した。思わずクリューガの顔を見るカレン。
「……ティア。お前はセイントにいろ。キリク、テメエの安全はテメエで守れるってんならいいぜ」
言い捨てると、クリューガは足早に出口へと向かう。ティアは目でクリューガの背中を追っていたが、我にかえって、カレンに言った。
「カレン、行って。キリク……それとリリちゃん、無茶しないでね」
「……大丈夫よ。ここまでやってきたリリ様にどんと任せなさい!」
カレンははっとした。相方のイヨ少年がいないことでこの少女も本調子ではないのだ。いつもは大火力でモンスターを蹴散らす彼女も、どこか空元気だった。
ティアの目配せを受けて、カレンが口を開く。
「クリューガとゲノムで先陣を切って。キリクとリリちゃんと私で後方から支援する」
「お任セを」
ギュルン、とスペアパーツのドリルを鳴らしてゲノムはクリューガに続く。
「気をつけて――」
ティアの見送りの声を背に、カレンたちも駆けだした。
(大丈夫、いつものことじゃない)
不安な気持ちを抱えながら、カレンは動力機構への転送ゲートをくぐった。
トウマがいない。そのタイミングで防衛ロボットの不調、そして謎の襲撃。妙な胸騒ぎが渦巻く。
「おほっ、うじゃうじゃいやがるぜ!」
クリューガが歓声を上げる。転送先の神殿跡は、ものの見事にモンスターがひしめいていた。すでに、転送装置から少し離れた動力機構に攻撃が仕掛けられている。
「クリューガ、見える? もうボスが出てきてる」
カレンが魔導書を構えながら叫ぶ。神殿の入口付近に呪法の防御壁をまとった巨大なサムライが出現していた。
「道を拓くわ――ノヴァ! もいっぱつ!」
ドン、ドドン。カレンはノヴァを連呼して群がるモンスターをなぎ倒した。リリとキリクの放った魔法で動力機構周辺のモンスター共も吹き飛び、消えていく。
「長引けば不利デス。ボスを狙イましょう」
ゲノムとクリューガは一団となって、神殿の階段を駆け下りモンスターたちを蹴散らしていく。
「気をつけて! リリちゃん、ファイアで支援して。キリクは動力機構から離れないで、近付いてくるやつを倒して」
素早く指示をすると、カレンは魔導書に手を重ね、呟いた。
「インフェルノ」
轟。地獄の業火がカレンの周囲を取り囲み、近付く者を焼いていく。焔をくぐりぬけたモンスターを、カレンは魔導書で力いっぱい殴りつけた。
(――なんて多いの……!)
次から次へと襲いかかってくるモンスターを焼き、吹き飛ばし、溶かす。
神殿の回廊で魔力の火花が飛び散っているのが見えた。ゲノムとクリューガがボスと対決しているのだ。
(――支援しなくちゃ)
群がる敵が邪魔になって、飛び道具的なシャインも届かない。進行方向を切り拓く必要があった。
「援護します!」
キリクが叫ぶと、狙いすましてノヴァをモンスター共の足もとに撃ち込んだ。銃、指向性を持たせることで当たった場所から四方八方に発動する。術者を中心に発動する魔導書の攻撃よりも射程距離が長い。
カレンとリリの前のモンスターが崩れた。
「リリちゃん、行くわよ」
「おっけー!」
カレンとリリは同時に手を突きだした。
『ファイア!』
二人の放った火球はもつれあいながら真っ直ぐ、サムライ目がけて突き進む。
阿吽の呼吸で、ゲノムとクリューガはサムライから離れた。その直後、カッと眩い閃光が走り、火球が炸裂した。
『ゴホァァァァ!』
「よっしゃあぁぁ! 防御壁が消えた! いくぜ、ポンコツ!」
「はイ、ケモの!」
呪法の壁を失ったサムライに、ゲノムとクリューガが一斉に攻撃を仕掛ける。
カレンは追撃にシャインを放とうとした。が、背中に悪寒を感じて、リリを突き飛ばし、自分も地面に伏せる。肩先をダークアローがかすめていった。
デーモンファウストに回り込まれたのだ。そこへマスターリザードが円月刀を振りかざし切り込んでくる。どちらも上級種のモンスター。避けながら、カレンはアバロンノヴァを発動した。
カレンとリリは分断されてしまった。カレンをマスターリザートが阻み、デーモンファウストはリリにダークアローを浴びせ続ける。
「こんのぉ……いい気にならないでよね! ヘルブラスト!」
風の刃を持つ竜巻が発生し、モンスターの足もとをさらい、なぎ倒していく。
「トドメよ! これでも……くらいなさい!」
リリが気合いを込めて、手中に巨大な火球を生みだした、そのとき。
またもやダークアローが飛来する。魔属であるリリアームヌリシアはダークアローの一発や二発くらったところでダメージは少ない。本人もそうタカをくくっていた。
「……え」
リリの腕の下をかいくぐり、ダークアローが炸裂した。眩い、“白い光”を放って。
闇に包まれていた光属性の攻撃は、リリの腹部を直撃し、衣服を焼き、皮膚を切り裂き、骨を砕いた。
「リリちゃん!」
声の限りに叫びながら、カレンは駆けだす。
リリは大きく後ろに仰け反る。血飛沫を撒き散らせながら。
「チ……ビ……」
見開かれた目は、今、傍にいない少年の姿を探している。かくん、と膝が折れ、リリは石畳の上に転がった。
(――うそ、うそ、うそよ……!)
「カレン! 近づきすぎる!」
キリクがノヴァを撃ちながら叫んだ。が、その声はカレンの耳に届かない。
目の前に立ちふさがるデーモンファウストに、カレンは続けざまにシャインを放った。五連打立て続けに打ち込むと、デーモンファウストは光の輪の中に呑まれて消滅した。
「リリちゃん!」
倒れているリリをカレンは抱き起こす。少女は小さく呻いた。鮮血がぼたぼたと落ち、石畳を濡らしていった。シリルは腰のポーチから小瓶に入った回復液を全て取りだし、リリに次々に振りかけていく。
キリクはカレンたちの傍に駆け寄ると、迫ってくるモンスターを狙撃して援護した。
「リリちゃん……リリちゃん」
回復液を使い切ったおかげで出血は止まったが、相当のダメージは残っているようだ。リリは青ざめた顔で目を閉じている。
キリクが、弾切れになった銃でマスターリザードを殴り倒したのと、クリューガたちがボスに止めを刺したのはほぼ同時だった。
モンスターの死体がさらさらと黒い霧となって風に散っていく。
ゲノムとクリューガが駆け寄ってきた。キリクはカレンに代わってリリを抱き上げ、立ち上がった。
数分後。リペアシステムの台の上にリリは横たえられている。彼女の上に暖かな、黄金の光がさんさんと降り注いでいた。ティアが破れた服を手早く取り去り、シーツをかけてやった。
カレンはリリの手を握りながら、リペアシステムの端に腰掛けている。
「ゼロ……リリちゃん、大丈夫よね?」
モニタを見ながらゼロは軽く頷いた。
「外傷はあらかた治癒している。早い手当が効いたのだ。あとはリペアシステムで完全回復を待てばよいだろう」
見守っている仲間たちから、安堵の溜息が漏れた。
「それににしても、イレギュラーが多すぎる。もっとも、今までが上手く行き過ぎていたのかもしれないが……」
ゼロの言葉に、カレンは唇を噛んで俯いた。
「私のミスよ……いつもなら用心してもっと早く回復しているのに」
今日に限って無理をしていた。ロボットが出撃できないので早く決着をつけたいという焦りがあったのかもしれない。
(ごめんね、リリちゃん。痛い目に遭わせて)
カレンは指先で、リリの髪にそっと触れた。
「カレンのせいじゃないわ。今日は運が悪かったのよ」
ティアが慰める。だがカレンの心がそれで晴れるわけがなかった。
「ティア。これでいいのかな?」
レイがポットとカップをのせた盆を掲げてやってきた。
「ありがとう、レイ」
ティアは盆をリペアシステムの台の端に置くとポットの蓋をあけて香りを嗅いだ。
「これはね、心を休めるハーブを配合したお茶なの。目が覚めたリリちゃんが落ち着くように、ね」
そのとき、リリが小さな呻き声をあげた。
「う……」
「リリちゃん」
カレンが覗き込む。リリの目はしばらく周囲を彷徨っていたが、最終的にカレンの顔に落ち着いた。
「もう大丈夫よ。敵は全部やっつけたわ」
うん、とリリは頷き、呟いた。
「……痛い」
カレンはぎゅっとリリの手を握りしめた。
「ごめんね……私がもっと気を配ってたら……」
リリは首を振った。
「違うの……今まで何度も戦闘不能になったけど……あんまり痛くなかったの」
リリはゆっくりと上体を起こした。シーツが滑りおち、破れたシュミーズと、剥き出しになった腹が見えた。傷は塞がっているが、まだ赤みが強く残っていた。ひく、と喉を鳴らすリリ。シーツを掻き抱いて背を丸めた。
「痛いよ……」
「ゼロ、痛み止めはないかしら」
カレンはゼロに尋ねるが、リリはそれを拒むように首を振る。
「チビが……いつもは、痛みを軽くするよう魔法をかけてくれてた、から」
リリの大きな瞳が、みるるうちに涙に濡れていく。
「いっつも傍にいて、いっつも一緒で」
ひっく、ひっく、と子供のように何度もしゃくりあげる。涙が堰を切って溢れ出し、顎先から滴り、シーツに染みをつくった。
「どうして――チビはここにいないの? どこ行っちゃったの? どうしてあたしの傍にいてくれないの? 約束したじゃない、いつだって、これから先だって、あたしが他の人を好きになってお嫁に行ってもずっと一緒だって……うう、うわぁぁ……ん」
しまいには、人目もはばからずに大声を上げて泣き出した。喜怒哀楽がはっきりした少女だが、これほど取り乱した姿を見るのは初めてだった。カレンはリリを胸に抱き寄せた。
「リリちゃん……」
「ひぐっ、えぐっ……チビのくせにあたしを泣かすなんて……チビなのにいつの間にかあたしより背が高くなっちゃって……これまで何でも話してくれたのに、ナイショにしてることもあって……なによ……でも……会えなきゃ文句も言えない、じゃない」
どこにいるのよ――リリはカレンの胸に向かって叫んだ。
どうやら、リリは家出してきたのではなく、イヨを探しに来たようだった。イヨの消息が分からないのも気になるが、カレンにはリリの心の叫びのほうが堪えた。
(こんなに会いたかったのに、我慢してたのね)
リリのしゃくりあげは徐々に小さくなっていく。大声を出して泣いたので多少はすっきりしたのだろう。頃合いを見計らって、ティアがハーブティーを入れたカップをそっとカレンの傍に置く。カレンはそれをリリへ差し出した。
「これ、痛いのを軽くするお茶なの」
リリは大人しくカップを受取り、一口二口とすすった。
カレンはあやすように、リリの背中を撫でながら語りかける。
「イヨ君はいつから姿が見えなくなったの?」
「……あたしがここに来た日の4日前から。あたしたちすごいケンカをしたの。あたしはすごく怒ってた。新品の箒をチビがなくしちゃったから……アイツ、すごく考え込んでて。置き手紙もあったの。『北へ行きます』って。だからてっきり、ここかと思って。すぐに追いかければよかった! あたしも意地を張ってて、無視してたの、最初の2日は。でも、でも、こんなにチビがいないのは初めてだったから…」
新たな涙がぽろり、とリリの瞳からこぼれ落ちた。
「……怖くなったの。もし、このまま二度と会えなくなったらどうしようって」
自ら気を落ち着かせるように、リリはずずっとお茶をすすった。
「ここにいたら、そのうちチビのほうからあたしを探しにくると思ってた。もし家出中にあたしん家に戻ってきても、あたしがいないから絶対に探しにくるって、思ってた……けど」
ひく、とまたしゃくりあげるリリ。
「酷いことも言ったし、殴ったりもした。いつもチビが、悪くなくっても謝ってそれで仲直りして終わりだったのに。何があっても離れないっていつも言ってたのに。きっと、あたし、チビに捨てられたんだわ」
「そんなことはないわ。イヨ君はいつだってリリちゃんのこと大切に思ってるわよ」
それはカレンの『そうであってほしい』という希望でもあった。リリはぐすん、と鼻水をすすりあげた。
「じゃあ、どうしてチビは姿を見せないの? あたしを避けてるんだわ……」
「何か事情があるのよ……事件に遭遇しちゃって手が放せなくなったとか。イヨ君、責任感が強いから」
それも希望的観測であったが、リリは肩を強張らせた。
「ねえねえ。最近、辺境で誘拐事件が流行ってるんだよね? もしかしてもしかしたら、チビがそれに巻き込まれてたら……!」
考えにくい話だが、否定もできない。リリのほうは新しい思いつきに俄然元気が出てきたようだ。涙で曇っていた目に強い光が戻ってきたのがその証だった。
「あたしも行く! トウマのところへ連れていって!」
「リリちゃん、落ち着いて。まずは傷を完全に治さなきゃ」
カレンはリリに残りのお茶を飲ませると、台の上に静かに横たえた。
「ちゃんとリペアシステムで回復して。それからイヨ君を捜す方法を相談しましょ」
誘拐事件との関連はさておき、イヨが心配だった。考え込むカレンを、リリが不安そうに見ている。
「ねえ、カレン。あたし……チビに会えるよね?」
「当然じゃない!」
「もしもね、もしも。あたしのことが嫌いになったとしたらね……それでも会いたいの。謝りたいの。それから……一発、箒でおもいっきり殴るわ」
リリアームヌリシアらしい言いぐさに、カレンは思わず吹きだした。
「大丈夫。今はよく休んで、元気を取り戻して。イヨ君の捜索で忙しくなるわよ」
お茶の効果が出たのだろうか。しばらくしてリリは穏やかな寝息を立て始めた。
すると、ティアがカレンの肩をそっと叩いた。
「カレン、リリちゃんは私が見ておくわ」
「でも……」
ティアは片目をつぶる。
「カレンも疲れただろうし、何より、イヨ君のことも含めて色々考えなきゃいけないでしょ。あ、そうだわ! トウマを呼び戻してみたら?」
カレンが返事を迷っている間に、ゼロが言った。
「マスター・トウマは呼び戻せない。端末はここにある。私にも黙って置いていったのだ。困ったことになった」
と、言いながらあまり困った様子はない。
カレンは体温が急激に上がって、下がったような気がした。そのことを今、初めて聞いたのだ。
「置いてったって……それじゃ、トウマのほうから戻ってこない限り、連絡の取りようがないってこと……?」
「グランタルでマスター・カレンを探し当てたときのように聖剣の波動で探査できる。従ってマスター・トウマの居場所はマップ上で確認できる」
ゼロが困った様子を見せないのは居場所さえ分かれば何とかなると考えているからだろう。だがカレンにとっては“端末を置いていった”ことが大きなショックだった。
遠征や旅には端末が必須だ。端末がないとセイントとの通信もできない。ケンカしようが決裂しようが、聖剣のシステム上、繋がっている―――繋がらざるをえない、と思っていた。それをトウマは何も言わずに置いていったのだ。
繋がりを、切られた。
リリではないが、カレンもそう思った。動揺を隠しながら立ち上がる。
「ティア、リリちゃんをお願いね。ちょっと今後のこと、考えてみるわ。みんなもお疲れさま。いつまた防衛戦が発生するかもしれないから休息を取って」
口では周囲を気遣いながらも上の空だった。
その後、どうやって自室まで戻ったかよく覚えていない。気がつけばベッドに倒れこんでいた。
とても心許ない。曖昧であやふやで、ひどく寂しい。
聖剣の主だから、聖剣の仕組みだから、繋がってて当たり前だと思ってた。トウマは自分のことを見てくれているという奢りもあった。
――聖剣を手にしたときのことを思い出したわ。
まさか自分が聖剣の主になるなんて思ってもみなかった。祖父の残した文献を頼りに探し当てた。調べようとして触れた剣は、カレンを主に選び、今も傍にいる。その日から、カレンの寂しいけれど平穏だった日々は激変してしまった。
――当たり前のものなんてない、ってわかってたはずなのに。
チチ、と鳥の声が近くに聞こえた。バルコニーの手摺りにでもとまっているのだろう。何気なく窓を見ると、その彼方に青空が広がっている。
――この空の下で、今、トウマは何をしてるんだろう。何を思っているんだろう。
――どうして、私は知ろうとしなかったんだろう、トウマの感じてることを。
漠然と、当たり前でなくなった“当たり前のこと”を考えるカレンだった。
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