第五章、ビューティフル・スカイ
メモリー2
――どうして私と彼が選ばれたのだろう。
『計算外の可能性』がヒトの特質といっても、もう少し慎重に選ぶべきだったのではないだろうか。ともかく、私と彼の個人的相性が悪いのは確実だった。考え方が違うのだ。
『世界を救う? ハハハ、無理無理ぜってー無理。オレは自分のことだけでいっぱいいっぱいだぜ』
『“聖剣”は皆の力の結晶なのですよ! 万人のためにあるのです! この力を集めるために、一体どれだけの命が……』
こみ上げてくるものがあって思わず言葉に詰まる。私たちに託された最終兵器は文字通り人々の命を削ってできたものなのだ。
『……犠牲になったか、あなただって知っているでしょう!? 尊い犠牲と貢献の上に、この世界は成り立っているのですよ!』
『犠牲ってんなら、今まで贄神のクソッタレどもに殺された奴らだってそうさ。そいつらは尊くないってのか?』
『言葉遊びをする気はありません。私たちはこれ以上犠牲者を増やさないために選ばれました。今現在と、それに続く未来を守らなければなりません』
『それにオレはオレのガキ共を守りたいから志願したんだってば。でもマジで採用されるとは思わなかったんだよなー。まいったなーハハハ。気合いと根性で乗りきれるかな』
『あなたに必要なのは気合いと根性ではなく自覚です!』
パートナーがこれでは未来がないも同然だ。しかも子供がいるような口ぶり。選考の条件は未婚・子供がいないことだ。血縁がいない、あるい少ないことも因子の一つである。後の――未来があればの話だが――醜い政治的な利用を防止するためだった。
『おいおい、そんなにマジ怒りすんなよ、姫さん。眉間に皺が寄ってとれなくなるぜ』
――本当に、この人は……!
『誰のせいですか!』
子供のことも含め、選考システムと元老院に再審議を申し出よう。もう、残された時間は多くない。
――私は……民のためなら心残さず戦いに赴く。その覚悟はできている。
『無理ってこっちが言いたいわよ。あんな不真面目な人、おまけに子持ちだし!』
『つまり、ユージニアは相方が知的で優しいハンサムな王子さまじゃなかったんで不満なのよう』
『な、なによ、悪い? 最終決戦を共に戦う人くらい、そうでなきゃ死んでも死にきれな……』
自分の失言に気づくのと、彼女の藤色の目がみるみるうちに涙で濡れていくのは、同時だった。
『……ごめんなさい、今のは冗談よ。大変な戦いになるのはわかってるけど死ぬ気なんてさらさらないわ』
無理に笑顔を作って微笑む。
『どうしてユージニアとあの人が犠牲になんなきゃいけないの?』
『そんな……犠牲なんかじゃないのよ。私達はこの世界と、そこに暮らす人達を守るために戦うの』
『アタシ知ってるのよ、感謝してありがたがって、でも、自分じゃなくてよかったって安心してるの……!』
この子はいつもそうだ。物事の本質を見事に射抜いてしまう。だけどそんな彼女が私は好き。時々腹が立ってケンカもするけれど、この子だけが私を理解してくれている。
『アタシ、ユージニアと一緒にいくよ。何か役に立ちたいの!』
私は彼女の髪を撫でてやった。白銀に桃色かかった光沢が宿る、本当にきれいな髪。
人間は勝手だ。『人間の可能性とゆらぎを作り、コントロール』するという名目で彼女を奔放に自由に振る舞うように教育しておいて、何かと都合が悪くなると消去しようとした。
今迫っている世界の終わりも、結局はツケを支払っているに過ぎないというのに。
『……ありがとう、あなただけが私を』
――アースの少女王じゃなくユージニアとして心配してくれる……。
『まーそんな気負いなさんな。今からきばってるとバテるぜ』
『どなたかが呑気すぎるから三倍気を張ってなきゃいけないんです!』
『女に苦労かけるなんざ許せねえ奴だぜ、まったく。誰だそんな間抜けは』
『……』
私とあの人は今日も衝突している。贄神の眷属どもの攻防戦の最中でもそうだ。私は魔導書と魔導器を携え、彼は大剣を構えている。
周囲はなんとも気持ちの悪い贄神の眷属に取り囲まれていた。私は魔法の広域攻撃、彼は近接戦タイプだが、怒濤のように押し寄せる贄神の眷属の前に戦略も役割分担もない。
魔力を持たない彼でも使えるよう、魔法の発動システムを剣に仕込んでいる。一方、私は魔力の温存と近接戦用に銃型の魔導器を作らせた。結晶化したフォースに魔術発動プログラムを組み込み、引き金を引くことで発動する。銃と全く同じ仕様だが、プログラム如何によっては散弾銃のように広域に攻撃することも可能だ。私も戦闘訓練は受けているけれど、やはり剣と魔法を両立するのは難しい。
日に日に贄神は成長し、その眷属の侵攻は激しくなる一方だ。
アースとカナン両国の連合軍では間に合わず、人民も武器を手に防衛している。そして、最終決戦に臨むべき私たちも前線に駆り出される。あれだけ対立していた両国も強大な敵を前に団結した。贄神は全人類に対する脅威で、ある指向性をもった滅びだ。亡き父の、大陸全土の和平という悲願がこんな形で叶ったのは皮肉としかいいようがない。
皮肉と言えば私たちも。常識も境遇も目的も、何もかもが折り合わないが、プログラムがはじき出した“最良の適合性”とやらで選ばれたペア。しかも彼は全くといっていいほど協調性がなかった。私のほうがいつも合わせる、そういう感じだ。彼の言動は私の予測をことごとく外してくれる。こんなことで本当に、うまく連携して最後の武器、あの”鍵”を使えるのだろうか。
『ぼさっとするな!敵を倒したらすぐ動け!』
全く、誰のせいだと思っているんだか。
『わ、わかってます! ……きゃあっ!?』
折り重なって倒れている眷属の中から、鞭のようなものが飛び出して私の足に巻き付く。無様にも私はひっくりかえってしまい、銃は手から離れてしまった。
宙を見上げると、暗い空を背景に、飛躍した眷属が空中から私のほうへ襲いかかってくるのが目に入る。とてもゆっくりと動いて見えるのだが、私の反応は遙かにそれを下回っていた。
呪文を発動するより早く、飛来する眷属に何かが突進するのが見えた。あの人だ。襲いかかるドラゴンを足がかりに宙を飛び、眷属に剣を突き立て、そのまま地面へ叩きつけた。
――飛んでる! 相変わらず無茶苦茶な戦い方をする人だわ。
頭の片隅でぼんやりとそんなことを考えた。だが彼の戦っている姿は、その人格はともかく俊敏で大胆でありながら緻密・正確である。とくに剣術を学んだことがないと聞いているが、下手な剣舞よりも華麗だった。
『止めを刺せ!』
彼の怒鳴り声に我にかえり、途切れ欠けた呪文を紡ぐ。地下のマグマのごとき高温を一方向に発生させる灼熱の塊が、手の中に生まれた。
『そいつから離れて――っ!!』
彼が剣で串刺しにして押さえている眷属に向かっておもいっきり投げつける。鍛冶の神にちなんだ魔力の塊は呪文の構成通り長く伸び、その間も熱量を損なわずに突き進む。高温のため周囲のものが焔をあげて燃えていく。
『ほらよっ!』
彼は剣を抜きながら飛び退いた。その直後、焔のランスが眷属に突き刺さり、一際焔が高く上がった。金属が軋むような耳障りな悲鳴をあげて眷属は消滅する。
『何がランスだ。むしろ煉獄の焔だな』
焼け焦げたランスの道筋を剣で指し示し、彼は笑った。がすぐに真顔になる。
『行くぞ。同じ場所に留まるな。すぐに動け』
――偉そうに言ってくれちゃって、なによ。
そのとき私は苦虫をかみつぶしたような顔をしていたに違いない。
そんなことが幾度もあった。それが悔しくて、彼の動きや攻撃のパターンを観察するようになった。見返したい。一人前の戦士として、パートナーとして対等にありたい。残された短い時間の中で私なりに努力した。
ある戦いの最中。私の放った魔法の一撃が彼の窮地を救った。
『ありがとよ。でも今のオレも一緒にやっつけようとしてなかった?』
私は澄まして答えた。
『そんな風に見えたかしら? あなただから避けられると判断したのよ』
『怖い姫さんだな。そんだけ見えてりゃ大丈夫だ。だけど油断はするなよな』
笑顔の残像を残して彼はすぐに背を向け、眷属相手に斬りつける。
――ちょっとは認めてくれたのかしら。
だが、そんなことを幾度も重ねるうちに、私は気づいた。彼はずっと私を気遣い守ってくれていたことを。
戦いや訓練がないとき、彼はよく要塞の塔の上で空を眺めている。寝転がっていたり、塀に頬杖をついていたり。
断じて、彼のことが気になるわけではない。放送で呼んでも伝令に探させてもなかなか重い腰を上げない。私が塔に彼を探しに来たのも仕方なしにである。私が呼びに行くと、彼は渋々ではあるが動き出す。
その日も私は塔にのぼり彼を探していた。時々、場所を変えるので油断ならない。
10あるうちの3つ目の尖塔で、ようやく彼を発見する。鬼ごっこをしているようだ。今日も床に座り込み空を眺めている。シャツ一枚の軽装の肩は思っていたよりも薄い気がした。このような痩躯でよくあんな大剣を扱うことができるものだ。
美しい青空だった。薄く白い雲が、忘れた頃に横切っていく。とても静かで穏やかだった。その下に、背中を向けた彼とそれを見ている私がいる。
私はしばらく黙って、彼の背を見ていた。声が掛けづらい雰囲気だった。彼は今、私を見ていない。なぜだか急に寂しくなった。
『……グランド』
声を掛けると、彼は振り向いてにかっと笑った。いつもの、子供のようなやんちゃな笑顔。
『わりぃ。放送で呼んでるのは聞こえてたんだけどさ、ちょっとのんびりしちまった』
『いつもそうやって空を見ているけれど、何か飛んでいるの?』
『なんとなく眺めてるだけさ。この空の下で、同じ空を見ている奴らがどんだけいるだろうって考えてた』
私は彼の隣に腰を降ろし、空を見上げる。
『きっとたくさんの人よ。こんなにきれいな空なんだもの』
私もその一人ね、と笑った。彼は一瞬驚いたように目を大きくし、笑った。そしてまた空を見上げる。
こうして同じように空を眺めていると、さっき感じた寂しさが溶けるように消えていく。
彼は、この美しい空の下に何を見ているのだろう。
人懐っこい笑顔と裏腹に拒絶する背中。
――もっと、知りたい。
――あなたの視線の先には何があるの?
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