お父さん……?


「うーす。はええな」


 と、食堂に現れたのはクリューガだ。今起きたばかりの様子から察するに、昨日は飲み過ぎたのだろう。こころなしか、表情に覇気がなかった。テーブルに座っている面々を見渡し、最後にトウマに向かってにやりと笑う。


「んだぁ? 朝っぱらからシケたツラしてんな、トウマ」

「うっせえよ! ……ティアはまだ起きてこねえよ」


 その名を聞いた途端、クリューガは石化したかのように硬直した。


「そういえば、ティアのお祝いをしなくちゃいけないわね」


 カレンが何気なく言うと、さらにクリューガは白っぽくなった。このまま灰になるのでは、というくらい生気が抜けている。


「お・と・う・さ・ん」


 と、ふざけて言うトウマの首に、クリューガは腕をまわして部屋の隅へさらっていった。


「男の子って、よくわかんないわ。クリューガは年上だけど精神年齢がトウマに近いから一緒ね」

「でも、とても楽しそうですよね」


 こんなカレンとキリクの無情の会話も、トウマには聞こえなかった。


「だから! 身に覚えがねえっっつってんだろが!」


 なぜか、トウマがクリューガに詰め寄られている。


「覚えてないなら聞けばいいじゃん」


 クリューガはトウマの襟首を掴んで揺さぶった。


「そんなこと聞く男は最低だぜ! どんなことでも、自分のやったことには責任を持つ。それが男だ」

「じゃあ、責任取って結婚するんだな?」


 頭をがっくりと垂れるクリューガ。


「責任はいいんだよ。問題は、俺がこれっぽっちも覚えてねえってことだ。ティアのザルっぷりには敵わなくて、いつも俺が潰されていたからなぁ……」

「じゃあ、その間に……何があったんだろーなー」

「そこだぁ! この俺様が、酔い潰された挙げ句に――うおぉぉぉ! 俺が女に負けるなんて!」


 プライドが邪魔をして、どうしても『事実』を認めたくないらしかった。


「ティアからは何も聞いてないのかよ」

「おうよ……何も言ってこねえ。それが覚悟なのかなんなのか……それとも……俺から名乗り出ることを待ってんのか!? 試されてるのか、俺?」

「やめーっ、放せ、落ち着け、クリューガ!」


 トウマは襟首を掴まれたまま前後に激しく揺さぶられる。脳味噌が揺れて気持ちが悪くなってきた。


(あーもー、サイアクの日だ……)

「そんなことより、いいのかよ? あの歴史男、カレンとべったりだぜ?」


 我に帰るトウマ。確かにキリクと親しげに話をしている様子を見るといい気はしない。むしろ苛立つ。しかし、それは怒りとは少し違う。だから、なおさら口や態度に出しにくいのだ。


「俺だったら『留守の間に男なんか連れこみやがって』ってほっぺたぱちーんとひっぱたくぜ」

「殴られる、絶対に撲殺される!」


 トウマは反射的に頭を押さえた。ゴーレムのパンチもドラゴンのブレス攻撃も恐れないが、これまで何度か浴びたカレンの魔導書アタックはトラウマになっていた。

 クリューガは片目をつぶって笑う。


「そこがミソなんだよ。女が何すんのよって怒った瞬間にぎゅっと抱き締めて、強引に」

「強引に?」


 クリューガが、んーっと顔を寄せてくる。トウマは反射的にドクリューガの顔面を両手で押し返した。


「ふむぎゅっ」

「やめれ、気持ちわりぃ! いくら最近流行ってるからってそりゃねえだろ!」

「バカ、俺だってそんな趣味はねえよ! お前がトロくさいからお手本を示しただけだっつーの――トウマ、カレンのこと、好きか」


 いきなりの質問と内容に、トウマは目を白黒させた。


「なんだよ、それ」

「好きかって聞いてんだよ」

「好きだよ。あのツンツンも慣れるとかわいいよ。ちょっと最近ツンツンしすぎてるけどさ」


 あっさりとトウマは答えた。はあ、とクリューガは溜息をつく。


「んじゃ、ティアやあの魔族の女王さんはどうだ」

「ティアも好きだよ。リグラーナも好きだ。かわいいじゃん」

「じゃあ、ティアの作る鍋とカレン、どっちが好きだ」


 クリューガの質問もめちゃくちゃである。


「んんー、迷うな、それ」

「ここ迷うとこじゃねえだろ!?」


 お手上げといわんばかりに、クリューガは天井を仰いだ。


「こりゃあカレンに同情するぜぇ。お前たち、どういう関係ですかって聞かれたらなんて答えるんだ、え? トウマ」

「それは……オレとカレンは……」


 そこでトウマは口ごもる。


「2本の聖剣の主だ」


 クリューガの言葉にトウマは頷く。


「じゃあ、聖剣がなかったらお前ら、一体なんなんだ」


 カレンにとってトウマはどういう存在で。トウマにとってカレンはどういう存在なのか。

 しばらくトウマは考えていたが、答えが言葉にならないのだ。さっき、カレンと言い合いをしたときに形になりかけたような気がしたのだが、今は欠片も見あたらない。


「へっ、ようやく真っ正面から考えるようになったか、バカタレ。ぶっちゃけ話、カレン見てて、なんとかしたいって思わねえのかよ」

「なんとかって……そりゃあ、あんなにツンツンとんがってたら何とかしてやりたいって思うよ」


 あたた、と額を押さえるクリューガ。


「そうじゃなくてよお。お前だって男だろ。カレンにムラッとくるときはないのかって聞いてんだよ」

「イラッとくるときはたまにあるけどさ」

「誰がうまいこと言えと。お前、女抱いたことないわけ?」

「……そりゃあ、ま」


 トウマは赤くなりながらそっぽを向く。11歳の頃から独り、辺境の町や村を渡り歩いているのだ。経験はある。あてもなく旅をする少年に優しいのは、なぜか男よりも女のほうが多かった。


「カレンに対してそういう気持ち、なったことねえのかよ?」


 あーうーと唸りながらトウマははぐらかす。ないこともないが、カレンに対して欲情すると魔導書で殴られるような気がした。完全なトラウマだ。


「カレンってそういうタイプじゃないだろ」

「確かにな……」


 妙なところでクリューガが納得した。


「鎧がぶ厚いっつうか、変に態度で示すと『不潔!』って言いそうだぜ」

「殺られるな、確実に」


 トウマの脳裏に青い魔導書が浮かび、思わず身震いしてしまった。


「かわいげが足りないんだな、色気も。あと中身おっぱいも。女は愛嬌があって素直でバインバインなのが一番だぜ」


 クリューガが自分の主観を織りまぜていうが、その点についてはトウマは同調しなかった。ツンツンしたり、自分独りで抱え込んだりと大変な女ではある。


(でも、だから、守ってやりたい)


 だが、そこから先のこととなると考えたことがなかった。


「だからお前たちどういう関係なんだ、って聞いたんだよ、アホタン」


 ぐりっと、クリューガはトウマの頭に拳を当てた。


「いてっ」

「さっきの質問、宿題だかんな、答え用意しておけよ」


 と、容赦なく拳を捻りいれる。


「あだだだだ!」


 いつも通り手加減なしだが、兄貴分としての暖かい感情がこもっていた。

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