襲撃
カレンとゼロ、レイが制御ルームに入ったとき、警報が変調した。セイントの動力機構にも攻撃が仕掛けられているようだ。大地から自然エネルギーを吸収する動力機構はモンスターを呼び寄せやすい。贄神を倒した後も時折鳴り響く警報が、カレンは嫌いだった。
ゼロは制御パネルを覗き込む。
「奇妙だ。一部、応戦しているようだ」
応戦? 誰が?
自分たち以外に動力機構付近で応戦するなど、考えられないことだった。
「カレン、いつでも出撃できるぞい!」
熟練の老騎士が、雷のような声を制御ルームに響かせた。元帝国伝説、上半身が人間で下半身が馬の槍騎士、カリヴァである。
さらに、おっとりとした声が続く。
「遅れて、ごめんなさい」
ティアが長弓を携え、駆け込んできた。こんな非常事態でも優しい笑顔のエルフ族の美女だ。見た目は20歳を超えたくらい、カレンが密かに羨む「ボン・キュッ・ボン」の見事なプロポーションの持ち主だ。長寿のエルフで、年齢不詳。
残りのメンバーは一部を除き、トウマとともに遠征に赴いている。だが、盗賊やこの付近に発生するモンスターごとき、敵ではなかった。
「行ってくるわ」
カレンは制御ルームの階段を駆け下り、動力機構付近への転送口へ向かう。
と、ティアを見ると、いつも元気はつらつな彼女が、長弓にもたれている。心なしか顔が青い。
「ティア! どうしたの、お腹すいたの?」
カレンは真剣に尋ねた。なにせ、ティアはおやつと称して肥太ったイノシシを一人で三匹はたいらげるほどの胃袋と食欲の持ち主だった。具合が悪いといえば空腹しか思い浮かばない。
「あら、ごめんなさい。大丈夫よ、ちょっと立ちくらみがしただけなの」
と、いつもの笑顔で答えるティア。
「私とカリヴァだけで大丈夫よ」
カレンが心配すると、ティアは首を振った。
「ちょっと動いたほうが楽になると思うの」
「ふむ、無茶はするな」
半人半馬は言った。
カレンたちが動力機構の周囲に辿り着いたとき、すでにセイントの防衛ロボットとの間で戦闘が始まっていた。人間、オーク族、リザード族が混在する野盗集団のようだ。少し離れたとこに、小型のドラゴンが凍てつく息を吐き出している姿が見える。
「ドラゴンまで連れてくるなんて、用意周到ね」
カレンは唇をかんだ。
「臆さぬならかかってこい! 騎士カリヴァが相手をしようぞ!」
カリヴァが楽しそうに盗賊どもの間に斬り込んでいった。年老いてなお血気盛んである。動力機構の防衛はロボットに任せるとして、攻撃力の高いドラゴンを早く片づけなければならない。
「ティア、援護をお願い!」
「任せて」
カレンは群がる盗賊たちをファイアの魔法で蹴散らす。ティアの連射が次々に敵を薙ぎ倒し、道が開けた。
「えっ……?」
ドラゴンの周囲に光が弾ける。ドラゴンは耳障りな悲鳴をあげていた。
「ホーリー?」
カレンは目を細めた。ドラゴンの前に立ちふさがっている者がいる。明らかに盗賊とは違う、小ぎれいなマントに身を包んだ青年だ。青年といってもカレンとそれほど年は離れていないだろう。カレン同様の金髪に白い肌は、北に住む人間であることの証だ。
「ゼロが言ってた応戦してるっていうのは、あの人なのね」
青年は二の腕ほどの長さの銃を手にしている。非常に珍しい武器だ。ドラゴンの爪を、青年は銃で牽制する。
「シャイン!」
カレンが唱えると、光の輪がドラゴンを横殴りにした。かろうじて届いたらしい。青年は振り返った。深い緑色の目がカレンの姿を捉え、少し驚いたように見開かれた。
「危ない!」
カレンは叫んだが、遅かった。体勢を立て直したドラゴンが腕を振るう。青年は地面に叩きつけられた。青年に襲いかかろうとするドラゴンめがけて、カレンは魔法を放った。
「シャイン!」
カレンの足もとから光の波動が広がり、ドラゴンを直撃する。もう一発。しかし、カレンが発動しようとするより早く、青年が銃をドラゴンに突きつける。
「くらえ!」
ドラゴンの至近距離で、ホーリーの魔法が炸裂する。ドラゴンは光の波紋の中に倒れ、消滅した。
(あの銃で、ホーリーを発動?)
青年はカレンの姿を認めたものの、ドラゴンの後方へ駆けていった。青年と同じマントに身を包んだ男が2人、倒れていた。助け起こしたものの、青年は項垂れて、彼らを地面にそっと寝かせた。カレンがそばに立つと、青年は呟いた。
「まさか、こんな戦いに直面するとは思ってなかったんです……僕らは甘かった」
言いながら、悲痛な面持ちで男たちのマントを取り、それで彼らを覆った。声がかけづらくて、カレンは黙って青年の後ろ姿を見ていた。
「カレン!」
敵を殲滅したカリヴァとティアが駆け寄ってくる。その言葉に、青年は反応した。
「あなたが――聖剣の主の」
カレンの顔をまじまじと覗き込み、微笑んだ。このとき初めて、カレンは青年が魅力的であることに気づいた。すごいハンサムというわけではないが、人を惹きつけるものがある。
「驚きました。こんな……」
言葉を探しながら、カレンの顔をまじまじと見る。
「その……」
歴代の聖剣の主は英雄と呼ばれる者が多かったらしい。確かに、カレンのような少女が聖剣の主であるとは考えにくいだろう。かつてグレゴリアやリグラーナがそうであったように。
贄神を倒してから一年、聖剣の主の顔を拝みに尋ねてくる人々がたまにいるのだが、その反応は大体似たようなものだった。驚き、慌て、そして軽く失望する。
青年の態度に似たものを見出して、カレンも内心うんざりしながら言った。
「若すぎるって思いますか」
冷ややかなカレンの視線に、青年は慌てて手を振った。
「いや、違うんです。僕はあなた方のお年は知っていましたから。そうではなくてですね、あなたのような……」
青年は赤い顔で口の中で何事か呟き、頭を下げた。
「いや、いいです。無礼な態度をとって申し訳ありません」
「お主、何者だ」
カリヴァが尋ねた。半人半馬。世にも珍しい絶滅危惧種のケンタウロスを間近で見て、青年は目をぱちぱちさせていた。が、やがて礼儀正しく頭を下げた。
「申し遅れました。僕は――」
「うっ」
ティアがいきなり、口元を押さえて近くの茂みの奥へと飛び込んだ。
「ティア!?」
「はあ……はあ。大丈夫、ちょっと、気持ちが悪くなっただけ……」
そう言いながら、ティアの顔は青白かった。
「ど、どうしたの? セイントのリペアシステムで見てもらったほうがいいわ」
「ううん、平気よ」
原因は分かってるから、とティアは微笑んだ。心配顔のカレンの後ろでは、カリヴァと青年が所在なく突っ立っていた。
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