天文薄明

尨犬

第1話

チープな単線電車が、二段の河岸段丘の上につくられた街を這うように、反時計回りに弧を描きながら徐々に上って行く。電車は住宅街の中を、コンクリート塀のすれ擦れを縫って走る。ひと瞬間、路地の隙間から車内に夕陽の光が差し込んだ具合で、向かい側の窓ガラスにするっと映る自己と目線が行き交うと、地原ちはら 清一郎せいいちろうは思わず目を背けた。『だいたい、このつまらない顔とみすぼらしい肢体と、誰が見たって、それこそナルシズムに頼って贔屓目に見たとしても不釣合いじゃないか、まったく、なんでこうもみじめなのだろう。』

彼女のすらっとした背丈やぬばたまの髪を想像した。

彼の空想妄想の類は、いつだって外見の良し悪しから出発して試行錯誤を繰り返し、答えの見えぬまま次第にそれを取り巻く内容物の善し悪しに向かって方向を変え、辛辣に分析され、そうしてついには、今も自分を乗せて走る鉄道のように、終着の一点ぴたりと停止してしまうのだった。その空想列車の終着点の必然なるが、彼は自身の最も大事な出来事に、つまり苦境をともにする友人たちがいつも彼の到着を待っていてくれるのではないかと、そういう都合のよいものに酔いしれるのだった。

だから、彼は決して一人でないという安堵を胸に秘め、各々にあの事故の責任を等分する程度の慰めを自分のために分け与えられたのでしょう、と言った彼女の言葉を強く意識して電車を降りるのだ。

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