璃々子(5)


 カウンターを片付けているとまたドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ」


 璃々子と入れ違いに入って来たのは真っ黒でまっすぐな髪をぱつんと切りそろえたこけしのような女の子だった。


 黒々とした眉毛が凛々しい。


「あの昨日電話したバイトの件の」


 女の子は孝哉の手に握られたビール瓶を凝視し、明るい店内を見回した。


 璃々子が出ていったあと店内に客は誰もいなかった。


「あのここアサイラムコーヒーですよね?コーヒー専門店の」


 明け放たれたドアから風が吹き込み、店内のコーヒーとタバコの匂いをかき混ぜた。





 孝哉はテーブルの上に置かれた履歴書を手に取る。


 宮内 世那(みやうち せな)


 平成11年9月12日 満18歳


「大学生?」


「はいこの4月から」


 宮内世那は正面を向いたまま口だけやけにはっきり動かした。


「実家は埼玉かぁ、通うの遠くない?」


「あ、都内に1人暮らしです」


「あ、そうなんだ。じゃ決まりだ。いつから入れるかな?」


 そろそろランチタイムで店が混み始める正午になろうとしていた。



 白い花びらが1枚ヒラヒラと落ちてきて璃々子は立ち止まった。


 見上げるとほとんど葉桜になった桜の木が璃々子を見下ろしている。


 この桜並木を抜けると璃々子の店と自宅のある建物まですぐだ。


 建物の1階部分の一部を借りた脱毛サロンは今年で7年目になる。


 最初の年こそ大変だったが、今ではスタッフを雇わなければいけないくらい忙しい。


 サロン経営の前はずっと美容院で受付をやっていたが、ある日自分も手に職をつけたいと思い立ち、客として通っていた脱毛の資格を取り、今に至る。



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