璃々子(3)
この店のオーナーである孝哉は人が振り返るほどのイケメンではないがその柔らかな物腰と自然なサービスが心地いい。
左手の薬指に結婚指輪をしているので既婚者だと思っていたら、どうやら独り身らしい。
常連客の1人から聞いた。
昔の人が忘れられないのだと。
それが別れた奥さんなのかまたは亡くなったのか、詳しくは知らない。
「それにしても誰が一体トイレの壁に璃々子さんの電話番号なんて書いたんですかね。悪質な」
「リョウでしょ」
璃々子は鼻の下についたビールの泡を指で払う。
リョウとは璃々子がこの前まで付き合っていた男だ。
アメリカの大学でMBAまで取った男で会話にやたら英語を混ぜてしゃべる。
その肩書きとは裏腹にリョウの容姿はお粗末だった。
窪んだ小さな目に2つの穴が開いただけのような鼻、とにかく地味な顔で「わらじ」とか「百姓一揆」とか「土左衛門」とかそんな言葉が連想されるような顔だった。
その容姿のコンプレックスのせいかリョウは少しでも自分のプライドを傷つけられるようなことがあると相手を猛攻撃した。
リョウはケチな男でもあった。
お金を持っている癖にレストランやバーではいつも割り勘だった。
それに関して璃々子は文句はないのだが、いつも先にリョウが支払い、店の外で璃々子に半額を請求してくるのが嫌だった。
璃々子はリョウにとって良くも悪くも都合のいい女だった。
着飾ればそこそこ連れて歩けるレベルで会話が無害な女。
ブスは嫌だが美人過ぎても気がひける、自分より頭がいいのはもっての他で馬鹿なくらいがちょうどいい。
そしてそこそこ自分でも稼いでいるのでアレコレねだってくることもない。
リョウと璃々子が付き合ったと言ってもたったの三ヶ月でお試し期間が終了して、やっぱりダメでした、といった感じだったのだがそれを言い出したのが璃々子だったことに問題があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます