【クトゥルー神話異聞録】魔典の章

鈴ノ村

旧支配者の独白

プロローグ~混沌の使者の追想~

 いいかい、これから僕が話すことは誇張や虚構など一切ない純粋な事実だけだ。君は面白半分で僕にこの話を訊いてきたが、いずれ君の顔は戦慄を浮かべるだろう。そして君も他人事だと思えないようになる。


 僕が混沌の化身として宇宙創生期に誕生したのは、君もよく知っているね? これまで様々な経験を経て、計算できないほど膨大な出来事を記憶してきた僕だが、あの人間たちの存在は僕の記憶の中でも重要な位置を占めている。あの人間たちとは退っ引きならぬ対立関係になったこともあるし、互いに腹の内を探り合いながら、持ちつ持たれつ協力したこともある。


 人間ごときに……と思うかい? ふふ、かつての僕も君と同じような考えを持っていた。自らの持つ力を存分に振るって、矮小で取るに足らない人間の心と体を人形劇のように弄び、飽きてしまえば塵芥のように捨てていたさ。

 いや、君を未熟だと馬鹿にしているわけではないよ。君の考え方のほうが普通なことで、僕の考え方は神として異質だろう。


 しかし僕は彼らを侮ることはできない。今もここに彼らが現れたのならば、僕は間違いなく警戒を最大限に強める。それほどの存在なのさ。現にこの僕が滅ぼされかけたことさえあるのだから。


 え? ああ、彼らの寿命はとうに尽きているよ。彼らが生まれたのは1万年前の天の川銀河にあった太陽系の惑星だ。確か地球と呼ばれていた星だったが……まあ、呼び方はどうでもいい。

 ともかく、僕が君に伝えたいのは1つ。ごくごく稀に人間には侮れない個体が生まれるということだ。それをどうか忘れないで欲しい。神だって万能ではないし、悪魔だって隙をつかれることもある。この広い大宇宙では、僕らのような存在にも平然と胸を突き合わせ、敢然と牙を向いてくる者がいる。いいね?


 さて、ここからが君の知りたがっていた彼らの素性と経歴についてだが、彼らの名前だけは控えさせてくれ。名前を口にするという行為とはどんな世界線でも中々危険なものでね…寿命が尽きたといえども、彼らならば思わぬきっかけから奇跡を起こしてしまう可能性があるからだ。


 では、彼らの足跡とともに語るとしようか。

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