第43話 地下世界29

族長からの詳しい話はレイナールとエリス、フラーラが聞くようで俺達は小屋の前で留守番だ。


手持ち無沙汰になり枯れ木を篝火に投げ込んだりしてみる。


当然のように護衛役らしい、無頼な熊を含む獣人が小屋の近くでこちらを見張っている。




「ボクはてっきり娘主導のクーデターでも起きたのかと思ったよ」


「俺もそうかと思ったが本当に何かが起きてたみたいだな」


「なんだっけ、あの以前一度だけ行った街の外の巨人の集落の名前? あそこはひどかったねーみんな族長になりたいって気持ちを微塵も隠してなかったよね」


「たしかコリナとかじゃなかった? 裏切らない奴が居なかった。もう最終的に全員が族長の座を狙って個人で戦い始めたどうしようかと思ったよ」


「あったあった!」


「あれ以来トーナメント方式で族長決めてるみたいだよ、あそこ」




ココが手を叩いて笑った。


視線を感じて、そちらを向くと話が聞こえているのか獣人たちは俺達を睨みつけていた。




外での雑談と違い、小屋の中は防音がしっかりとしているのか俺の大きな耳でも話が聞こえてはこない。




そういえばフラーラは何のためにきたのだろうか。


彼女は宿泊施設をメイン据えているケラニア結族。


商店も兼ねれば物自体は需要がありそうだが、彼らに金貨があるとは思えない。


いや、グラント結族の調査団の食料を此処で買わせてその金貨をフラーラが商店で回収しようって腹か?




グラント結族も専門ではない遺跡発掘をしようとしたり鉱物資源を手に入れようとしているし、どの結族も専門外を伸ばそうと必死のようだ。


そのために他の結族の影響が薄そうな場所に来ているのだろうし。




ココと思い出話をしていたリナが、突然前触れもなくその言葉を口にする。




「そういえばスバルさんの家族のこととか聞いたことなかったですけど、こんな感じの集落で育ったんですか?」




周辺に生えている木々を見つめながら彼女は何気なく言った。


いかにも家族がいて当たり前であるかのように問いだ。




「いや、俺達は孤児みたいなものだよ」




セントラルシティでは当たり前かもしれないが、その他の場所では違う。


大都市ともいえるアイリスでも捨て子の類は吐いて腐るほどにいる。


特に隠すほどのことでもないのでさらりと答えた。




「え」




予想もしなかったことだったのかリナは驚き目を丸くしている。




「そんなに驚くこともない。アイリスのスラムにだって小さな子供がいっぱい居ただろ? あれみたいなもんだよ。特筆すべきことでもない事柄だよ」




まだ、驚いているリナを余所に周囲を観察していると熊の獣人の周りに女性の獣人が現れ、彼に抱き着いた。


何事かを女性や仲間たちに告げ、女性を侍らせながらこちらに歩み寄ってくる。




嫌な予感がしつつため息をついて熊が来るのをまつ。


リナなど明らかに不機嫌になり意思に答えた金属球が激しく動き出す。


ココは気配を消し、熊の死角に隠れた。




自信満々に、女性を見せびらかす様に彼は言った。




「おい、犬。俺とメスを賭けて決闘をしろ。メスに庇われて恥ずかしいだろう? 汚名返上のチャンスを与えてやるぞ」


「はぁ?」




思ってもみない言葉に阿保みたいな声が口から漏れる。


本当になんなんだこいつは。


獣人の知性は一般的な人と同じくらいのはずなのに頭がすかすかだ。




「俺達は女を得るときに決闘で手に入れる。強い男に女は惚れるものだからな。お前のメスも強さを証明すれば俺に素直に抱かれるだろう」




開いた口が塞がらない。


気配を消していたココですらナイフを手にしたまま奇特な物を見るような眼差しになっている。




辺境の生活は脳みそまで蛮族に仕立ててしまうらしい。


熊の獣人は今まで見たことがないが、それが悪影響を与えているのだろうか。


リナの外装骨格についてきた純粋無垢な獣人の子供もいつかはこんなことになってしまうのかと悲しい気持ちになってくる。




ポーチに手を伸ばし密かに≪念話≫を起動した。




『レイナール。会議中にすまない。また熊に絡まれてる。決闘だなんだとほざいて呆れてものも言えない』


『此方も厄介なことになりそうだ。少し待っててくれ』




呆れて見ていると子供のような挑発は過熱し、手足を熊のそれに変化さえてまで敵愾心を煽ろうとしている。




『族長に話を通した、是非戦ってほしいらしい』


『俺が求めていたのは戦いを奨励されることじゃないんだが……』


『族長の願いだ。頼む。集落の若い獣人は外の者を馬鹿にする風潮があるから手加減は無用だそうだ。熊の行動は族長もほとほと困り果てていたらしい』


『そんな人間が族長の娘の取り巻きだなんて、よくそんなこと許すな……』


『一代前の族長の息子で無下にできないらしいぞ。あ、スバル、念の為言っておくが、これからの商売相手の重要人物だ絶対に殺すなよ』


『……善処はする』




レイナールから期待していた回答は得られず、仕方なしに決闘をしなければならなくなった。




「おい、どうした? ビビッて声もでないのか?」




駄目だこいつ。絶対にコボルト以上に頭が悪い。




「許可が下りた。やるならとっと始めようか」






第二十九話 無駄な決闘






レイナールにその場を離れることを伝え、熊の先導に従い大きな広場に案内される。


土が踏み固められた円状の空間。その周囲には囲うように篝火が焚かれている。


こうした決闘もどきは日常茶飯事なのか、辺境ゆえに大した娯楽もないからなのか、広場の周りには結構な人数が集まっている。




決闘は基本的に女性を巡る争いが多いらしく賞品と言わんばかりに特別席が用意されていた。


ココとリナが呆れ果てた様子で木製の椅子に座っている。


相手の賞品枠として座っているのは猫混じりと熊混じりの妙齢の女性。


熱い視線を俺が相対する熊に送っている。




「ルールは?」


「何でもありだよお犬様」


「わかった。さっさと終わらせたいから開始の合図をだしてくれ」




名前すら知らない目の前の熊混じりの獣人が獣化した腕を振り回し準備運動をしている。


彼は目立った装備品を身に着けておらず剣のひとつも持っていない。


自分の肉体に並々ならぬ自信があるらしい。




俺はきちんと自分の装備を確認する。


秘術手甲に、ククリ、ポーチに宝石、スローイングナイフ。


少しばかり殺傷力の低く対人向けの秘術に宝石を入れ替えておこう。


確認を終えたころ、審判と思われる人物が広場の中央に歩み出てきた。




審判に誘導され広場の中央で熊獣人と向かい合う。




『スバル、大丈夫だと思うけど負けたら承知しないよ』




ココからの一方的なメッセージが脳内に飛んできた。


≪伝言≫(メッセージ)か何かの秘術だろう。


返信ができないので手を軽く振る。




「では、両者よろしいですか?」




審判には目もくれず熊獣人と俺が互いに頷きあう。




「では……始めッ!」




合図と同時に熊が地面を蹴り、突貫。俺へ肉薄しようと迫った。


しかし、その速度はココや外装骨格のリナに比べ如何せん遅い。




新調したポーチ内のスローイングナイフを8本抜き、投擲。


腰のククリを抜き放ち俺からも熊へと近づく。




「うおおおおお!!!」




ナイフを前に熊が咆哮。


裂帛の気合こめ、4本を太い爪で地面に叩きつけ残りの4本を回避。


静かに突き出した俺のククリを熊は僅かに身体をずらすことで軌道から避ける。




「≪風の道≫(ウインド・トンネル)」




手甲の秘術を起動。


≪風の道≫が回避されたナイフを包み込む。


風を纏ったナイフが直線の軌道を突如変更し熊を背後から狙い飛翔する。


投擲物、或いは射出物の軌跡を補助する秘術が効果を発揮し、ナイフが常ならぬ動きを見せた。




熊の振るった爪を回避し、熊の視界にナイフが映らない位置へ誘導。


彼の死角からナイフが背中を狙う。




その直前。




熊の全身が鉄のような鈍色に変わる。胴体、腕、足と色が広がる。秘術の類ではない。


彼の脳力のようだ。無詠唱にしては大規模な脳力行使。


決闘を始める前から詠唱を終えていたらしい。




阿保みたいな振る舞いの割に意外と知能のあることをしてくれるな熊め。


限られた条件下でしか有効ではない先詠唱。


脳力は全力で使ってしまえば必ずインターバルが必要になる。


何時必要になるかもわからない冒険時では絶対にできない所業だ。




見た目通りの硬質のようでナイフが弾かれた。




「その程度の刃物は効かないぜ」




ナイフを防いだだけでこの調子の乗りよう。ある意味凄い。


得意気に熊がのたまい、連続して爪を振るった。


硬質化した影響か、攻撃の速度が遅くなっている。鈍い攻撃を俺は余裕で回避。




彼の硬質化の脳力は爪にも及んでいるようで攻撃力自体は金属類の武器での攻撃とあまり変わらないだろう。


だが、如何せん遅い上に物理的な硬度の上昇は秘術的な力場の伴う鎧と違い、対処は容易い。




殺して良ければ秘術の連発だけで終わる。


レイナールの厳命で殺せぬ現実に舌打ちをした。


あとで文句も一つも言ってやろう。




「≪便利で愉快な収納空間≫(ポータブル・ホール)」




脳力の短縮詠唱。


黒穴が俺の直近に現れた。




「≪踊る剣撃、舞う鉄塊≫」




力ある言葉と共に『秘影剣』が5本、1本ずつ連続で飛び出してくる。


きちんとした詠唱でなければ遠くの場所に黒穴はつくれないが、あの獣人程度なら問題はない。




『アッシュの古代遺物店』で追加購入したアーティファクトは現在累計30本を上回る。


此処で5本を無駄遣いしても問題はないだろう。




自身もククリを熊へ振るいながら『秘影剣』を操作する。


前後左右上下、あらゆる角度から剣撃を仕掛けた。


たった6本の剣で彼は回避限界を迎え、俺に対して攻撃を仕掛けられなくなっている。




死に物狂いで熊獣人は俺に爪を振るった。


彼の表情には陰りが見て取れる。


マンティスの脳力のように手数があるわけでもなく、ゴルドのような理不尽な言葉の強制力もない。


そんな彼の攻撃が俺に通用するわけがない。




そこそこの知能はあるのかククリからの致命的な何かを予見しているのか、彼はククリでの一撃を絶対に受けようとはしない。


そこに死角からの『秘影剣』の一撃、鈍色の皮膚に浅く傷がついた。


どうやら彼の硬貨の脳力は意図的に行っている物らしい。


意識が散漫になっている場所は硬度があまりないようだ。




ならば、彼の攻略は想定よりも容易い。




「≪水の鞭≫≪光爆≫(サン・ライト)」




息切れを起こしてきた熊獣人に向かって二種類の秘術を発動する。




宝石が砕かれ生み出された水の鞭が熊獣人の脚を瞬時に払う。


≪光爆≫と名付けられた秘術が効果を発揮し、彼の目の間に眩い光球が発生した。


術者には影響しない光が彼の目を眩ませた。




「くっ!」




目を瞑り、態勢も崩すという致命的な隙を見逃さず5本の『秘影剣』と目を焼くククリが殺到する。




人体に置いて致命的にならないよう胴体の隅を狙い剣戟を振るう。


態勢を乱され激しい光に注意力が散漫になった熊獣人に、2本の『秘影剣』が突き刺さった。


ククリの一撃が届かないと悟り、すぐさま俺は倒れ込む熊獣人に踵落としで追撃を加える。




「ーーッ!!」




光が消滅したとき、多くの人の目に映ったのは剣が突き刺さり俺に靴で踏まれ呻く彼の姿。




「このまま続けたいなら殺しきってやるがどうしたい?」




観客にも届くように大きな声で彼に問いかけた。




「負けた……」




あっというまの決着、敗北宣言に拍手も歓声も上がりはしない。


審判が慌てて宣言をした。




「しょ、勝者、犬の獣人!」




そういえば俺の名前を審判に伝えていなかった。


まぁ、いい。もう過ぎたことだ。




「勝者の証だ。俺の女どもを持っていけ」


「いらん」




熊獣人の言葉を一言で一蹴し、賞品を辞退する。


面倒も見切れないし実力不足も甚だしい連中を連れてはいけない。




何の得もなかった決闘が終わりを告げた。広場を離れココとリナの二人の元へ行く。


熊の獣人という恵まれた身体能力なのに彼は戦いを知らなすぎた。


秘術をもっと詳しく理解していればもう少しはまともな戦いになっていたかもしれない。


詰まる所、戦闘技術の知識がなさすぎる。




「お疲れさんスバル」


「スバルさんお疲れさま」




想定通りの結果のようで賞品席で見守っていたココとリナが微笑みながら労いの言葉をかけてくれる。


多少の鬱憤は張らせたのか二人は良い笑顔だ。


賞品の熊獣人の女さんたちは心配して彼に駆け寄った。




「お見事だ、スバル。しかし、やりすぎじゃないか?」




お遊戯が終わったところでレイナールが拍手をしながら現れる。


忘れない様に『秘影剣』を回収のために遠隔から抜いた。


駆け寄っていた女性が慌てて血が溢れる傷口を抑え始めた。


獣人は総じて生命力が高い。あの程度の傷では死なないだろう。




「なに、注文通り死んじゃいないさ。レイナール。女だからと二人を賞品扱いしたんだ。この程度で済んだのだから幸運と思ってほしいくらいだ」


「確かにレディを物扱いは許せる所業ではないな。では、そっちのも問題も片付いたことだし、私と族長との会談で新たに生まれた厄介事を説明させてほしい」




茶化したセリフの割に何時になく真剣なレイナールの表情。


これほどの顔はリナの件で最初に交渉した時以来だ。




どうやら彼の持ってきた厄介事はそれだけの何かのようだ。


困難さを予見し俺とココ、リナは顔を見合わせた。


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