第39話 地下世界26
小部屋の宝を携行袋と黒穴に詰め込み、ホブゴブリンの装備を剥がし終えてから少し。
俺達は牢屋の中、彼女が転がる鉄格子の部屋にいた。
目の前にはどこか気持ちよさげに身もだえ、色々なところから液体を漏らし虚ろな目で拘束されているハーフリングの妙齢女性。
ココは平然としているがリナなど顔を赤らめてしまっている。
「なんでこんなに厳重に拘束してるんでしょうかね? 手枷足枷、猿轡までされて」
「人間って脳力あるから拘束とか捕虜に向いてないんだよ。やるならここまでやらないと戦闘脳力もってたら厄介だろ?」
「あー……確かにそんな気がします」
「ねぇ、スバル。なんかこいつ目開けたままとろけた顔してるしこのままのが幸せなんじゃない? 隣の部屋にあった物も元を正せばこいつらのものだっただろうし夢の世界で過ごしてもらたったほうが都合良いきがする」
≪蠢く瞳の蟲≫で見た時は微妙な表情に気が付かなかったがハーフリングの彼女は非常にうれしそうな顔をしている。
脳裏で放って置くかどうか僅かに逡巡した。
「いや、そういうわけにもいかんだろ……」
女性を転がし、拘束している物以外に他に変な物が付けられていないか確認をする。
装備は普通の金属加工のほどこされた革鎧、動きやすさを重視したのか下半身はただの服で防具の類は装備していない。
見て取れる不自然な物は拘束具だけのようで他におかしな仕掛けはなさそうだ。
拘束具の構造は単純な金属製。
おそらくはゴブリンのサイオニックが込められていて彼女がこうなってしまっているのだろう。
「単純に拘束具を破壊すれば元に戻りそうだな」
『秘術の携行袋』からノミとトンカチを取り出し彼女の動きを阻むものを破壊していく。
拘束具が壊れるたびに身もだえがなくなり全てを外し終わる。
外傷を癒すため『治療のポーション』を口に流し込ませた。
見る見るうちに小さな裂傷が消えていく。
ポーションを飲ませても意識は戻らない。
悠長に待つもの馬鹿らしいので頬をビンタし覚醒を早める。
何度か叩くと瞳に正気が戻った。
「あ、あれ……? ここは? 私ゴブリンに襲われて……」
「ようやく起きたか、今の状況は分かるか?」
彼女は上体を起こし、自分の服を確認し顔を赤らめる。
一部がぐしょぐしょだ。彼女はどんな幸せな幻想を見ていたのだろうか。
≪紳士淑女の嗜み≫の込められた宝石を手渡す。
「良かったら使ってくれ」
自らの痴態でそれどころではなかったのか、突然差し出された宝石を彼女は漫然と受け取り宝石の中身を確認してようやく宝石を意図を理解したようだ。
彼女は一言呪文を唱え、衣服や肌に付いた土埃が消え綺麗に生まれ変わる。
容姿は茶色い髪に鳶色の瞳、一般的な特徴のハーフリング。
ポーションもこの宝石も隣にあった物に比べれば微々たる出費。
これぐらいはしてあげないと罰があたってしまう。
「ありがとうございます。その、それで此処はどこでしょうか?」
「ゴブリンの巣穴」
「ということは助けていただいたんですね……本当にありがとうございます」
彼女は座ったまま頭を下げ、何かを思い出したのか勢いよく顔を上げた。
「あ! あの! ゴブリンの宝物庫みたいの見ませんでしたか!?」
「あるにはあったみたいだけど、俺たちが来たときはすっからかんだったな。ゴブリンどもがどっかに持って行ったんじゃないかな?」
「うんうん、全く何もなかったね」
平然と嘘を吐く俺とココにリナがマジかこいつら、という視線を投げかける。
「ちなみにどういったものをお探しで?」
「これくらいの黒い立方体なのですが……」
記憶を攫うが彼女の示す人間の拳大程の立方体は見つからない。
「あ、あの、手伝って頂けませんか?」
縋る様に懇願された。彼女の瞳は不安気に揺れている。
どれほど重要な物かはわからないが様子を見る限りかなり大事な物のようだ。
「いや、場所も何も手がかりないものを探すのはちょっとなぁ……」
「大丈夫です! 私の脳力で場所は分かります! お礼に関しては今は無一文なものでアイリスまで送っていただければ何かお支払いできるのですが」
彼女は早口にまくし立てた。
余程焦っているのか、普通は言わないほうが良い事まで言い始める。
俺たちが真に悪辣な人間なら、価値ある立方体を見つけさせて奪ってぽいする可能性だってある。彼女はそれに気が付いているのか、いないのか。
流石に俺は強奪するほど欲深くはない。
もう十分すぎる程いただいている。
「受ける受けないはともかく名前くらいは教えてくれないか?」
「あ、すいません、申し遅れました。私ケラニア結族のフラーラと言います」
ケラニア結族か。宿泊業をメインに据えた結族だな。
使ったことはないが洞窟内の至る所で秘密裏に宿屋を開いていると聞いたことがある。
彼女達の隊商の荷物が食料が多かったのは宿に食材を届けていたからなのだろうか。
さて、正直帰りたいが、此処でほっぽりだすと物資も何もないフラーラが死んでしまうことは明白。
全部の物資を奪った手前、それはとても目覚めが悪い。
「じゃあ、こうしよう。君が脳力で場所を見つけて近かったら手伝う。近くなかったら街かどっかに送るから後は好きにしてくれ」
「は、はい!」
フラーラが飛び起き、何か取り出しブツブツと唱える事二分程。
三人で暇そうに彼女の作業を見つめている。
ココやリナにも改めて確認したが宝の小部屋にもゴルドの部屋にもモノはなかった。
「あ、凄く近いようです。100メートルもありません」
ようやく反応があったらしくフラーラから声が上がる。
彼女のいう反応に誘われるように彼女は牢屋から飛び出した。
勢いよく彼女が出た広場にはコボルトが回収をあきらめた肉片に血溜まりががそこかしこに散らばっている。
コボルトの姿はすでにない。溶けきる前に肉を運びに集落へと戻ってしまった。
「う、うぁ……」
酷い惨状にため息を漏らしながらも先導するフラーラの後ろをついて歩く。
牢屋から十数メートルの位置。
すぐ近くにそれはあった。
生き物の死体だ。
その生物は身体が女性型のホブゴブリン、顔はハーフリング、しかもフラーラと全く同じ顔で構成された歪な存在。
かなりの防御を敷いていたのかリナの凶弾の嵐に晒された割に損傷は少なく、きちんと原形をとどめていた。
気色悪すぎてコボルトも持って帰らなかったようだ。
フラーラの短い悲鳴が聞こえた。
「もしかして、こいつゴルドの部屋にいた女ホブゴブリン?」
ココが服の特徴からその正体を看破する。
扉から出てすぐ逃げたんじゃなくてゴブリンの中に紛れていたのかこいつ。
そのせいでリナの攻撃喰らって死んだのか。運が悪かったな。
「こんな見た目ってことはボクと同じブリントみたいだね。フラーラと同じ顔なのは牢屋で成り代わって後で助けてもらおうって算段だったのか」
成り代わられそうになってしまったフラーラは小さな自分の身体を抱きしめる。
死んだブリントは大事そうに黒い立方体を抱えている。
立方体に気が付き拾い上げようとするフラーラを視界の隅に収めながらココの耳元に顔を寄せる。
「フラーラがブリントってことないよな?」
「それはないと思うよ。そんな気配は感じない」
安堵し、ココから顔を離してフラーラの探し物を見る。
珍しい形状だ。なんらかのアーティファクトか何かだろうか。
「ありがとうございます! こんなに近くにありましたけど助けていただいたことも含めてお礼はさせてください! ……あ、勝手に話を進めてしまいましたがアイリスまで送ってもらっていいですか?」
どのようなものかは気になるが知りたがりは良くない。
思いを断ち切り切り替える。
「あぁ、乗りかかった船だ。アイリスまで送るよ。大した手間でもないし。あ、だけど一つ寄る場所があるからそれは勘弁してくれ」
フラーラに適当な大きなの布袋を渡す。彼女は頭を下げ袋に立方体をしまった。
視界の隅にはネズミが見え始める。そろそろクリーチャーも集まり始めてきた。
この場所から離れたほうが無駄な争いは起こらないだろう。
フラーラを助けてからまた大冒険が始まるなんてことはなく、すぐに終了。
現実はそこまで劇的にはならないことの方が多いのだ。
何はともあれ、これでボルトガから受けた依頼はこれで終わり。
報酬を受け取りに集落に戻ろう。
第二十六話
「ボルトガの集落自慢の酒と料理ダ。是非堪能してくレ」
「関係ない私までありがとうございます」
「スバルが連れてきたなラそれはもうボルトガの客人ダ。気にせず食べてくレ! 目の上のたん瘤が消えテボルトガは本当に気分がイインだ!」
足早にボルトガの集落に戻ること一日。
歩幅の違いから後からゴブリンの住処を出発したにも関わらず途中で合流。
それからは一緒に帰路へ。
道中、彼らは氷漬けにしたゴブリンに布をかけ中身がわからない様にしていた。
フラーラはあまりクリーチャーと対話をするタイプではなく、ゴブリンに襲われたこともあいまってコボルトに警戒しっぱなしだった。
「自慢のスパイスをかけた肉料理だダ! 食べるとイイ!」
そんな彼女も歓待されれば自然と態度は軟化する。
「わぁ! たしかにこのスパイス絶品ですね!! 宿でもこんな肉料理出せないか提案してみようかしら……」
差し出された皿を受け取り、止める間もなくフラーラが差し出された肉料理を美味しそうに食べ始めた。
集落まで戻るのに1日余り、洞窟内で食べた物は干し肉、野菜のペースト。
お世辞にも調理とも言えないものだ。
知らぬが華。彼女にはあれがゴブリンだと伝えない方が良いだろう。
ココとリナ、三人で顔を見合わせ決意する。
コボルト集落最大の広場では現在、この集落にきて一度も見たことない規模の宴が催されている。
コボルト達は小さな身体で口を大きく開き、血の滴るステーキを食いちぎる。
酒や肉、他にもゴブリンの住処の食糧庫に収められていた果実などが振る舞われ、キーキー
と甲高い声で歌い始めるコボルトも出始める。
彼らの楽器は身の丈程の大きな太鼓だ。爪が刺さらない様に手の甲でリズムを刻む。
一人の歌が伝播し、やがて合唱へと変化した。
どんな生き物もお酒でご機嫌になればやることは変わらない。
フラーラも今では自ら手拍子するほど馴染んでいる。
酒は偉大だ。
「あのこの肉はいったいな「さぁ飲もう、すぐ飲もう。コボルト自慢の薬草酒もあるんだぞ」あ、スバル様有難うございます。ココ様に、リナ様もそんなに野菜を勧められても食べられませんよ」
彼女の話に割り込み話題を反らせる。
朗らかに彼女は笑っているが今、彼女が小さな頬にためているその肉は彼女の隊商を食べたゴブリンたちの肉なのだ。教えるのは忍びない。
笑顔で肉を喰らうボルトガからの報酬もすでに受け取った。
精神的な抵抗力を減少させるダガーはココ、切り付けた相手の目を焼くククリと酸を切り口に滑り込ませるカタールは俺が受け取り、ボルトガが『ドラゴニックリング』と呼ぶ常に力場を生成している大きな指輪はリナの首元に下げられた。
トレジャーハントがゴブリンの巣の急襲に切り替わったが結果的にはかなりの物を得られた。
酒に武器にホブゴブリンの防具。それとケラニア結族との若干の縁。
宝探しは空振りが多い分、今回の成果は大金星だ。
こんな日は酒が進む。
だが絶対に肉料理は食べない。
流石に俺でも知性あるクリーチャーを食べる決意はできていない。
美味しそうに頬張るフラーラを見て心に深くそう刻んだ。
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