第26話 地下世界17-2

奏者が激しく音楽をかき鳴らす。太鼓にシトルにリュートにサックバット。

会場の大音量に負けないよう、なんらかの秘術で拡大されたその調べは人々を購買意欲を刺激し、熱狂させた。


中央の黒いステージには幾つもの椅子が正面に向かってぎっしりと並べられていた。

人々はその椅子に座り、時には札を上げ、時には声を張り上げ、司会へと自分の存在をアピールする。

彼らの視線の先には一つのガラスのケース。

中には大きな宝石があしらわれたシンプルなデザインのネックレス。


≪秘術の目≫などを使えば分かる秘術のオーラ。

見る人が見ればわかる強力な秘術アイテムだ。


「『俊敏のネックレス』。21番!! 金貨2600枚で落札! 有難うございました!!」


豚面のクリーチャー、オークが拳を突き上げ落札の余韻に浸っている。

司会の若いハーフリングの女性が俊敏性を生かし、右に左にステージを動き回り、拍手を促した。

興奮冷めやらぬ中、『俊敏のネックレス』はステージの端に運ばれ、次の商品が逆の端から運ばれてくる。


「さぁ、次の商品は此方です!! かの冒険家ラインホルト・ファインズ直筆の『世界旅行紀行』!! 世界にたった一つのオリジナルです!! ファンなら必見、購入間違いなし!! こちらは金貨1000枚からスタートです」


司会が声を張り上げるのを聞きながら、俺は階段の前で番号の書かれた札を受け取り、ステージへと上がって椅子に座った。

隣にリナも腰かける。

ステージの椅子の埋まり具合は半分程。通例ではメインの商品が出品されるのはもう少し先だ。まだ、露店で掘り出し物を探している客も多いのだろう。


正面の横の板にはこれから競売に掛けられる商品の名前がずらりと並び、現在は四分の一程の量の競売が終わっているようだ。

係の者に頼めば出品されている物の効果や来歴の書かれた詳細なリストがもらえるが、今はリナに空気を知ってもらうために来ただけ。

そこまでする必要はないだろう。


「すっごい熱気ですね」

「メインイベントだからな、そりゃみんな熱くもなるさ」


今、競売に掛けられている品は、世界の端、地上と地下との境目を最初に発見したと言われる有名な冒険家にゆかりのある物だ。既に本人は随分と昔に亡くなっているがコアなファンも多い。


彼のお陰で地下は光の膜で覆われ地上には上がれないという事がわかった。

そんなものが分かろうが分かるまいが俺の生活には変わりはないが。


リナが目だけを動かし周囲を探る。


「見たことないような人種もいます……」

「さっきまでのところで露店を立ててたり、普通に歩いてたぞ? 商品しか見てなかったのか……」

「…………えへへ」


笑うな笑うな。楽しいのは分かるが周囲の観察を怠って良い場所でもないんだ。

思わずジト目でリナを見てしまう。


「……まぁ、此処は金さえあればクリーチャーだってお構いなしだよ」


気持ちを切り替え、顎で二つ前の椅子を示す。

体長60センチ程のコボルトが椅子の上で何度も跳びはね、必死に金額を告げている。

鱗の生えた小さな存在が、ぴょんぴょんと跳ねている姿は中々に可愛い。


「凄い場所ですね……これオークションってやつですよね? 生で見るのは初めてです」

「ドーナツ屋よりも楽しいだろ?」

「はい! なんかみんな一生懸命でいい感じです!! ……でも漫画とはオークションのやり方違うんですね」

「漫画?」

「えーっと……、本みたいなものです。それでは指で金額上げたりとかしてましたよ」

「こんないろんな姿形の生き物がいて指をいちいち確認なんてできないだろう」

「確かに」


一般的な人の指は五本だが、マンティスや知性あるクリーチャーは指が二本だったり三本だったりとかなり差がある。


「『世界旅行紀行』。16番!! 金貨4253枚で落札!! ありがとうございました!!」


リナと話をしている間に、また一つの競りが終わった。

どうやら目の前のコボルトは競り負けたらしく、椅子の上で空を仰いで悲しみの声を上げている。コボルト特有のキーキーした高音の声が耳に届く。


落札金額からして相当な泥沼に陥ったようだ。

彼はステージの端に送られるラインホルト・ファインズの本を未練がましく見送っていた。


「なんかあのコボルトさん凄い欲しかったみたいですね……見ていて可哀そうになります」

「勝つか負けるか所持金次第。仕方ないさ。此処で出品されるものは本物と確かめられてから売られているから、貴重なものを逃した時の気持ちは分かるよ。別の場所じゃ偽物を掴ませさられることあるからな」


次に運ばれてきたものは投げ斧。


「お次の商品は此方!! ドワーフの名工カンタラの作品、武器名おかしいシリーズ最新作『君の心は嘆キッス』!! はい、名前だけじゃ何言っているかわかりませんが、このトマホークの切れ味は折り紙付き!! もちろん秘術的加工で滅多に刃毀れせず、さらには永続化された≪再来≫(リターニング)の付与が成され、100%手元に返ってくる投擲がド下手な貴方にも安心な親切設計!! こちらは金貨2000枚からスタートです!!」


名前は最悪だが聞く限りそこそこ優秀な性能で欲しい装備だ。

≪再来≫は拾いに行く手間が省けてとてもいい。

粗悪な作り手の≪再来≫だと返ってくる確率が100%でないことも多い。

この斧は入手しておいて損はない武器だ。


此処は一つリナにもオークションを体験させてやろう。

あのレベルの装備なら妥当な値段は4000枚くらいか?

自信はないが。


リナに43番の札を渡す。


「え?」


当然の如く、リナは突然渡された札に疑問符を浮かべる。


「予算は金貨4200枚まで。参加してみるか?」


少し多めに予算を提示する。

リナは俺の言葉をゆっくりとかみ砕き、やがて事態を飲み込み満面の笑みで返事をした。


「は、はい!! やってみます!!」


札を渡す間にも競りは進み、現在価格は2550枚。

性能もトマホークとしての見た目を良いが、名前がネックになっているのか、他の客は出し渋りそこまで金額は伸びていない。


この分なら安く買えるかもな。

知る人が街中であの装備を見れば「あ、『君の心は嘆キッス』だ」とか思われるわけだから致し方ないのかもしれない。


「い、いきます……」

「早くやらないと終わっちゃうぞ。今、10番が2800枚出した」


リナは緊張しているのか深呼吸を一度、そして勢いよく札を上げた。


「金貨4200枚!!」


……はぁ!?


い、いきなり4200枚!? 

ば、ばかかこいつは。駆け引きを楽しむための場所だろうに。


驚きで隣を見ると横には良い笑顔のリナ、目が合う。

その瞳と表情は此処は任せろと雄弁に語っている。


「っち! 4500枚!」


彼女の自信はあっさり崩され、別の入札者から声が上がる。


「いませんか? よろしいですか? では『君の心は嘆キッス』。10番!! 金貨4500枚で落札!! ありがとうございました!!」


競り落としたのは舌打ちをした、いかにもトマホークが似合いそうな風体のドワーフ男性。

一瞬で終わったリナの初競りに彼女自身も疑問の声を上げた。


「おかしいです。何かの間違いです」


おかしいのはお前の頭だろう……危うく出かけた言葉をぐっと飲み込む。


「いきなり釣り上げて何をやってるんだよ……徐々にあげてく感じでしょうが……ムキになってあのドワーフも買っちゃったじゃない。あんなやり方じゃ予算オーバーでも買ったるって人が出ちゃうぞ。今みたいに」

「そんなバカな……最初にふっかけて戦意を失わせるという完璧な作戦が……」

「それは圧倒的な金額提示しなきゃできないよ、今回の投げ斧は多分適正が4000枚くらいだと思うぞ」

「うぅ、もっと適正価格とか学んで出直します」


席の前の方に座る落札したドワーフに睨まれた。俺のせいじゃない。予算オーバーの金額で買ったのは自分だろうが。

投げ斧が運ばれ、次の商品が入ってくる。

今度はケージに入ったクリーチャーだ。エルフのスタッフがキャスターのついた檻を重そうに転がす。


「次の商品は骨休めといったところ、皆さんも燃え上がるための熱をため込んで下さいね! 『アームドホーン』その角と分厚い口角は武器に良し、防具に良し!! 活きが良いので肉も食べて食べれないことはありません!! こちらは金貨100枚からのスタートになります」


気性の荒い『アームドホーン』が秘術で強化の施された鉄のケージに向けて何度も突進している。あまりにも激しく動くので司会が宝石を取り出し呪文を掛けた。

大きな緑のシャボン玉が三つほど飛ぶ。抵抗に失敗したアームドホーンが動きを止め横たわった。


リナが驚くが心配はない。

ただ眠りについているだけだ。


あの呪文は≪眠りの玉≫(スリプル・シャボン)。

眠りに誘う呪文の中では使いづらく、あまり人気はなく値段も安い。


オークションに掛けられている間、あのクリーチャーは殺されることはない。

クリーチャー由来の素材には生きている間に剥ぎ取り加工することで死体から取った素材よりも良質な武具が作れるものもあると聞く。

態々、生きているのを買いに来ているのだから死んでしまっていては意味がないのだ。


「遠くから檻を見たときにも思いましたけどクリーチャーも売買されているんですね」

「結構いい稼ぎにはなるらしいぞ。金持ちの好事家が観賞用に買ったり、あとは司会が言ってたように単純に装備のための素材とか薬の原料とかで買う人も多いみたいだし、でも……」


言葉を切って、眠らせられて横たわるクリーチャーを見る。


「俺はあの巨体を生きたまま運びたいとは思わないけどな」


大きさは5メートルはある。身体も太く重さは想像もつかない。

『秘術の携行袋』に入るわけもないから運ぶのが大変すぎる。


この闇市のある空間を創り出すような脳力か秘術がないと、とても持っては来れない。

秘術の値段を考えると多分、そういう脳力だろう。利益がなくなってしまうだろうし。


「それでも高いお金を払うなら自分で捕まえにいったりしたほうが良い気がします」

「確かにその方がお金は掛からないけど、その代わりに時間がかかる。買って済むならそれで終わらせたいって人間は巨万といるのさ」


そうこうするうちにアームドホーンは660枚で売れたようだ。

今度は巨人のスタッフが軽々と檻を端に持っていく。


檻の運搬が終わると、頭部に茶色い毛で覆われた耳が生えた男がステージの端から現れる。

獣人。臭いからして熊だ。


「次は今回のメインの一つ! 熊との混血『獣人のリード』です! 熊の獣人のその腕力たるや巨人に勝るとも劣ず!! 加えて野生の俊敏性を持つまさに戦いのために生まれた存在!! 脳力はもちろん戦闘向け!! さぁリードのデモンストレーションをご覧あれ!」


リードが目を瞑り、小声で詠唱を開始した。

周囲の喧騒でほとんどの人の耳にはその声は届かないだろう。

僅かに間を置き、詠唱が完了した。


リードの周りに黒い弾が幾つも出現した。

それに合わせてオークションのスタッフがりんごを大量に宙に向かって投擲する。

獣人が手を広げると恐ろしい速度で黒い弾が射出される。


寸分違わず黒い弾は全てのリンゴに命中し、果実は砕け散った。

果汁の雨を不可視の何かが防ぐ。


淡く発光する力場を射出する呪文、≪力場の射出≫(フォース・バレット)に似ている力だ。

リンゴの汁を防いだのはリードの脳力ではなく≪反発する力場≫に類する呪文かな。


あの脳力は羨ましい。俺も戦闘向け脳力だったら今までの生活がどんなに楽だったことか。


「この能力はまさに戦闘にはうってつけ! こちらは金貨28000枚からスタートです!!」


これは良い見世物だった。リナもさぞかし驚いているだろうと盗み見る。

眉をひそめ、驚きというよりは悲し気な表情。


「に、にんげんも売られるんですね……しかもスバルさんのお仲間じゃないですか」

「あっちは熊で俺は狼だな。同じ獣人ではあるけど」

「旧時代の奴隷売買みたいです……」


言葉の抑揚から嫌悪感がむき出しになっている。


「一概に悪いものとも言えないさ。どうしても売られた本人に金が必要な時もある。親しい人の怪我の治療代とか、その他諸々」

「売上は本人に渡るんですよね?」

「受取人はだいたい家族とか知り合いになってて出品料とか雑費を引かれて渡されてるはず。本人にはいかない」

「あの人が逃げたりとかはできますか?」


なんだかやけに彼のことを心配している。

元気づけるつもりでオークションを見せたがこんな落とし穴があるとは。


「そこはまぁ両者の合意がなければできない主人に対する絶対服従の秘術とか色々あるんだよ」


無理矢理、集落を襲って売りさばくために連れてくる場合もあるが、言うと面倒なので黙っておいたほうが良さそうだ。


「そうですか……」


いかん。完全に落ち込んでいる。

此処は小粋なギャグで場を乗り切るしかない。

はははと笑い、極力明るい調子と声色を意識して言い放った。


「リナも運が良ければあそこに並んで良い人に買われてたかもね」


完璧だ。隣を見る。


「………………」


汚物を見るような目で見られていた。


やばい。はずしたわ。

ココなら大爆笑なんだが。


そっと、正面の商品リストに視線を映した。

……よし、リストにはさっきの投げ斧以外に欲しいものはない。

オークションの出品物も確認できたし、そろそろ最後の目的地に行こう。

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