第22話 地下世界14
「乾杯!」
短くも長い一日が終わり、俺たちは『木漏れ日の酒場』で祝杯を挙げていた。
様式美とばかりに激しく打ち合わせたグラスの音も、常に騒がしいこの場所では目立つことはない。
昨日の騒ぎがなかったかのように店内は綺麗に元通りだ。
≪修理・人工物≫(リペア・オブジェクト)の秘術かその類の脳力で机などを直したのだろう。こういった荒くれ者の集まる店は修理系の脳力と月極契約を交わしていることが多い。
壊れても不思議な力で元通り。良い世界だ。
定位置のようにリュートを持った奏者が店の端に座り音楽を奏で、いつものようにハーフリングのウェイターがエールを配膳して回っている。
誰かが歌い、誰かが語り、誰かが奏でる。
どんな騒ぎがあろうと彼らには関係ない。
必要なのは酒と肴。それさえあれば世はなべて事もなし。
俺達もそんな匹夫の一人だ。
グラスの中のエールを一息で飲み干す。
大切なグラスを持つのに邪魔な『秘術手甲』はもちろん携行袋にしまってある。
お酒様の前で無粋な真似はできない。
すぐにスパイシーな肉や彩鮮やかな野菜が運ばれてきた。
同時に、注文もせずにエールのかわりも持ってこられる。
「あら、スバルさん、今日は両手に花ですか」
鼻で笑って銀貨を渡す。
小さなウェイターのちょっとした軽口もどうしようもないほど楽しい気分にさせてくれる。
「いまだに信じられません」
リナが口の上に泡をつけて喋りだす。
「この苦み、癖になります」
彼女の飲みっぷりは飲酒歴1日とは思えないほどに堂に入っている。
ココはすでに飲み干し、常と変わらずラム酒を飲み始めた。
しかし、その顔の口角は上がりっぱなしだ。
あの金の量を見れば無理もない。
かくいう俺も気が大きくなっている。
「その味の良さがわかるなら、もう立派にこの街の住人さ」
頼んだ料理が続々とやってくる。もう机に乗り切らない。
調子に乗って頼みすぎたか? いや、食いきれなければ隣の卓にでもくれてやれ。
今夜の俺は気が大きいんだ。
「そういえば詳しく聞いてなかったけど、よかったのか? 上に帰らなくて」
「……帰りたくないって言ったらうそになります。けどやっぱりもう家には帰れないってわかっていました。命を狙われた時点で」
「そんなに上は厳しいの?」
「厳しい、というのもありますが、なんというか潔癖ですね。みんな同じ服、同じ髪型。犯罪は無し」
空になったエールのグラスを撫でながら寂しげに彼女が言う。
飲むの早いな。
さりげなく追加のエールをウェイターに注文しておく。
なにやら真面目な話が始まってしまいそうだ。
そんな話は素面じゃできない。
「私の友達が万引きをしてしまったことがあるんですね……多分魔が差すってやつでしょうけど……それが発覚したら次の日には居なくなってしまいましたよ……それで家族も居づらくなって自殺。犯罪者の家族ってだけで差別的ですからね……」
この街はどうだろうか。
基本的にあらゆることが自己責任だ。親にその責は及ばない。
あと、盗み程度の犯罪はありふれている。スラムの子供はスリで生計を立てている者も少なくない。
「もちろん悪いことをしたのはいけませんが、そこまでされてしまうほど歩いことしたのかかな? って思っちゃいます」
「確かにその程度で殺されちゃうんじゃこの街の人はだれ一人いなくなっちゃうな」
「今日、人が死ぬのを初めて見ました。しかも私が原因です」
それは日常茶飯事だ。
裏道を少し歩けば人死にを見ることができる。
「悪い事しちゃったと思います。でも……私は悔しかった。何もしてないのに理不尽に命が狙われるだなんて」
リナの元にエールが置かれる。なみなみ注がれたそれを彼女は一息で飲み干しグラスをテーブルに叩きつけた。
「私は決めました。生きていたい、たとえそれが誰かに迷惑をかけることだとしても」
ココは我関せずと酒とつまみを取り続ける。
「良くいった!! がんばれ。よし、じゃあしみったれた話が終わったから報酬の分配の話をしようか! 生きていくときに一番必要な物はなんだ? 金だ。そんな大事な金の話だ。楽しくいこう」
「……私、けっこう真面目に話しているんですけど切り替え早くないですか?」
「気のせい気のせい金貨のせい」
ぐじぐじ言っているがそんな命のやり取りはアイリスではいつものことだ。
特に気にすることでもない。
死人のことなぞ酒飲んで寝れば忘れる。
あの膨れ上がる肉塊は少し強烈だったけど。
ぞんざいな扱いにふくれっ面のリナはもそもそと肉料理を食べている。
リナはきっと大丈夫。強い子。
「俺とココとリナで三等分だ」
「私ももらえるんですか?」
リナは驚いているが当然の話だ。
「そりゃそうさ。今回の報酬はリナがいたから入ったようなもんだ。その上、結族との信頼できる確かなパイプも手に入れた。一回の依頼で手に入るものとしては望外の結果だよ。そそれなのにその幸運を運んできてくれた人に渡さないなんてありえない」
「スバルはそういってるけどいらないなら受けとらなくてもいいんだよ?」
ココがグラスを傾けながらからかうように言った。
「もらえるものはもらいます! 冒険者はそうらしいので!」
リナは袋に何かを詰める動作をしている。
どうやら外装骨格を詰め込んでいた俺とココの真似をしているらしい。
「でも、私のために使ってもらったやつも確かありましたよね? ≪自由な放浪者≫? とか≪悪への備え≫? とか」
「ふむ。こういった依頼は基本的に依頼を複数人数でこなすときは人数割りだ。依頼の途中で手に入れた物も含めてね。普段から一緒に依頼をこなす仲じゃないなら、その人に為に使ってあげた経費なんかは人数割りから減らして支払われることが多い。だからリナへの分配はそれを引いたものになるかな」
マンティスとの戦闘で使った秘術は含まれない。
あとは≪局所的な霧≫なんかも含まなくてもいいかな。
リナは厳格な冒険者ってわけじゃない。そこまで厳密に計算しなくてもいいだろう。
これが他の冒険者ならそうもいかないけど。
あいつはただ働きしてくれる、なんて噂が立ってしまったら目も当てられなくなる。
「あ、でも今回手に入れた外装骨格は手に入れたものに含めないで考えることにするつもりだ。リナがこれからアイリスで生きていくのに必要だろうし」
「よろしいんですか?」
「元々はレイナールにでも売りつけようと思ってたけど入手しちゃったみたいだしな。一つあれば完全な複製は秘術や脳力であれば可能だし、別の結族に売るってのも不義理でできることじゃない。つまるところ二束三文の価値しかないんだ」
俺やココには使えない道具は売るしかなく、売ることすら難しいなら使ってもらえる人間に渡ったほうが道具も幸せだろう。
5個の金属球で俺やココについてこれるだけの身体能力向上が見込めるなら残りの14個も同時使ったらいったいどうなってしまうのだろうか。興味は尽きない。
リナがカクテルを頼みはじめ、それに習い俺達も料理も次々に胃袋におさめていく。
安価なスクロールに込められる≪粗悪な非常食≫なんかと違って酒場の食い物は比べ物にならないほど美味しい。
≪粗悪な非常食≫は栄養満点の食料を生産できる有用な秘術だ。
ただ、味が最悪。ゴムのような歯ごたえのドロドロスープという矛盾した物質を作る最低な料理だ。
ただ、スクロールだから嵩張らない。腐らない。けど不味い。
全員で料理を楽しみながら金貨の数や金の延べ棒の数を調べる。
報酬全て俺の『秘術の携行袋』に入れてある。手を突っ込めば同じものがどれだけ入っているかわかる。なんて便利なんだ。
今まで内緒にしていた報酬の正確な量をココに耳打ちする。
拳が突きだされた。
答えてがしがしと拳を打ち合わせる。
リナにはその金貨の量がどれだけ凄いのかわかっていないらしくとりあえずにこにこと笑っているだけだ。
しかし、金貨も延べ棒も結構な量で、重さもかなりのものになっている。
持ち歩くには適さない。持って歩いたらすぐに奪われること間違いなしだ。
ココはともかくリナにどうやって渡した物か……。
「さて、報酬を分ける前に聞きたいんだが、リナはこれからどうするつもりだ?」
宴もたけなわ、そろそろ聞きづらかったことを聞かなくてはならない。
「どう、しましょう……深くは考えてないです」
リナには居場所がない。
アイリスで生きていくノウハウもない。
こんな街で彼女を放り出せば狼の前に豚を差し出すより酷い惨状になることは請け合いだ。
この酒場だって安全な場所じゃない。
彼女一人で来てしまえば食い物にされてしまうだけの危険が潜んでいる。
カウンターでは酒場全体を監視しているどこかの結族か組織のエルフがいるし、ブリントと思われる人間が、長時間いて怪しまれない様に酒場を出て別の姿に変身して入ってきてもいる。
それどころか商いの多くは結族の息が掛かっている。生きるだけで情報がかすめ取られているのだ。
『木漏れ日酒場』はグラント結族の息が掛かっているから今の俺達を悪いように扱うとは思えないが断言はできない。
この街に真に安心して気が抜ける場所なんてないのだ。
良い儲け話を運んでくれたリナがアイリスという街の濁流に巻き込まれて暗がりに消えてしまうのは忍びない。
つまるところ、俺とココのリナに対する提案は決まっている。
「ただ、もしよかったら私はスバルさんやココさんと居たいです」
ちょうどいいことに俺たちに言いたいことをリナが先に言ってくれた。
不安そうに言う銀髪の少女を見てなんだか可笑しな気分になる。
静かに飲んでいるココへ視線を送る。
彼女も顔は笑っていた。
「だってさ、ココ」
「別にいいんじゃない? 外装骨格をつけてれば」
「たしかに。外装骨格をつけてればいいかも」
身体能力のは外装骨格込みで及第点。
地下遺跡での頭のいかれ具合は満点。
「……外装骨格がなかったら?」
ココと二人して目を背ける。
「うぅ、酷いです」
「冗談冗談。今回、こんなに良い話を運んできてくれた恩があるからな。しばらくはおんぶにだっこでも文句は言わないさ」
「ボクは外装骨格あれば問題ないと思うけどね」
俺は左手で串焼きの肉に齧り付きながらエールのグラスを前に突き出した。
「俺はスバルだ。改めてよろしく」
「ボクはココ、まぁ散々話したから知ってると思うけど」
「私はドゥシャー・ルキーニシュナ・ミクリナです。至らないところも多いと思いますがよろしくお願いします」
意図を理解したのかココも小さなロックグラスを前に出す。
釣られてリナもカクテルグラスを大きな胸の前に持ち上げた。
最後に柔らかくグラスをぶつけ、全員で一気に残りの飲み干す。
そして俺たちはウェイターにおかわりを注文し、今回の騒動を肴にまた酒を飲み始めた。
話も一段落したころ、思い出したかのようにリナが机の上にリボルバーを置いた。
一日以上彼女が持ったその銃は彼女のどこか甘い匂いがまとわりついている。
「そうだ、銃をかェします」
「……ん? まぁ、いいよいいよ使うなら持ってていいしいらないなら捨ててもいい」
「そんな悪いです……」
「新しいの買うし」
ニヤリと笑って顔の前に金貨を一枚持ち上げる。
そうですか、と呟きリナはリボルバーをポケットに戻す。
「あ、そういえば住むところと服とかどうしよう……」
「お金があるんだからボク達と同じ『幸運のよつば亭』に泊まればいいんじゃない? 服とか最低限必要な物は明日にでも買いに行こう。ボクが付き合うよ」
「ありがとうございます!!」
普段はお節介のしないココも今日はなにかと機嫌がいい。
お金は人をハッピーにする。
単純にリナのことを気に入っているのかもしれないが。
「宿とかじゃなくて家とかって借りれないのですか? セントラルシティにはマンションとかアパートっていうのがあったんですけど」
「普通はできないな。土地が限られてるからな。金をいっぱい持っているのは冒険者だ。
そいつらに貸しまくったら職人や料理人が住むところをなくしちゃう。もしかしたらグラント結族のコネを使えばできなくはないだろうけど」
秘術てんこ盛りで要塞化した家は今までできなかったが、結族の秘術屋とのコネクションがある今なら可能かもしれない。
まさか宿の一室に永続化してしまうカギをかけるわけにも、侵入者の精神を壊す秘術を仕込むわけにもいかない。
お金がもっと貯まったら考えてみるかな、家。
下手にしっぽふったり喧嘩を売るような知り合い方をレイナールとしていたら絶対に家など考えられなかったことだ。
結族が頼ってくるような知り合い方はそうそうできない。
益々リナ様々だ。
此処に至り最重要な事柄を思い出す。
「やばい、大変だ。俺、大事なことを忘れてた。今回の大功労者のことを忘れてた」
「え? 誰かいたっけ」
ココの疑問を無視して、近くのウェイターに声を掛ける。
「ルコの実とリコの実ください」
テーブル越しに二人の白い目が突き刺さるが気にしない。
彼らのお陰でセントラルの警備隊? を簡単に倒せたんだ。
俺はこの恩を忘れずに食べ続ける。
「あ、すいません。なんでも危険食材ってことで何処の酒場でも取り扱いが中止になっちゃって……」
決意を新たにしたところに冷水をぶっかけられたような衝撃を受けた。
あの最強最高最悪の木の実がないだと……。
「う、うそやん」
肩を落とし、机に頭を預ける。
二人とも当たり前とか言って盛り上がるな。美味しかったんだぞ。
こらココ、肩を叩いて笑うな。
項垂れていると無駄に良い耳が遠くにいたエルフの雑談を拾う。
「スラム街のほうが今やばいらしいぞ、クリーチャーすっげぇいるらしい。穴から上にでてきてるらしいぞ。理由は不明だけどここらであそこに道がつながっている場所全部から来てるんじゃないかって話だ。スラムの奴らはかなりやられたらしい。あいつらは最悪な連中だけど大量のクリーチャーに貪り食われて死ぬなんてかわいそうだな……」
…………。
まぁそろそろ木の実は卒業かな。
元々数日前から並んだメニューだ。そこまで思い入れはない。
寂しいけど。悲しいけど。
俯いていると頭部の耳が誰かに触れているのを感じた。
「あ~。犬耳いいですね~」
上体を起こす。リナだった。凄い笑顔だ。
「肉球もみせてください~。ください~」
いつの間にやらだいぶ飲んでいたらしい。
頬を赤く上気させ左右に少し揺れている。
飲んでも飲まれるな。学べ。
ココも周りの噂を聞いていたのかリナの酔いっぷりを気にもせず、ウインナーを持ちながらばつが悪そうな顔をしている。
「……まぁ、人生そんなときもあるよね。ボクは知らない」
俺だって知らない。
がんばれ結族。後始末は任せた。
リナが椅子を立ち上がり俺の背後で耳をいじくっている。
すこしうっとおしい。
「さて、なんかリナも酔っぱらったみたいだしそろそろ帰るか。いい加減金貨パワーも収まって眠くなってきた」
その時。
バンッ、と大きな音を立ててウエスタンドアが激しく開け放たれた。
誰かが倒れこむように入ってくる。
エルフの女性だ。
何故だか既視感のある光景に思わず全力で入口の方から目を反らす
ココなど瞬時に≪虚実の変装≫でうさぎ耳を生やして偽装している始末だ。
リナは気づいてるのかいないのか耳を触り続けてる。
えへー、とか言ってる場合じゃない。
「助けてください、逞しいエルフの御仁」
においと音から判断するに誰かのテーブルに行っているらしい。
俺のテーブルじゃなくて良かったと心から感謝する。
報酬はでかかったがあのレベルの面倒ごとをニ連荘はつらい。
続いて入ってきたのは魚臭い魚人が五体。
ココと目を見合わせる。
首を横に振っている。
目で訴えられる、もう絶対に関わりたくないと。
いつかの焼き増しの如く魚人が店内を威圧し、巨人のテーブルがひっくり返る。
ハーフリングに飛び火し、気が付けば酒場はまたまた喧嘩だらけのどんちゃん騒ぎ。
リナを引き釣り込み、俺たちは机の下で酒盛り。
今回は何もせずにこの騒ぎを肴にのんびり飲もう。
あ、おい。風系の秘術は使うな。魚臭さが広がる。
リュートが激しい音楽を奏で騒ぎを演出し、≪火球≫が飛び≪電撃≫が走る。
色々な秘術の応酬にパチパチ拍手して煩いリナを片手だけ獣化し肉球を与えて黙らせる。
プニプニとめちゃくちゃ触られる。
ココはこんな状況でもラム酒のお替りを注文している。
当分安全に外に出れないのだから仕方ない。
プロ根性かハーフリングのウェイターもきちんと酒を持ってくる。
酒が無事に来てうれしいのかココは常よりだいぶ多めにチップを渡していた。
こんな騒ぎもいつもの酒場。喧嘩と揉め事の絶えないことこそ普通。
今日もアイリスの冒険者が集う酒場『木漏れ日酒場』は平常運転だ。
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