第7話 地下世界4-2

「はい、大丈夫でェす」

「ん?」

「どうかしましたか?」

「いや別に……まぁいいか。リナはどんな脳力が使えるの?」


一度も見たことのないピュアヒューマンがどんなことをできるのか気になる。


「脳力? 特別なことはないですね」

「そうなの? 大抵の人が使える。あ、機械兵士は別だけど」

「酒場で見た火の玉とか霧のことですよね? 使えないです。スバルさんはいっぱい使えるんですね」

「あれとは少し違う。能力隠したいのは分かるけどもヒントくらいは教えてほしいな」

「スバルさんがやったようなことは私、本当に全くできないです。私だけじゃなくて友達も家族も誰一人あんなことできる人いませんね」


話が上手くかみ合わない。

もしかして本当にピュアは脳力を使えないのだろうか。

俺もカガク? とかよくわからないし不思議でもないのか?


「逆に伺いたいのですが脳力ってそもそもなんでしょう? あと秘術ともいってましたよね」

「えーっと……脳力と秘術ってそれぞれ別口で元を正せば同じものなんだ」


『神秘の携行袋』を漁り宝石とスクロールを一つずつ取り出し机に並べる。

リナが居住まいを正して真剣に聞く態勢をとった。


「秘術は宝石とかスクロールとかアイテムに内包された術式。これはリナも色々と見てるやつだ。特徴としては殆どが一音節の呪文で起動する」


宝石を手に取りリナに手渡す。

リナは光に翳したり目の近くに寄せて見たりし始める。


「これらのアイテムは使い捨て。正式名称は『秘術発動体』っていうけどだいたいそのまま呪文の名前かスクロールとか宝石って呼ばれてる。それで、込められた呪文によって値段はピンキリだけどそこそこする」


宝石に身体が触れてないと発動出来ないとか細かい条件はあるが、それは省こう。


アイリスが空になったカクテルグラスを見て少し物欲しそうな顔をしているので店員に水2つと同じカクテルを頼む。初めてだし水飲むの大事。


「それで、そこらへんの市場を仕切って宝石を作ってるのがさっき君が小人って呼んでた種族の一つのハーフリングとちょうど店員をやってるエルフ達だ」

「他の人は作れないんですか?」

「良い質問。ここで関係するのが二種類目の脳力だ」


お酒で緊張もほぐれてきたのかリナは宝石を置き、おいしそうにドーナツを頬張っている。

届けられた二杯目のアイリスも笑顔で口をつけていた。


「誰もがみんな一つだけ何にも頼ることなく脳力を行使できるんだよ、大人も老人も子供はある程度成長しないと使えないけど」

「みんなですか……」


今のところピュアヒューマンと機械兵士以外は、と付け足した。


「できることも様々。くっそ不味いけど栄養満点な料理を大量に出す能力とか、味も栄養も満点だけどあまり数を出せない能力とか、手から刃物を出すとか、石を加工する、炎を出す水を出す雷を出す精神を操る、他次元からの招来とか、声も視界も共有できる幻とかもうなんでもありだ」

「なんだか信じられない世界です」

「こっちの脳力は凄く便利だけど全力で行使しようと思ったら詠唱が長い」

「全力で使わない場合はどうなっちゃいますか?」

「何も言わず実行できるけど影響力は詠唱する時と比べて小さい」


ふんふん、と熱心に頷かれ少し気分が良い。


「一番大きな秘術との違いは意識的に威力だとか使い方とか操作できる。使い捨てと違って一日に使える回数は限界があるけど寝れば回復もする」


先刻戦ったマンティスが宝石を使った秘術はともかく、自分の脳力を使ってこなかったのは使える回数の限界だったのかもしれない。


過ぎたことを考えながら口休めに最後のエールを流し込む。

リナは話を顎に手を当てて考え込んでいる。


「それで話が戻るけどこの宝石自体がそもそもそういった生来の能力を持つ人たちの手によって作られている」


≪虚実の変装≫でつくられたリナの猫耳がぴょこぴょこ動いた。

この秘術は実に芸が細かい。


「作り方はしらないけど、戦闘向けの脳力や便利な脳力を他の人でも使えないだろうかって設計思想の元作られたものが宝石などを利用した秘術体系だ。アイテムに脳力を宿す脳力。そういった力を持った人がいるんだろうな。その脳力を発現するのがハーフリングやエルフが多いみたい。たまに別の種族でもできるようになる人がいるらしいけど」


≪虚実の変装≫の持続時間はどれくらいだっただろうか。

普段使わない秘術なので覚えていない。念のため終わったら掛けなおそう。

マンティスのお陰で今はプラス収支。心は広くなる。


「そんなわけで自分の脳力以外を使おうと思ったら金がかかる。なにせ買わなきゃいけないから。ぶっちゃた話、金さえあれば随分強くなれるし安全に生きていけるよ」


結局のところ世の中は金だと締めくくった。

リナもその部分には納得しているのか俯きながらもうんうんと、首を縦に振っていた。


「脳力や秘術の原理は俺も知らないけど、便利で生活と切り離せないものって思ってくれればいい」


結構な長話になってしまった。喉が渇く。

強い意志力でエールを追加注文せずに水を飲む。

考えを纏めたのかリナが顔を上げた。


「なんで宝石をわざわざ使うのでしょう? 全部紙のスクロールにすれば安くなる気がします」

「彼ら曰く、秘術の威力を増大させやすいんだとさ。攻撃的な呪文は宝石。補助的な呪文はスクロールって感じで売られてる」

「私にも秘術は使えますか?」


リナは喋りながらテーブルの上の宝石を指でつついている。


「さぁ? 試してみれば? 宝石握ってみて」


再びリナに宝石を手のひらに握らせる。


「意識を宝石に向ける。内部にエネルギーを感じたら自然と必要な言葉『呪文』が頭に浮かぶと思うよ」


彼女は意識を集中するためか、宝石を握りしめ、目を瞑った。


「なにも感じません……」

「赤ん坊とか子供も自分の脳力だけじゃなく道具を使った秘術使えないし、練習次第とかなんじゃない? ピュアヒューマンの知り合いがいないからよくわからないけど」

「残念です」


肩を落とし、猫耳までしょんぼりと垂れている。

何も悪いことはしていないのに悪いことをした気分になってくる。


「しばらくその宝石貸すから練習してみなよ」

「ありがとうございます」


リナは熱心に宝石をいじり始めた。

時折水で口を潤し、あーでもないこーでもないと試行錯誤。


「ところでスバルさんはどんな脳力が使えるんですか?」

「それは内緒だ」

「自分のは内緒なのに私には聞いたんですか?」

「教えてくれたらラッキーくらいの感覚だったよ」

「大事なことをそんなに簡単に聞くなんて……」


やがて飽きたのか宝石をテーブルに戻した。

あきらめたらしい。いや、違うか。空になったグラスをじっといみている。


ペース早いけど飲ませてよいのだろうか。

まぁ、いいか。リナのテンションはアルコールも手伝って上向きになっている。

何かあって逃げるとしたらどうせ肩に担ぐんだ。酔っぱらっていようがいまいが関係ない。


メニュー表を渡すとはしゃぎながら選び始めた。今度は自分で注文をさせる。

俺は黄金の意思で追加注文をしない。

嬉しそうな表情を見るのは誰の顔であれ気分がよくなるものだ。


「じゃあ酒代替わりに上の街、セントラルシティだっけ? そこのこと教えてほしい。どんな街?」


結局、またアイリスを頼んだらしく同じものが運ばれてきた。

凄い気に入りようだ。


「どんな街かですか……街並みはだいぶ違いますね。家は鉄筋コンクリートですし……何より違うのはアイリスには電柱や電線がありません」

「デンチュウ? デンセン?」

「電気を運ぶものって言ったらわかりますか?」


電気といえばあれだ。攻撃に使うビリビリするやばいやつ。≪電撃≫(ライトニング)≪連鎖する雷撃≫(チェインライトニング)とか。


「分かるけど、それで何をするんだ?」

「私の住んでいた場所では電気を使って色々な機械が動きます。洗濯機、電子レンジ、コンロに車に信号。なんでもです」


よくはわからないが攻撃に使えるような電気を生活の基盤として色々なものに利用しているらしい。

上での生活は意外と命がけかもしれない。

アイリスでも柱に携わる種族の上流階級は電気を利用していたりするのだろうか。

興味は尽きない。


「こっちでいう秘術みたいなもんなのかな。便利な道具も秘術がなくなると使えなくなるだろうし」

「そうかもしれません……あ、街並み以上に違うのが、治安だと思います。ここら辺は比較的と良さそうですけど……」


リナは大通り、近くの客、機械兵士を順にゆっくりと見つめた。


「逃げて街を走ってるときに何度か喧嘩とか目にしましたけど、セントラルシティでは喧嘩が日常的に起こることはありえないですね。アイリスは犯罪に潔癖で良い街です。良すぎるきらいもありますが……悪い人は絶対に許されない平和で良い所でしたよ」


目を細めて懐かしそうに言っているが、そんなに懐かしむほど長くアイリスにいるわけでもないだろうに。

そんなに懐かしく思えるほど逃げるのは濃厚な時間だったのだろうか。


「命を狙われて逃げるなんてこともありませんでしたし」


残念ながらきっとこれからもっと濃密な時間を過ごすことになる。

逃げるにせよなんにせよまだ危険は続くはずだ。何も解決していない。


その後もリナの話は続いてく。

テレビにパソコン、ケイタイデンワ。知らない単語だらけだ。

天井一枚隔てて世界は全くの別物であると理解させられた。


ドーナツも食べ終わり、酒も飲み干し話にも一段落がつく。

気が付くとリナの目はとろんとなり、頬は赤く染まっている。


「……スバルさんって犬耳生えてますし、お犬さんなんですよね?」

「ん? なんだ藪から棒に?」

「にくきゅうみせてください」


媚びるような甘ったる口調。

いったい急にどうしたリナ。

ひゃっくりまでし始めた。


「ひっく。さぁどうぞ。にくきゅうにくきゅうみせてください」


まだ三杯だけど酔っぱらってるのか。

俺やココに比べて随分と弱い。リナだけなのかピュアはみんなそうなのかどちらだろう。

確かめる術はないけども。


「……街を少し歩こうか。それぐらいなら酔いもすぐに覚める」


ココもまだまだ調べるのに時間がかかるはずだ。

何もずっとこの場所に留まる必要はない。いざとなれば≪念話≫(テレパシック)をある。


「酔ってないです」

「ココ曰く、酔っ払いはみんなそう言うそうだ」


リナに秘術の込められた宝石を持たせ、スクロールを携行袋にしまい席を立つ。

ふにゃけたリナもしゃんと立たせる。

初めての人に飲ませすぎたな。反省。


銀貨数枚をチップとしてテーブルに置く。


「ほら、行こう」

「はい~」


ご機嫌そうに揺れているリナの手を引いて『頑固者のドーナツ屋』を後にした。

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