第22話  助っ人


「なんとも突飛な話ではありますが、お二人の話を信じてみるしかないのかもしれませんなぁ」


 困ったような口調で言いながら、板野刑事が首を傾げる。その視点の先には白板に張られた地図があった。生田目が書き遺した文字でびっしりと赤く染められた地図。”逃げてもいい”とは言っていたが、この地図には復讐を願う生田目の執念が未だに籠っている気がする。


 レンコの提案により、亮二たちは板野刑事にすべてを打ち明け彼の協力を仰ぐことにした。主戦力となる亮二が30分しか動けないとなると、どうしてもレンコ以外に受肉前の亮二を戦場に運ぶ者が必要となるからだ。亮二たちと違い常人だから多少心許ないが、警察以外にこんな危険なことを頼める相手は居ない。


「奴が次に現れるのは多分あさっての晩。確証はありませんが、14号線沿いを新宿に向かって駆け上ってくるはずです。恐らくは無差別に人を殺しながら」

「なるほど。そこで加藤拓海を新宿で迎え撃つ訳ですな。あなたとそこのご婦人の二人で」


 少し怯えたような目で板野がちらりとレンコを見る。板野はまだレンコが大場翔太であることを気付いていない。だが、受肉の力を嫌というほど見せつけて板野を納得させたのは彼女だった。


 亮二が呼出した当初、板野は加藤拓海が超人的な殺人者であることを全く信じようとしなかった。もちろん亮二とレンコが超人であることも信じなかった。業を煮やしたレンコが彼を脇に抱えたままビルの壁面を駆け上り、屋上から屋上へ跳躍し、さらに5階建ての建物から飛び降りることで無理やり納得させたのだ。


 びしょびしょの汗で薄い髪をぺったりと頭に貼り付けた板野は、息も絶え絶えの様子で「わかった!わかったからもう止めてくれ!」と叫び、レンコと亮二に許しを乞うた。


「しかしですな、こんな雲を掴むような話でSATが動いてくれますかねぇ。一刑事の私の提案なんかでは、特殊事件捜査係レベルを動かすことも難しいでしょう。資本主義と社会主義の超人なんて現実離れしてますからな。時間もないし」


 またしても出てきた非協力的な言葉を聞いて、ずいとレンコが板野に顔を寄せた。全身をびくりとさせて、板野は出口に向かって駆け出した。今にも検査室のドアを開けて逃げ出してしまいそうな様子だ。


「怖がんなくても取って食ったりしないわよ。あんたには警察の情報がすぐに入って来るでしょ。明日14号線沿いで殺人が始まるはずだから、その情報が入ったら亮二とパトカーで待機していてくれればいいの。あんたたちが待ち伏せしているパトカーへ、あたしが拓海をおびき寄せる。あとの事はあたし達がやるわ。SATなんていなくても、あんた一人が協力してくれれば充分なわけ。警察が何人いたって足手まといになるだけだしね」


「困りましたね。刑事の私がこう言うのもなんだが、なんで私個人がそんなことしなきゃならんのですか?この事件では、もう警察関係者だけで十数人が殉職している。私だって命は惜しい。拳銃も効かない相手だそうじゃないですか」


「戦いの助っ人を頼んでいる訳じゃない。ただ、俺を運んでくれと頼んでるんだ。それにタダとは言いませんよ」


 亮二が目配せすると、レンコが分厚い封筒を取り出しテーブルの上に置いた。


「ここに500万円あります。持っていってください。明日仕事をこなしてくれたら、あと一千万円出しましょう」


 500万円入の封筒をひとつ、そして更に大きな封筒をもうひとつ、レンコはテーブルに載せた。言うまでもなく、大きい方の封筒には一千万円の札束が入っている。


 一瞬きょとんとした顔で封筒を見詰め、何故か室内を一渡り見回すと、板野はゆっくりと亮二達へ近づいた。おずおずと小さい方の封筒を手に取り中身を確かめるとポケットに仕舞い込み、大きな封筒の方にも目を向ける。いつの間にか、見たことのない小狡そうな色が目に浮かんでいた。

「綺麗なカネか?」

 

 がらりと板野の口調が変わった。警察とヤクザは紙一重というのは昔からの慣用句だが、意外と真実を言い当てているのかもしれない。


「大丈夫。おれたちの貯金だよ」


 嘘である。レンコがどこぞのイベント会場から強奪してきた金だ。この際、拓海を止めるのに綺麗事は言っていられない。


「やれるところまでしか、俺はやらんぞ。それでいいな」


 すっかり人相が変わった板野は念を押すように言った。亮二は受肉、と呟く。むくむくと筋肉が膨らみ鋼のような筋肉を持った大男が現れると、男は巨大化した体躯を見せつけるように立ち上がり、威嚇するように板野を見下ろした。


「あんたは俺が首の骨を折られたとき、結局何もしてくれなかったな。今度はやれるところまで、ちゃんとやれ。でないと、解るよな?」


 猛禽類のような亮二の眼光に射すくめられて、板野の額からどっと汗が噴き出す。顎に出来た滴が数滴垂れて床に染みを作った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る