2章1節:青年と刀士

 宿屋の裏手の路地。

 2人の女性以外の人影はなく、魔力街路灯もなく辺りは非常に暗かった。


「では、言われてた物です」


 ローブを来た女性がそう言いながらもう片方の女性に手のひらほどの1つの箱を渡す。

 その箱を開くと、複数の指輪が入っていた。


「ありがとう。5位さん。ルートは?」

「・・・・・・いい加減、名前ぐらい覚えてください」

「リアナとかクーとかリーチャは覚えているけど」


 彼女はきょとんとした顔でそう返す。


「いやいやいや、そういう事じゃなくてですね・・・・・・。はぁ、なんかちょっとズレてるのは分かってましたけれど、もういいです。話を戻しましょう。此処からですと、そのまま中立地帯を抜けて、一度マーレント領に入りまして次に魔物領に戻りこの砦に向かってください。なんで中立地帯を通るかはコレに目を通してください」


 地図を開き、発光石で目的地を照らすと1つの手紙を置きアリスはそれを受け取る。

 魔物からは人間領と呼ばれる人間側の領地は大きく分けて3つの国が存在している。


 まず魔物領と接しているマーレント。この国の魔物領との国境沿いは中立地帯化が進んでいる街が多く点在している。更に中立地帯では傭兵業が盛んであり3国で一番傭兵を抱えている国でもある。


 次に此方も魔物領と接しているカレアント。此方は中立地帯化している箇所が少なく、戦時では最前線となる戦場が多く一番3国の中で疲弊している。ハプスブルグ校が存在するのもカレアントである。失った兵士の代わりに実地研修と言う形で以前兵士がやっていた任務を行っている。魔物の排除及び山賊等の排除、他にも捜し物等の簡単な任務も存在する。これにより不足している兵士を補いつつ、実戦経験の積み上げを行っている。無論、成功すれば少なからず報酬も出されるが、傭兵が請け負う仕事と比べると半分の額にも満たない。


 そして、魔物領とは一切接していないスレバニア。3国の中では一番大きく、権力も高い。しかし反面軍事力は1歩劣っているという状況だ。


 魔物領には国と呼べる物はなく、基本的に中立地帯を除き魔王率いる魔物軍が治めているとされているが実情は違う。確かに魔物軍が治めている場所が多いが、賛同、参加していない種族が多数存在し、各々動いている。種族間での戦闘も珍しくなく、意味もなく暴れる連中も多い。そのため魔物領は非常に危険な場所が多く存在し、今日は安全でも明日は危険地帯なんどと言う自体も少なくない。そのため、安息を求める者は中立地帯もしくは魔物軍が治める街に多く集まってくるのだ。どちらも必ず安全とは言い難いものの生存率は大きく変わってくる。


「魔物の砦に・・・・・・?」


 疑問をそのまま口にする。


「はい。先輩がそう伝えよ。と、言っておりましたので。ですので、あたしが知った事ではない事柄ですのであしからず。文句は全て先輩にどうぞ」


 言い終わると、彼女はフードを深く被った。


「では、アリスさん。ご武運を」


 彼女は1礼し、闇の中に消えていく。


「先輩に、か」


 先ほどの女性は学園内高等部ランキング5位で生徒会に所属する人だ。彼女が先輩と指す人物は基本的に生徒会所属であるフィリングもしくは8位に対して。今回の場合は前者だろう。


 そして、そのフィリングはアリスの目的を知っていて勧誘し、尚且つ援助までしている。何がしたいのかよく分からないが彼女的には好都合だった。問題があるとしたら今回、もし最初に目標と接触した場合は「裏切らず、バレないように助勢すること」と言われた点だ。そして、意図的に以前から頼んでおいたものもこうしてタイミングをズラされて渡された。

 何かある。と見て間違いはないだろう。だが、それが吉と出るか凶と出るかはまだわからない。

 アリスは宿に向かって歩を進ませ始める。


──どちらにしても、現状としては協力関係なのは確実。変に手は出してこないでしょ。それに・・・・・・。


 そうアリスは考えながら宿の裏口の前まで来るとドアノブを回そうとする。すると、ソレは触る前に回りドアがゆっくりと開く。


「あれ、アリスさん」


 ドアを開けたのはクロード・スカイ。今回の実地研修を束ねている奴だった。


「あんた、か。あ、コレ、細工がされてないか見てくれない?」


 そう言い、箱を彼に見せる。


「いいけど、中身は?」

「量産型のドラウプニル」 

「ああ、魔通信機だね」


 そう言って彼は箱を取ると目を瞑る。すると箱に魔法陣が浮かび上がり、数秒後消え去った。


「特に何も無かったけど、これどうするの?」


 彼は目を開け、箱を返す。


「あー・・・・・・ちょっとね。確認してくれてありがとう」


 宿の中に入り、部屋に向かって歩き始めると彼の声が後ろから聞こえてくる。

「何か、するつもりなの?」


 と。彼女は、一度立ち止まり「さてね」と返して再び歩き始める。

 クロードは遠のくアリスの後ろ姿を見つめていた。


「・・・・・・リリーに一応言っておかないと、かな」


 そう呟き、ドアを閉めた。



 翌朝。ディードが起きると、小鳥の囀りに混ざり1つのすすり泣くような声が聞こえて来た。

 彼は警戒しつつ外に出ると、傷だらけのリザ之介がうずくまって1人で泣いているのを発見した。


 周囲を見渡すも、ゴブリンとオークの姿は確認出来ない。彼の状況と合わせて、2体がどうなったかをなんとなくではあるが察する。

 しかしこういう時、どういう言葉をかけるべきか言葉が見つからなかった。

 中に入るように促し、一応何があったか話を聞いた。


 戻って来れたのは20分ほど前、街で起きた事は彼の予想と大体一致していた。問題となるのがあの2体が何をしでかしたのか。という点である。

 流石に彼女らが無差別に攻撃する。なんてマネはしないだろう。そんな事をしてしまえば街から追い出されるか最悪自らの死を招く羽目になる。

 この間、ギャスも起きリザ之助の傷を回復魔法を使用し治癒していた。

 彼は思い出したかのように早く此処から逃げるように促すが、ディードは落ち着くように言い渡す。


「今更焦っても仕方ない。逃げるにしても、今回の場合遅かれ早かれ捕捉される。それなら準備してからのがいい。スラ何か案あるか?」


 そう言って目線を落とす。すると、スラは彼の服の首元から顔を出し、考える素振りを見せ水で文字を描いていく。それを読み取りディードは口を開いていく。


「・・・・・・ふむ、でもそれだと魔力的にきつくないか? ・・・・・・いや、それはだめだ。向こうの索敵能力は高い・・・・・・待てそれならバラした方がよくないか? 1人でも相手してもらえれば此方が楽になる。・・・・・・確かにそうだな。やはり戦力的にも魔力的にも"此処にいる連中だけ"じゃ辛いか」

「ちょっと待つギャ! 何話してるギャ!?」

「はぁ? ・・・・・・お前らもしかして字読めないのか!?」

「読めてればこんな事言ってないギャ!」


 ディードはため息を付きながら話していた内容を説明する。

 まず出された案は逆に此方から攻め、向こうの誰か1人を戦闘不能に持ち込んだ後に逃走すると言うもの。だが、これはディードとスラの魔力がまだ半分ほどしか回復していない事を考慮すると辛い。ならば罠を張るという案が出たがこれまでの経験から索敵能力の高さは伺えるため却下。ならば逆の発想で罠はバレるの前提で囮とし、警戒させつつ動きを鈍らせるという意見が出たがそうなってくるとバラして戦力を裂かせてどちらかで撃破を狙った方がいいと意見を出すも、戦力的には此方のほうが不利な点は変わらず、逆にただ分散させるだけなら此方が各個撃破される可能性があると反論されてしまった。という流れだ。


「あんのハーレム野郎がいなけりゃそう難しい話じゃないんだが、あいつが鬼門でな・・・・・・」

「じゃぁ、罠張りながら逃げるってのはダメなのかギャ?」

「あくまでその場で戦って警戒させて動き鈍らせるのが目的だからな。逃げるんならそのまま逃げちまったほうがいい。それに仕掛けるにしても、中途半端に仕掛けると此方が疲弊するだけだしな」

「なるほどだギャァ・・・・・・。そういや魔王様。この話をしてて思い出したんだギャけど刀もった人が「やっと追いついたよ」って伝えてって言われてたギャ」


 直後ディードは「馬鹿野郎早く言え」と声を荒げて言い返す。

 すると、スラが「むゅっ」と鳴き彼が目線を落とすと水の文字で「いっその事、突撃しちゃう?」とらしくもない事が書かれており、苦笑いを浮かべる。


「と、突撃って何か案があるんだギャ?」


 と、ギャスが恐る恐る言った。


「え、おまっ──」


 スラはディードの反応を切るように水の文字を書き始める。

 そこには、「特にないよ」と書かれており、本人は笑顔だった。だが、「けど」と水の文字が続く。「向こうは、プッチちゃんとリザくんが私達と仲間とは思ってないはず。そして、あまり考慮はしてなかったけど魔物軍もいるし多分向こうって2人のこと知ってるよね? 最後にプッチちゃんの話で力関係は多少なりは変化する」と書かれ、ディードがそれを声に出して読んでいた。


「あ・・・・・・ぶつける気ギャ?」


 スラは満面の笑みを浮かべ、「大正解。よく出来ました」と書いた。

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