294話 羽根牧高校文化祭! 後編
2ー2組のなりきり喫茶は、ただコスプレをするだけじゃなくて、その衣装に基づいたキャラクターになりきるというのが特徴らしい。
ゆずちゃんの場合は、ギャルのコスプレをするからギャルになりきる。
鈴花ちゃんの場合は、魔法少女のコスプレだから、魔法少女になりきったりね。
みんながどんなコスプレをするかは当日の楽しみってことで、秘密にはされていたんだけど、二人の格好には本当に驚いたよ。
そして、司くんはどんなコスプレなのか気になってたけれど……。
「当店に勤めている間、私はお客様の執事として、精力を尽くしてご奉仕させて頂く所存ですので、なんなりとお申し付け下さい」
まさかの執事だ。
なりきり喫茶なのに、司君は本物の執事さんと変わらない振舞いで、私達に接客をしていた。
あまりに普段と違い過ぎて、ゆずちゃん達と違って一目で解らなかったんだけど……。
ただ、今の私の心境は……。
──キャアアアアアアアアッッ!!??
──なにそれなにそれなにそれ!?
反則にも程がある完成度に、私は興奮のあまり頭がどうにかなりそうだった!
だって、ただでさえ紳士的な司くんが、執事なんてそんな……天職に決まってるもん!!
あ、ダメ……鼻血が出そうなくらい顔に血液が集中してる……!
「つ、つーにぃ……どうやってそんな本物みたいになりきってるです?」
翡翠ちゃんが赤い顔をしながら、恐る恐る尋ねた。
ゆずちゃんのギャルもだけど、司くんの佇まいはそれ以上に洗練されていて、文化祭のために勉強したにしては明らかに出来が違う。
その問いに対して、司くんは咳払いで硬い雰囲気を崩してから口を開く。
「翡翠とアリエルさんは知ってるだろうけど、前にレティシアさんに相談したいことがあるって言っただろ? その時になりきり喫茶で執事をやることが決まって、せっかくだから本場の執事としての礼節を学べないかって頼んだんだよ」
「「あの時!?」」
「そしたらアルヴァレス家の執事長さんが教えてくれることになって、こうして一人前の太鼓判を押されるくらいには身についたんだ」
「ど、通りで執事長が貴様を惜しい逸材だと呟いていたわけか……」
本職の人から教わったのなら、あの完成度も納得出来ちゃうね。
というか、自分が執事のコスプレをするって分かってから文化祭までの三週間で、あれだけの技量をマスターしたの?
勉強を見ている時も思ったけれど、司くん本人の飲み込みの早さって凄い気がする。
「す、凄いね……」
「ええ、素晴らしい努力の成果ですわ。……ところでツカサ様」
「はい?」
そんな裏事情を知った私達が感嘆の息をつく中、アリエルさんは司くんにニコリと笑みを向けて……。
「大学に通われている間、アルバイトとしてワタクシの専属執事に就くというはどうでしょうか?」
「え!?」
「アリエル様!?」
「「そ、それはダメエエエエエエエエ!!?」」
突然の勧誘に司くんは目を見開いてびっくりして、クロエさんは絶望を目の当たりにしたように愕然とし、私と翡翠ちゃんはアリエルさんの企みを察して慌てて制止を呼び掛ける。
だって執事の司くんがアリエルさんの専属になるっていうことは……!
「合法的に司くんから『お嬢様』って呼ばれ続けることでしょ!? そんなのズルい! 私も呼ばれ続けたい!!」
「そうです! ひーちゃんだってつーにぃに『お嬢様』って言って欲しいです!」
「あらあら? ワタクシはただ善意でツカサ様を勧誘しているまでですわよ?」
私達の反論に、アリエルさんは意地悪な笑みを浮かべて返した。
やっぱりアルバイトにかこつけて執事の司くんを独占する気だよ、この人!!
「あ、ああ、アリエル様! リンドウ・ツカサを専属にするということは、ワタシを専属から解任するということですか!?」
「落ち着いて下さい。アリエルさんはクロエさんを解任するとか一言も言ってませんから」
一方でアリエルさんの言葉を曲解解釈してクロエさんに、司くんが冷静にツッコミを入れている。
そんなやり取り末にアルバイトの件は検討するということで、一旦保留になった。
いつまでも司くんを私達の席に留めておくと接客が滞りそうだから、彼は別のお客さんの接客に行ってしまう。
あぁ……もっと執事姿を目に焼き付けておきたかった……。
私、別に執事が好きってわけじゃなかったのに、なんだか新しい扉が開いた気分だよ……。
とりあえず、運ばれたケーキを食べつつ司くんが接客する様子を四人で眺めることにした。
「はい、ご注文を承りに参りました」
「え、えっと、シフォンケーキを二つお願いします」
「かしこまりました。お嬢様」
「──っ!? はふぅ……」
……。
「あ、あの! どこの執事喫茶でバイトしてるんですか!?」
「申し訳ございません。私が執事としてご奉仕するのは文化祭の三日間だけで、普段はしがない一学生なのです」
「ええ、勿体ない!!」
「称賛のお言葉、大変痛み入ります。その分、お嬢様に快適な時間を提供出来るよう、誠意を以っておもてなしをさせて頂きますよ」
「はいっ!!!!」
……。
「すみません。頼んだケーキにクッキーが乗っているのですが……」
「そちらはお子さんに対する私からの細やかなサービスです」
「あ、あらまぁ……」
「ありがとー、おにーちゃん!」
「そう言って頂けて何よりです」
……。
「おい。あの男が接客している時だけ違う店になっていないか?」
「「「うん」」」
彼の働きぶりを眺めている内に零れたクロエさんの言葉に、私達は全力で同意した。
他の人が接客している時は如何にも文化祭らしい感じなのに、司くんが接客している時はあそこだけ執事喫茶になってる。
そんな彼が対応した女性客は、揃って頬を赤らめて熱烈な視線を彼に向ける始末だ。
そして、私はあることに気付いた。
店内をよく見ると男性客より女性客が多い気がする……そういえば、列に並んでる時も女性の方が多かったような……。
ん~?
あれれ?
これ、ひょっとしてかなりカオスなことになってるのかな~?
「中村さん、ちょっといい?」
「あ、菜々美先生! どうしたんですか?」
「司くんのアレ、もしかして……」
「あー……はい。うちのクラスが盛況なのは彼が理由ですよ」
「や、やっぱり……」
ちょうど手の空いている様子だった2-2組のクラス委員長の中村さんを呼び止めて、疑問に思ったことを尋ねると、ホクホクとした表情を浮かべる彼女の表情で予想が当たってしまっていると告げられた。
だって、執事モードの司くんはハッキリ言って無敵感があるもん。
無意識に出てる天然ジゴロぶりが全力で発揮されているって言えば、どれだけ凄まじいことか分かると思う。
普段の気配り上手な面と、執事として礼節を弁えた紳士的な対応が神懸かり的なレベルで合わさって、結果多くの女性客をリピーターにしてるんだ。
「最初はゆずちゃんが男性客を引っ掛けて行く算段だったのに、執事モードの竜胆君にハマる女性客が後を絶たなくなったんです」
「さり気なくゆずちゃんに客引き染みたことをさせようとしてたって言っちゃってるよ?」
「あ、今のはオフレコで。まぁ、おかげで予想の倍以上は稼げてますよー!!」
「でも、あんな状態のつーにぃに対してゆっちゃんが大人しいのも気になるです」
この場に限ってゆずちゃん以上の人気を得ている司くんはともかく、翡翠ちゃんの言う通りあの嫉妬深い彼女が大人しく行列整理に勤しんでいるのは珍しい。
すると、事情を知っているらしい中村さんは、複雑な苦笑を浮かべながら答えた。
「あ~。開店前に全員でなりきりの完成度を確かめた時に、執事モードの竜胆君の接客をゆずちゃんが真っ先に受けた結果、優越感が嫉妬を上回ってるだけですよ」
「「「「あぁ~……」」」」
中村さんの言葉に四人揃って納得の声が出る。
先を越された悔しさはあるけれど、結果的にゆずちゃんの暴走を抑えられた安心の方が勝っちゃった。
半年前は暴走とか心配する必要なかったのに、すっかり変わっちゃったなぁ……。
なんて思っていると……。
「なぁなぁ、困ってる人を助けるのが魔法少女なら、俺らと一緒に文化祭回ろうよ~」
「え、えっと、まだシフト中だし……」
「見たところ接客してんのあのエセ執事だけだからいいじゃん! な?」
「いや、よくないって……」
女性客が溢れかえっている中で数少ない男性客、でもガラが悪そうな二人に鈴花ちゃんが絡まれていた。
相手はよっぽどしつこいみたいで、彼女がいくら断ってもしらを切ってなおも誘っている。
鈴花ちゃんも、相手がお客さんとあっていつもの強気が上手く出ていない。
「ッチ。これだから男は──」
「待ちなさい、クロエ」
男嫌いもあって、クロエさんが席から立って対処しようとすると、アリエルさんが制止した。
なんでって一瞬思ったけれど、その疑問はすぐに氷解する。
「──お客様。当店では逢引きは承っておりませんので、どうか控えて頂けませんか?」
司くんが鈴花ちゃんにちょっかいを出す二人に注意したから。
執事モードは崩さないままだけれど、どこか怒っているように見える。
「ああ!? なんだよ!?」
「ちょっとちやほやされてるからって調子に乗んなよ!?」
でも、二人の男性がそれだけで引き下がるはずもなく、今度は彼に因縁をつけ始めた。
因縁というか、女性客に熱い視線を向けられている様子から気に食わなかったんだと思う。
けれど、相対する司くんは至って平静のまま。
表情は笑っているけれど目は笑ってない。
すると彼は一度ゆっくりと息を吐いて……男性達が座っているテーブルを思い切り手の平を叩きつけた。
あまりに大きな音に周囲も彼らも一斉に沈黙しちゃった中で、司くんは冷ややかな目で二人を睨み付ける。
「
「「は、はい……」」
その怒気に当てられたからか、二人は強気な姿勢を一気に無くして大人しくなった。
一拍、また静寂が室内を包んだ後、一連の騒ぎを眺めていた人達から拍手が送られる。
でも司くんはそれらを気に留めることもなく、助けた鈴花ちゃんを気遣うに背中を軽く擦っていた。
羨ましい……じゃなくて!
助けられた方の鈴花ちゃんは、何だか気難しい表情をしている。
それが気に掛かったけれど、ひとまず大きな騒動にならずに済んで良かったぁ。
「流石つーにぃです!」
「ええ、荒立てずに場を治められた手腕、お見事ですわね」
「ふん……」
翡翠ちゃんとアリエルさんも称賛するけれど、クロエさんは厳しい態度のままだ。
そんなことがあったものの、あんまり長いすると他のお客さんの迷惑になっちゃうから、そろそろ出ないといけない。
「じゃあ………………もう一回並び直そっか」
「「はいです(わ)!」
「ま、また新たなリピーターが……」
クロエさんが呆れた眼差しで何か言っているけど、私達は気にしない。
代金を払った後で再び行列の最後尾に並ぶ。
さっきと変わらず行列整理をしているギャルモードのゆずちゃんの頬が引き攣っていたようにも見えたけど、きっと気のせいだよね。
今度は執事モードの司くんが入店の案内をしてくれるといいなぁ。
あ、いけない……よだれが……。
なんて思っていると……。
──ビィーッ! ビィーッ!
私達が持っているスマホから、唖喰の出現を報せる警報が響いた。
普段なら行かなきゃいけないけれど……でもそれだと執事モードの司くんを見れる時間が減っちゃう……!
いや待ってゆずちゃん。
そんな急かすように見つめないで?
わ、分かってるよ!?
でも魔導士は私達だけじゃないし、季奈ちゃんが待機してるんだから、一回くらい行かなくても大丈夫だと思うの!
え、ダメ?
あぁもう、唖喰ってホント嫌!!
何もこんな日に来なくたっていいでしょ!?
恋心から来るもどかしい気持ちと魔導士としての矜持で板挟みになって、頭の中がパンクしそうだよぉ……。
焦燥感で居たたまれなくなっている間に……。
「クロエ」
「……アリエル様」
「クロエ」
「あの、確かにワタシはリンドウ・ツカサの執事姿に大して興味はありませんが、ワタシが向かうとアリエル様の護衛が──」
「クロエッ!」
「お願いですクーちゃん!」
「お礼は絶対にするから!!」
「…………はい」
アリエルさんがクロエさんに一人で向かうようにゴリ押しし始めた。
私と翡翠ちゃんの援護射撃もあって、過去の親衛隊を見るように失望した目を向けられながらも、彼女は列から離れて唖喰との戦闘へと向かって行く。
──ありがとう、クロエさん……。
心の中でそう感謝の言葉を思い浮かべる。
ゆずちゃんから冷ややかな視線を感じるけど、気にしないことにした。
今回だけ……今回だけだから!
戦闘に向かったクロエさんが戻って来たのは、私達が三回目の入店を済ました頃だった。
話によると、上位クラスの唖喰が五体も出て来ていたみたい。
そして休憩に入った司くんからとっても怒られて、執事モードは封印されることになっちゃった……。
──ごめんなさい、クロエさん。
今度は謝罪の言葉を浮かべる私達だった。
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