291話 魔女との語らい


 最高序列の中で最も自由奔放と称される第三位〝占星せんせい魔女まじょ〟その人という、ファブレッタ・インクロッチさんの目的が俺という事実に、どう答えたものか返事に窮する。


 ある意味ツチノコのような、会おうと思っても会えるわけじゃない人に、こんな何気ないタイミングで出会えるなんて予想出来るわけがない。


 それに、組織の関係者だからと言ってすぐに信用することは出来ないというのもある。

 フランス支部で多くの人を貶めたダヴィドやポーラといった悪人がいないと限らないからだ。


 大体、そんな人が俺を見つけてどうするつもりなんだろうか。

 そう疑問に思っても当然だ。  


「え、えっと、ひゃぶ、ふゅぶ、ふぁびび……噛んじゃうのでファーちゃんって呼ぶです! それで、どうしてリンドウさんに会いに来たです?」

「おぉ……世界中を旅して来たけれど、会って二時間で愛称で呼ばれたのは初めての経験だ」


 いつもの噛み芸を披露しながらも、翡翠がファブレッタさんに俺を捜す意図を尋ねた。

 いきなり愛称をつけられたことに戸惑いながらも、彼女は笑みを浮かべて口を開く。


「さっきも言った通り、かの〝天光の大魔導士〟に恋をさせた彼がどのような人物なのか、一目会って直接見定めようと思い至ったまでさ。別に彼自身をどうこうしようなどと企んではいないよ? それを証明する手はないが、不利益を強いることはしないと誓って約束しよう」


 どうにも胡散臭い言い草ではあるが、悪巧みをするような人であれば実力があっても最高序列に名を連ねることなんてないだろう。


「……解りました」


 とりあえずそう結論付けて、俺は自ら名乗り出ることにする。


「ふむ、では彼はどこにいるのだろうか?」

「目の前にいますよ」

「む?」

「俺が竜胆司です、ファブレッタさん」

「──っ、な、るほどねぇ……クククッ」


 俺の名前を聞いた彼女は大きく目を見開いた後、片手で顔を覆って全身を震わせ始めた。

 どうやら笑っているようだと分かるのに、然程時間を掛けず察する。

 

 何とも奇縁な状況に俺達と同じように、流石にファブレッタさんといえども驚きを隠せないようだ。


「はぁ~なるほど、キミがそうなのか……いや、むしろ納得したよ。見ず知らずの他人相手にも手心を向けるその誠実さは、あぁ確かに女性からさぞ好意的に捉えられているのだろうね」

「光栄というか身に余る思いというか……」

「そこがつーにぃの凄いところです!」


 なんで分かったんだろうか?

 そして何故翡翠がドヤ顔をするんだ?


 純粋に俺が褒められたことが嬉しいのかな?

 それなら兄として嬉しい限りだが。 


「えと、ちなみに俺のことを聞いた噂ってどういうものなんですか?」

「おや、気になるのかい?」

「一応ですけど……」 


 何せ一箇所に留まらず世界中を放浪していたファブレッタさんの耳に入るレベルだ。

 気にならないと言えば嘘になる。


 俺の質問に対し、彼女はどうしてかニヤニヤと笑みを浮かべながら噂の詳細を語り出す。


「〝天光の大魔導士〟の日常指導係にして初恋相手であり、〝聖霊の歌姫ディーヴァ〟の婚約者、さらに〝術式の匠〟の友人でもある魔導の歴史において数少ない偉業を為している少年がいるというものだね。組織に入って半年以上の短期間であの二人の心を射止めただけに留まらず、さらに複数の魔導士や魔導少女との交流を持っているというのだから、初めて知った頃は『そんなバカな』と信じられなかったよ」


 どうして正確さの信憑性が低いはずの噂なのに大体合ってんの?

 そして改めて聞くとホント濃密過ぎる話だ。

 自分のことだけど、ファブレッタさんが信じられないと言うのも頷ける。


「そうです! つーにぃはモテモテです!」

「実際に気持ちよく助けられているんだ、異論はないさ」

「あの、俺は何もそんなやましい気持ちでファブレッタさんを家に招いたわけじゃないですからね?」


 翡翠の言うように、あれ程までに好かれるとは思ってもいなかった。

 ファブレッタさん自身も恋愛感情ではなくとも、俺を好意的に見てくれているみたいで、一応の訂正はしておこうと伝えた。


 その言葉に彼女は義眼じゃない紫の瞳を向けて来る。


「もちろん、分かっているとも。それで、キミは一体誰を選ぶんだい?」

「っ!」


 一瞬、心臓が止まるかと思った。

 別にこういう邪推は今に始まったわけじゃないが、ファブレッタさん……あなたもか……。


 まぁ、あんなに正確な噂があるんだから、俺の取り巻く恋愛事情なんてすぐに分かるに決まってるか。

 

「はいはーい! ひーちゃんもつーにぃがおにーちゃんとしても、男の人としても大好きです!」

「ほほぅ、それはそれは興味深い。兄妹仲が良いようで何よりだ」

「ふ、ファブレッタさんは兄妹だからとか気にしないんですね……」


 俺と翡翠は兄妹でも義理なので、仮に交際するとしてもあまり法律的な縛りは無い。

 それでも世間一般には兄と妹が恋人とするのはタブーと認識されている。

 一切の偏見なく素直に翡翠を応援するファブレッタさんの言葉は、世界中を渡り歩いて来た旅人らしい感想とも言えるだろう。


 そう感じた俺の言葉に、ファブレッタさんはコップに注がれているコーヒーを一口飲んでから答えた。


「親愛、恋愛、友愛と種類に違いはあれど、愛という感情は最も尊ぶべきものだと認識している」

「尊ぶ、ですか?」

「旅の道中に知り合った夫婦や恋人達が、どのような経緯で想いを通わせたのか聴く度に、愛が持つ力はすさまじいと実感させられるよ」

「まぁ、その通りだとは思いますけど……」


 命懸けの戦いに身を投じる魔導士・魔導少女達を見ていれば、そう思わずにはいられない。

 彼女達がああまでして戦う理由は、何気ない日常を愛して守るためだ。


 なんて我ながら青臭い感想だがファブレッタさんはそれもお見通しらしく、何度か首肯して続ける。


「だが愛とは正義と同じく表裏一体にして清濁が併せられるモノだ。個人によって如何様にも在り方を変えていくし、それを大義として掲げて過ちを犯した事例は人が人である限り時を延々と経ようとも絶えず事欠かないだろう」

「──っ!」


 その言葉は、まさに『人』という生物の真髄を説いているように聞こえた。

 

 ふと、アリエルさんの叔父でフランス支部の元支部長であるダヴィドのことが頭を過る。

 ファブレッタさんが語ったことを鑑みて、俺が知る限りの人物では典型例と言える程に当て嵌まるだろう。


 アイツのような奴からゆず達を守るために、俺は彼女達を支え続けると決めた。

 同時に、ああはなりたくないと嫌悪もしている。

 認めたくないが反面教師というのはこういうことを言うのかもしれない。 

 

「それでも、人は誰かを愛さずには孤独を埋められない生き物だ。もちろん、万人がそうとも言い切れないがね」

「……」

「愛されているキミは、それだけ彼女達の心の支えなのだろう。くれぐれも道を誤らないことを祈るよ」

「正直、恐縮するばかりですけど……」

「驕るよりは謙虚でいる方が好ましいが、謙虚を通り越した卑屈はただの贅沢な嫌味だ。それは驕り以上に醜い」


 ……どうにも、この人の言葉は耳が痛いばかりだ。

 言い方は中々に酷いが、何も貶めるつもりはないと分かるからこそ、真摯に心に響いて来る。


「さて、随分と長話をしてしまった。自分ばかりが話すのもなんだ、キミから何か尋ねたいことがあれば答えてみよう」


 そう言って、ファブレッタさんはニコリと笑みを浮かべて告げる。

 とはいえいきなり質問をどうぞと振られても何を聞けばいいのやら……。

 どうしようか悩んでいると、翡翠が挙手してあることを尋ねた。


「はい! ファーちゃんはこれからどうするんです?」

「これからかい? そうだねぇ……リンドウ少年と会って話すという目的は果たしたのだから次の国へ……と言いたいのは山々だが、生憎と金銭を持ち合わせていないからね。しばらくはニホンに留まることになるだろう」


 あぁ、そういえばこの人、今無一文なんだった。

 流石にこっちからお金を貸すわけにもいかないよなぁ。

 とはいえ、何度も世界中を旅して来たのなら何かしら金を稼ぐ手段があると思うんだけど……。


「じゃあ、その間は日本支部にでも行くんですか?」

「いいや、そちらには行かないよ」

「え? どうしてです?」


 あそこなら衣食住に困ることはないはずなのに、何故かファブレッタさんは乗り気じゃない様子だった。

 翡翠が何故なのかを問い掛けると、彼女は心底嫌そうな顔をして答える。


「特に隠すことではないが、自分は本来はイタリア支部の所属だ。しかし世界中を渡り歩くためにかなりの頻度と期間を留守にして空けるものだから、全国の支部へ発見次第本国へ強制送還するように特殊手配されているのだ」

「なにその世紀の逃亡犯みたいな扱い」


 味方から指名手配されてるとか、自由人にも程があるだろ。

 まぁ、最高序列の一人っていう人類にとって貴重な戦力だからこそなんだろうけど。

 何気に組織の情報網を潜り抜けるっていう至難の技を容易にこなしてるあたり、これはもう筋金入りだろうなぁ。


「日本支部に行かないなら、どうやって衣食住を整えるです?」


 純粋に感じた疑問を翡翠が投げ掛ける。

 それを聞いたファブレッタさんはニヤリと妖しい笑みを浮かべた。 


「そう、それで一つ相談があるのだが……」

「嫌です」

「おや、まだ何も言っていないのにつれないじゃないか」


 だってその言い方……明らかに嫌な予感しかしないし。

 何を相談するつもりかは大方察しがついている。

 けれど、ファブレッタさんは俺の制止を気にした様子もないまま続けた。


「ある程度の旅費が貯まるまで、この家に居候させてはもらえないだろうか? 話を聞いた限りキミのご両親は仕事で家を空けているそうじゃないか。二人が戻って来るまでには例え資金が貯まっていなくとも後腐れも無く去ろう。ただ、その間に自分が出来る範囲であればキミ達に協力を惜しまない。どうだろうか?」

「ですよねー……」


 日本支部に頼らずに次の出立までどう日本に滞在するかと言われれば、俺達に頼るのが一番だろう。

 正直、そんな切羽詰まった状況なら潔くイタリア支部に戻れよと思わなくもない。

 

 それを伝えたところで、この自由人が素直に聞き入れる様は全く想像出来ないが。


「協力って言っても、具体的には何をするんですか? というかどうやってお金を稼ぐんですか?」

「なに、身売りや賭け事のように不法な方法ではないさ」


 ファブレッタさんはそう言いながら、大きなキャリーバッグからあるモノを取り出した。

 それは、透明なガラスの球体で……所謂水晶玉というものだ。 


「自分は占い師でもあるんだ。水晶玉以外にタロットカードもあるし、手相だって見れる。占う内容に関しても恋愛運や仕事運に金銭運と相性占いと多種多様を揃えているよ」

「……大丈夫なんですかそれ?」


 ヘタしたら詐欺師扱いされるであろう、占いで稼いでいるのか。

 唖喰と戦いながらもこうして生きているのだから、ある程度の腕はあって然るべきなんだろうけど。


 俺の疑心暗鬼な眼差しを受けても、ファブレッタさんは調子を崩さないままだ。


「おや、どうやら疑われているようだね? では一つ実践してみよう。どの方法でどんな運勢を占おうかな?」

「……じゃあ、水晶玉占いで恋愛運を」

「つーにぃ……」


 そんな目で見ないでくれ、翡翠。

 目下の悩みの種なんだから、少しでも答えを出せるヒントが欲しいのは当然だろ。


「了解した。では早速始めよう」

 

 そう言うや否や、水晶玉に手を翳したファブレッタさんの纏う雰囲気が掴み所のないモノから一変、音一つ立てることも憚られるような厳かなモノに変わった。


 小声で聞き取れないが、占いに必要であろう詠唱文を口ずさんでいる。

 水晶玉を通して紫の瞳に何を見ているのか気になるが、俺達は黙って占いが終わる時を待った。


 やがて、ファブレッタさんが手を下ろして息を吐く。

 どうやら終わったらしい。


「ど、どうですか?」

「ワクワク……」


 俺と翡翠が結果を聞きたくて声を掛けると、彼女は満面の笑みを浮かべて口を開く。


「キミの恋愛運は……ぶっちゃけ赤い糸が絡まり過ぎて詳細が全くと言って良いほど見えないね! これはますます誰を選ぶのか楽しみになって来たよ!」

「それ、本当に占いました!?」


 まるで占ってもらった意味がない。

 そんな俺の言葉が不満な様子のファブレッタさんは、唇を尖らせながら返した。


「もちろんだとも。この商売は信用が第一なのだから、占いで出た結果に虚言はしないさ。まぁ、結果に満足せず詐欺師呼ばわりされたことも無きにしも非ずだが」

「うっ……」


 当てつけるように反論されてしまった。

 今まさに結果を信じられなかっただけに、俺は返す言葉も無く黙らされてしまう。

  

「ふふっ、だが安心するといい。これからキミがどのような行動を取るべきかの啓示は出ているのだ。それを教えようじゃないか」

「お、おぉ……」


 一応の救済処置的なモノはあったようで、内心ホッと胸を撫で下ろす。

 ファブレッタさんはひとまず咳払いしたあと、ゆっくりと俺にとって重要な道筋を示す言葉を語る。


「──これから開かれる祭りの最終日、その日にキミは一人の少女に想いを告げられる。それを断った場合、キミは自らに想いを寄せる人物達に明確な答えを得るだろう」

「──っ!」


 最初の言葉である『これから開かれる祭り』……これにはすぐに察しがついた。

 三日後にある羽根牧高校の文化祭だ。

 

 文化祭の日程は三日間……その最終日に俺は誰かに告白されるらしい。

 その告白を断った時、俺はゆず達の気持ちに対する答えを得るという。

 格好の晴れ舞台で告白してくれる子には悪いが、断るしかないだろう……だが……。


「……その告白を受けた場合は、どうなるんですか?」

 

 ファブレッタさんの言い分は、二通りあるように聞こえたことがどうにも引っ掛かる。

 その不安に突き動かされて口出た問いに触発されてか、隣の翡翠が俺の服の裾を掴むのが分かった。


 横目で妹の表情を窺うと、やっぱり不安そうに俺を見つめていた。

  

 例え翡翠の想いを受け入れなかったとしても、俺は兄としてこの子を幸せにするって決めたんだ。

 それだけは決して違えるつもりはないと、彼女の小さな頭を撫でる。


「! えへへ……」

 

 翡翠が強張っていた表情を綻ばせて、ふにゃりと嬉しそうな笑みを浮かべる。

 そんな俺達の様子を見ていたファブレッタさんは、咳ばらいをしてから相手の告白を受けた場合の結末を語った。 


「受けた場合は……キミはその少女との未来が約束されるだろう。








 ──他の五人からの想いを代償にね」

「──っ!!」 


 それはもう、ゆず達のように返事を考える余裕すらないことを示唆していた。

 たった一人を取るか、五人を取るか。

 この時の俺はそれがどれだけ過酷な選択肢だったのか、知る由もなかった……。


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