第七章 お祭り騒ぎな文化祭と恋心への答え

288.5話 7章プロローグ 魔女は刺激を求めて歩み続ける


 お久しぶりです!

 週一更新ですが、まどにち第7章開始です!


 =====


「人は何故浮気をするのだろうか?」

「はい……?」


 女は唐突にそう問いかける。

 その問い掛けを投げられた男は、ポカンと呆ける他ない。


 いくら海を走る船の上であるために暇を持て余していると言っても、軽い世間話とは程遠い人類の心理に抵触する哲学的な内容では、咄嗟に返事など出来ないに決まっている。


 だがしかし、と男は一笑に伏す前に思考を始めた。

 会話の内容にではない、突拍子の無い話題を振って来た女に対しての疑問だ。


 現代でもここまで露骨なのは見ないであろう、如何にも旅人然とした薄汚れたフード付きのローブを羽織っており、奥にある顔がはっきりと見えない。

 であるのに何故この人物が女だと分かるのか、それは声音がどう聞こうとも女性のそれだからである。


 そのローブから出ている赤髪は、あまり手入れされていないのか女性らしからぬボサボサという有り様だ。

 あれでは櫛もロクに通らないだろう。


「おいキミ。質問に答えてはくれないのか?」

「っ、む、無茶言わんでくだせぇ。いきなりそんなことを言われて答えれやしませんって」


 女に声を掛けられた男は、質問の内容を失念していたことに気付き、ひとまず思ったことを口にする。


「ふむ、それは確かに失礼なことをした」


 それが功を奏したのか定かではないが、女は大して気にした素振りも見せずに謝罪して来た。


「いや、別に構いやせんが……そういうアンタは何か持論があるんですかい?」

「おや? 気になるかい?」

「このまま無言でいるよか、よっぽど有意義なもんでさ」

「違いないね。では、ご清聴願おうではないか」


 男の僅かな好奇心に応えようと、女は口元を誇らしげに吊り上げて語り始める。


「恋愛感情を抜きにした生物学的な理由を挙げるならば、種の生存と繁栄を為そうとするからだろう。そう考えれば王族の側室や一夫多妻制などは、自らの血族を後世に残すための合理的な制度だと言えるね」

「まぁそれくらいのことは解りやすが……」

「ならいい。では、現代の各国……特にニホンでは一夫一婦制が法で定められているにも関わらず、不倫や浮気はアリを潰してもキリがないように絶えない」

「ですなぁ……けど俺は日本人で家内だっているが、どうにも浮気をするやつの気が知れねえや」

「おや、それはね」

「は……?」


 語弊はあるが妻がいることで女に困っていない男に、女は何故だか『おかしい』と告げた。

 あぁ、この人は浮気を許容するタイプか。

 そう判断して続きに耳を傾ける。


「先の話に戻るが、人間だって膨大な数が存在する生物の一種に過ぎない。故に一人でも多く種を残そうとする生殖本能はキチンと備わっている。男は性欲が強いがそれはあくまで女と比較した場合であって、むしろ本能的だと見て取れるのではないか」

「ま、まぁ……」


 女は語りながら、脚を組み替えた。

 外国人らしい長く白いふくらはぎは、太陽の光に照らされたことでさらにその美しさを際立たせている。


「こう言っては何だが、番がいるからといって途端に他の女へ見向きしない理由にはならないし、どうあろうと慣れと飽きは訪れる。でなければこの世にセックスレスなんて言葉は無いだろう。ほら、身に覚えはないかい? ふと通り過ぎた妻とは違う女性の胸や足に視線が向くことが……あぁ、ついさっき自分の脚に視線が向いたようにね?」

「──っ!」


 男はまるで心臓を鷲掴みにされたように顔を強張らせた。

 女の言葉に対しての心当たりなどあるに決まっているし、何より今まさに彼女の脚を見ていたことを指摘されたからだ。

  

 そんな男の反応が面白いのか、女はニヤニヤとしたり顔を浮かべる。

 もちろん、男からすれば何が可笑しいと睨んでもおかしくない。


 色々否定出来ない部分はあれど、端的に言えば『お前はいずれ妻に愛想を尽かして他の女に靡く』と言われているようなものだからだ。

 妻を愛しているからこそ結婚したというのに、それを責められている風に聞こえる女の言い草に腹が立つのも当然だろう。


 その視線に臆したかは定かではないが、女はおどけた様子で両手を上げる。


「いやぁ、すまない。興が乗り過ぎて少し意地の悪いことをしてしまった。何せ自分はキミの船に乗せてもらっている身だ。不快にさせては沖へ投げ捨てられかねない」

「……で、何が言いたいんでさ?」

「うむ、続きを語らせてくれるとはありがたい。つまりだ、人という生物は本能的に刺激を求め続けるわけであって、浮気などはその典型例というわけだ」

 

 なるほど、と男は頷く。

 あるゲームや本にハマるとする。

 それらから齎される世界観や登場人物、物語に一喜一憂して楽しんで何度も初めからやり直し読み返す。


 しかし、いずれ飽きが来る。

 飽きが来たから新しい刺激を求めて別のゲームか本を求める。


 つまりはそれを男女に置き換えた結果が不倫や浮気と称されるのだ。

 そんな結論を伝えるのにわざわざ男女の話題を上げるあたり、やはり彼女の意地の悪さは筋金入りなのだとも察せられたが。 


「長くなってしまったが、自分がこうして旅をしているのはそんな未知の刺激を求めるためなのだ。今まで様々な国の地を踏み、人と知り合い、食を胃に入れ、空を眺めて、海を見渡して来たが、いやはやこれが全く飽きない! 世界は常に未知に満ち満ちて眩いばかりで、好奇心が擽られてしかたがない! まるで中身が無限に出続ける宝箱を掘り出しているようではないか!」

「は、はぁ……」


 今更だが、随分と奇妙な人物を乗せてしまったと男は思い返す。

 金銭はしっかり払ってくれたし、ハラハラとさせられる語りも退屈はしなかった。


 それだけに、男は気になったのだ。


「それなら、日本にだって何度か来たんじゃねえですか?」

「あぁ、これで七度目になる」

「七回目って……」

「ふふふ、なに。風の噂でなにやら興味深い人物がいると聞いてね。是非ともこの目で会ってみようと思い至ったまでだよ」

「へぇ~。どんな人なんで?」


 世界中を旅している人が興味を持つなど、最近のドラマやバラエティ番組で出ているのかと男は考えた。

 男の問いに、女は顎に手を当てて噂の記憶を振り返る。


「そうだねぇ……自分が見知った人間の中で、無欲で刺激の求め方を知らなかった少女がいた。そんな少女を普通の年相応な少女に変えた面白い人間さ」

「ほへぇ~。アンタの家族が世話になった人だってなら、挨拶の一つでもってことですかい」

「……まぁ、そんなところだね」


 男の理解に、女は少し間を空けて返す。


 その予想は大いに外れである。

 女が挙げた少女とは知り合い以上の縁はない。


 あれは普通の人間では手が余るどころか、関わることすら困難であった。


 誰に対しても一定の姿勢と態度を崩さず接する。

 そう聞いただけでは他者と分け隔てなく関係を築けるように思えるが、それは言い換えれば誰とも必要以上に関わらないことを示す。


 さながら、道端で見かけた野良猫の個性に見向きせず、大きな枠組みに捉えたまま同一視するようなものである。


 最早機械であったとすら言えた。


 だが、女が興味を示した人物はそんなロボットとも称せる少女を人間に変えたのだ。

 それがどれだけ少女を知る多くの人間を驚かせただろう。


 その人物の噂が旅先にいた自身にも聞き及ぶ程だとは、きっと本人は考えもしないだろうことは想像に容易い。


「未知を既知とすることが、我が心を満たせる唯一無二の遊楽なり……なんてね」

    

 出会いの光景を浮かべる女はニヤリと笑みを作り、一人呟いた。

 

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