283話 堅物女騎士様のオトシ方


 レナルドさんとレティシアさんの子供である長男のフェリクス君。

 アリエルさんを長女として扱うなら次女のシャルロットちゃん。


 以前の来訪時には出会わなかった二人と、今日この場で初めて顔を合わせることとなった。


「フェリクスは十五歳、シャルロットは十一歳と、歳が離れている上に腹違いの弟妹ですが、れっきとしたワタクシの家族ですわ」

「それは特に疑ってないですけど……」

「ひーちゃんより年下なのに、全然そう見えないです……」


 そう、二人共年齢の割りに大人びているのだ。

 これが上流階級の英才教育の成果かと感嘆する他ない。


「ねぇつーにぃ」

「ん? どうした翡翠?」


 妹に話し掛けられ、アルヴァレス家について何か疑問でもあるのかと耳を傾ける。


「──さっきシャルちゃんが『お義兄さま』って言ってたです」

「お、おう」

「アーちゃんの婚約者ってどういうことです?」

「あー……」


 不満気にジト目を向けて来る翡翠に、俺は『しまった』感じた。

 アリエルさんが婚約者云々の話をした時、翡翠はいなかったから知ってるわけがなかったんだ。 


「ひーちゃんはつーにぃの妹なのに、そういう大事な話は全く聞いてないです……」

「わ、悪い……」

「今度、つーにぃの学校でやる文化祭を一緒に回ってくれたら、許してあげるです」

「わ、分かった。それでいいなら」


 あれ、さり気なく予約されてない?

 後になってそう気付いたが、翡翠の表情はにこやかに戻ってるので、まぁいいかと思うことにした。


 とりあえず話を聞くために、俺と翡翠はレティシアさんとフェリクス君、シャルロットちゃんと対面のソファに腰を掛ける。


 ただ、俺の右手側に座る翡翠と反対の左手側に、アリエルさんがさも当然のように座り出したが。

 しかも手まで握って来る始末……なんか違う話をしに来たみたいになってるが、断じて違う。


 レティシアさんが凄く微笑ましい笑みを浮かべてるけど、無視して話題を切り出すことにした。 


「えと、俺の頼みを聞いてもらう代わりの条件って、一体何なんですか?」

「そのことですが、実は私というより息子のフェリクスからのお願いですのよ」

「フェリクス君から?」

「ええ」


 未来のアルヴァレス家の当主になるであろうフェリクス君が、俺に一体どんな相談があるんだ?

 そう思いながら彼に視線を向ける。


 すると目が合い、フェリクス君はイケメンらしい爽やかな笑みを向けて口を開き出した。


「そう身構えなくても、僕のお願いは義兄様なら一番適格なアドバイスを頂けるだろうと思っただけですよ」

「いや、余計にプレッシャー掛けないでくれる?」


 内容も分からないのにそんな大きな期待を寄せられても、こっちとしては緊張するだけだよ。

 そんな思いで告げた言葉にも、彼は笑みを崩すことなく続ける。

 

「あぁ、すみません。内容も告げずに答えを期待してはいけませんね。では肝心の相談内容をお話しします」

「あ、あぁ」


 欠片も期待通りの回答を得られないと思ってない様子だった。

 器の差を見せつけられたようで呆けている内に、フェリクス君は神妙な面持ちを浮かべる。


「僕が相談したいこと……それは──」


 そこで一度区切った。

 彼の表情はどこか緊張を含んでいるもので、よほどの内容なのかと暗に伝わってくる。

 

 そうして意を決したのか、フェリクス君はまっすぐに俺に顔を向け──。



「義兄様が義姉様や〝天光の大魔導士〟を含めた多数の女性に好かれたように、僕がクロエに好かれる方法を伝授して頂きたいのです!」


 

 と、願いを口にした。


「…………っ、ふぅ~……」


 対する俺は、ソッとメガネを取って無意識に作っていた眉間のしわをほぐす。


 ……ちょっと待ってくれ。

 今の言葉の中で色々とツッコミたいことがあり過ぎる。


 まず、俺は狙って好かれたわけじゃないからそんな方法知らないんだけど?

 さり気なく彼の義姉以外の女性に好意を寄せられてることを周知されてるのってどうなん?


 自分で言うのもなんだが、そんな状況で良く流血沙汰な修羅場が起きてないな。

 これってかなりの奇跡なのでは?


 次にフェリクス君が好かれたいと名指しした人物だ。

 果たして、彼の言うクロエさんと俺の知ってるクロエさんは同一人物なのだろうか?

 仮にそうだとしたら、男嫌いのあの人に恋愛感情を向けられたいとか実質不可能に近いし、アドバイス出来るのならあんなに嫌われてないよ、俺。


「えっと、つまり……フーくんはクーちゃんのことが好きってことです?」

「──うん。ヒスイの言う通りだよ」


 翡翠の言葉に、フェリクス君はスッキリとした表情で答えた。


 だよねー。

 それ以外どうとも捉えられないよねー……。


 マジッかぁ~……言っちゃ悪いけど、よりによってクロエさん相手の恋愛相談ときたかぁ~……。


 そりゃ、クロエさんを同席させるわけにはいかないよなぁ。

  

「ふふっ。アリエルに続いてフェリクスにもそんな時期が来たのかと、我ながら歳を取ったと実感してしまいました」

「フェリクス兄さまの場合、物心付いた時からですもの」

「ええ、家に戻って一番驚かされましたわ」

「か、母様、シャルロットに義姉様。あまりからかわないで下さい……」


 家族四人が微笑ましい会話を繰り広げるが、当の告白を打ち明けられた俺はどうしたものかと頭を抱えていた。


 正直、あの人が異性に恋愛感情を浮かぶ光景が全く浮かばない。

 レナルドさんの息子であるフェリクス君なら、確かにそこらの男よりよっぽど可能性はある。

 けれどそれは、憶測の域を出ない話で成就すると断言出来るわけじゃない。


 ……ここは、クロエさんのことを一番知っているアリエルさんに聞くべきだろう。

 そう活路を見出すために、俺は隣に座る彼女に尋ねることにした。


「あの、アリエルさん。フェリクス君に対するクロエさんの態度ってどんな感じですか?」

「そうですわねぇ……。ワタクシの知る限りでは、お父様の子息とあってぞんざいに扱うようなことはしていませんわ」


 そこは俺の予想通りか。

 むしろぞんざいに扱ってたら好かれたりしないし、そもそもそんなクロエさんの姿が浮かばないから安心したくらいだ。


「フーくんはつーにぃに相談する前に、クーちゃんにアプローチとかしたです?」

「ええ、フェリクス兄さまからデートの誘いを出したり、クロエと結婚したいと示唆する言葉を伝えたりしていたの。けれど……」


 素朴な疑問を尋ねた翡翠に、シャルロットちゃんが答える。

 しかし、その表情はどこか虚しいもので、その先をアリエルさんが続けた。


「クロエは自覚がないもののかなりモテますわ。ただ、元来の男嫌いと恋愛に関心が無いこと、加えてワタクシと自らを比較して異性に好かれるはずがないと決め込んでいます。ですので、彼女はお察しが悪いツカサ様以上に自分への好意に鈍感なのですわ」

「フーくん、かわいそーです……」


 そんなただでさえ高い難易度を跳ね上げるような追加情報に、俺は天を仰ぐしかなかった。

 どれだけ無慈悲なのかは、フェリクス君に戦慄と同情を帯びた眼差しを向ける翡翠を見ればわかるだろう。


 あと、比較対象に俺を挙げるのは止めてくれません?

 気付くのが遅い自覚はあるけど、そんな反応をされたら普通に傷付くわ。


 っと、それよりもう一つ聞きたいことがあるんだった。


「こんなこと言ったら憚られるかもしれないですけど、俺とアリエルさんみたいに二人の間に婚約を結ばせるとかしないんですか?」

「もちろん、その方が効率も良いと思ってフェリクスに伝えましたが……」

「両親や家の力ではなく、クロエには他ならない僕自身を好きになって貰いたい。だから、その提案は拒否しました」

「と、言う事ですので、息子の意志を尊重してアルヴァレス家の権力は使えません」


 めっちゃ勇ましいな。

 これ俺がアドバイスする必要なくない?

 君、多分そのままでも十分クロエさんに好かれると思うよ?


 あとレティシアさん。

 問答無用で俺をアリエルさんの婚約者候補にする時に、その配慮を見せてもらいたかったです。

 

 そんな虚しい思いを心内に吐き出していると、フェリクス君は改めて俺と目を合わせる。


「お願いです、義兄様。どうか僕にクロエに好かれる方法を教えてくれませんか?」

「う~ん……」


 腕を組み、どうするべきが頭を回す。

 ぶっちゃけそんな都合の良い方法なんてない気がする。

 

 だってそんなのがあれば、今頃少子高齢化なんて問題になってないんだから。


 なんてことを俺一人の頭で考えること自体、烏滸がましいか。

 

 なら……。


「時間は掛かりますけど、一月くらいウチの両親から手ほどきを受けるとか?」

「まぁ、ツカサ様ったらご冗談がお上手ですのね?」

「つーにぃ、それはちょっと……」

「……すみません。今のは無しで」 


 ある意味確実だと思う方法を提案するが、アリエルさんに一笑されたことで白紙にした。

 妙にウチの両親と打ち解けてるように見えたけど、彼女からもやっぱあの二人は異常だと思われてたようだ。


 さらに追い打ちを掛けるように翡翠からも、信じられないという眼差しを受ける始末だ。

 

 うん、流石にあれは無いよな。

 少なくとも、彼のカッコイイ覚悟が台無しになる。


 となると、もうこれしかない気がするな。


 そう決めた俺は、フェリクス君に伝える事にした。


「──告白するしかないと思う」

「え、何故ですか?」


 俺の答えに、彼は目を丸くして返した。

 その反応は当然だが、俺としてはこれしかないと確信している。

 

「下手に鈍感なやつへアプローチを掛けるより、その方がちゃんと意識してもらえるからだ。俺が正にそうだしな」


 何せ、情けない経験則が元だからな。

 初対面でならいざ知らず、ある程度知った仲ならこれも立派なアプローチだ。 


「クロエさんが異性から好かれるはずないと思っているなら、キミがそれを壊すしかない。関係を進めたいなら、それこそ元の関係に戻れない事を覚悟しないといけないと思う。誰かの特別になるっていうのは、それくらい勇気のいる行動だから」

「──っ!」


 よくもまぁこんな恥知らずなことを言えるな、と自嘲する。

 でも、ゆず達が俺に告白した時の表情を思い返せば、それくらい分かるんだ。


 期待、緊張、恐怖、羞恥……これ以外の感情も入り混じった気持ちを押し殺してでも、彼女達は勇気を振り絞って俺に告白をしてくれたんだから。


 秘められた想いを告げられる度に、俺は自分の馬鹿さ加減に呆れるしかない。

 思い上がりだ、一時の気の迷いだなんて逃げ道を作って、向き合うこともしなかった。

 

「迷惑、じゃないですかね?」

「まぁ、傲慢だけど断る方も色々悩むさ。でも、告白されたらやっぱり嬉しいんだよ。舞い上がって深く考えずに受け入れちゃうくらいにな」

「つーにぃ……」


 美沙のことを指していると察した翡翠がぽつりと呟く。

 俺は大丈夫だと伝えるように、隣に座る妹の小さな手を握る。 


「まずは気持ちを伝える。結果は二の次。数撃てば当たるなんて言うつもりは無いけど、伝えなきゃ分からないバカがいるのは事実だよ」

「義兄様……」

「クロエさんならすぐに振ったりしないだろうさ。あの人はマジメだから、ちゃんと考えてくれるはずだ」

「……そう、ですよね。好きな人のことを信じないで近道をしようだなんて、僕が間違ってました」


 フェリクス君は目を伏せてそう答えた。

 一方の俺は苦笑いしか出来ないのだが、それも当然だ。


「まぁ、宙ぶらりんな俺が言うなって話だけどな」 

「いえ、とても説得力があって、僕の心にしっかりと響きました。やっぱり義兄様に相談してよかったです」

「……お役に立てたようで何よりだよ」


 朗らかに笑みを零すフェリクス君の表情を見て、俺も肩の力を抜いた。

 ひとまず相談はこれくらいだろう。

  

「流石ツカサ様ですわ。お見事でした」

 

 アリエルさんからも、飾りの無い礼を伝えられた。

 彼女の場合、幼馴染のクロエさんと義弟のフェリクス君の将来が掛かった話だったわけだし、感謝の言葉の一つを言いたくなるのも当然だと察する。


 けれど、やっぱり気恥ずかしさが勝るので、苦笑を向ける程度で返す。

 そこで、レティシアさんがにこやかにパンッと手を合わせ、ある提案を出して来た。


「リンドウさん。ご相談のお礼としてこの後の昼食はご一緒に如何?」

「いいんですか? それじゃ、お言葉に甘えて」

「あら……?」

「え?」


 その提案を受け入れると、何故かアリエルさんが目を丸くして驚き出した。

 何か変なことでも言ったかと顔を合わせると、彼女は若干悔し気にジト目を向けてくる。


 え、なんでですか……?


「……以前でしたら、義母様の提案を遠慮されて断られていましたのに、随分と早く受け入れられたと思っただけですわ」

「──そんなに難しい話じゃないです。単純に自分へのご褒美みたいなものですよ」

「……そうですか」

「?」


 俺の返事に彼女はスッと瞑目した後、俺の腕を引いて立ち上がった。


「さ、食事の席へと参りますわよ」

「え、あぁ、はい──ってアリエルさん!? 腕、胸が……!」

「あー! アーちゃんズルいです! ひーちゃんもつーにぃと腕を組みたいです!」

「対抗意識燃やすなよ!? 歩き辛い!!」


 両手に華と言われればそれまでだが、すれ違うアルヴァレス家の使用人達の暖かい眼差しを一身に浴びつつ、俺達は移動するのだった。

 

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