267話 夥しく蔓延る餓鬼 前編
唖喰が出現した場所は、羽根牧区より遠く離れた県外のゴルフ場であった。
時刻は既に夕刻を過ぎているため、ゴルフを嗜む人の姿はなく、強いて挙げるなら運営する従業員などが数名残っているだけである。
その従業員の避難誘導も、魔導士達の迅速な対応によって完了しており、後は周辺のどこかに存在するポータルを破壊し、唖喰を討伐をするだけとなった。
そこへ各々の魔導装束を身に纏ったゆず達が到着すると、戦闘は始まっており相変わらずうじゃうじゃと湧いている唖喰の多さに、鈴花が辟易としたため息を吐く。
「うわぁ~……めっちゃいるし……」
「どれだけ湧こうとも、ポータルを破壊すれば自ずと減っていきますよ」
呆れた様子の鈴花に、ゆずがなんてことない調子で告げる。
先日に司と仲直りした今の彼女に、ベルブブゼラル戦のような危うさは無い。
一方で、ルシェアは不安を思わせる気難しい表情を浮かべていた。
「そのポータルを壊すまでに、上位クラスとかが出て来ないと良いですけれど……」
「ルシェ~、それゆったらフラグやでぇ」
「あ、ご、ごめんなさい……キナさん……」
その言葉に季奈自身も無いと言い切れないためか、困り気味な反応で返す。
「あははー……とりあえず、私とルシェアちゃん、鈴花ちゃんと季奈ちゃん、ゆずちゃんが単独の三手に分かれて各個撃破が良いよね?」
「それで問題ありません。いきましょう」
苦笑を浮かべながらも最後に菜々美が方針を挙げて、ゆずが総意で答える。
ちなみにこの場にアリエルとクロエはいない。
留学に併せて日本支部へ籍を移したルシェアとは異なり、彼女達はフランス支部所属のままである。
この場で唖喰を退けたとしても、程なく別の場所にポータルが現れることから、魔導交流演習中や派遣されている訳でもない彼女達が本国での戦闘でコンデションを欠かないように、所属の異なる国での戦闘は避けることが義務付けられているだ。
故に二人は日本支部で待機している状態となっているため、この戦闘は日本支部の魔導士・魔導少女だけで対処に当たる。
そうして、五人は三手に分かれて唖喰との戦闘を開始した。
~~~~~
「攻撃術式発動、光弾六連展開、発射!」
「シャブァッ!」
「ガルァッ!!」
菜々美が展開した六つの魔法陣から放たれた光球が、複数のラビイヤーを貫いて行く。
その硬直を狙って、イーターが飛び掛かって来る。
「っし!」
「ガッ──」
しかし、菜々美とて唖喰と戦い続けて一年以上経過している。
その経験からそれくらい容易に予想出来ているため、警戒を怠らない彼女は右手に握る鞭を素早く振り抜いた。
魔力を流すことで斬撃効果が付与された音速の一撃を、イーターは自分が斬られたことも認識出来ないまま受けたことで、真っ二つに両断される。
「シュルアァッ」
「っ!」
今度はシザーピードがハサミを広げて、菜々美を捕食せんと襲い掛かって来た。
彼女は右方向へサイドステップして攻撃を躱し、鞭を引き戻す勢いを利用して敵を斬り裂く。
それによってシザーピードは断末魔を上げることなく、塵となって消滅する。
一方で、菜々美とは五十メートル程離れた地点でルシェアも戦闘を行っていた。
「ガァッ!」
「グルァッ!」
「ふぅっ!」
左右から迫って来るイーター達に、両手に持つデザートイーグル型の魔導武装をT字構えて銃口を向け、素早く引き金を引く。
バスッバスッと二体の口腔内に風穴が空き、ワンショットキルを決めた。
「シュルルゥッ!」
「「シャアアアアアア!!」」
「っ!」
正面からシザーピードが体当たりで突撃して来ていると同時に、二体のラビイヤーが背後から襲い掛かって来る。
ルシェアは前からの突進を躱したところを後ろから襲う、または背後に気を取られている内に前方の対処を遅らせるための挟撃だと察した。
「せやぁっ!!」
「シュガッ──!?」
だが、彼女は回避行動に移ることなく、跳び上がりながら放つ蹴り上げ──サマーソルトキックで、シザーピードの突進をカウンターで捻じ伏せる。
身体強化術式で強化された蹴りにより敵の頭部は爆ぜたが、背後から来ていたラビイヤー達の動きは止まらない。
同じようにルシェアもその動きを止めることなく、くるりと空中で地面に頭を向ける体勢のまま、双銃の照準を合わせてから、ドドンッと銃弾を撃つ。
そうやって唖喰が肉迫して来る前にその体に次々と穴を穿ち、近付けたとしても魔力を集中させた蹴りを食らわせて消滅させていく彼女の戦いぶりは、戦場にいながら舞っているかのような華やかさがあった。
「シャアアッ!」
「シュアアァァッ!」
「シャシャァッ!」
「はっ! せやっ! てぇぇいっ!!」
それでも唖喰達は攻勢を緩めることなく、波のように菜々美達に飛び掛かる。
ヒュンッヒュンッと風切り音が、ドンドンッと銃声が鳴る度に接近して来る怪物達を消し去っていくが、このままでは埒が明かない。
そう判断した菜々美は、受け身から一転攻勢に打って出る。
「ルシェアちゃん! 攻撃術式発動、爆光弾展開」
「──っ! はいっ!」
空いている左手を掲げて、頭上にバスケットボールより大きな光の球を出現させる。
菜々美に呼ばれたルシェアは、阿吽の呼吸で相手が何を狙っているのかを察し、ドンっと一発の銃弾を光球に向けて撃った。
その弾が光の球を貫いた瞬間──。
──そこに雷が落ちたのかと思う程に、眩い閃光が周囲を包んだ。
近場にいた唖喰は爆発に呑まれて吹き飛び、強烈な光が目くらましにもなるため、他の唖喰が接近出来ない隙を作りだすという、菜々美の狙い通りの状況が生まれる。
「固有術式発動、ディミル=スウェール!!」
そうして唖喰達が混乱している隙に、菜々美は固有術式を発動させた。
淡い紫の光に包まれた鞭を構え、グルッとその場で回転する。
「はああああぁぁぁぁっ!!」
「「「──っ!!??」」」
回転の勢いを乗せた鞭を振るうと、菜々美を中心に凄まじい斬撃の嵐が発生した。
面での攻撃を可能とする固有術式の範囲を、三百六十度に反映させたのだ。
その攻撃によって、二人の周囲に蔓延っていた唖喰はその数を劇的に減らすことが出来た。
「周囲に次、北西二百メートルの地点に別の群れがあります」
「了解、それなら早く行こうっか」
「はい!」
ルシェアが装備しているゴーグルの機能で、周囲の生体反応を確認して菜々美に報告する。
この一か月の間にコンビとしての連携が洗練された二人は、そのまま次の戦闘へと移行していく。
~~~~~
「ギュルルルルァッ!!」
六メートルを越える巨躯を誇る唖喰が、自身の体を丸めて転がりながら突進を繰り出して来る。
凄まじいスピードで土埃を巻き上げて進む様は、凄まじい圧迫感があった。
上位クラスの唖喰──ギガシェルピードの基本にして最大の攻撃を前に、対峙する魔導少女の表情に焦りはない。
「固有術式発動、プリズムフォース」
前方に展開された七色の障壁が七つに連なって、大型トラックもスクラップに出来るであろう体当たりをいとも簡単に受け止めた。
インパクトの衝撃が周囲に走るが当の少女は顔色を変えることないまま、その黄色の髪を撫でられて揺れるのみで、憮然と敵を見据える。
最高序列第一位〝天光の大魔導士〟である少女──並木ゆずにとって、相手の突進は脅威でもなんでもない。
ポータルが視認出来る距離まで接近した彼女は、それを守護するように現れたギガシェルピードとの戦闘を余儀なくされたのだ。
「邪魔です」
「ギッ──!」
障壁を解除し、ゆずは握り拳を作って魔力を込めた正拳突きを放つ。
普通であれば敵の甲殻の硬さ故に殴った相手の手が砕けるはずなのだが、ゆずの手は傷一つ付かないどころか、ギガシェルピードが来た道を戻される結果となった。
丸まった体勢のままではあったためダメージはないが、たったこれだけで唖喰は自身を殴り飛ばした少女を敵とみなす。
「ギシャアアアアッッ!!」
姿勢を戻し、二メートルもある大きなハサミを広げて咆哮する。
その開いたハサミから、血飛沫のように真っ赤な麻痺毒のある体液を噴出した。
触れれば動きが鈍り、最悪の場合は死に至るそれがゆずへ向けて降り注がれていく。
が、やはり彼女の表情に焦りは無く、至って冷静な面持ちのまま手に持つ魔導杖に魔力を流す。
「固有術式発動、フレアライン」
杖をヒュッと振るうと、ゆずとギガシェルピードの間に光の壁による境界線が築かれる。
そうして形成された光壁によって毒の雨はいとも容易く阻まれ、彼女に被害を及ぼす事無く済んだ。
唖喰はなおも壁を貫通させようと噴水の勢いが強まるが、それよりもゆずが攻撃準備を整える方が早かった。
「攻撃術式発動、魔導砲チャージ、発射」
前方に構えた杖の先に一メートル超の魔法陣が展開され、そこから極太のレーザービームが発射される。
ギガシェルピードの攻撃を阻む光の壁を解除しないまま放たれたそれは……。
「ギシュアアアアアアアアッッ!!?」
一切の減衰もなく通過し、ギガシェルピードの右側に生えているハサミを消し飛ばした。
〝フレアライン〟で形成された壁は、ゆずの体と攻撃のみ通過することが可能であるため、かなり反則に近い性能となっている。
とはいえ、相応の魔力を消耗するためあまり乱用は出来ない。
「ギシャアアアアッッ!!」
自身の体の一部を消滅させられたことに、唖喰はいよいよ怒り心頭といった様子で吠える。
そんな激情にあてられてか、ギガシェルピードの白い甲殻が赤みがかったオレンジに染まり出した。
この唖喰が持つ能力──甲殻の赤熱化を発揮した証拠である。
その熱量はかなりのものであり、ゴルフ場の地面が焦げて焼ける匂いが立ち込め始めた。
仮にこの状態で先の突進攻撃を繰り出してくれば、ただ回避しても周辺への被害が尋常ではない。
だが、止めるにしても赤熱している甲殻には近付くこともままらなず、触れれば火傷では済まないことも明白であった。
そして、唖喰という怪物はこういった時に限ってして欲しくない行動を起こすものである。
「ギシュルルルルルルルルッッ!」
「っ!」
ギガシェルピードは体を丸めて、けたたましい騒音と地響きを起こしながらゆずへ体当たりを仕掛けて来た。
だが実際、ゆずにとって敵の赤熱化など些事でしかない。
──自身の負傷を無視した特攻でいけば、の話だが。
五年もの期間を唖喰との戦いに費やして来た彼女は、ギガシェルピードとの戦いは何度も経験している。
まだ特攻癖があった頃は、敵の甲殻が赤熱化していようがいまいが、真正面構わず〝クリティカルブレイバー〟か〝クラックブロウ〟でも叩き込き、それを為した時のゆずは火傷で全身ボロボロになっていた。
今ではツカサ達との日常を過ごす上で特攻癖が治まり、負傷するにしても極力軽傷で済むように注力している。
そのため過去のような無茶な攻撃はしないと決めていることから、この状況をどう対応しようか逡巡するところから始め──決断した。
「攻撃術式発動、光刃展開」
魔導杖を両手で握って上段で構え、先端から光の刃が展開される。
これだけならば、誰もが血迷ったかと戸惑うだろう。
しかし……。
その刃は通常の刀身を大幅に上回り、ゆずの背丈の十倍以上はあろうかと思われる大きさであった。
見かけだけなら〝クリティカルブレイバー〟で形成した大剣より大きいが、威力はまるで比べ物にならないほど高くはない。
この行動に出た理由は、普通に接近出来ないのであれば接近しなくても良い距離から攻撃すればいいという、単純明快ではあるが自身の魔力量に物を言わせた乱暴な考えから来ている。
そうして、甲殻を赤熱化させて転がりながら突進してくるギガシェルピードとの距離が二十メートルを切り──。
「──はああぁぁっっ!!」
「────ッッ!!!!??」
ゆずは大剣を振り下ろした。
すると、ギガシェルピードの甲殻が豆腐を切るかのようにスパッと両断された……すなわち、甲殻の下の本体をも斬ったのだ。
当然、全身を真っ二つにされた唖喰が生きているはずもなく、赤熱化していた甲殻が冷めるより早く塵になって消滅した。
さらに、おまけというように先の振り下ろしでポータルも巻き込んでいるため、これで唖喰が湧いて来ることはなくなる。
「こちら並木ゆず。ポータルの破壊に成功しました」
『了解。現場にいる他の魔導士に報告します』
ゆずはすぐに観測室へ通信を入れ、ポータルの破壊を告げた。
これで菜々美達にも伝わるだろうと思い、残敵処理に向かう。
戦闘終了まで、後僅かである。
この時は、誰もがそう信じていた……。
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