261話 巡り廻る信頼
『好きです。私は……司君のことが……好きです。司君の恋人になりたいんです、もっとあなたのことが知りたいんです、もっと私のことを……私の知らない私も知ってほしいんです……』
戦いに明け暮れたが故に感情を凍てつかせ、日常に疎かった少女。
夏休みの殆どを眠って過ごすことになって、元凶を倒したことで目が覚めた俺に、抱いていた恋愛感情を告白して来た。
彼女が自覚するより先に察していたとはいえ、まっすぐに向けられた好意にはどうしても意識してしまう。
『これが初恋だけど、これから先一生を懸けても、司くん以上に好きになれる人はないって確信出来るくらい、私はあなたが好きです』
自尊心が低く、先の見えない暗闇の中で、歩み続けるために自分の想いを告げた人。
一時は駆け落ちを提案する程までに追い詰められていた彼女に、咄嗟に口付けをしてしまった。
あの時の感触は、今でも覚えている。
『ワタクシ、アリエル・アルヴァレスは……例えこの身が果てようとも、永遠にツカサ様を愛することを誓いますわ』
長年縛り付けられていた鎖を払って、ようやく自分の人生を歩みだせるようになった人。
とんでもない悪戯好きで、自分の想いを告げるより先にキスをして来たことには、本当に驚かされた。
でも、そうする時の彼女の表情は本当にイキイキしていて、大人びた外見に反して子供っぽくも見える、そんな愛らしさがある。
──そして、今目の前にいる青髪と青の瞳の少女も、今まで想いを伝えて来た彼女達と同じく、はっきりと俺への恋愛感情を告白した。
~~~~~
「る、ルシェちゃんが、俺を……?」
「自覚したのは、アウトレットモールでのデートの時ですけど、多分気持ち自体はもっと早い頃に抱いていたと思います」
一度想いを告げたことで緊張が晴れたのか、いつからという質問をするまでもなく彼女から答えが出された。
もしかしてという可能性は頭の片隅にあった……でも、ゆず達に続いてルシェアまでもが、俺に対して好意を抱いているなんて、告白された今でも信じられない程だ。
「返事は、ユズさん達と同じようにすぐじゃなくても大丈夫です。ツカサ先輩のタイミングで構いませんよ」
「……」
あまりの状況に、俺は完全に言葉を失っていた。
何がどうあれば、彼女まで俺を好きになったりするんだ……。
ただでさえ一杯一杯の頭を、さらに悩ませる告白をされたことで、どうしたものかと両手で顔を覆った。
訳が分からない。
なんだって、こんなどこにでもいるような……ロクに自分の気持ち一つも決められないような、情けない奴なんかを好きになったりするんだよ……。
困らせるって分かってて伝えるつもりがないんだったら、どうして告白したんだ?
分からない……解らない……判らない……ワカラナイ……。
重石が乗っかったように、思考が上手くまとまらない。
今の自分の気持ちすらわからなくなって、自分の取り巻く想いに苛立ちすら感じる。
「──っ、もう……うんざりなんだよ……」
「──え? 今なんて──」
無理解と疑心暗鬼が頭の中でぐちゃぐちゃに入り混じって、こんがらがった気持ちが言葉になって表れた。
聞き取れなかったのか、ルシェアが疑問を口にして聞き返そうとするが、それより先に椅子から立ち上がった俺は……。
「──黙れよ」
「ぃ──キャッ!?」
ベッドに座るルシェアを勢いよく押し倒した。
逃がさないように肩を抑え、ジッと彼女の顔を無言で見る。
「つ、ツカサ先輩……?」
突然俺に押し倒されたことで、怯えているよう青色の瞳が揺れながら見つめて来る。
その問いの返事とでも言うように、俺は空いた片手でルシェアが着ているブラウスを無理矢理引き千切った。
「──っ!」
それによって、下に着けているピンクのブラと身長に見合わない胸が作る谷間が露わになり、ボタンがいくつか飛んでいくが、知ったことじゃない。
「え、先輩、ま──っ、つぅ!!?」
彼女が声を発するより先に、真っ白な首筋に顔を寄せて歯を立てる。
痛みを感じたことでようやく危機感が襲って来たのか、ルシェアは俺の体を押し退けるように両手を突き出すが、鍛えていても身体強化術式を発動させていない少女の力では、それは叶わなかった。
「い、痛……あ、やぅっ……!」
空いてる手を彼女の胸へと伸ばして、乱暴に揉みしだく。
俺の手はブラ越しでも柔らかさを感じているが、ルシェアは痛みを感じているようだった。
以前、女性の胸は繊細だから丁重に扱えと言われたことがあったが、こうでもしないと彼女には伝わらないと思い、力を緩めるような手加減はしない。
立てていた歯を通して、鉄臭い味が口の中に広がる。
皮膚を噛み破ったことで、出血をした証拠だ。
傷口は浅いから頸動脈までには届いてないだろうけど、恐怖を感じるのには十分だと判断して、スッと口を放して押し退けようとする力に従って上半身を起こす。
「はぁ……はぁ……つ、ツカサ先輩、どうして……」
「これで分かっただろ?」
「へ……?」
出血する怪我をした首を手で抑え、目に涙を浮かべながら肩で息を整えるルシェアの問いにそう返す。
戸惑いを隠せない様子の彼女は、どうやら今の言動だけでは分からなかったようだ。
「言ったよな? 俺だって我慢してるだけで君の怖がってる他の男と変わらないって……」
「で、でもツカサ先輩は──」
「言っても解ってないから、こうやって直接体で教えるしかないんだろうが」
「──っ」
怒気を孕む声音に、ルシェアは反論しようとした口を噤んだ。
それでも、限界を迎えた俺の口は今までずっと溜め込んで来た不満をぶちまけることを止めようとしなかった。
「どいつもこいつもなんなんだよ。耄碌したみたいに俺のことを好きだ好きだって……俺より出来る奴なんていくらでもいるだろ。こっちはもう一杯一杯だっていうのに、そんなこと言われても、一体俺にどうしろっていうんだよ? 俺に何を期待してるんだ? 俺が何をしたっていうんだよ!!」
「──っ!」
押し潰されてもおかしくないくらい、人から向けられる好意は無邪気で残酷だ。
頭を悩ませるばかりで、いらないやっかみばかり受けて、一々機嫌を損ねないようにしないといけない。
そんなの、疲れるばかりで楽しく思えるはずがないだろ。
「誰が言ったけか、惚れられた弱味? ふざけんなよ……勝手に好きになられたっていうのに、どうして俺が相手の機嫌を窺わないといけないんだよ。好いた好かれた程度でギクシャクする人間関係なんて、煩わしいだけでいいことなんて一つもねえよ!!」
自分が相手のことを好きならまだいい。
でも恋愛感情を抱いているのか分からない相手から、一方的に好意を寄せられても鬱陶しいだけだ。
「ホント、バカばっかりだ!! 告白を断るのにどれだけしんどい思いをしてると思ってんだ!? こっちだって真剣に悩んで答えをだしてんのに、中にはいちゃもんつけてくる奴もいたり、そういうのが一番邪魔なんだよ!!」
中学の時、告白を断っただけで、泣かせたことを謝れと要求されたことがあった。
知るか。
なんでそんなことまで俺が責任を負わないといけないんだよ……告白されたから付き合えっていうのか?
人の都合なんて考えず、一方的にこっちが悪いみたいに決めつけてきやがって、何様のつもりだよ。
「ぼ、ボクはツカサ先輩を好きになってから、毎日が楽しくて──」
「もしそうじゃないっていうんなら、なんで美沙が死ななきゃいけないんだよ!!」
「ぁ──」
アイツの死を知ってから、ずっと感じてた理不尽に愚痴を零す。
気持ちばかりが逸って、今自分がどんな表情をしているのかも分からないまま、心情の吐露が続く。
「明るくて、誰とでも分け隔てなく接することが出来て、好きなことに一直線なアイツが、なんで死ぬんだ!? そんな美沙だから、俺はアイツのことが好きになったのに、友達としてやり直すどころか仲直りすら出来ないなんて、クソ食らえってんだチクショウ!!」
「……」
そこまで言って、俺は自分が泣いていることに気付いた。
あぁ、そうか。
俺はずっと悲しかったのか。
翡翠への罪悪感だとか、美沙と喧嘩別れしたことじゃなくて、アイツが死んでしまっていることが、悲しくて仕方がなかったのか……。
どこか他人事のように感じる中、自然と言葉が溢れて来た。
「人を好きになって、辛い思いをするくらいなら、最初から嫌われてる方がずっとマシじゃねえか……俺のことなんか好きになったから、美沙は死んだんだ……俺に、人から好かれる資格なんかないんだよ……」
「ツカサ先輩……」
「なぁ、ルシェア。これでも、こんなことをされてもまだ俺の事を好きだって想えるのか?」
「え──」
「痛いだろ? 怖いだろ? 情けないだろ……? だから、お願いだから嫌ってくれよ……俺のことなんか、もう放っておいてくれよぉ……!」
そうだ。
好かれて辛い思いをするなら、嫌ってくれた方が良いんだ。
好きな人を死なせた俺なんかを好きになっていたら、ゆず達が不幸になるに決まってる。
そもそも、彼女達が俺に好意を寄せるのは、一種の吊り橋効果みたいなものだ。
唖喰なんていう怪物との戦いでいつ死ぬかも解らない。
そんな中で同じ敵を認識出来る異性が現れたことで、自然と一時の感傷から好意を抱いたに過ぎないんだ。
身も蓋もない言い方をすれば──彼女達が抱いている恋心はまやかしだ。
本気だって言うのなら、それは俺なんかが向けられていいものじゃない。
だから、後悔する前に嫌いになってくれと涙ながらに懇願する。
好きだと言ってくれたルシェアを、男性恐怖症につけ込む最低な方法で拒絶した。
これなら、いくら彼女でも俺を見限ったはず……。
「っ、ぐすっ……うぅ……」
思った通り悲し気で切なげ声が、俺の耳に入る。
今度はルシェアが涙を流して声を殺しながら泣きだした。
もう何も言うことは無いと体を起こして離れようとすると、泣き声の主に腕を掴まれてその動きを止められる。
「……離せよ」
「っ、はなし、ません……」
「俺は今、お前を傷付けたんだぞ?」
「確かに傷付きました……ツカサ先輩にそんな顔をさせて思ってもいないことを言わせたから……」
「は……?」
思わずそう呆ける。
だって、彼女の言葉通りなら今泣いているのは俺を気遣っての涙だということになるからだ。
「じ、じゃあなんで泣いてるんだよ……?」
自分の予想とは違う涙の意味を問うと、ルシェアは涙混じりの青い瞳を向けて答える。
「ひくっ……だってぇ、
「──っ!!?」
まるで予想していなかった言葉に、俺は目を見開くしかなかった。
何せあっさりと見破られたからだ。
それも出まかせや当てずっぽうじゃなくて、明らかな確信があっての言葉だから尚更だった。
動揺を隠せない俺を他所に、ルシェアは俺の頬に手を添えながら優しく微笑みかける。
涙を流しながらのそれは、非常に絵になる程に綺麗に見えた。
「……嘘の言葉で傷付けようだなんて、ツカサ先輩らしくありませんよ?」
「な、何が嘘だって言うんだ!? 俺はそんなこと言って──」
「嘘ですよ。付き合いの短いボクでも分かるくらい、解り易い嘘です……だって、ツカサ先輩は人が傷付くのも傷付けるのも苦手な、優しい人なんですから」
「──っ、なん、だよそれぇっ!? なんで俺のことをそこまで断言出来るんだよ!?」
ルシェアが俺の嘘を見破った根拠を理解出来ず、俺は頭ごなしに感情的になって否定することしか出来なかった。
それでも、彼女は笑みを崩すことなく口を開く。
「あの時ボクに言ってくれたことと同じですよ……、
ボクがツカサ先輩のことを信じているからです」
……。
…………。
「──は、ぁ……?」
何を言われたのか、すぐには分からなかった。
だが、時間が経つにつれて呑み込んでいくと、その意味に俺は絶句する他なかった。
──何故なら、俺がルシェアを信じると言った時と同じく、彼女も俺へ全幅の信頼を寄せているということなのだから。
「ボクだけじゃないですよ? ユズさんもナナミさんもアリエル様も、スズカさんにヒスイちゃん、クロエ様でもキナさんも……ミサさんだって、誰よりも自分を信じてくれるツカサ先輩のことを、信じているんですから」
絶対の信頼を語るルシェアの言葉は、かつて自分が告げたことが、巡り廻って俺自身へと帰って来た瞬間だった。
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