221話 後輩とデートなう 前編
十月十六日の土曜日、午前十時。
由乃から提案されたデートのために、羽根牧駅から三駅先にある〝
ルシェちゃんと二人で出かけるのはフランスの時に食事をした時以来で、彼女が日本に来てからは初めてだ。
何故由乃がデートを提案したのかは本人が話してくれなかったため、一切不明のままだ。
まぁ、ルシェちゃんと出掛けるのが嫌ってわけでもないし、彼女がいいのならと思ったらルシェちゃんも行くと宣言したため、こうして待ち合わせとなったわけだ。
そしてなぜアウトレットモールなのかというと、交流演習でゆず達と会ってからルシェちゃんは、前々から日本の服が気になっていたという。
ファッションに興味津々なのは女の子らしくて良いと思うけど、その買い物に俺が付いてきていいのかという疑問はある。
だが、由乃曰く『せんぱいのような異性の意見も時には必要なんすよ』と言われては、そういうものなのかと思うしかない。
「あ、ツカサ先輩! お待たせしました!」
「お、来た来た──」
待ち人であるルシェちゃんが俺の名前を呼ぶ声が聞こえて、彼女の声がした方へ顔を向けると……。
白のベレー帽を被り、赤のジャケットの下にはベージュのタートルネックを着ていて、網目状のネックレスがよく映える。
濃い茶色のフレアスカートの下には黒タイツとふくらはぎまであるブーツを履いている。
そして、何より目を引くのが黒のショルダーバッグの紐による
それによって露出の少ない格好なのに色気が滲み出ているルシェちゃんは、可愛いらしい秋コーデとあって周囲の注目を集めていた。
ただでさえ美少女の彼女がそんな可愛らしい装いでいれば、誰だろうと見惚れてしまうだろう。
現に俺だってその一人だ。
「えへへ、どう……ですか? この服、ナナミさんが選んでくれたんです」
「そ、そうなのか……すごい似合ってる。可愛いよ」
「あ、ありがとうございます……」
菜々美のナイスコーデに対し、素直に称賛の言葉を送ると、ルシェちゃんは顔を赤くして俯かせた。
あぁ、もう可愛いなぁ……。
ただ、その注目を集める美少女と待ち合わせをしている相手が、黒のジャケットに白のTシャツ、ジーンズとスニーカーという格好の冴えない男だと分かると、途端に嫉妬と羨望が個人に対して向けられた。
「え、なにそれ、世の中不公平じゃね?」
「あんな外国人の美少女と待ち合わせとか、あの男なにをしたんだよ」
「っち、フリーじゃねえのかよ……」
俺としてはもう慣れたものだが、ルシェちゃんはどこか緊張している様子だった。
日本に来て初めての遠出だし、少しでも多くの思い出を残してあげたいと思った俺は、ゆっくりと右手を彼女に差し出す。
「それじゃ、そろそろ行こうっか」
「──はい!」
その笑顔に、周囲の男達は一瞬で悩殺された。
ついでに彼女連れの人も見惚れていた為、ゲート前ではプチ修羅場がいくつか繰り広げられることとなった。
「さて、ルシェちゃんは日本の服を買いたいって言ってたけど、具体的にはどんなのを買うんだ?」
「男性恐怖症の治療がどれだけ掛かるのか分からないので、冬にでも着れる服を買おうと思ってます」
「衣替えも近いもんなぁ……服の事は役に立たないかもだけど、荷物持ちなら任せてくれ」
俺はそう言って腕を捲って力自慢をアピールすると、ルシェちゃんはクスクスと笑う。
「はい、たっくさん買うつもりなので、よろしくお願いします」
こうしていると、彼女が男性恐怖症を抱えている様にはとても見えないな。
いや、本当なら抱える必要のないものだし、そうなるようなことを彼女にしたダヴィドには思い出すだけで腹が立つ。
っと、あんなクソ野郎のことはさっさと忘れて、今はルシェちゃんの買い物に集中しないと。
そう思い直し、まずはゲートから一番近い店である〝L・B〟に入ることにした。
何でもルシェちゃんが由乃から教えてもらった店だそうで、中では秋物のセールが開催されており、普段よりお得な値段で買えるようだった。
なお、ルシェちゃんの所持金は初咲さんが事前にユーロから円に替えてあるという。
多少足りなければ俺からもいくらか出そうかと思っていたのだが、魔導少女として唖喰と戦うルシェちゃんの所持金は凄まじいものだったことだけは言っておく。
「いらっしゃいませぇ~↑」
そうして店に入ると、午前中から陽気なテンションの店員さんが声を掛けて来た。
「わぁ、可愛い彼女さんですね! 彼氏さんの前でおめかしですか? そうですよね? ちょっとスタッフゥ~? この美少女さんにとびっきり可愛い服を着せて、彼氏さんを狼さんにしちゃってぇ~!」
「はぁ~い、てんちょ~!!」
「え、あ、あの、ボクとツカサ先輩はそういう関係では──ああああぁぁぁぁっっ!!?」
勝手に一人で盛り上がり、コーデの方針まで決めてしまった店長が呼んだスタッフによって、ルシェちゃんはあっという間に試着室に連行されてしまった。
「うっふふふふ、あんな可愛い外国人の彼女さんの買い物に付き合うだなんて、素敵な彼氏さんですね!」
「あ、あはははは……」
訂正すると面倒なことになりそうだと直感で察した俺は、苦笑いを浮かべてやり過ごすことにした。
なんだろう、この入る店を間違えてしまった感覚は……。
「てんちょ~、彼女さんの着替え完了しました~」
「はぁ~い、ささっ、どうぞこちらへ!」
「は、はい……」
予想より早いスピードで着替えを終わらせたらしいスタッフの呼び掛けに、店長は俺の手を引きながらルシェちゃんが連れ込まれた試着室の前まで誘導する。
「さて、準備はいいですかぁ~」
『えっ!? あ、あの、待って──』
「オ~プン~!」
明らかに心の準備がまだな様子のルシェちゃんに構わず、無慈悲な対応をする店長の掛け声に合わせて試着室の入口のカーテンが勢いよく開かれた。
「あ、う、うぅ……」
その中に居たルシェちゃんはさっきまでの秋コーデ姿ではなく、白のブラウスに腰部がコルセット状になっているハイウエストの紺色のスカートと黒タイツという装いに変わっていた。
これはあれだ……童貞を殺す服だ。
小柄なのに出るところは出ているルシェちゃんの胸とかがこれでもかと強調されているため、その破壊力は計り知れない。
そんな服を着ているルシェちゃんはというと、顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうな表情で、俺にチラチラと視線を向けたり逸らしたりしている。
単刀直入に言うとめちゃくちゃ可愛い。
ルシェちゃん自身は俺と変わらない庶民なのに、服装一つでアリエルさんと同じようなお嬢様に見えた。
「どうですどうです? 彼女さん、とても可愛いですよね?」
「あ、あぁ、はい……良く似合ってると思います……」
「えっ!? は、はぅあ……」
ルシェちゃんがボシュッと顔から湯気が出そうな勢いでさらに顔を赤くする。
いや、マジで似合ってるから嘘でもなんでもない。
いっそポケットマネーで買っていいくらいだ。
「それじゃ、次の服にいきますね!」
「ええっ!?」
これでまだ一着目だったのかよ……。
そんな呆れと驚きを感じつつも、ルシェちゃんは再び試着室の中に閉じ込められてしまった。
その間も店長の妙ないじりを受け続け、三分もしない内にルシェちゃんは着替え終えたようだった。
先程のように、店長がルシェちゃんの準備を待たずにカーテンを開けようとするのだが、同じ轍は二度も踏むまいと、ルシェちゃんが必死に抵抗しているため、中々開けられずにいた。
「ぐぬぬぬぁぁぁぁっっ!! 早く彼氏さんにお見せしましょうよぉぉぉぉっっ!!」
「い、いやですぅぅぅぅっ! こんな格好を見られたら、ボク、恥ずかしくて死んじゃいますぅぅぅぅっっ!!」
「その恥辱こそっ! 乙女の恥じらう姿こそが私が愛して止まない至上の生き甲斐よぉぉぉぉっ!!」
「ただの迷惑行為じゃねえか!!」
なんともはた迷惑な店長の性癖に思わずツッコミを入れる。
このまま膠着状態が続くかと思いきや……。
──パキキッ!!
試着室のカーテンが二人の小競り合いの不可に耐え切れず、留め具が壊れてカーテンがバサリと落ちた。
「「あ……」」
カーテンが落ちたことで、試着室にいたルシェちゃんがどんな服を着ているのかが露わになってしまった。
ルシェちゃんが着ていたのは、白のホルタータイプのタートルネックのセーターだった。
それだけだったら何も問題ないだろうと思うかもしれないが、今彼女が着ているセーターにはある特徴があった。
それは、肩や背中……果ては腰やお尻の半分までもが露わになっているベアバック状のもので、所謂〝童貞を殺すセーター〟だったのだ。
そりゃこんなの着せられたら見られたくないに決まってる。
にも係わらず、カーテンが壊れるというアクシデントのせいで見せるハメになってしまった。
「きゃあっ!?」
「ご、ごめ──ッブフゥッ!?」
遅れて状況を察したルシェちゃんは、可愛らしい悲鳴を上げながら体を隠すように俺に背を向けてしゃがむ。
が、ルシェちゃんが着ているセーターは背面がほとんど露出しているため、彼女のシミ一つのない白くて綺麗な背中と水色のブラが丸見えになっていて、さらにブラと同色のパンツも……。
俺は咄嗟に顔を明後日の方向に向け、ルシェちゃんに声を掛ける。
「ちょ、る、ルシェちゃん! 見えてる! いや、俺は今見てないけど、し、下着が見えてるから!!」
「ふええっ!? ごごご、ごめんなさい!!」
いいえ、ありがとうございます──って違う違う。
俺が内心一人で自問自答のボケとツッコミをしている内に、ルシェちゃんは隣の試着室に逃げ込み、壊れた方のカーテンは店員さんがそそくさと直していった。
あぁ、ダメだ……まだ心臓がバクバクと大きな音を立ててる……。
綺麗な背中とか、横からチラッと見えた胸とか、柔らかそうなお尻とか……いやいやいやいや、そんな邪な目で見たら、せっかく信頼してくれてるルシェちゃんを裏切ることになる。
平常心……そう、
「どうでしょう、彼氏さん? ムラムラってしませんでしたか?」
「店長にイライラってしてますよ」
「え~、ちょっとしたお節介じゃないですか~」
「ちょっと……?」
あれのどこがちょっとなんだろうか……。
完全に要らぬ世話の余計なお世話そのものなんだが……。
なんというか、この店長からはウチの両親や委員長と同類の匂いがする……常軌を逸脱した恋愛脳という人種の匂いが……。
「時に彼氏さん、あなたの好きな色ってなんですか?」
「は、はぁ? なんですかいきなり……」
「いいからいいから」
何がいいからだよ。
ウチの両親と同類だって分かると途轍もなく胡散臭く聞こえる質問だが、答えないといつまで経っても尋ねて来そうなので、俺はさっさと答えることにした。
「青とか紺とかが好きですけど……」
「なるほどなるほど~……スタッフゥ~? 彼女さんに青色とか紺色のブラとパンツをお渡しして~! 出来るだけ扇情的なやつね~」
「はぁ~い!」
「待てやああああぁぁぁぁっっ!!?」
流れるように俺が挙げた色の下着をルシェちゃんに渡す指示を出す店長に、制止を呼びかける。
「もう、他のお客様にご迷惑ですよ~?」
「それはすみませんが、現在進行形で迷惑を掛けてる客にも配慮してください」
「いや、彼女さんが自分の好きな色の下着を着てたらリビドーが爆発しません?」
「そんな持論はどうでもいいですから」
何度も言うが、俺とルシェちゃんは恋人関係じゃない。
俺の態度に呆れた表情を浮かべる店長に殴り掛からないように抑えつつ、流石に俺達に構っていられるはずもないため、店長は店の奥に去って行った。
由乃は一体なんのつもりでこの店を紹介したのだろうか……もしかしてアイツが一人で来た時には、こんな鬱陶しい接客をされなかったのかもしれない。
しかし、俺とルシェちゃんが並んで歩いていると、そんなに恋人のように見えるのか?
客観的に見ればそう思われるくらいに仲が良いという見方をすれば、まぁ悪い気分はしないけど……。
ルシェちゃんが彼女かぁ……ゆずと菜々美とアリエルさんからの告白の返事を決めなきゃいけないのに、それもいいかななんて思う自分に呆れるしかない。
「いやぁ~、せんぱいの慌てる姿は最高に笑えますねぇ~」
「笑ってないで止めてくれよ──って由乃!?」
「ういっす、せんぱい」
考え事の最中に人を助けもせずに笑っていたという失礼な人に文句を言おうとして、それが見知っている人物だったことに驚きを隠せなかった。
今日のデートを提案した由乃が、グレーのパーカーに黒のスキニーパンツという装いで、学校で会った時と同じようなテンションでそう挨拶をして来た。
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