198話 『ただいま』と言えば『おかえり』と言ってくれる場所
何事も終わってみればあっさりしたものだった。
初めて目にした悪夢クラスの唖喰は、ゆずとアリエルさんが手を組んで共闘したことにより、その脅威をフランスに脅かすことなく塵となって消滅した。
唖喰の消滅を遠目で確認した俺とルシェちゃんは、すぐにゆず達の元に駆け寄ってお互いの無事を喜んだ。
特にゆずと気絶から復活した菜々美は、嬉しさのあまり二人揃って俺に抱き着いて来たくらいだ。
周囲から非常に微笑ましい視線を向けられて、めちゃくちゃ恥ずかしかった。
ただ、クロエさんはいつもの鋭い視線ではなく、どこか納得したような目だったし、アリエルさんからはなんだか、意味深な視線を受けたことが妙に気に掛かったが、その後の事後処理の慌ただしさに全部済ませた頃には忘れ去っていった。
まずポーラ達の処遇だが、悪夢クラスの唖喰という、放置すれば無関係の人々に必ず被害を及ぼすと解り切っている唖喰を前に、敵前逃亡をしようとした挙句、他の親衛隊達がクロエさんに鼓舞されて立ち上がる中、ポーラだけが戦うことなく膝を抱えていただけだったらしい。
当然、今までの行いも合わさって遂に魔導士としての資格なしと判断され、魔導器の廃棄及びある刑罰によって半年程拘留した後に、無償で試作術式のテスト人員として強制労働を受けるという。
ポーラを擁護するわけではないが、強制労働なんて時代どころか世界観違くないかと思った。
だが、記憶処理術式を施してさよならでは罰が軽いと言われては、そういうものかと受け入れるしかなかった。
拘留される理由に関してだが、彼女には脅迫罪に加担していたという事実が明らかになったためだ。
一体ポーラが誰の脅迫に加わっていたのか……それはルシェちゃんに対してのことだった。
なんと、ダヴィドが彼女を脅す場にポーラも居合わせており、ルシェちゃんが要求を呑まなかった時に記憶処理術式を施す人員として呼ばれていたという。
ポーラの証言によれば、今よりも贅沢な暮らしをさせると約束されていたようだが、あの狡猾なダヴィドのことだ、自分を利用しているつもりのポーラも将来的に自身の踏み台にするつもりだったんだろう。
同じような手段で連鎖的に脅してきたからこそ、一年で二十人……いや、今まで気付かなかった何十人もの魔導士達を好き放題してきたのだと解り、改めてあのクソ野郎に反吐が出て来た。
そうしてポーラが魔導士をクビになったことで、親衛隊は解散……とはならなかった。
ポーラの同期で、かつてルシェちゃんが差し伸べた手を払い除けたコレットという魔導士が新たにリーダーを引き継ぎ、以前とは比べ物にならない程に明確な意志を宿して訓練に励むというのだ。
正直言って外見が同じだけの別人にしか思えなかった。
何せ俺がゆず達に抱き着かれている間に、コレットの方からルシェちゃんに今までのことを謝罪していたそうだ。
尤も、それだけでいじめの事実が消えるわけではないし、ルシェちゃんも聖人君子というわけでもない。
だからこそルシェちゃんはこう返した。
『謝罪はいりません……でも、ちゃんと肩を並べて戦える日を楽しみにしています』
自分の犯した罪をアリエルさんに許してもらったように、将来的に許せるように頑張れと言ったのだった。
ともかく、懸念されていた人員に関しては今回の戦いを通して多数の親衛隊達が心を入れ替えたことにより、予想よりマシになりそうだった。
そうは言ってもあの戦いでの戦死者は九名もいるそうだ。
ポーラを含めてもいなくなった人員は十人……残り二十人でもまだ心許ないそうだが、そこは今後の彼女達次第だ。
そしてダヴィドだが、アメリカ本部長が話を通したFBIからの通告を受けてフランス警察が拘束した。
幸い戦闘中に気絶から復帰することはなく、意識を失ったままではあるが抵抗されずに逮捕された。
ダヴィド自身は何かの間違いだと犯行を否定しているが、被害者であるアリエルさんとルシェちゃんの証言と、何より本部長への電話を通して録音されていた本人の自白もあって、警察関係者に渡していた賄賂や組織の資金を一部横領していたことが次々と明るみになり、複数の魔導士に対する性的暴行と脅迫罪も相まって支部長職を懲戒処分されることとなった。
当たり前だ、あれだけのことをして逮捕までされたのにどうして支部長職を続けられると思っていたんだ。
アリエルさんを襲う一歩手前までいったことは当然のようにクロエさんの怒りを買い、慌てて止めなければそのままダヴィドを殺しに行く勢いだった。
しかもクロエさんだけじゃなくてゆずや菜々美に鈴花もキレて、心を入れ替えた新親衛隊の面々もこれから一揆でも起きるのかと思う程に怒り狂っていた。
どちらもアリエルさんが止めなかったら、魔女裁判のように十字架に磔て処刑しかねかった。
逆に言えば、アリエルさんがそれだけ多くの人に愛されている証拠でもあると解って、なんだか微笑ましくもなった。
それでも最後の悪足掻きとしてなのか、撃たれた右手に対する傷害罪で俺を巻き込もうとしたのだが、それもアリエルさんとルシェちゃんの証言によって正当防衛が認められることになった。
そもそも、アメリカ本部長が俺に対して色々口利きをしてくれていたようで、元よりダヴィドの悪足掻きは意味を成していなかった。
外国では自衛のために拳銃を所持していることは珍しいことじゃない。
けれども日本人の……それも学生の俺が銃を持っていることに関しては、ちゃんと使いどころを間違えないようにと口頭による厳重注意だけは受けることになったが。
「――以上だ。何度も言うが君がしたことは状況的に仕方がないとはいえ、素人が銃を持つことをしっかりと意識することだ」
「はい、しっかりと肝に銘じておきます」
戦闘のあった翌日、フランスの警察署で事情聴取を受けていた俺に対する、担当の警察官の人からの厳重注意をそうやって締め括られて終えた。
さすがに魔導六名家のアルヴァレス家の血筋の人間で、フランス支部の支部長だったダヴィドの不祥事は相当大きな騒ぎになっているようで、実際に昨日電話を掛けて来た初咲さんは驚愕と焦燥が入り混じった声で、事の真偽を訊ねて来た。
ゆずから状況の説明を受けた時は『独身だって聞いてたから狙ってたのに』と、残念だったと慰めればいいのか、無事でよかったと安堵すればいいのか大変反応に困った。
「それでいい。それと、ここからはオレ個人の言葉だ」
「え?」
思わず呆気に取られた。
何せ、俺の返事にうんうんと頷いた警察官の人がそう言って帽子を外し、俺に頭を下げたのだ。
「オレも何度か聖女様の歌を聞いたことがあるんだ……警察官の身でありながらあの人を助けられなかったことをとても恥じている。そんな不甲斐ないオレに代わって、オレより若い君が助けてくれたことに、感謝している……聖女様を助けてくれて、ありがとう」
「あ、え……」
まさかアリエルさんのファンが警察官にもいたとは思わず、俺は困惑のあまり素直にその感謝の言葉を飲み込むことが出来なかった。
そんな俺の反応を見て、警察官の人は顔を上げて苦笑を浮かべながら口を開いた。
「急にすまないな。だが君は今日にも日本に帰るのだろう? なら、お礼を伝えるのは今しかないと思ったものでな」
「そ、そうですか……」
「さて、これで本当に話は終わりだ。長いこと拘束して悪かったな」
「いえ、お役に立てたのならそれで……」
戸惑いを感じつつも、そうして俺への事情聴取は終わった。
案内の元警察署の外に出ると、昨日あんな戦いがあったと思わせない程の晴天が出迎えてくれた。
さて、これからどうするか。
時刻は午前十一時。
ゆず達は今頃パリのデパートで三人仲良く買い物をしている。
今から合流する約束などは特にしていないけれど、そっちに行った方がいいか。
そう決めて歩みだそうとして、警察署の前の道路わきに黒塗りの長い車――俗にいうリムジンが鎮座していた。
あんなリムジンに乗るようなお金持ちかお偉いさんが警察署にきているのかと、妙な関心をしていると……。
「あら、リンドウ様。奇遇ですわね」
「あ、アリエルさん」
不意に声を掛けられて振り返る。
すると、太陽の光を受けて煌びやかな光を放っている白銀の髪を揺らして、膝下まで丈がある青いワンピースの上に緑のケープを羽織っているアリエルさんが警察署の入り口から出て来ていた。
「アリエルさんも事情聴取ですか?」
「ええ、つい先ほど終えたところですわ」
今更だが、この人と面と向かって話しても出会った時ほど緊張しなくなっていることに気付いた。
まぁ、あんなことがあったんだ。
否応なしに慣れても不思議はない。
ん?
アリエルさんはお嬢様だよな?
ってことはあのリムジンって……。
俺がある答えに行きついたと同時にリムジンの運転席がガチャリと開き、中からダークブラウンの髪を三つ編みに束ねている男装している女性……クロエさんが出て来た。
あー……やっぱりあのリムジンはアルヴァレス家の車かー……。
「アリエル様、ご苦労様です」
「問題ないわクロエ。それにしても出迎えはわざわざリムジンでなくとも普通の車でよろしいでしょう?」
「次に向かう場所を思えばそうはいきません」
「今朝からそう聞いていますが、そろそろどこに向かうのか教えて下さらないのですか?」
「こればかりはアリエル様のお願いといえども、お答えすることは出来ません」
二人の会話からすると、アリエルさんはクロエさんから事情聴取の後にどこかへ向かうことは知らされているものの、どこへ行くかは知らされていないようだった。
クロエさんがアリエルさんのお願いも聞けないなど、よっぽどのところなのかと思っていると、ふとクロエさんと目が合った。
「ふむ、リンドウ・ツカサか、丁度いい。貴様を捜す手間が省けた」
「え、俺?」
「アリエル様と共に乗るがいい。これから向かう場所には貴様も招くつもりだったからな」
「え、ええっ!?」
「クロエ!?」
何故かアリエルさんとクロエさんが向かう場所には俺も行くことが決まっていたらしい。
というか俺が行くことすらアリエルさんに伝えてなかったのかよ。
なんだかどこに行くつもりなのか気になって来た。
どうしたものかと戸惑いはあるが、この後も日本に帰る午後四時までは特に予定はない。
珍しいクロエさんからのお誘いでもあるし、ここは行くことにしよう。
「解りました」
「……よいのですか、リンドウ様?」
「まぁ、せっかくなんで」
「……クロエに代わってお伝えします、突然のお誘いで申し訳ありませんわ」
自分の事情に俺を巻き込むことが忍びないのか、アリエルさんはそういって俺に謝罪の言葉を伝えた。
別に気にしてないんだけど、それをありのままに言っても責任の被り合いになるのが目に見えているので、手を挙げるだけに留めた。
そうしてクロエさんが運転するリムジンに乗って、目的地へ走り出すのだが、当然ながら俺はリムジンに乗った経験がない。
外からの覗き防止なのか、車内の窓にはカーテンが掛けられていて、外の景色も見ることも出来ない。
初めてのリムジンに緊張して、さっきからアリエルさんと会話すら出来ていない。
というかなんでアリエルさんも無言なの?
妙にそわそわしてて落ち着いてないみたいだし、ここは俺から何か話題を出さないと……。
「え、え~っと、クロエさんってリムジンの運転が出来たんですね」
「え、ええ……彼女は普段からワタクシの送迎も担うために、十八になった折に免許を取得したのちに、練習をして慣れたそうですわ」
「へ、へぇ~……」
……。
……。
あれ?
もう終わり?
ど、どうなってるんだ!?
なんでこんなにあっさり会話が終了するんだ!?
ほ、他に何か共通の話題を出さないと……。
「そ、そういえばルシェちゃんの様子はどんな感じですか?」
「は、はい……検査では異常は診られないそうですが、メンタルケアのためにしばらく通院する必要があるそうですわ」
「そ、そうですか……」
……。
……。
やっぱり会話がすぐに終わった!?
なんでだよ!
どうしてこんなことになるんだ!?
「ップ、ふふふ……」
沈黙に耐えられずにどうしたら会話が続くのか頭を悩ませていると、対面に座るアリエルさんがフフッと笑いを堪えきれずに吹き出した。
「あ、アリエルさん?」
「いえ、なんだか妙に意識してしまいまして、なんだかおかしく思えてきたのですわ……リンドウ様にもご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
「い、いやいや、俺の方こそすみません……」
「御謙遜なんて、ワタクシはどう話しかければよいのかすら分かりませんのに、リンドウ様から話題を持ち掛けられた時は渡りに船でしたわ」
「すぐ沈んじゃう紙みたいな船でしたけどね」
「またそのような……」
そうやって話している内に、いつの間にか互いの妙な緊張が解れていた。
アリエルさんもすっかり笑みを浮かべるようになっているし、何とかなって良かった。
それから十分としない内に、クロエさんが運転するリムジンがピタリと止まった。
どうやら目的地に着いたようだ。
後部座席の入口が開いて、クロエさんが顔を覗かせた。
「アリエル様、目的地にご到着しました」
「ありがとうクロエ。でも次からは行先を教えてほしいわ」
「御心配せずとも、金輪際ありませんよ」
何故だか妙に嬉しそうなクロエさんの反応に疑問を抱きつつ、俺とアリエルさんは車を出た。
その瞬間俺は目の前の光景に呆気に取られた。
何せ、車が停まった場所がなんか豪華な噴水の前なのである。
二車線道路と変わりない幅の煉瓦道を花畑が囲んでいて、パリ市内の公園の一画かとも思ったがそれもすぐに違うと分かった。
噴水の奥に……ものすごい豪邸が建っていたからだ。
赤い屋根に豪奢な縁取りの窓、車一台は余裕で通れそうな程に大きなドア。
おかしい。
俺達が乗っていたリムジンはタイムマシンだったのか?
そんな馬鹿馬鹿しい考えすら浮かんでくる程に、ただただ目の前の豪邸に目を奪われていた。
「く、クロエさん? ここは……?」
「黙ってアリエル様を見てみるがいい」
ここがどんな屋敷が知っているであろうクロエさんに尋ねるが、彼女はアリエルさんを見ろというだけで何も答えてくれなかった。
なんですぐに答えないのか不満に思いつつ、先に車を出たアリエルさんに顔を向けると……。
「――まさか、ここは……」
「っ!」
驚愕のあまりに見開かれた琥珀の瞳から、涙が静かに零れていた。
その表情は驚きに満ちていた。
それも恐怖ではなく、戸惑い……いや、喜びのあまり目の前の光景を信じられていない様子だった。
アリエルさんはわなわなと全身を震わせて、ゆっくりとクロエさんに振り返った。
「く、クロエ……」
「ええ、皆さま、既にお屋敷のエントランスでお待ちしております」
「――っ」
「あ、アリエルさん!?」
びっくりするほど穏やかな笑みを浮かべたクロエさんの言葉を受けて、アリエルさんは感極まったように屋敷のドアへと駆け出した。
そんな彼女らしくない行動に驚きつつ、俺も咄嗟に後を追う。
アリエルさんは胸に手を添えて神妙な面持ちでゆっくりと深呼吸をした後、ドアの取っ手を握って押し出して開いた。
ガチャン、と重い音が響き、アリエルさんは恐る恐るといったように中に入っていった。
俺とクロエさんも同じように入っていくと…………。
中に入ると高級な布地を使ったであろうカーペットが敷かれていて、本当に足を踏み入れていいのかどうか戸惑ってしまう。
壁に掛かってる絵画とかも、詳しくはないが一目見て高い物なのだろうと察することは出来た。
何より大きなシャンデリアがまず目に入った。
これだけで何千万とするのかと圧巻されるが、これはまだジャブに等しいものだった。
次に目に入ったのはずらりと俺達から見て縦に並んだメイドや執事といったこの屋敷の使用人の人達だった。
まるで大事な人を出迎えるような光景に息を呑むしかなかった。
その使用人の列の間を二人の男女が通ってきた。
女性の方は、明らかに貴族の夫人だと判る美麗なドレスを身に纏っていて、カール状の金髪とその佇まいから溢れ出る気品に思わず腰が低くなりそうだった。
男性の方は……短く切り揃えた金髪と顎髭が特徴的である男と顔立ちが似ていたが、その雰囲気は全く別人のそれだった。
なんというか、人に慕われていると判る程に温かい空気を感じたからだ。
そんな只者ではない雰囲気を醸し出す男女は、アリエルさんの前にまで来てその歩みを止めた。
ここまでくれば流石にここが何処で、アリエルさんと対面した二人がどんな人なのかは察しがついた。
なるほど、このためにクロエさんはアリエルさんに行き先を黙っていたわけだ。
ここは、アリエルさんがずっと望んで止まなかった場所なんだから。
「――お父様、奥様……」
アリエルさんが掠れる程に小さな声で、自分の前に立つ男女を呼んだ。
そう、ここはアルヴァレス家本邸で……アリエルさんの前に立つ二人は、彼女が再開を強く望んでいた家族だ。
「――随分、綺麗になったね、アリエル」
「ええ、その白銀の髪……すっかりローラに似ているわね」
「っ、ぁ……」
ずっと再会を望んでいた二人から掛けられた言葉は、とても柔らかく、二人もアリエルさんと同じく彼女との再会を待ち望んでいたのだと分かる。
そして、その言葉を受けたアリエルさんの目から、溢れんばかりの涙が零れてきた。
「お父様も……随分とシワが増えましたわね……」
「ああ、君が一日をどんな思いで過ごしているのかと気が気でなくて、すっかり老けてしまったよ」
「ですが、その琥珀の優しい眼差しは変わりませんわね……ずっと、一時も忘れたことはございませんわ」
「君の母親譲りの白銀の髪と綺麗な声も、僕は一度も忘れなかったさ」
男性……お父様と呼ばれたアリエルさんのお父さんは、あのダヴィドの兄というのが信じられないくらい優しい声音でアリエルさんと言葉を交わす。
レナルド・アルヴァレス。
アリエルさんのお父さんでダヴィドの兄であり、現アルヴァレス家の当主。
頭の中ではもっと厳格なイメージがあったけど、実際の人柄は温和そのものだった。
というのも多分、あの人も望んでいた愛娘との再会においては普通の父親と何も変わらないのだろう。
「奥様も……最後にお会いした時よりも、また美しくなられていますわね」
「ローラに似て美人に育ったあなたには敵わないわ。それと、奥様なんて他人行儀な呼び方はよしなさいな」
「え?」
「ローラの娘は私の娘でもあるのよ? 私では、あなたの母親には相応しくないのかしら?」
「い、いえ、そのようなことは……! おく――お母様……」
「はい、よろしい」
女性の方――レナルドさんの婚約者で第一夫人の人か。
なんというか上流階級の人らしい度量の大きさを感じる。
「レティシア・アルヴァレス夫人だ。幼少の頃より旦那様と交流のあるお人で、元魔導士の経歴を持つ方だ」
「元魔導士……」
上流貴族の人なのに唖喰と戦ったことがあるのか……ってそれを言ったらアリエルさんとクロエさんに季奈も当て嵌まるか。
「その、どうして……?」
「積る話はたくさんあるだろうが、まずは最初に言うべきことがあるだろう?」
「ええ、それを言わない限りはそれ以上の敷居は跨がせませんよ?」
「言うべきこと……あ……」
再会そのものは最上の幸福ではあるが、何故今日なのかをアリエルさんは問いかけようとするが、二人から言うべきことと言われて、それがなんのことなのかを察した彼女はゆっくりと息を吐いて家族に目線を合わせて……。
「ただいま……戻りましたわ」
目に涙を浮かべ、惚れ惚れとするような笑みを見せながら、ずっと二人に再会した時に言いたいであろう挨拶の言葉を告げた。
やっと言えたと感無量な面持ちのアリエルさんは、心の底から幸せを噛み締めているようだった。
「ああ、
「よく……よく、頑張ったわね」
「っ、お、お父様……お母様……うぅ……グス……」
二人に両脇から抱きしめられ、アリエルさんはポロポロと涙を流していく。
ずっと家族との再会を願って努力を重ねてきたアリエルさんは、八年経った今になってようやく家族の元に帰ってきたのだった。
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