199話 アルヴァレス家にて
「はぁ~……」
「アリエル、いつまで拗ねているのかしら?」
「す、拗ねていませんわ。リンドウ様というお客様がいらっしゃる前であんなにポロポロと泣いてしまうだなんて……あぁ、なんてはしたない……」
「お、俺はそんなに気にしてませんから……」
「リンドウ様が気にされずとも、淑女としての沽券に係わりますわ!」
「そ、そうっすか……」
しばらくエントランスでボロ泣きをしていたアリエルさんがようやく泣き止むと、俺が居たことを思い出して珍しく顔を真っ赤にしてしまった。
そうして使用人の人達に案内されるがまま入ったアルヴァレス家の応接室にて、俺とアリエルさんが隣り合ってソファに座り、テーブルを挟んだ対面のソファにアリエルさんのお父さんであるレナルドさんと、第一夫人であるレティシアさんが腰を掛けた。
クロエさんはアリエルさんの斜め後ろに立ち、いつでも動けるように控えている。
はっきり言おう。
場違い感が凄い。
いや本当に今更なんだけど、俺正装しなくて良かったのか?
普通にTシャツの上にパーカーを重ね着して、下はジーンズなんだけど……。
俺、クロエさんに連れて来られるままに来たけど、本当に来てよかったの?
ってくらいに場違い感が凄まじい。
内心ガッチガチに緊張をしていると、レナルドさんと目が合った。
「え、えっと、なんでしょうか? アルヴァレス当主様?」
「ははは、当主様だなんて固い呼び方はしなくてもいいさ。普通にレナルドさんと呼んでくれても構わないよ、リンドウ・ツカサ君」
「えっ!? どうして俺の名前を……?」
「別段不思議ではないわ。何せあなたは我が家を救ってくれたヒーローなのだから」
「え、ええええっ!!?」
一体いつの間にアルヴァレス家を救うようなことをしたのか、理解が及ばずに戸惑っているとレナルドさんが答えてくれた。
「そんなに驚く事ではないよ。君は我が弟のダヴィドの凶行を止めてくれたのだから」
「ダヴィドの凶行って……あれは俺だけで出来たことじゃないので、そこまで言われるほどじゃ――」
「いいや、君は持てる力を尽くしてアリエルを救ってくれたのだ。あのまま放置していれば愛娘との再会はもっと悲惨なものになっていただろうね」
「あ……」
ダヴィドの行いを止められていなければ、アリエルさんはアイツに好き放題された後になっていたと言われ、俺は先程のアリエルさんとレナルドさんの再会の光景を思い返した。
あれだけ幸せそうな再会が、俺がダヴィドを止めたことで実現したというのであれば、それはなんだか誇らしいと言うか……一種の達成感を覚えた。
「本来であれば身内の我々が彼の行いに気付くべきだった……他ならない兄である僕がね」
「ええ、あれは何とも狡猾な男でした。まさか先代当主の価値観につけこんでアリエルを追放させるだなんて、この子の貴重な青春を台無しにしたことは到底許せないわ」
「アリエル様の味方である振りをしていたなどと……今でも腸が煮えくり返りそうだ」
「お父様、お母様、クロエ、落ち着いて下さいませ!」
よほど後悔が強いのだろう。
皆口々にダヴィドに対する怒りを露わにしていた。
「コホン……だからこそ、君には感謝の言葉が尽きない程に恩を感じているのだ。それでもこうして直接お礼を伝えたくて、アリエルの帰宅と共に君を我が屋敷に招かせて頂いたのだ……改めて、アリエルを……娘を救ってくれてありがとう」
「あなたの功績を我がアルヴァレス家は必ず忘れません。あなたは娘だけでなく、私達と天国にいるローラも救って下さいました……ありがとう、本当にありがとうございます」
「――」
自分より遥かに上の人に頭を下げて感謝の言葉を伝えられて、俺はただ絶句するしかなかった。
俺はただ必死だっただけだ。
アリエルさんを助けたくて、ルシェちゃんを守りたくて、ダヴィドがしたことを許せなかっただけだ。
こんな風にアリエルさんの家族に感謝されたくてやったわけじゃない。
でも不思議と止めて下さいと声に出す事はなかった。
この人達も俺がそうだったように、俺にお礼を伝えたいだけなんだ。
何も恩を押しつけようだなんて考えてない。
この二人にとってアリエルさんは大事な家族で、二人が好きだったローラさんの形見なんだ。
言葉通り、直接お礼を言いたいだけだと分かったからこそ、止めて下さいなんて言えなかった。
それが解った俺は深呼吸をして口を開く。
「アリエルさんがこうして家族と……レナルドさんとレティシアさんと再会出来てよかったです。それだけで俺は自分のしたことを認められる気がします」
俺自身が感じたことを素直に伝えた。
顔を上げたレナルドさん達は感心したように微笑んで……。
「――そうか……君は本当に心優しい少年なのだね……」
「うふふ……かの〝天光の大魔導士〟が惹かれる理由が良く分かったわ」
そう返した。
ゆずのことを引き合いに出されて照れくさくなっていると、話を見守っていたアリエルさんが口を開いた。
「その……お父様、お母様、どうしてワタクシはいきなり戻れることになったのでしょうか?」
確かに。
アリエルさんは先代当主との確執が原因で、最高序列に名を連ねるようになってからも二人と再会することも、屋敷に戻ることもなかったはず。
それがどうして急に戻れることになったんだ?
そんな疑問にレナルドさんは丁寧に答えてくれた。
「それはダヴィドの失脚が一番の理由だね」
「叔父様の?」
「アルヴァレス家の令嬢で最高序列第四位のアリエルに暴行を企み、フランス支部を私物化していた。元より君の排斥はダヴィドと父の共謀だ。ダヴィドが失脚したことで父の権威も地に落ちたのさ」
「だから先代当主の影響も弱まって、アリエルさんに対するしがらみが無くなったってことですか」
ダヴィドがアリエルさんを縛るための方便として挙げられていた、厳格な元当主との確執……それが向こうの失墜によって自動的に解決されたため、アリエルさんが本邸に戻れるようになった。
確かにダヴィドが先代当主に、アリエルさんが当主の座を狙ってるだなんて世迷言を吹き込んだせいで、彼女は魔導士として戦うことになった。
実際はアリエルさんをローラさんの代わりにして、ダヴィドは自分の情欲を満たそうとしていただけなんだけど、それを手伝ったのは他ならない先代当主だ。
ダヴィドの不正が明らかになった今、賄賂を受け取っていた警察官と同じように巻き込まれても不思議はない。
「その通りよ。ただ、その弊害もアルヴァレス家に圧し掛かったのだけれどもね」
「弊害、ですか?」
レティシアさんが困った表情を浮かべながら息を吐いた。
「ダヴィドはあれでもアルヴァレス家の人間……ようは家の名を貶めたのですよ」
「彼が被害に遭わせた元魔導士達に対する補償も、我がアルヴァレス家が負担することになったのだが、その額が馬鹿にならないだけに留まらず、支部長職に就いていた……これでアルヴァレス家が何の責任も被らないのは道理ではないのさ」
「そんな……悪いのはダヴィド自身でレナルドさん達は何も……」
「そう言ってくれるのは有難いが……こればかりは大人の責任というものだ。同家の者が起こした不祥事の責任は負わなければならない。だから君が気に掛けることではないよ」
「……」
ダヴィドのしたことでこの人達まで責任を被ることはないはずだ。
けれどもレナルドさんから社会的責任の道理を説かれては、俺が口を出すこともない。
そもそも思い上がりだった。
俺は組織の一員であってもまだ学生だ。
感謝されてもそれは俺が思い上がって良い理由には成らない。
「口出ししてすみません」
「いいさ。君やアリエルに迷惑はかけないように努めるから安心するといい」
「その、叔父様が逮捕されたとなると、次の支部長はどうなるのでしょうか?」
アリエルさんの質問は尤もだ。
ダヴィドが失墜した今、フランス支部の支部長職は空席だ。
その座を狙う人とかも出て来るかも知れない。
「本当は僕が代理を務めるのが道理なのだけれど、生憎僕はダヴィドの兄だ。周囲からは二の舞にならないかと揶揄されかねないね」
「お父様はそのようなことを致しませんわ!」
「ありがとう、でもこれもまた社会的評価だよ。これからは信用回復に努める必要がある」
アリエルさんの擁護に対しても、レナルドさんは仕方ないと苦笑を浮かべながら答えた。
それじゃ、誰が支部長になるのかということになるのだが、レティシアさんが話しを続けた。
「そこで傘下の家柄と協議した結果、クロエの実家のルフェーヴル家の現当主が代理を務めることに決まりました」
「ち、父上が!?」
クロエさんが驚きを隠せずにそう言った。
そっか、アリエルさんの従者を任されるくらいなんだから、クロエさんも上流階級の人間なんだよな……。
全く令嬢に見えないからすっかり忘れてた。
「クロエが長年アリエルに仕えていた功績を評価しての事です。それにあなたの父が優秀でなければそもそも候補に挙がる事もありませんよ」
「あ、ありがきお言葉です!」
クロエさんはビシッと礼をしてレティシアさんに頭を下げた。
「そうそう、アリエル。あなたも家も戻ることが出来たのだし、もう魔導士を続ける理由もないでしょう?」
「え、あぁ、そう、ですわね……」
レティシアさんの言葉を聞いて、アリエルさんはきょとんとしながらも曖昧な返事をした。
元々アリエルさんが魔導士になったのは、こうして家族の元に帰るためだった。
もっと言えば彼女を我が物にしようとしたダヴィドの策略で、アリエルさんは魔導士になるしかなかった。
その願いが成就した今レティシアさんの言う通り、アリエルさんが魔導士を続ける理由は無くなっている。
だが、それはもう働かなくてもいいという解雇を言い渡されたのも同然で、なんだか釈然としない様子だった。
なんでだろうな……絶滅出来ない化け物と戦わなくてもいいはずなのに、何故だかアリエルさんの瞳には未練がましさがあるように見えた。
「そうだよ、アリエル。君はもう自由なんだ。歌を好きなだけ歌おうと、恋をすることも君の自由なんだ」
「ワタクシの自由……」
家族から戦う必要はないと言われたアリエルさんはやっぱり戸惑っている様子だった。
少し困ったような表情を俺に向けているのが解り、なんとなく意見を求められていると分かった。
「ええっと、俺もアリエルさんの好きなようにするのが一番だと思います……」
「っ……そう、ですか……」
当たり障りのないことを言ったのだが、アリエルさんは寂し気に目を伏せてしまった。
その反応を見て自分の言葉が失敗だったと悟った俺は、そっと彼女の手を握った。
俺の行動が予想外だったのか、アリエルさんは驚いたように俺の顔を見つめてきた。
「り、リンドウ様?」
「すいません、言葉が足りませんでした……」
「え?」
前言撤回する俺に、アリエルさんがどういうことかと聞き返す前に俺は答えた。
「俺は、アリエルさんがどんな選択をしようと受け入れます。どんな道を選ぼうとも、必ずまた会いに行きます。歌手になって歌を歌うなら多少高くてもチケットを買って聞きに行きますし、映画を観に行くのなら誘って下さい。ほら、また行こうって約束したじゃないですか」
「あ……」
「アリエルさんの好きにしていいって言うのは、今までのアリエルさんの努力を蔑ろにするわけじゃなくて、アリエルさんが過ごしたい日常を選んで良いってことなんです。だから俺が居ることでその日常が楽しくなるなら、いくらでも付き合います。それだって俺が守りたいって思えるアリエルさんの日常なんですから」
「っ、リンドウ様……」
言いたいことは全部言い切った。
これでどうするかは本当にアリエルさん次第だ。
自分の気持ちを決めるためか、アリエルさんはスッと瞑目して逡巡し始める。
しばらくしてアリエルさんは意を決したかのように目を開けて……。
「お母様、お父様」
家族に対し、宣言する。
「ワタクシは魔導士を辞めたくありません」
依然として、絶滅出来ない怪物と戦う道を選んだ。
その言葉を受けてレナルドさんとレティシアさんは少し寂しげな表情を浮かべた。
それもそうだ。
愛娘を戦場に送り出して寂しくない親なんていないに決まってる。
「……理由を聞かせてくれないかい?」
レナルドさんが冷静に尋ねた。
それに対してアリエルさんはニコッと微笑んで答えた。
「ワタクシは今まで自分の為に戦って参りました。こうしてお父様達の元に戻ることが叶った今、今度は魔導士として人の為に戦いたいと思い至りましたの」
「そ、それは必ずしもアリエルがやらなければならないことではないでしょう? あなたは女の子で――」
これ以上娘が傷付く姿を見たくないというレティシアさんの想いがひしひしと伝わってきた。
この人も元魔導士だから、唖喰との戦いがどれだけキツイのか俺なんかよりよっぽど理解が深い。
だからこそアリエルさんに考え直してほしいと思って告げた言葉は、アリエルさん本人によって一蹴された。
「お母様……ワタクシ以外の魔導士も皆女性ですわ。それどころか、〝天光の大魔導士〟であるナミキ様はワタクシより若い魔導少女です。それにやらなければならないのではありませんわ」
アリエルさんはそこまで言って一度言葉を区切り……。
「他でもない、ワタクシが戦いたいと望んでいるのです。こうしている間にも唖喰はどこかで人々の暮らしを脅かしていますわ。その脅威を少しでも取り除くことこそ、最高序列第四位〝聖霊の歌姫〟であるワタクシ――アリエル・アルヴァレスが成すべきことですわ」
「――っ!!」
芯の通った強い言葉で以って、アリエルさんは自分の家族に改めて戦う意志を示した。
「俺からもお願いします! 魔力が操れない男の俺が出来る範囲でですけど、アリエルさんのことは俺が守ります! だからアリエルさんの選んだ日常を奪おうとしないでやってください!」
「リンドウ様……!」
彼女の宣言を後押しするように俺も懇願する。
今度は自分では無く人の為に……彼女がそう望むのなら、俺は全力でそれを支える。
そんな思いで彼女の両親に頭を下げる。
ギュッと目を瞑って思いが届くようにと祈りを込める。
すると、静かに息を吐く声が聞こえた。
「――ふぅ、愛娘の我が儘と恩人の言葉……ここまで言われて受け入れないようでは親失格だと思わないかい?」
「――ええ、不安がないと言えば嘘になりますが、リンドウさんが守ると仰ってくださるのであれば、受け入れざるをえませんね」
「――じ、じゃあ!」
「ああ、アリエルはこれまで通り魔導士として戦い続けるといい」
「それでも生半可な戦いは許しませんよ? 少しの油断が命取りとなるのですからしっかりと肝に銘じなさい」
「っはい!!」
ダヴィドから出された強制的な選択肢じゃなく、改めて自分の意思で魔導士になると宣言したアリエルさんは、無事両親の許可が下りたことに満面の笑みを浮かべて俺と向き合った。
「ありがとうございます、リンドウ様!」
真っ直ぐに感謝の言葉を俺に伝える。
その笑顔の眩しさに胸の高鳴りを覚えていると、アリエルさんは俺の手を取った。
「本当に……リンドウ様には助けられてばかりですわ……」
「そんなの、アリエルさんの気持ちがレナルドさん達に伝わったからこそですよ。俺がしたことは軽く背中を押しただけですって」
「もう、あまり謙遜ばかりしてはいけませんわよ? 感謝の言葉だけでは伝えきれない程に、ワタクシは貴方様に感謝しておりますわ」
「ぅ、そう、そうっすか……」
あまりに真っ直ぐに見つめられて、思わず顔は熱くなってしまった。
慌てて顔を逸らすも、アリエルさんはニコニコと微笑むだけだった。
「あ゛、ア゛リ゛エ゛ル゛ざま゛……、ずでぎな゛がぐご、ぼん゛どう゛に゛、がっごよ゛がっだでずぅ!!」
うおう、クロエさんめっちゃ泣いてるっ!?
アリエルさんの覚悟がそんなに心に響いたのか!?
「(ねえ、あなた……彼なら……)」
「(あぁ、アリエルもあの様子なら可能性はあるだろう……)」
「(まぁまぁ、初々しいわねぇ……)」
あれ、なんだろう?
今対面に座っているレナルドさん達からどうして不穏な気配を感じたんだ?
この、そこはかとなく致命的な何かを犯したような不安は何?
「あ、あのー……」
「あぁ、すまないリンドウ君。よければこの後
「あら、お父様、それはいいですわね!」
「この日の為に昨日食材を買い込んだそうよ! リンドウさんもぜひ食べてみてくださいね」
「へっ!?」
なんだかレナルドさんとレティシアさんには気に入られたようで、食事に誘われてしまった。
アリエルさんもノリノリだが待ってほしい。
何度も言うが俺はちょっと変わった一般家庭で育った庶民であって、ここは上流階級でもトップクラスのアルヴァレス家の本邸……そのシェフが出す料理とか三ツ星料理クラスと思った方がいい。
あ、無理無理。
緊張して味がわからんって。
「い、いや、あの、俺、そんなテーブルマナーとか全然で――」
「いいの、いいの! そんな正式な場では無いのだし、マナーは
「え、あぁ、そ、そうですか?」
「それに君という恩人を招いたのにも関わらず食事も出さないとあっては、我がアルヴァレス家の面目が丸潰れだ」
「あ、あぁー……」
確かにここで断ってしまえば、アルヴァレス家の顔に泥を塗ってしまうだろう。
そう言われると弱いんだよなぁ……。
今頃ゆず達も昼飯を食べてる頃だろうし、どのみち食べるのならご馳走になった方がいいか。
そう決めた俺は、アリエルさん達の誘いを受けることにした。
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