184話 怠け者達の報い
「攻撃術式発動、光剣四連展開、発射!」
ポーラが四本の光剣をラビイヤーに向けて放つ。
そのオーバーキル気味に放たれた光剣は、ラビイヤーを貫いて後方に控えていた三体の内、二体をも巻き込んでいった。
「ポーラ様、流石です!」
「ふふん、ラビイヤーぐらい楽勝よ」
自身を持ち上げる取り巻きの声援に、ポーラは鼻を高くして誇らしげに胸を反らした。
パリの街から北西に離れた場所にある、自然公園にてポータルが出現し、その対処にポーラ達アリエル親衛隊が当たっていた。
既に戦闘が始まって五分が経過しているが、未だに下位クラスの唖喰だけしか姿を確認していないため、自分達の討伐数を増やして一ユーロでも稼ごうとここぞとばかりに精力的に唖喰を蹴散らしていた。
「でもこの戦闘でどうにか減給分を取り戻せますね」
「ええ、アリエル様も大変ですこと。自分で勝手に飛び出した男とそれを守れなかったあの女に本当のことを言ったのに、減給処分なんて体裁を取られるんですもの」
この会話をクロエが聞いていればすぐに首を刎ねられるような発言をするポーラだが、その言葉を諌める者は親衛隊の中にはいなかった。
「後二~三年……その頃にはアリエル様に代わって私が最高序列に名を連ねてみせるわ」
「はい、ポーラ様なら必ず出来ます!」
それどころが、さらにポーラを付け上がらせるように賛同する始末だった。
そんな会話をするポーラ達を狙って、三体のイーターが四本の脚で素早く地を蹴って襲い掛かる。
「ガアァッ!!」
「もう、鬱陶しいわね……攻撃術式発動、光剣六連展開、発射」
振り向き様に四本の光の剣を放ち、大口を開けていた一体のイーターは内部から串刺しにされたことで、塵となって消滅した。
「「攻撃術式発動、光弾三連展開、発射!」」
「「グゲァッ!?」」
残る二体は左右に分かれて挟撃を目論むが、取り巻き二人の光球により、目的を果たすことなく塵に変わった。
「シュルル!」
今度は八体のローパーがポーラに向けて触手を伸ばす。
「全員散開!」
「「「はいっ!!」」
ポーラの指示に従って親衛隊達は多方面に散らばる。
それによってローパーの触手が誰を狙おうか迷い出し、動きが一瞬だけ止まる。
「攻撃術式発動、光剣三連展開、発射!」
そこへすかさずポーラや狙われていない何名かがローパー達に向けて光の剣を放つ。
ゆずや鈴花に比べて速度はないものの、それでも高速道路を駆ける車と同等の速さはあるため、不意を突かれたローパー達は半数が消滅させられた。
「シュルアァ!!」
攻撃をされたことに怒りを抱いたのか、残ったローパー達は触手をざわめつかせながらその場でグルグルと回転を始めた。
「っ、接近してくるわよ!」
ポーラの言う通り、ローパー達は上から見た台風のように触手を振り回しながら突進を繰り出してきたのだ。
リザーガの突進に比べると遥かに緩やかな速度なのだが、触れたものを溶かす触手を纏いながらの突進であるため、直撃すれば重傷は免れない程の脅威的な攻撃となっている。
そのため、ポーラ達は突進してくるローパーから可能な限り距離を置き、反撃の準備を始めた。
「今よ、放ちなさい!」
「「「はいっ! 攻撃術式発動、重光槍展開、発射!」」」
狙いを定めた複数のの大きな光の槍が放たれ、突進中だったローパー達を次々と貫いていった。
塵になっていくローパー達には目もくれず、ポーラは空を見上げる。
この時点でポーラ達親衛隊は、下位クラスのみとはいえ既に百体近く撃破していた。
にも関わらず唖喰の大群が押し寄せてくるのは、ポータルが開いている場所が原因だった。
「あぁもう! なんで空中に現れたのかしら!?」
ポーラが愚痴を漏らした通り、空に上がった凧のようにポータルが晴天の空にぽっかりと開いていた。
「攻撃術式発動、重光槍展開、発射! ――ってあぁっ!?」
取り巻きの一人が大きな光の槍を放つが、ポータルに届く前に内包された魔力が尽きてその輝きを失う。
それは戦闘開始から何度も繰り返されてきたことであり、親衛隊の誰一人として上空のポータルに攻撃を当てることが出来ないでいた。
別段、ポータルが上空に出現すること自体は過去三百年においてたまにあることなのだが、訓練も勉学を疎かにしているポーラ達には知る由もなかった。
普段から精力的に訓練に励んでいれば……防御術式だけでなく攻撃術式の腕も鍛えていれば、上空にあるポータルを破壊することは出来ていた。
この膠着状態を生み出したのは、他ならない彼女達自身の怠慢である。
だが彼女達はそれに気付かない。
自分達が苦戦しているのは唖喰が多いから。
ポータルに攻撃が届かないのは、ポータルの出現した位置が悪いから。
こんなに時間が掛かっているのは、アリエルが遅いから。
故に、あらゆる物事の責任は他の要因にあると、自ら被るべき責任を放り投げてきたことに気付かない。
溢れる湧き水を手で掬い切って空にしようとするように、何一つ好転しないまま、事態はさらに深刻化する。
「ぽ、ポーラ様、あれ……!?」
「はぁ? 何が――っ!!?」
取り巻きが右手で指した方へ視線を向けると、ポータルから大きな影が飛び出ていた。
それは、大きな白い蜂だった。
だが、その腹部は四枚の大きな翅で宙に飛べるのが不自然な程に、水風船のようにプックリと膨らんでいた。
体積およそ四メートルの大きな体を持ち、ギチギチを歯をかち合わせて音を立てる唖喰――スコルピワスプの上位互換とされる上位クラスの唖喰〝クインアミーワスプ〟が現れた瞬間だった。
「な、何あの唖喰は!?」
「大きい……あれってまさか上位クラスでは!?」
「そんな! まだアリエル様が来てないのに!?」
一目見て上位クラスだと判ったまではよかったものの、今この場に上位クラスの唖喰と戦える魔導士はいないため、ポーラ達は大いに慄いた。
何せ、彼女達はいつも上位クラスが出現した際、その対処にアリエルやクロエに頼り切っていたからである。
防御術式だけなら扱い慣れている彼女達では、上位クラス相手にはどう足掻いても攻撃力が足りていないため、耐えることこそ出来るが倒すことは出来ない。
このままではクインアミーワスプに全滅させられてしまう。
そんな恐怖と絶望を親衛隊の面々に与えようと、唖喰は行動を開始する。
「ギシャシャシャァ……」
クインアミーワスプが体全体を大きく左右揺らすと、大きな腹部が振り子のようにゆらゆらと揺さぶられていく。
そしてその腹部から小さな影がヒラヒラと木の葉のように舞い出した。
「一体何を――っっ!!?」
ポーラが呟きを零したと同時にヒラヒラとした薄い影が親衛隊達を通り過ぎて行った。
その余波で発生した突風に目を瞑るが、少し経っても何も異常はなかった。
「な、なんなのよ……全員、警戒を強めなさい」
ポーラの指示で親衛隊はその行動を訝しんで警戒心を強めるが、すぐにそれは既に手遅れだったと思い知らされることとなる。
「イヤアアアアァァァァァァッッ!!?」
「っ!?」
背後から上がった悲鳴に驚きつつ、ポーラは後ろへバッと振り返る。
するとそこには……。
「あ、ああっ!? いや、いやあああああっ!! た、食べないでええええええ!!!」
飴に群がる蟻のように、人の顔の大きさはある赤と白で彩られた蛾の翅のような不気味な柄を持つ虫に、親衛隊の一人が集られていた。
そして、彼女の悲鳴と虫の羽音が木霊する中、ムシャムシャと肉を噛み千切る音が混じって聞こえていた。
その悲鳴の内容が真実だと証明するかのように、彼女の足に瞬く間に血溜まりが出来上がっていった。
そう、今まさに人一人を覆い尽くす数の虫が目の前で人を食べている光景だった。
「な、なんなのよこいつぅぅぅぅぅっ!!?」
目前で繰り広げられた惨い咀嚼に、ポーラは現実を否定する意思が込められた悲鳴を上げるが、それを嘲笑うかのように虫達は貪っていた女性から離れて行った。
自分の悲鳴に驚いて彼女を解放したのかと一瞬安堵したポーラは、
「――ヒィッ!!?」
それは凄惨な姿をしていた。
全身を無理矢理食い千切られたことによって、体の至る所が血に濡れ、一部は骨が露出しているどころか骨ごと食われている箇所もあった。
当然、そんな姿になった彼女は生きていない。
失血死か内臓を食われたことか、はたまた生きたまま食われる恐怖によってショック死したのかは不明だが、仮に最後であるとしたならば一番苦しみが少なかったと思える程、人としての姿を保ってはいなかった。
ポーラが驚いたのはその死体もだが、今の一瞬で自分がこうなってもおかしくなかった……自らの死に直面したことに、何より恐怖を感じたからである。
「いやああああああっっ!!?」
腰を抜かして絶句するしかなかったポーラの気持ちを代弁するかのように、親衛隊の一人が悲鳴を上げた。
それが合図かのように、クインアミーワスプの鳴き声が戦場に木霊し始め……。
「ぎゃあああああああああっっ!!?」
「っ!?」
今度は別の人物へ白と赤の蛾を襲わせた。
瞬く間に全身を覆い尽くしてバリバリと捕食を始める蛾に対し、襲われた取り巻きは手足を必死に振るうも一匹も剥がれることなく噛み付いたままであった。
「このっ……攻撃術式発動、光弾四連展開、発射!」
噛み付かれている彼女を救わんと一人の魔導士が、光弾の術式を展開して光弾を浴びせた。
群がる蛾も唖喰の一種であるためか、光弾の直撃を受けて彼女の体から吹き飛んでいった。
「やっ――」
これで彼女の命は助かった、と安堵して声を上げたのも束の間、光弾を放った魔導士は目撃することとなる。
自身の視界を塞ぐように突然現れた蛾がどうやって人を食い殺したのかを。
それは蛾の胴体部分が縦にパッカリと割れており、そこから夥しい数の歯が見えた――否、口の中からまた別の口が見え、それぞれの口腔内に生えている歯が連なって見えたのだった。
ラビイヤーやイーター同様、体積など関係ないとばかりに大きく開いた口腔内を見て、外側の口で獲物に噛み付き、内側の口を使って肉を、骨を、瞬く間に咀嚼して食い殺していくのだと理解した。
そして、理解した時には既に自分は助からないとも悟った。
「――か、ぁ……」
顔面への一噛みによって、真正面から眼球や脳の一部を食われた彼女は思考する間も無く、体が地に倒れる僅かな瞬間に次々と体を毟り食われていき、その命を散らしたのだった。
その横では、亡くなった彼女が光弾を浴びて助けようとした取り巻きの一人が地に伏して、その体を蛾達はハイエナのようにムシャムシャと捕食していた。
彼女が助けようとした仲間も食われている光景に、彼女が起こした行動は無意味だったどころか自分の命も無残に散らす形となったと見せつけられた。
だが唖喰の悪辣さは留まることを知らない。
再びクインアミーワスプが鳴き声を上げると、蛾達は自分達が食い殺した三人に噛み付いてその体を持ち上げ、さながら女王に供物を献上する家臣のようにクインアミーワスプの前に差し出し……。
「ギュシャッ」
クインアミーワスプは蜂には存在しないはずの大きな口腔を開いて、
バリボリと咀嚼する音が静かに木霊する。
ポーラ達親衛隊はその姿を黙してみるしかなかった。
本能的に理解したのだ。
今声を出せば、次に狙われるのは自分になるのだと。
クインアミーワスプ自体は下位クラスのスコルピワスプにあった散弾針を飛ばすサソリの尻尾のような器官が退化しているため、純粋な戦闘能力という面では上位クラスの唖喰の中でも最弱である上に、トレヴァーファルコよりも劣っている。
しかし、親衛隊の面々を一分と経たずに食い殺した赤と白の大きな蛾――〝グラットニーモス〟が加わるとこの唖喰は上位クラスとしての猛威を振るう。
グラットニーモスの個体による戦闘能力は唖喰全体で最弱とされているラビイヤーより低いとされているが、この三百年においてグラットニーモスのはぐれの目撃例は存在していない……常に群れを形成するという特徴がある。
塵も積もれば山となるを地で行くような唖喰だが、それだけでここまで脅威になることはない。
単体では脅威ではないという共通点のある二種が共に行動しなければ。
クインアミーワスプは腹の中に無数のグラットニーモスを蓄えており、それらを使役するという能力を持っているのである。
グラットニーモスはクインアミーワスプの指示に従えば獲物を捕食出来る。
クインアミーワスプはグラットニーモスに指示を出して獲物を殺させ、自身の供物とする。
まさに悪の女王と身命を賭す僕とも言うべき恐ろしい関係性なのである。
新種の悪夢クラスの唖喰であるベルブブゼラルの〝ポータル強制開放〟と比べて、個体能力に劣るグラットニーモスしか使役出来ないものの、ベルブブゼラルはあくまでポータルを開くだけであってそこから出て来た唖喰を操れるわけではない。
戦闘能力はあるが命令できない兵士と、戦闘能力が無くとも命令に忠実な兵士。
指揮するのが狡猾な策を厭わない悪辣極まる唖喰では、どちらが恐ろしいかは言うまでもないだろう。
それこそ有象無象の烏合の衆である盗賊か、陣形の整った軍隊を相手にするかの大きな差があるのだ。
「あ……あぁ……」
そんな相手によって齎された味方の惨い死に様に、親衛隊の戦意は実にあっさりと折られていた。
死の恐怖で体が竦んで動けない者、絶望して項垂れる者、現実逃避して顔を覆う者、最早逃げ出すことも叶わないと全員が悟った。
誰も動けず、誰も茫然自失とするのも仕方なかった。
何故なら、彼女達は今まで最高序列第四位であるアリエル・アルヴァレスという絶対的な実力を誇る魔導士のいる、所謂〝勝てる戦い〟しかしてこなかったからである。
自分が全力を出さずとも強くならなくとも勝てる戦いばかりして来た彼女達に、死の覚悟も死の恐怖に抗う意志も持つことはなかった。
唖喰という怪物によって、今までの怠慢のツケを払うようなものだった。
ポーラに至っては魔導装束を纏っている体に湿るような温かさを感じ、今になって自分が恐怖で失禁していることを理解した。
――どうしてこうなった?
――何故アリエルは来ない?
――ここで死ぬのか?
――どうして今上位クラスが出て来る?
――何故どいつもこいつも弱い?
だからといって何か出来るわけでもなく、ただひたすら現実を否定するために自身の怠慢を認めず、周囲に責任を押し付けるばかりだった。
「キシャアアア!!」
「――ヒッ!?」
茫然とするポーラに対し、クインアミーワスプが号令を出して彼女にグラットニーモス達をけしかける。
恐怖で顔を引き攣らせたポーラは防御術式を発動させることも忘れて、腕で顔を覆うことしか出来なかった。
そして……。
「固有術式発動、ディミル=スウェール!!」
今まさにポーラに襲い掛かろうとしていたグラットニーモスの大群が、一瞬で消し飛ばされた。
「――は?」
ポーラは何が起きたのか理解出来ずに目の前を見つける。
ふと自身の前に一人の女性が降り立った。
それはピンクを基調とした魔導装束を身に纏い、右手に鞭型の魔導武装を持つ女性だった。
「……」
「な、あなたは……っ!?」
その人物が誰かを認識した時、ポーラは驚きから目を見開いた。
何せ、その人物は今まで何度も自分が弱い弱いと罵って来た女性……柏木菜々美だった。
ポーラの驚愕が冷め止まぬうちに、彼女の前に次々と人影が降りて来た。
「菜々美さん、露払いありがとうございます」
「ううん、
「ベルブブゼラルが呼び出した唖喰相手にも物凄い無双っぷりだったもんねー」
「なるほど、あれがナナミ殿の実力の一端か……中々侮れないな」
菜々美だけでなく、ゆず、鈴花、クロエの三人もようやく戦場に辿り着いたのだ。
軍勢を使役する上位クラスの唖喰と、日本支部の魔導少女達が遂に対敵した瞬間だった。
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