183話 連鎖と託された想い
「何!? アリエルとルシェア・セニエが誘拐された!?」
アポ無しで支部長室に訪れたことで、後回しにされないかと不安だったが、ダヴィド支部長は快く話を聞いてくれた。
そうしてアリエルさん達が誘拐されたかもしれないと伝えると、ダヴィド支部長は大いに驚いていた。
当然だ。
自分の姪が犯罪の被害者になってるかもしれないんだ。
焦ってしまったとしても誰も文句は言えない。
「クロエさんから、二人と連絡が取れないと聞いて、ゆず達三人が外の方を探していまして、クロエさんはアリエルさんが通ったとされる巡回ルートの関係各所にアリエルさん達の動向を探っています」
「行動が早いな……だが礼を言うべきだろう」
トラブルなんて慣れっこなゆずの迅速な判断と指示は、ダヴィド支部長も称賛を惜しまない様子だった。
「二人を誘拐したのは父の手のものか……? しかし、生憎だか私はもうすぐ重要な仕事があって、アリエルの捜索を手伝うことが出来ない……君はこの後はどうするのだ?」
ダヴィド支部長は申し訳なさそうに眉を八の字に歪めた。
本当は仕事よりも家族の安否を優先したいはずなのに、こういう時に立場上のしがらみというか自由のなさが顕著になる。
そして続けざまに俺の動向も尋ねられた。
ゆずからはダヴィド支部長に誘拐の件を報告する以外の指示は受けていない。
やることは終わったのだから、後は大人しく待っている……なんて出来る訳がない。
こうしている今でもゆず達が必死になってアリエルさんとルシェちゃんを捜しているのに、のうのうと待っていられるか。
「俺も捜しに行きます。二人にはとても助けられましたから、今度は俺が助ける番ですから」
「……分かった。動けない私の代わりに姪を……アリエルを頼む」
これの答えを受け取ったダヴィド支部長は、椅子から立ち上がって俺に向かって頭を下げた。
止めてください……とは言えない。
厳格な元当主の意向に逆らって、排斥されるところだったアリエルさんを救った人だから、頭を下げてでも姪を助けられる方法に縋りたいとしても不思議はない。
こうして頭を下げられている俺に言えることがあるとするのならば……。
「はい。必ずアリエルさんとルシェアを助けます」
そう約束するぐらいだ。
口にしたなら即行動。
ダヴィド支部長が頭を下げる程なんだ。
必ず見つけ出して助け出してみせる。
そう覚悟を決めた俺は、支部長室を後にした。
~~~~~
「リンドウ・ツカサ。そちらも済んだのだな?」
食堂の端で関係各所に電話をしていたクロエさんと再び顔を合わせた際に、そう確認を取られた。
「はい。アリエルさんを頼まれました……クロエさん、そちらもってことは、アリエルさん達が最後に回った場所が分かったんですか?」
「あぁ。早々に当たりを引けた」
「当たりって……」
ゆずがクロエさんに出した指示は、関係各所への電話……最初と最後の交互に電話を掛けていくことで、次の目的地と最後に立ち寄った場所の中間が誘拐されたポイントだと割り出す。
その周辺を捜すのが最も効率的だとされている。
俺がダヴィド支部長のいる支部長室に行って言葉を交わしたのが約七分程……。
その間にクロエさんが関係各所へ電話を終えるにしては早すぎる。
ということは……。
「二回目に最後に訪れる財団に連絡をしたところ、『しっかりと面会をしており、記録もある』と答えが返って来た。本来であればアリエル様達は予定していた関係各所全てを回った後にフランス支部に立ち寄り、そこでルシェアと別れてアルヴァレス家の別邸に戻られる予定だった。だが実際には、フランス支部にはアリエル様が戻られたという報告は無く、ルシェアも行方を眩ませている……このことから、アリエル様とルシェアはフランス支部に戻る途中に攫われたと推測できる」
「なるほど……じゃあ今のクロエさんの推測をゆず達にも伝えます」
「頼む」
そうと解ればやることは単純だ。
今パリの街中を駆け回っているゆず達にさっきクロエさんが立てた推測を伝えて、捜索範囲を絞るようにする。
二人が仕事で最後に訪れた財団が構える事務所は、フランス支部のある建物から五キロ程の離れた位置だとクロエさんから教わり、その場所を伝えるためにスマホでゆずのスマホに着信を入れる。
すると、ワンコールで繋がった。
『はい、どうしましたか?』
「ゆず、クロエさんが誘拐されたおおよその位置を割り出したから伝えるぞ。アリエルさん達は〝ブロン財団〟に訪れた後、フランス支部によってルシェちゃんと別れるはずだったらしい。だから、捜すとしたらその中間――約五キロ圏内に二人が居る可能性が高い……行けるか?」
『愚問です』
たった一言でこの頼もしさは流石だ。
そう感心していると右肩をポンポンと叩かれ、その方へ顔を向けるとクロエさんが神妙な面持ちが近い距離で待ち構えていた。
「クロエさん?」
「話の途中で済まないリンドウ・ツカサ。通話をスピーカーモードに切り替えてユズ殿にも聞こえるようにしてくれ」
「は、はい……」
言われた通り通話を切り替える。
「ユズ殿聞こえるか?」
『ええ、問題ありません』
「よし、ではワタシの要件を伝える」
ちゃんと繋がっているのか確認をした後、クロエさんは口を開いた。
「アリエル様達が巡回の最後に寄ったブロン財団だが、フランス支部に融資をしている財団だとは知っているな?」
『ええ、それが何か?』
「それだけなら特に気にしなかったのだが、最近になって名前を聞く機会があり、そのことが引っ掛かっているのだ」
「一体何が?」
「……」
俺がそう尋ねると、クロエさんはどこか呆れたような視線を向けてくる。
え、なんで?
「……貴様は当事者だろう」
「当事者って――あぁっ!!?」
クロエさんの一言を反芻してすぐに彼女が言わんとしていることに気付いた俺は、なんでさっさと気付かなかったのかと驚きの声を上げてしまった。
『つ、司君? ブロン財団と何か関係あるんですか?』
ゆずが戸惑い気味に俺が何に気付いたのかを尋ねる。
そういえばゆずは出来事自体は知っていても、誰が関わってるのかとかはあんまり知らないんだったな。
「交流演習前日の船上パーティーの時に、ルシェちゃんと出会ったのはあの子がダンスにかこつけて痴漢されていたところを助けたっていうのは知ってるよな?」
『はい、ルシェアさん本人からそう説明を受けています」
「その痴漢をしたのがブロン財団を率いてる、ブリス・マルベールなんだよ」
『えっ!?』
正直、あまり記憶に居座ってほしくなくて忘れていた。
クロエさんの言う通り、ルシェちゃんをあのおっさんから助けたのは他ならない俺なんだから、呆れられても仕方ない。
「確実な保証があるわけではない。だが、もし自分に恥をかかせたことを根に持っているのなら、可能性はあるだろう」
うおぅ、普通に予想出来そうなのに一切頭に過らなかったのが情けなくなって来た……。
当事者なのに何やってんだ俺……。
そんな自己嫌悪を感じていると、ふとある会話を思いだした。
「そう言えば、そのおっさんからルシェちゃんを助けるために痴漢の瞬間を写真に収めたんだけど、ルシェちゃんからそれをどうしたのかって三日前に聞かれたんだ」
「写真? それで貴様はどう答えたんだ?」
「……」
『司君?』
どうしよう……。
あの時ルシェちゃんにも言った通り消しちゃってるんだよなぁ……。
季奈に頼めばデータ復旧くらいしてくれるかもしれないけど、今フランスだしどうしようもなくない?
「おい、写真はどうしてるんだ?」
「……いつまでもスマホの中に残ってるのも気味が悪いと思って……消してしまいました」
「このっ――はぁ……まぁ、そんな写真は一刻も早く手放したいと思っても仕方ないだろう」
「すみません……」
「過ぎたことを責めたところでアリエル様達が戻ってくるわけではあるまい」
『そうですね。とにかく早めに向かった方がいいですね』
本当に自分の考え無しっぷりに呆れるしかない。
だがクロエさんの言う通り、後悔したところでやることは変わらない。
そう思い直して俺もブロン財団の事務所周辺を探すと口を開きかけた瞬間……。
――ビィーッ! ビィーッ!
「――っな!?」
「唖喰!? こんな時に……!?」
唖喰の出現を報せる警報がフランス支部内に響き渡った。
マッッジで空気読まねえなあの化け物ども!?
攻撃は凶悪だわ、戦闘中は常に隙を突いて来るわ、絶滅出来ないわ、挙句空気を読まないとか、最悪って言葉が生温く感じる。
何故ならここがフランス支部……多分唖喰のことだからポーラ達が対処出来ない上位クラスの唖喰が現れる可能性は高いと踏んだ方がいい。
フランス支部では上位クラスの唖喰の対処にはアリエルさんに頼り切っているのが現状で、今はそのアリエルさんが行方不明のため、戦闘に向かうことが出来ない。
ここでクロエさんやゆず達が戦闘に加われば上位クラスくらい簡単に倒せる……けれどもそれは、戦闘に割いた時間の分だけ誘拐された二人を捜す人手が減ることになってしまう。
無用な混乱を避けるためにアリエルさんとルシェちゃんが誘拐されたことは、フランス支部の事情を知る俺達五人だけだ。
アリエルさんの失踪が広まれば、たちどころにパニックが起こって戦闘どころではなくなってしまう。
それこそ、クロエさんやゆず達でも止められるかどうかの……。
「ど、どうすればいい……アリエル様を捜さなければ……だが上位クラスが出て来る可能性を考えると、戦闘にも向かわなければ……」
「く、クロエさん……?」
同じ想像をしたのか、クロエさんの表情は出会ってから一度も見たことが無いような、蒼白した顔色を浮かべていた。
「アリエル様はいざという時はワタシに任せると仰って下さった……だが、アリエル様が居ない状況でポーラ達がワタシの指示を受けてまともに従うのか? ならば、一刻も早くアリエル様を見つけて共に駆け付けた方が確実なのでは……?」
「……」
クロエさんが何を思って弱気になっているのかは察した。
この人は、失敗を恐れているんだ。
アリエルさんへの行き過ぎた敬愛によって、あの人の命令を遂行出来ないと失望されると恐がっている。
失望されたくない、必要とされていたい、そんな依存染みた感情を抱いてしまっている。
クロエさんとアリエルさんは幼馴染としてよりも主従としての時間が長かった。
それが悪いとは思わないし、二人が望んだ関係なら言うことも無い。
けれどもこうしてクロエさんがかつてない程に狼狽えている姿を目にすると、逆に足枷になってしまっていると思わざるを得ない。
「どうする……どうすればいい……? アリエル様……ワタシはどうすれば……」
本当に普段のクロエさんからは想像も出来ない程に動揺している。
だからだろうか。
俺は胸の中に湧き出した感情のままに彼女に詰め寄り……。
「クロエさん」
「な、なんだ? ワタシは今――」
声を掛けた俺に構っていられないとばかりにクロエさんは話を切り上げようとするが、俺はそれを遮るように彼女の胸倉を掴み上げた。
「なっさけねぇ……」
「――な、はぁっ!?」
たった一言で彼女は目を見開いて俺を睨み付けた。
これでいい。
ちゃんとこっちの話に耳を傾けてくれて何よりだ。
「情けないって言ったんだよ。アリエルさんが行方不明ってだけでオロオロと……普段の刺のある眼光も態度もすっかりしおらしくなって……二重人格かよ」
「な、何が言いたい!?」
目に涙を浮かべながらクロエさんは反論するが、まるで威圧感がなかった。
その様子を見て、俺はますます感情を滾らせていった。
「〝らしくない〟ってことだ。アリエルさんは何のためにアンタに『任せる』って言ったんだ? こうして失敗を恐れてびくびくすることか? アンタは何でフランス支部のナンバーツーなんて呼ばれてるんだ? アリエルさんの幼馴染で従者だからか?」
「――ぁ」
「違うだろ、
自分を支えるために最高序列に近い実力を付けて来たクロエさんを〝信じてる〟からだろうが!!」
「――っ!?」
俺の言葉を受けたクロエさんは、横っ面を殴られたように驚愕していた。
「アンタがそうやってオドオドしてちゃその期待を……信頼を裏切ることになる。アンタはフランス支部じゃアリエルさんに次ぐ強さを持ってるんだろ!? アリエルさんが居ない今、フランス支部で頼れる魔導士はアンタだけなんだよ!!」
「ワタシ、だけ……」
そこまで言うと、彼女の瞳に浮かんでいた迷いや恐怖が消え失せたように見えた。
でもまだ完全には立ち上がっていないようだ。
もっと説得したい気持ちはあるが、時間が惜しい。
「ゆず、クロエさん。俺は——」
『アリエルさん達を捜しに行くんですよね?』
「――っ!?」
ゆずは俺が何を言おうとしたのかを分かっていたようだった。
「あ、あぁ……」
『……はぁ』
下手に誤魔化すことなくどもりながら開き直ると、ゆずは電話越しでも聞こえる程の大きなため息を吐いて来た。
「ゆ、ゆず?」
『唖喰の警報が鳴る前に次の連絡があるまで待機をしていて下さい……と言おうとしたのですが、不思議と私にはどうしても司君が大人しく待っている姿を浮かべることが出来ませんでした』
「――っ!?」
何とも的確に図星を突いて来るゆずにぐうの音も出なかった。
いや、確かに待っていろと言われても二人を探そうとしたのだが、こうも百パーセントの的中をされると何も言えない。
ゆず自身は〝不思議〟と言っていたが、それは今までの時間の中で俺という人間の性格を深く知っていったからとしか思えない。
自惚れるようで若干恥ずかしいが、事前に釘を刺される程俺が大人しくしていた試しがなかったってことだし、俺への信頼が成し得る理解という面が強い。
俺が何をしようとしているのかを容易に予想して的中させるほど、ゆずに好かれている証拠だと実感する。
好きだからこそ、ゆずは俺に危ない橋を渡ってほしくないと思っている。
現に俺はゆずの戦いを知るために危険だと解っている戦場に向かったことがある。
河川敷では、はぐれとして動いていた三体の上位クラスの唖喰に襲われた……これはまぁ、どうしようもない事故だったわけだけど、魔導銃を手に戦ったことは確かだ。
修学旅行の時に数体の唖喰に遭遇して、菜々美に助けられたと明かした時は自分が一緒に行けばよかったと後悔させてしまった。
夏休みなんて、自分から関わったわけでないにせよ三週間も意識を失って眠りこけてしまった。
そのことで関わりのあった人達全員を不安にさせていたことは記憶に新しい。
そしてまだ一週間も経っていないのに大分前のことのように感じる……あの時、俺は菜々美を庇ってはぐれのイーターに下半身を嚙み潰された。
半年にも満たない間にこれだけの事態に遭遇してきたのだから、ゆずが俺の心配をするのは当然だ。
俺だって今までの全部が自分の力で乗り切れたと思ったことは一度もないし、到底思ってもいない。
ゆずに助けられて、鈴花に手を引かれて、季奈に武器を作ってもらって、翡翠に信じられて、菜々美に想われて……全部、運が良かっただけだ。
だからこそ、次がどうなるのか分からない。
今度こそ俺は死んでしまうかもしれない。
ゆずがそんな不安を抱えてしまうのは、解り切ったことだ。
でも……。
それでも俺は……。
『――いいですよ』
「――え?」
ゆずからまさかの許可が出たことで、思わず戸惑いの声が漏れた。
『いいと、言ったんです。今更私が言って止めようとしたところで、司君が大人しくしているわけありませんもんね』
「う……」
『そもそも、言って大人しくするような人でしたら早々に好きになっていませんからね』
「ははは……」
遠回しに絶対好きになると告げているゆずからの信頼に、俺は苦笑するしかなかった。
やっぱ何もかもお見通しってことか。
俺はどうやったところでゆずには敵わないらしい。
「――ありがとな」
『いえ、それが司君のためですから』
決して恩を押し付けない彼女の優しさに、胸が熱を帯びるのが解った。
恥ずかしさでも緊張でもない。
向けられる信頼に応えられるように、というやる気の炎が灯った証拠だ。
「じゃあ、鈴花と菜々美にもよろしく」
『はい、気を付けて下さい』
そうして通話を終えた俺は、スマホをポケットにしまう。
次にクロエさんに顔を向けて告げる。
「クロエさんも気を付けて下さい。俺は今すぐアリエルさん達を捜しに行きます」
「あ、あぁ……おい、待て」
「はい?」
すれ違い様に声を掛けられて首だけ後ろに振り向くと、クロエさんは俺の背中に手を当てて小さく口を開いた。
「身体強化術式発動」
「お、おぉっ!?」
体がボウッと火照るように感じたと同時に、身体強化術式を受けた時の万能感に驚きの声を上げた。
なんでクロエさんが?
と思って彼女に振り返ると、泣きそうに目を赤くしながら口を開いた。
「それは餞別だ。……いいか、アリエル様とルシェアに掠り傷一つでも負わせていたら、貴様を粉微塵に切り裂くからな? 必ず……二人を見つけてくれ……頼む……!!」
「っ!」
その瞬間、俺は大きく驚いた。
何故なら、声を震わせながら彼女は俺に向かって頭を下げたからだ。
プライドが高く、筋金入りの男嫌いであるはずのクロエさんが、自分から進んで男相手に頭を下げたばかりか、自分の命より大切なアリエルさんのことを俺に託した。
それほどまでにクロエさんは必死なんだと理解した。
なら、俺はこう答えるしかないだろう。
「――はい、約束します」
絶対に二人を見つける。
俺はそんな思いを胸に駆け出した。
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