175話 魔導少女達の意志 アリエル・クロエ編


 ゆず達が訓練をしている間、俺は医務室で体に異常がないか検査を受けていた。


 一日経過して悪化したということはなく、快方に向かっていた。


 昨日診断された通り、無理な運動は引き続き控えて大人しくしていれば、すぐに快復出来ると言われた。


 そんな検査結果を伝えるため、ゆず達がいる訓練場に向かおうと医務室を出ると……。


「あら、リンドウ様」

「む……」

「アリエルさん、クロエさん……」


 仕事の休憩中だろうか、紺の修道服を身に纏ったアリエルさんとばったり出会った。

 後ろには女性なのに執事のようなスーツを着ているクロエさんも控えていた。


 相変わらずクロエさんの視線は厳しいが、反対にアリエルさんから向けられる視線は好意的な感情が窺えた。

 

「ご無事で何よりですわ」

「心配掛けてしまってすみませんでした」

「全くだ、貴様が怪我をしたことでアリエル様は大変心を痛まれていたのだ。本当ならば切り捨てていた所だが、アリエル様のお慈悲に感謝するがいい」

「ええっ!?」

「言い過ぎですよクロエ。それに少なからず親交のあるリンドウ様を気に掛けるのは当然です」

「う……出過ぎた真似でした……」


 危うくクロエさんに殺されると言われて身構えるが、すぐにアリエルさんが諌めた。

 タイミング的には、アリエルさんと映画を観た次の日だから、必要なことだったとはいえ申し訳ない気持ちになる。


「どちらかと申せば、リンドウ様達が襲われた遠因が我が支部の魔導士達にあるのです。貴重な時間をお借りして日本から離れたフランスに赴いて頂いておりますのに、このような事態を招いてしまいました……謝罪するべきなのはワタクシの方ですわ」

「あ、アリエル様!? 何もアリエル様がその様なことをされずとも、ワタシが至らなかっただけです!」

「いや、悪いのはポーラ達の方でクロエさんに責任はないですし、アリエルさんもが謝ることは何も……」


 頭を下げて恭しく謝罪の言葉を述べるアリエルさんに責任が無いと返す。


「いいえ、それでもワタクシの責任です」


 しかし、彼女は俺の言葉を否と断じ、顔を上げて俺と目を合わせてから再び口を開く。


「自称といえど親衛隊の面々はワタクシの部下です、上司として彼女達の怠慢の責任を取るため、相応の処罰を与えた後、被害者であるリンドウ様とカシワギ様に謝罪をするのは当然の責任ですわ」

「処罰って……」

「人手不足故に謹慎処分は下せませんので減給が精一杯です。むしろ、このような形でしかリンドウ様達へ誠意を表すことが出来ず、申し訳ない気持ちですわ」

「アリエルさん……」


 俺が思っていた以上に彼女は今回のことで責任を感じていると分かった。

 ポーラ達は悪びれもせずに菜々美さんに責任があると開き直ったが、ここはフランス……アリエルさんが言ったように招待した側の国が責務を怠ったことで、俺達に被害が起きてしまった。


 見逃したポーラ達が悪いとかアリエルさんの指導不足が悪いとかではなく、大事なのはどう責任を取るのかということを、アリエルさんは実践していた。


 なら、その謝罪を受けた側の俺が言うべきことは感謝でも謝罪でもない。


「分かりました」


 アリエルさんの謝罪を受け取ることだ。

 受け取った上で、同じことを繰り返さない様に一緒に考えて行くことが一番だろう。


 それが責任の取り方だと自らの行動で示したアリエルさんから教わったことを胸に刻む。


「ワタクシもそうですが、リンドウ様にも反省すべき点はあることを存じ上げていますか?」

「まぁ……体を張るんじゃなくて、魔導銃を使えば良かったと反省していますが……」

「いいえ違いますわ」

「え?」


 真っ先に浮かんだ反省点を違うと切り捨てられて、思わず呆けた声が漏れた。

 一切茶化す雰囲気はなく、真剣な表情で告げられた否定の先に耳を傾ける。


「リンドウ様が反省すべき点は、ご自身を大切にしなかった点です」

「自分の身……」

「ええ、リンドウ様の命は貴方様自身が思う以上に大事に思う人達が大勢います。日は浅いですが、ワタクシやクロエにルシェアもその範疇に含まれています。貴方が過度の無理を重ねて、その方達に不要な心配を掛けることが無いよう、もう少々ご自愛くださいませ……それがリンドウ様が一番反省すべき点ですわ」

「アリエル様!? お言葉ですがワタシはこの男のことなど何も――」

「あらあら、ワタクシとしてはクロエが親族以外でまともに接している男性が思い当たらないのですし、こうしてワタクシがリンドウ様と会話していても実力行使に出ていない時点で、クロエも多少といえどもリンドウ様を信用している証ではなくて?」

「そ、そんなことはありません!」

「うふふ、とりあえずそういうことにしておきましょうか」


 クロエさんは否定していたが、アリエルさんが語ったことに関しては、何とも耳が痛いところ突かれた内容だった。

 話を聞いただけで、アリエルさんは当事者でも気付いていない物事の反省点を的確に悟っていたようだ。

 俺が菜々美さんを庇ったことは間違っていないが、自分の命を顧みなくていい理由にはなっていないと暗に糾弾された。


 なら、せめて魔導士と同じように術式が扱えれば良かったが、男である以上は無い物ねだりをしても意味が無いし、結局自分の命を賭けることに変わりは無い。


「……もっと強くならないとな」


 交流演習が終わったら、季奈に色々相談しよう。

 魔力を操れなくても、自分の命を犠牲にするようなやり方でなくとも、ゆず達のためになることがあるはずだ。


 そう決めた後で、今なら丁度いいと思い、アリエルさんとクロエさんに唖喰のことを尋ねてみることにした。


「そういえば、アリエルさんは唖喰の数のことで、魔導士を辞めようと思わなかったんですか?」

「唖喰の数……ということは、リンドウ様もあのことを知られたのですね?」

「おい、貴様はまだ組織に所属して半年程しか経っていないはずだろう。なぜ知っている?」


 今引き篭もっている菜々美さんに教えてもらいました……とは言えない。

 菜々美さんの心情や俺の失言もあって、初咲さんからは情状酌量の余地ありとして見逃してもらったけど、菜々美さんが唖喰の絶滅不可を漏らした事は本来ならかなり重い処罰が与えられるらしい。


 日本支部の支部長が許してるからといって、他所の支部でそう簡単に吹聴していいことじゃないのは確実だ。

 

 なので適当に誤魔化すしかない。


「ええっと、色々ありまして……」

「その色々とはどういうことかと聞いているんだ」

「いや、あの……」

 

 一気に気まずくなった。

 そもそも、融通の利かない女騎士そのものみたいな性格のクロエさんの前で、規律違反を匂わせていたら簡単に見逃してもらえるわけがなかった。


 どう言い訳をしようか頭を働かせていると……。


「クロエ、遅かれ早かれいずれ知ることですし、絶対の秘密という訳ではないのですから角を立ててはいけませんよ」

「ぐ……」


 これまたあっさりアリエルさんに言いくるめられて、クロエさんは口を閉じた。

 クロエさんは申し訳なさそうだが、アリエルさんはいつも通りの様子なので、俺と鈴花のように二人が何度も交した会話なのだろう。


「さて、質問の返事ですが以前にお話した通り、ワタクシが魔導士になったのは家族と普通に過ごすため……その目的のためであれば唖喰の数の事など些事に等しいのですわ」

「さ、些事……?」

「ええ、些事です。唖喰を絶滅させなければ家族の元に戻れないと言うのならまだしも、そうでなければワタクシが唖喰に拘る理由はありませんもの」


 アリエルさんは平然と言い切ったが、とても最高序列に名を連ねる最高峰の魔導士とは思えない発言だった。


 もちろん、立場上どうかという意味で、アリエルさんがどんな思いで唖喰と戦って来たのを知っている俺としては、むしろ納得出来る答えだった。


「今度はアリエル様の身の上まで……一体どういうことなんだ……」

「ワタクシが必要だと判断してお話したまでですわ。心配せずともリンドウ様はワタクシが愛人の娘と知っても変わらず接して下さいましたし、何も問題はありませんわ」


 アリエルさんはなんてことないと答えるが、クロエさんは納得がいかない様子だ。


「アリエル様……愛人の娘などご自身の格を下げるような物言いは控えて下さいと、何度も申しているではありませんか……」

「でも間違いではないでしょう?」

「亡くなられた奥様が報われません。せめて第二夫人の娘と称して下さい」


 クロエさんの言う通り、アリエルさんのお母さんは重婚とはいえアリエルさんのお父さんと結婚してるんだし、確かにそう呼ばれるべきだろう。


 だが、アリエルさんは何処か乗り気ではないようだった。


「ですが、お爺様が許されるはずありませんわ」

「ご隠居様の言葉は気にしなくていいと旦那様も仰っているではありませんか。いざとなれば当主の権限で家からの追放も辞さないとも――」

「それでもお爺様本人に認めて頂けなければ、いらぬ諍いの元になりますわ。そうしてこう糾弾されるでしょう『お前が原因だ』と……」


 なんだそれ?

 別にアリエルさんがアルヴァレス家を継ぎたいを言った訳でもないのに、どうしてそう攻撃的になるんだ?


「責任転嫁も甚だしいかと。アリエル様を跡継ぎとしないならまだしも、何故反感を買ってでも排斥しようとするのか……ご隠居様の価値観は理解出来ません」


 クロエさんの言った事に俺も同意する。

 自分の価値観に拘るあまり、自分の選んだ結婚相手じゃないからってアリエルさんが家族と普通に過ごすことも許さないなんて狭量過ぎないか?

 

 この分だと、アリエルさんを妊娠した彼女の母親に子供を産むなと言った可能性もあるぞ。


「それほどワタクシの事を嫌っているということでしょう」

「やはり理解出来ません。血の繋がった孫だというのに……ワタシは未だ鮮明に覚えていますよ。ご隠居様が自分をお爺様と慕う幼い頃のアリエル様を冷たくあしらう様を……今でも腹が立ちます」

「はぁ!?」 


 今でも相当頭に来ているのに、かなり不穏なエピソードがあったと知った俺は息を呑んだ。

 

「それだけではない、第一夫人の奥様の子息と同じ席での食事をすることも接触も禁じられていたのだ。第二夫人の奥様がご健在であった頃ならまだしも、亡くなられてからはワタシ以外の人物と食事を共にしていなかった程だ」

「……」


 当時のアリエルさんが置かれた状況を憎々し気に語るクロエさんから知らされた、元当主の虐待とも言える所業……その内容は衝撃が強くて文字通り言葉が出なかった。

 

「ワタシもな、アリエル様をお守りすることが出来れば唖喰の数など些事だ。唖喰とご隠居様のどちらかを殺せと言われれば、迷いなくご隠居様に刃を向けるくらい、唖喰には感心を抱いていないからな」

「そんなに……」


 極端だが、唖喰の絶滅不可を知ったクロエさんの心情を察するにはこれ以上ない例えだった。

 むしろ、自分の仕える主人の祖父を斬ると断言したクロエさんの丹力に驚かされた程だ。

 

 裏を返せば、元当主がアリエルさんにしてきたことは、クロエさんにとって唖喰より嫌悪される程酷いものだったということにもなる。


「クロエ、事実でも不敬が過ぎますよ。ワタクシでなかったらクビでも軽い罰が下されていましたわよ?」

「申し訳ありません」


 一ミリも悪びれずに謝罪の言葉を口にするクロエさんに、アリエルさんは肩を竦めるだけで何も言わなかった。


「そういうわけです。最高序列に名を連ね、現代の聖女と扱われておいてはなんですが、ワタクシは世界や見知らぬ人々よりも自分の目的を優先するような卑しい性分なのですわ。そんなワタクシをリンドウ様は軽蔑されましたでしょうか?」


 別段悲しむような素振りも見せずに、ただただアリエルさんは自分はこうだと自虐を交えた主張する。

 

「別に軽蔑なんてしませんよ。ゆずや鈴花だって自分の目的のために魔導少女になったんですから、アリエルさんが自分の為に選んだことを否定するつもりはありませんよ」


 ゆずは亡くなった母親の遺言の通りに生きるために。

 鈴花は何故か遠く感じて、命を賭けて戦う友達のために。


 菜々美さんだって数少ない承認欲求のために魔導士になったくらいだ。


 家族と一緒に過ごしたいと望んだアリエルさんの想いを嗤うつもりも蔑むつもりもない。


 だからそんなことは思っていないと口にする。


「……」

「ねぇ、クロエ。リンドウ様はとても清い心の持ち主だと思いますでしょう?」

「……まぁ、適当な気持ちで言った訳ではないことは認めます」

「うふふ……」


 何故か呆けていたクロエさんに対し、アリエルさんが茶化すように同意を求めるが、クロエさんは明後日の方向へ顔を向けながら答えた。


 俺は適当じゃないと言われたことに安堵したが、アリエルさんはクロエさんの何かを見透かすように微笑むだけだった。


 

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