170話 罪の在処
黒く沈んだような感覚から、白くふわりと浮かび上がるような感覚がした。
自分の状態がハッキリとしない感じがして、妙に落ち着かない。
「っ――ぁ?」
妙な眩しさに目を顰めると、自分の状況を確かめるべく、ゆっくりと瞼を開いた。
瞬間、視界に映ったのは、LED照明の光で照らされている白い天井だった。
「ぅ……?」
ボーっとする頭を働かせて、記憶を探ってみる。
けれども、心辺りに行きつかないばかりか、すぐにジャミングが掛かったように虚無感にすり替わる。
一体、俺はどうしたんだろうか?
喉の渇きを感じつつ、最後に覚えている記憶を思い返す。
確か、菜々美さんと話してて、それで……。
そこまで思い返して、俺は反射的に体をガバッと起こした。
「菜々美さ――っってぇ……」
起こしたものの、体全体が軋むような痛みによって、ようやく自分のいる場所がどこなのかを理解出来た。
「……オリアム・マギの医務室か?」
「ツカサさん! 目が覚めたんですね!」
「え?」
唐突に声が耳に入り、そっちに顔を向けると、桶を両手で持った青髪青眼のショートヘアの少女……ルシェちゃんがびっくりしたような表情で俺を見ていた。
昨日、ダヴィド支部から、このまま好調ならアリエルさんの側近を任せられると、期待を向けられたそうで、非常に嬉しそうだった表情は、やけに暗かった。
「ルシェちゃん?」
「はい、ルシェアです。ツカサさん、丸一日も眠っていたんで、皆さん心配していたんですよ?」
「丸一日……?」
そうルシェちゃんから告げられ、心に重しが乗ったようにずんと衝撃が走った。
先月の三週間も寝ていた事に比べたら、数字上は大したことじゃない。
けれども、心情的には全く重みが違う。
あの時は、自分の身に何が起きたのかをゆず達から聞かされただけで、実感には程遠いものだった。
それに比べ、今回は菜々美さんを庇うためとはいえ、自分から重傷を負う形となった。
先月にも不可抗力といえども、意識を奪われてゆず達に心配を掛けていたのに、一か月もない短期間でまた意識を失ってしまったら、彼女達の心を深く傷付けたに違いない。
傷付けたくないって言った傍からこれか……。
呆れ果てて、右手で自分の顔を覆う。
「ツカサさん、どこか調子が悪いところはありますか?」
「いや、大丈夫……ゆず達は?」
「今は午後五時……日本だと丁度日付が変わる時間帯ですので、一旦日本に戻られています」
そういえば昨日は日曜日だったから、今日は月曜日……つまり平日だ。
「じゃあ、俺だけフランス支部に残った形になるのか……」
「はい、学校とツカサさんのご両親には、ユズさんとスズカさんがそれぞれ説明してくれていますので、問題はないと聞いています」
「そっか……ゆず達が居ない間に色々面倒見てくれてありがとうな」
ゆず達が平日にフランスにいられる時間は限られている。
その間は彼女に様子を看てもらっていたと悟った俺は、そう感謝の言葉を伝えた。
「い、いえ! ボクがツカサさんにしてもらったことを思えば、これくらい当然です!」
何てことないと朗らかに笑みを浮かべるルシェちゃんの言葉に、重くなっていた心が幾分マシになったように感じた。
とりあえず、俺自身の状況は理解出来た。
次に尋ねたいことをルシェちゃんに伝える。
「ルシェちゃん、菜々美さんはどうしてるんだ?」
「っ、ナナミさんは……」
そもそも、俺がこうして丸一日も意識を失っていたのは、突如現れたはぐれのイーターから菜々美さんを庇ったからだ。
意識を失ってしまったことで、彼女が無事かどうかすらわからない。
菜々美さんの状態を知るために、ルシェちゃんに尋ねたのだが、彼女の表情は思わしくなかった。
「もしかして怪我とかしてるのか!?」
「ち、違います! えと、体の方より、心の方が重傷といいますか……」
「心……?」
「はい……意識を失っていたツカサさんを、ナナミさんがフランス支部に運び込んだ後に――」
余程菜々美さんの受けたショックが強いのか、痛まし気な表情を浮かべるルシェちゃんは、ゆっくりと昨日のことを説明し出した。
~~~~~
「ナナミさんがすぐに治癒術式を施してくれていたので、ツカサさんの命に別状はないようです」
「そっか、ならよかった……」
フランス支部の医務室を預かる医師から伝えられたことを、ルシェアはゆず達に報告して、鈴花は安堵の息を吐いた。
腰から下が血塗れになっている司を、菜々美が尋常ではない様子で運び込んだ時は、ベルブブゼラルに意識を奪われていたことを彷彿とさせる程焦った。
だが、その焦りが顔に出る前に、ゆずが菜々美と共に司を医務室に運ぶ出際の良さを見せたことで治まった。
菜々美の話によれば、突然襲って来たはぐれ唖喰から自分を守るために司が身を挺したと聞いて、鈴花は『何故魔導士の菜々美が唖喰の接近に気付かなかったのか』と詰め寄りかけたが、ゆずに制止されたことで口を噤んだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ゆずちゃんも鈴花ちゃんも、怒ってるよね? 私、魔導士なのに、司くんのこと、守れなくて……ごめんなさい、ごめんなさい……」
当の菜々美は、顔を目に涙を浮かべる程青ざめており、ガタガタと全身を震わせながらブツブツと謝罪の言葉を口にしていた。
ゆずが制止した理由……それは菜々美が恐慌状態に陥っていて、精神的に酷く不安定だからだった。
そんな姿を見てしまっては、到底菜々美に怒りをぶつけること等出来なかった。
菜々美に汚点がないと言えば嘘になる。
いくらデート中といえど、探査術式を発動していれば未然に防ぐことは出来た。
それに、司の取った行動は手放しに褒められるものではない。
共に居たのが魔導士である菜々美だったこと、唖喰が司より菜々美を優先して狙っていたこと、どちらか片方が欠けていれば、彼は死んでいたのだ。
それでも、一番悪いのは二人を襲った唖喰だが。
「……菜々美さんのせいではありません。むしろ、あなたが司君と一緒に居てくれたおかげで、彼は無事に生きています」
ゆずも憤りを感じているはずだった。
しかし、彼女はここで菜々美を責めたところで何の解決にならないことを知っている。
ベルブブゼラルの件で、司が意識を奪われる前に彼に会っていた翡翠を責めたことで、より周囲の不和を煽ってしまった。
その経験を基に、精神的に成長した彼女は冷静に状況を鑑みて、菜々美を責めることなく、今度は自分が彼女を支える番だと奮起した。
「ですから、菜々美が気に病むことはありません」
「そんな簡単に、割り切れないよ……私、魔導士失格だよ……」
「菜々美さんが魔導士失格だなんて、そんなこと――」
だが、菜々美の表情は晴れることなく、余計に思い詰めさせてしまう。
司のように上手く出来ない自分に歯痒さを感じていた。
「だって、
「――っ!」
そういうことか、とゆずは目を見開いた。
菜々美がここまでショックを受けているのは、ベルブブゼラルとの戦いで先輩である静の死因となった攻撃を受けたのは、菜々美を庇ったためだった。
そして、今回の状況……突如襲い掛かって来たはぐれ唖喰のイーターから菜々美を庇って、司が下半身を噛み潰されるという重傷を負った。
ただでさえ、静が亡くなったのは自分が弱いせいだと自罰的になっている菜々美にとって、恋愛感情を向ける司が自分を庇って重傷を負ったというのは、彼女の心をズタズタに引き裂いていた。
「菜々美さんを庇って怪我したのは唖喰のせいで、司は菜々美さんが殺されないようにしただけだって!」
「そ、そうです! ツカサさんが大事な人を守ろうと咄嗟にナナミさんを庇うなんて、ボクでも分かりますから……」
鈴花とルシェアも揃って、菜々美に責任がないと励ますが、それでも菜々美の表情が晴れることはなく、依然として沈んだままだった。
そんな菜々美の様子に、ゆずはどんな言葉を掛ければいいのか分からなくなってしまう。
戦闘の際、士気が下がっている味方に鼓舞することは慣れていても、今の菜々美のように精神的に不安定な人を励ますことには不得手だと思い知らされる。
その時、ぞろぞろとまばらな足音が医務室前の廊下に響きだし、ゆず達は音の方へと顔を向ける。
そこには、ライトブロンドの髪を揺らして、宝石が散りばめられた悪趣味な装飾の扇型の魔導器を広げて扇ぎながら談笑する、ポーラ・プーレを筆頭としたアリエルの親衛隊の面々がいた。
司とのデートのために今日は休暇を取っていた菜々美の元に連絡は無かったが、二人がはぐれ唖喰に襲われる十数分前に、パリ市内でポータルが出現していたため、彼女達がその対処に当たっていた。
上位クラスは出現しなかったものの、何人か怪我を負っているようであり、その治療のために医務室まで来たのだった。
「ポーラさん……」
「……チッ」
ルシェアがポツリと零した声が聞こえたのか、ポーラは彼女を見るや否や、忌々しげに舌打ちをした。
クロエがルシェアの教導係となってから、ポーラのいじめは鳴りを潜めている。
元々大した理由もなく、鬱憤晴らしのようにルシェアをいじめていたため、無意味にクロエの敵意を買うことを恐れて、避けているためである。
さらに、ダヴィド支部長から将来の厚遇を約束されたこともあり、たとえクロエがルシェアの教導係を解かれようとも、以前のように彼女をいじめることは不可能となっている。
二ヶ月の新人が破竹の勢いで出世していく様をみれば、ポーラの態度にもある程度の想像は着きやすい。
とはいえ、ポーラ自身の自業自得の面が強いため、同情の余地は皆無でもある。
「邪魔よ。さっきまで戦闘をこなしていたのだから、何人か怪我人がいるのよ」
「掠り傷なら治癒術式でも――むごっ!?」
「待って下さい、鈴花ちゃん」
司の容態を見るためにいるのに、邪魔者扱いされたことを不快に思った鈴花は、軽傷なら治癒術式で治せばいいと反論しようとして、その口をゆずが塞いだ。
「それはお疲れ様です。ですが、中に重傷を負って意識を失った司君がいますので、静かにお願いします」
「あら、あの男が?」
「はい……ポータルの出現位置とは別の場所で、はぐれ唖喰に襲われました」
ゆずが司の現状を簡潔に説明し、ルシェアが唖喰が関係していることを明かす。
その説明を聞いたポーラは軽くではあるが驚いた様子を見せた。
だが、すぐに扇で口元を隠し、目元はニヤニヤと歪みだした。
「ふふふ……あれだけ生意気なこと言ってルシェアを助けた癖に、自分の身一つも守れないなんて情けないわね……最近イライラしていたから、少し気分が晴れたわ~」
「え……」
「な、に……それ……」
「――っ!」
互いに嫌悪感があったとしても、重傷者を嘲るどころか気分が晴れたなどと、あまりにも自分勝手な物言いに、ゆず達は絶句した。
「~~っの、ふざけてる場合じゃないでしょうが!!」
頭に血が上る感覚に突き動かされるまま、鈴花がポーラに詰め寄る。
「アンタは魔導士でしょ!? 人と世界を守るために唖喰と戦ってるくせに、菜々美さんを守るために体を張った司を笑うなんて、頭おかしいんじゃない!?」
司の行動を馬鹿にされたこともそうだが、鈴花が最も憤るのは人を守る魔導士でありながら、自分の私情を優先して命を選り好みするような発言をポーラがしたことだった。
同じ魔導士として到底無視出来ないと、鈴花は怒りを顕わにする。
「おかしいのはそっちでしょ~? なんで術式を使えない男に魔導士が守られてるのよ」
「っ、あ……」
だが、鈴花の剣幕もポーラはどこ吹く風と言わんばかりに流すばかりか、あろうことか菜々美を責め立て、その指摘を受けた菜々美は肩を大きく揺らした。
「ポーラさん! ツカサさんとナナミさんは今日は休暇で、普通に過ごしていただけなのに、そんな言い方は酷いです!!」
「はぁ~? ワタシ達が戦ってる間に、あなた達は暢気にデートなんてしてたの?」
ルシェアが反論するが、司と菜々美がデート中であったことを知ったポーラは、信じられないといった表情を浮かべて、二人が共有していた時間を否定し出した。
「……好きな人と思い出を作りたいと思うのは当然のことでは?」
その言葉に、司との交流を通して日常の大切さを知ったゆずが苦言を刺すが、ポーラはクスクスと嗜虐的な笑みを零し――。
「他人の色恋だなんてどうでもいいし、高尚なことを言ってるけれどあの男が重傷を負ったのは、天光の大魔導士様以外の女とデートに行った報いじゃないかしら?」
「ぅ、く……」
既に限界に近い菜々美の心の傷に毒を練り込むように、ポーラは司の怪我の責任は菜々美にあると告げる。
俯いたままではあるが、全身を震わせる菜々美の姿を見て、彼女が強いショックを受けているのは明白だった。
「マッジでふざけんなっての!! 本気で人を好きになったことがない奴が、菜々美さんの気持ちを否定する筋合いないでしょ!?」
「あぁもう、うるさいわね。こっちだって怪我人がいるんだから、早く退きなさいよ」
菜々美の気持ちを理解している鈴花がポーラを責めるも、当の本人は煩わしさを隠しもせずに鈴花達を押し退けた。
「はぁっ!? まだ話は終わってな――」
「邪魔」
「悲劇のヒロイン気取りとかダッサ」
ポーラに続き、掠り傷しか負っていない親衛隊の面々も彼女達を押し退けていく。
その行動を見て、ゆずは自分が思っていた以上にフランス支部の魔導士の腐敗が根深いことを痛感させられた。
まさか守るべきである人の命すら軽視する等、鈴花の言ったように魔導士として正しくない。
それ以前に、人としてのモラルに問題がある。
もういっそ彼女達を解雇した方が手っ取り早いかと思った時、先の自分達とポーラの口論などなかったかのように振る舞う親衛隊達の会話が、ゆずの耳に不意に入って来た。
「ねえ、あれはどうする?」
「え? あぁ、あれねー……逃げちゃったもんは仕方なくない?」
「だよねー」
交わされた会話に、ゆずは驚きを通り越して呆れるしかなかった。
フランス支部の魔導士は、ポータルから離れた唖喰がはぐれ唖喰になる光景を見逃したのだ。
司の意識が戻るまでの間に、そのはぐれ唖喰を探そうと思った時、それまで医務室前のベンチに腰を掛けていた菜々美がふらりと立ち上がって、先の会話をしていた親衛隊の二人の会話が聞こえていたのか、彼女達へゆっくりと詰め寄った。
「……ねえ」
「な、なに?」
不意に彼女に話しかけられ、戸惑いながらも要件を尋ねた。
菜々美はわなわなと体を震わせつつ、ゆっくりと口を開いた。
「その逃げて行った唖喰って、もしかして下位クラスのイーターだったの?」
「え、なんで知ってるの?」
「――なっ!?」
きょとんとした様子から出て来た証言に、ゆずは全身に鳥肌が立つ程驚愕した。
司と菜々美を襲ったのは下位クラスの唖喰であるイーターだということは、菜々美本人から説明をされていた。
だが、そのイーターがはぐれになる前に、ポーラ達親衛隊は交戦をしていたにも係わらず、他の唖喰を優先して逃がした。
つまり、親衛隊がもっと精力的に唖喰を討伐していれば、司は重傷を負うことはなかったのだ。
その事実にゆずが動く前に、直接尋ねた菜々美が動いた。
「待って」
今まさに医務室に入ろうとドアの取っ手に手を掛けたポーラを呼び止めた。
「はぁ、だから話しはおわ――」
うんざりした様子のポーラは、鬱陶しそうな眼差しで菜々美を睨むが、次の瞬間にはその表情を保つことが出来なくなった。
――パァンッ!!
「っ!」
「え……」
「菜々美さん……?」
ゆず達の視線の先には、右手を振りかぶった菜々美の平手打ちが、ポーラの左頬に直撃した瞬間の光景が映った。
「な、何を――」
「どうして!!?」
「っ!?」
船上パーティーの時と同様……否、その時以上に怒りと憎悪を顕わにした激しい剣幕と怒声が木霊した。
怒りの形相の菜々美の瞳には涙が浮かんでおり、ポーラ達の怠慢によってどれだけ深く傷付いたのかを推し量ることは容易だった。
「どうして逃げる唖喰を追わなかったの!? 逃げた唖喰が自分達を認識出来ない一般人に危害を加えることくらい、ちょっと考えればわかるはずでしょ!? ちゃんと倒していれば、司くんはあんな目に遭わなかった……あなた達みたいな人達が魔導士でいる意味なんてない!」
静の死を無駄と断じられた時とは比較にもならない激情に、周囲はただただ圧倒されるだけだった。
「ワタシ達が気付いた時は、既にポータルから一キロも離れた後だったのよ? ポータルや他の唖喰を放っておくわけにもいかないし、深追いして逆に殺されたら追う意味がないじゃない」
だが、直接罵声を浴びせられたポーラは自分の判断は間違っていないと開き直った。
確かに、戦闘区域から離脱した単体の敵を追うより、その敵が現れるポータルと周囲に群れ出る唖喰達の討伐を優先するという判断そのものに間違いはない。
しかし、ポーラ筆頭とした親衛隊は彼女を含めて約三十人もの人数がいる。
なら、誰か一人くらいはぐれる唖喰を追わせることは出来たはず……仮に相手の中に上位クラスの唖喰が紛れていれば、まだ許容できる余地はあったが、彼女達が先程まで戦っていた唖喰は下位クラスばかりだった。
いくら実力の低い親衛隊の面々でも、一人が抜けたところで戦力がガタ落ちするようには思えない……だというのに、彼女達は誰一人としてイーターを追跡しようとしなかった。
自分達が逃がした唖喰が、何も知らない人達にどれだけの被害を及ぼすのかも考えずに。
そんな彼女達の怠慢で生まれた脅威が司に降り掛かったことで、彼は重傷を負ってしまった。
菜々美に限らず、ゆずや鈴花、ルシェアにとっても、到底許せるものではなかった。
「それでも、一般人に被害が出ないようにするのが当たり前でしょ!?」
「さっき逃げた唖喰はあなたが倒したんでしょう? それにあの男も死ななかった。なら何も問題は無いじゃない」
「そんな結果論で納得出来るはずないでしょ!?」
あくまで自分達に責任は無いと語るポーラに、菜々美は納得がいかないと激昂する。
しかし、ポーラは菜々美の言葉に対して煩わしそうにため息をついた後……。
「じゃあ、あなたが弱いせいで唖喰の接近に気付かず、負うはずの無かった怪我を負わせたのはそっちの責任ってことじゃないかしら?」
「――っ!」
菜々美の心に深く突き刺さるような言葉を発した。
「ワタシが唖喰を追わない判断をしただけで、あの男が重傷を負ったのは、その場にいながら守れなかったあなたの責任よね? 全部が全部こっちの責任にされても迷惑だわ」
「迷……惑……?」
司が……自分の大切な人が死にかけた責任の一端があるのにも係わらず、迷惑の一言で片付けられた菜々美は、思わず聞き返す程のショックを受けた。
激情が一瞬で冷えきり、勢いが無くなった菜々美を見て、ポーラはニヤリと加虐の意思を表すように、その表情を歪ませた。
「ええそうよ。あなたがいなければあの男が怪我をすることなんてなかったのよ」
「ぅ、くっ……!!」
「ナナミさん!?」
「待って菜々美さん!? ゆず、早く追うよ!」
「ええ、もちろんです!」
これでもかと心の傷を抉られ続けていた菜々美は、その場から駆け出し、鈴花とゆずは菜々美を追い掛けて彼女が去った方へ走って行った。
「あーっはっはっはっ!! 言い返せないから逃げるなんて、魔導士を辞めるべきなのはあなたの方じゃない!!」
ポーラの高笑いに合わせて、親衛隊達もクスクスと笑い声を抑えていた。
「ポーラさん」
「は? 何よ?」
菜々美をあそこまで傷付けたことに、塵ほどの罪悪感を抱く様子の無いポーラに対し、ルシェアは怒りを露にしてポーラに詰め寄る。
「なんの――」
「ポーラさん……ボクは謝りませんから」
「たがらなん――ぶげがっ!!?」
前置きをした後、ルシェアはポーラの服の胸倉を両手で引き寄せ、がら空きの顔面に身体強化術式で強化した頭突きを食らわせた。
ポーラの唾液や鼻血が髪に付くが、後でしっかり洗えばいいと一旦は頭の片隅に追いやり、床に尻餅を着いたポーラを睨み付ける。
「失礼します」
「ま゛っ……ぢな゛ざ……!」
「ちょっとルシェア! ポーラさんに謝りなさいよ!」
「そうよ! 最近アリエル様やクロエ様に気に入られてるからって調子に乗り過ぎよ!」
立ち去ろうとするルシェアに対し、ポーラの取り巻き達が喚き立てるものの、ルシェアは止まる事無く歩みを進めて行った。
~~~~~
「それからユズさん達に追いついたんですけど、ナナミさんは既に一人で日本支部に戻った後で、ユズさんが様子を見に行ってくれました」
「……どう、だったんだ?」
「えと、日本支部の自室に閉じ篭っているそうです……」
「……すぐに自殺しなかっただけマシだって思うしかないな」
ルシェちゃんから事の顛末を聞き終えた俺は、ポーラ達に対する怒りと自分のしたことで予想以上に心配を掛けてしまった罪悪感が、胸の中でグルグルと渦巻いていた。
正直、どうすればいいのか分からない。
「とにかく、明日になったらユズさん達と日本支部に戻って、ナナミさんに声を掛けてあげて下さい」
「ああ、そうするよ……今からじゃダメか?」
「ダメです! いくらツカサさんが意識を取り戻したからといっても病み上がりなんですから、ユズさん達がいない間はボクがしっかり見ています!」
「あー……それじゃあ仕方ないか……」
逸る気持ちのままに、今すぐ菜々美さんの所へ行きたいと意思を示すが、自分のやることをはっきりと認識しているルシェちゃんを説き伏せることは困難だと察して、彼女の言う通り明日までしっかり休むことにした。
明日、菜々美さんに何をどう言えばいいのか考えている内に睡魔に誘われた俺は、そのまま再び眠っていった。
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