152話 ルシェアへのいじめ


「ルシェちゃん……!」

 

 そうだ、彼女がいた。

 ポーラ達からの嫌がらせに耐え、ひたむきに自分の夢のために強くなろうとする、ルシェちゃんが。


 彼女が二体のイーターに両手を向けて術式を発動させる。 


「攻撃術式発動、光剣三連展開、発射!」


 両手とその間に連なるようにして、三つの魔法陣が展開され、そこから三本の光の剣が放たれた。


「グガア!?」「ガルルァ!?」


 三本の光の剣は二体のイーターに一本ずつ突き刺さり、残りの一本が通り過ぎるかと思いきや、いつの間にかイーター達の間にルシェちゃんが先回りしていた。


「てやぁっ!」

「ガッ……」「グア……」


 残った一本の光剣をキャッチし、その勢いのまま回転して横薙ぎを決めることでイーター達を塵にした。


「よしっ!」

 

 着地したルシェちゃんは声だけで気持ちを簡潔に表し、即座に次の行動へ移った。

 早速訓練の成果を発揮出来たことで、ルシェちゃんは幾分か緊張が解れていたようだった。

 

「ガアアァ!」

「!」


 そんな彼女にリザーガが空から突進攻撃を仕掛けて来た。

 今のルシェちゃんなら避けるのは難しくないはずだが、それは一体か二体の時の話だ。


 彼女に接近して来ているリザーガは六体もいる。

 二体が先行し、相手が避けたところで残りの四体が追撃を加える腹積もりなのだろう。


 相変わらずの狡猾さを見せる唖喰に、遠目で見ている俺ですら苛立ちを感じるが、直接相対しているルシェちゃんが感じている嫌悪感は俺と比較にならないだろう。


 でも、ルシェちゃんの表情には、ある程度の動揺はあるものの、比較的冷静さが窺えた。

 

「グルアァ!!」「ガガァ!」

「速いっ……でも、ユズさん程じゃない! 攻撃術式発動、光刃展開!」


 ルシェちゃんはそう断言して、両手に光の刃を展開してリザーガを迎え撃つ体勢に入った。

 突進してくるリザーガ達をバスケのダックインのように姿勢を低くして掻い潜って躱し、すれ違い様に光刃で撫で斬りにして先行して来た二体を塵に変えた。


「ゲゲェ!」「グガァ!」


 先行した二体が倒されたことに怒ったのか、さらに二体のリザーガが接近してきた。


 二体のリザーガは交互に入れ替わるようにして彼女に爪と牙で攻撃を繰り返していく。


 さっきルシェちゃんが攻撃を躱してカウンターで倒したためか、リザーガ達は突進攻撃ではなく別の攻撃に切り替えたようだ。 

 

 その知能の高さに舌打ちをしたくなるが、ルシェちゃんは冷静を保ったまま、焦ることなく半歩後退したり、手で弾いたりして凌いでいく。


「ゲギャァ!」

「ガルァ!」

「!」


 やがて自分達の攻撃が当たらないことに痺れを切らしたのか、二体のリザーガの内、一体が別の個体に何か呼び掛けた。


 すると空に控えていた二体が宙返りを始めた。

 どうやら前方の二体の攻撃を躱した時に出来た隙を突いて、突進攻撃を食らわせようと企んだのだろう。


 実際、ルシェちゃんが後方に大きく下がって躱した瞬間、リザーガ達は限界まで引き絞られた弓から放たれた矢のような勢いで、彼女に飛び掛かる。


「ルシェちゃん!!」


 咄嗟に声を出して叫んだ。

 まだ経験が浅い彼女に唖喰の連携を避けることは難しい。

 そう思って飛び出た俺の声が聞こえたのか、彼女は取った行動は……。


「攻撃術式発動、爆光弾二連展開、発射!」


 回避でも防御でもなく、攻撃だった。

 俺が驚く間もなく、ルシェちゃんの前方にバスケットボールより大きな光の球が形成され、飛び掛かってきたリザーガ達に迫った途端、眩い閃光が迸った。


 目を閉じて光を直視しないようにするが、内心では早くルシェちゃんの無事を確認したかった。

 逸る気持ちを抑えながら、長いようで短い閃光が治まるの待って、ゆっくりと目を開けると、ルシェちゃんは無傷で立っていた。


 そこでようやく俺は彼女が仕掛けたことに気付いた。

 ルシェちゃんがしたのはとても単純だ。

 爆発性の光弾をリザーガ達の直線上に置く……たったこれだけだ。


 なにせ、リザーガの突進攻撃は速度と威力こそ厄介だが、途中で軌道を変えられないという弱点がある。


 軌道さえ分かっているなら、そこに反撃のトラップを仕掛けておくことは容易だ。

 独学で唖喰の生態を勉強してきたこと、ゆず達と模擬戦を経験したことで、ある程度の成長をしたとはいえ、何とも大胆な反撃を成功させたものだ。


 ホッと胸を撫で下ろすが、まだ戦闘中だ。

 ルシェちゃんはすぐに次の相手へと向かった。


「きゃっ!? いったぁ……」

「! コレット先輩!」


 コレットと呼ばれた親衛隊の一人が、他の唖喰を倒した隙をイーターに突かれ、背中にイーターが吐きだした光弾が直撃して前のめりにバランスを崩してしまった。


 そんな誰が見ても明らかな隙をイーターは逃さず、大口を開けてコレットに襲い掛かる。


 だが、それに気付いたルシェちゃんがコレットとイーターの間に割り込んだ。


「攻撃術式発動、光刃展開!」


 素早く光刃を右手に展開し、下から掬い上げるように鋭い一閃をイーターに走らせ、イーターは大口を開けた体勢のまま縦に両断されて塵になって消えた。


 ルシェちゃんの鮮やかな手際に、コレットは呆然と見つめる。

 たった数時間で驚く程の成長をみせたルシェちゃんに呆気に取られているようだ。

 

 ルシェちゃんを日本支部の面々で鍛えると決めた要因である〝先輩達を驚かせる〟ことが形となった光景に、ゆず達は誇らしげな表情を浮かべる。


 そして、コレットに振り返ったルシェちゃんは尻餅をついて自分を見つめる彼女に手を伸ばす。

 例え、自分に嫌がらせをして来た人でも見捨てないルシェちゃんの優しさに、思わず頬を緩るのが分かった。


 差し伸べられた手をコレットは——。



「ワタシの獲物を盗るとか、新人のくせに何様のつもり!!?」

「――っ!」



 感謝も伝えずに身勝手な言葉を浴びせ、差し伸べられた手を払ってルシェちゃんを拒絶した。

 

 そのあまりにもふざけた態度にルシェちゃんはもちろん、結界の外で目撃していた俺達も目を見開いて、一言も発することが出来なかった。


 苛立ちで胸の奥がカッと火が付いたように熱い。

 

 ふざけんな、ふざけんな!

 その子は、純粋にお前が殺されないようにと思って助けたのに、一番気にするのが自分の討伐数を増やせなかったことなんて、馬鹿げてる……。


「っ、す、すみ、ません……!」

「はぁ、最悪……さっさとどっか行ってよ……」

「……はい」


 立ち上がって自身に蔑む視線を向けるコレットに対し、ルシェちゃんは泣きそうになるのを堪えながら、言われた通りにその場を離れて行った。

 

 今すぐ飛び出して、あのコレットっていう女を殴りそうになるのを歯を食いしばって堪える。

 俺が飛び出しても戦闘中では役立たずだし、何より直接傷付けられたルシェちゃんが耐えている。


 戦いを見守っている俺達を心配させたくない一心で、自分の身に降り掛かった理不尽に対する不満を抑えていると解ったからだ。


「攻撃術式発動、光槍三連展開、発射!」


 その不満をぶつけるように、ルシェちゃんは三体のローパーに光の槍を放つ。

 ローパーは触手を盾にして防ごうとするが、光の槍は触手を豆腐のように貫いてローパーへと突き刺さった。


「攻撃術式発動、光弾六連展開、発射!」


 光槍が刺さったことで動きを止めたローパーに対し、追撃として一体に二発ずつ光の弾を浴びせてトドメを刺した。


 だが、リザーガ達を倒した時と打って変わって、ルシェちゃんの表情は暗いままだった。

 それでも目立ったミスをすることなく、誰も死ぬことなく戦況はフランス支部側の優位で進んでいった。


 ポータルは既に破壊され、後は結界内に残っている唖喰の掃討だけだったが、その残っている個体がこれまた厄介な唖喰だった。


「クエエエァァァ!!」


 ハヤブサのような三つ首と大きな一本足の爪が光る四メートルに及ぶ体を、三対六枚の翼を羽ばたかせて浮かす鳥のような唖喰……下位クラスと上位クラスの中間に位置する唖喰であるトレヴァーファルコだ。


「こ、のぉ……攻撃術式発動、光弾四連展開、発射!」


 ルシェちゃんが空にいるトレヴァーファルコに光弾を四発放つが、敵はそれを悠々と躱す。


「グエァ!」


 光弾を避けたトレヴァーファルコは空に留まったまま、その三つ首から機銃のように光弾を吐き出してきた。

 

「くっ……防御術式発動、障壁展開!」


 ルシェちゃんは前方に半透明の障壁を展開して防御するが、これで既に六回目だ。  

 いくら才能があると言っても、彼女はまだ魔導少女歴二ヶ月の新人……固有術式も持たず、戦闘経験もポーラ達からの嫌がらせのせいで同時期の人と比べても浅い。


 上位クラスの唖喰と戦ったことのない彼女に、トレヴァーファルコという唖喰は非常に厄介な相手だ。


 だが、ルシェちゃんはともかく、ポーラ達親衛隊が三十人近くもいるのに、何でここまで苦戦しているのか分からなかった。


 ……考えたくないが、ポーラ達は魔力が残り少ないのか?

 でも、別段疲れた様子も見えないし……。


 そもそも、あいつ等……さっきから攻撃している様子が見えない。

 自分達に向かってきた攻撃は、腹が立つことに上手く防御している……ゆず達が防御術式の扱いだけ上手いと呆れるほどに。


「はぁ……はぁ……」


 ほとんど一人でトレヴァーファルコを相手にしているルシェちゃんの体力はもう限界が近いのか、肩を大きく揺らしながら荒い呼吸を繰り返していた。


 それでも彼女の眼に諦念の情が欠片も窺えないのは、魔導少女としての心構えと、自身の夢への渇望が成せる強さなのだろう。


 素直に感心する反面、何故ポーラ達に助けを求めないのか、という疑問が生まれる。

 嫌気が差した?

 それにしては意地というより、無意味だと悟っているように見える。


 俺がルシェちゃんの妙な様子を訝しんでいると、トレヴァーファルコの攻撃を防ぎ切った彼女が、再び攻撃術式を発動させて、敵に攻撃する。


 しかし、距離を開けられている以上、ルシェちゃんの攻撃はまたもや避けられる結果になった。

 

 その時――。



「ちょっと、いつまでやってんの~?」



 気怠そうにヤジを飛ばす声が聞こえた。


 その声は、女性のものだった。

 聞こえた方向は、ある集団の中からだった。


「〝天光の大魔導士〟に鍛えてもらったんだから、早く終わらせてよね~」

「ほんと、ノロマ」

「自分が特別だとか勘違いしてんじゃないの?」

「それね~」

「ポーラ様に逆らうからああなるのよ」


 クスクスと嘲笑うかのような話し声に、耳を塞ぎたくなる程の嫌悪感を抱く。

 あいつら、一体何の話をしてるんだ?

 

 いや、話の内容からして、一人しかいない。


「止めなさいよ、彼女だって一生懸命なのよぉ?」


 一際嘲笑を含めた話し方をする、あの女の声が聞こえて……。


「だって、攻撃役を頼んだら引き受けたのは他ならない、ルシェア本人だもの」


 今必死で戦っている少女の姿を侮辱するような発言を聞いた瞬間、俺は形振なりふり構わず駆け出した。


「お前ら、いい加減にしろよ!!」


 今まで発したことの無い大声による怒号が森林公園内に木霊した。

 その声を聞いて、親衛隊が一斉に結界の側に移動した俺に顔を向けた。


 驚いた様子はなく、むしろバカにした表情で……。


「いい加減にしろって何よ? 私達が何かしたっていうの?」


 親衛隊の一人が悪びれもせずにそう言い切った。

 

 それが益々、火に油を注ぐように俺をイラつかせた。


「何もしてないからだ。あの子が、ルシェちゃんがあんなに必死で戦ってるのに、なんでお前らは一緒に戦ってやらないんだよ!」

「そんなに怒鳴らなくてもいいじゃない、これはちゃんとした役割分担なんだからぁ」


 ニヤニヤと腹の立つ笑みを浮かべるポーラが答えた。

 

「役割って、なんだよ……あの子が自分から一人で戦うなんて言うはずないだろ」

「ふっ、くく……、あっはははははは!」


 俺の言葉が可笑しいのか、ポーラは腹を抱えて笑い出した。

 そのやかましさに眉を顰めていると、ポーラはニコリと微笑み――。


「言ったわよぉ?





 

 、あなたは攻撃をお願いねって伝えたら『はい』ってね?」


 目の前の女は、ニヤケ面をこれでもかと歪ませてそう言った。


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