151話 フランス支部の現状
唖喰が出現した場所は、パリの西側にある〝ブローニュの森〟という森林公園だった。
まだ昼間だから、公園には現地の人や観光客などの大勢の人がいる。
そんな場所に唖喰が現れれば、どれだけの人に被害が出るのか考えただけで恐ろしい。
幸い、ポータル出現時に交流演習に参加していないフランス支部の魔導士の人が、魔導結界を展開したため、一般人に被害は出ていない。
ルシェちゃんの案内のもと、俺達がブローニュの森に辿り着いた頃には既にフランス支部の魔導士達が戦っていた。
「ここまで来て今さらだけど、本当にいいの?」
「向こうの真意は大方予想がついていますが、司君に関しては私達が守っていれば十分です」
「でも、本当に何を考えているんだろうね……、
『今回の襲撃で現れた唖喰は、フランス支部で対応する』って」
そう、ゆず達が戦闘に加わらないのは、唖喰の出現を受けて玄葉の場所を聞き出したルシェちゃんへ、菜々美さんが言ったようにフランス支部だけで対応すると伝えられたのだ。
日本支部の魔導士に伝えられたのは、待機。
だが、唖喰が出たというのに大人しく待って居られないのが、〝天光の大魔導士〟だ。
何かあってからではいけないとルシェちゃんに案内を頼んで、こうして現場へと到着した。
ちなみに命令無視を問い質された場合は、『待機していろと言われたので、現場近くで待機していました』としらを切る寸法だ。
確かにどこで待機していろとは言われてないから、拡大解釈にはならない、はず……。
あと、俺が来ているのはフランス支部の魔導士の戦い方……初日とはいえルシェちゃんの訓練成果を発揮する機会だし、あれだけ偉そうな言動を繰り返したポーラの実力を見極めたいという思いがあったからだ。
当然、ルシェちゃんには反対されたが、最終的に待機を命じられているゆず達が守ればいいということで落ち着いた。
そうして現場に着いたルシェちゃんは緊張した面持ちで、魔導結界の中へと入っていった。
仕方ないとはいえ、戦場へ赴く魔導士達を見送ることしか出来ない歯痒さは未だ拭えない。
「……大丈夫だよな?」
思わずそんなことを呟いた。
ルシェちゃんのことを信じてないわけではないが、あんなに緊張と不安を窺わせる表情をされると、普段以上に心配になる。
「大丈夫だって。いざとなったらゆずやアタシ達がルシェアを守るから」
「そうです。ルシェアさんが心配なのは分かりますが、あんまり他の女の子に気を向かれると、嫉妬から助けに行かないかも知れませんよ?」
鈴花の言葉に少し不安が紛れたと思いきや、軽く脅すような言い草で拗ねるゆずさんの嫉妬に冷や汗が出た。
「ゆ、ゆずちゃん? さすがにそれは……」
「……冗談です」
菜々美さんが諌めて、冗談だと口にする
でも答えるまでの一瞬の間は何なんだよ。
出会ってまだ二日目のルシェちゃんをここまで心配するのは、工藤さんが亡くなったように、友達になったあの子も居なくなってほしくないからだ。
ようは、自分の手の届かない瞬間に誰かが死ぬことに臆病になっていることが要因だ。
だからといってルシェちゃんのことに気を向け過ぎて、ゆずや菜々美さんに構えていないのはいけない。
ただでさえ、二人への気持ちを決めあぐねているし、ゆずに至っては告白の返事も保留している。
いくらゆずも菜々美さんも、俺の困っている人を放っておけない性分に理解を示しているとはいえ、そんな状況で他の女の子に構ってばかりだと、今のゆずのように機嫌を損ねて当然で、ひいては好意を向けてくれる二人に対する裏切りに等しい。
元カノの――美沙の時だってそうだ。
彼女と喧嘩別れしたのは、俺が鈴花と付き合いを抑えなかったことで、不安にさせてしまったように。
もう、あんな風に傷付けることはしたくない。
「悪い、ちょっと過保護が過ぎてたな」
「い、いえ、司君に謝ってほしくて言ったわけではありませんから……」
謝罪した俺の言葉に、ゆずは戸惑うように返した。
さて、気を取り直してフランス支部の魔導士達の戦いの様子を見る。
今のところは下位クラスの唖喰ばかりで、相対するのに特筆するべき注意点は見受けられない。
「さぁ、ワタシの実力を見せる時よぉ! 攻撃術式発動、光剣六連展開、発射!」
ムカつくことに最初にポーラの戦い振りを見る羽目になった。
「シャアア!?」
ポーラの放った光の剣は、三体のラビイヤーに突き刺さり、三体共塵に変えていった。
「ふふん、攻撃術式発動、光槍四連展開、発射!」
続け様にポーラは光の槍を放射線状に放ち、ローパーやイーター達を消し炭にしていく。
まぁ、あれだけ偉そうな言動を繰り返していたんだ。
あれらが裏打ちされた実力も無しの言動だったら、本当に軽蔑するところだった。
実力があっても変わらないけど。
とにかく、ポーラは
ポーラだけでなく、他の親衛隊の取り巻き達も、フランス支部の魔導士達は俺が見た限りでは危な気なく戦えているように見える。
唖喰へ
が、しばらく眺めていると……。
「ポーラ様、この後はどうします?」
「そうねぇ……適当に訓練の続きでいいんじゃないかしら?」
「分かりました~」
そんな会話が聞こえて来て、思わず耳を疑った。
おい、待て。
嘘だろ……戦闘中なのに、全く関係のない雑談をしてるのか?
「ふあ~、っと、いけないいけない」
「これで三体目~」
「ホント、無駄に数が多いよね~」
さらに戦闘中の雑談はポーラだけでなく、親衛隊の面々も同じような会話が聞こえた。
余裕……だろうか。
戦闘に対する集中力がないわけじゃない。
雑談していようと、一切油断なく周囲を警戒しているからだ。
「ほぉら、塵になりなさい!」
ポーラが再び光槍を放つ。
今度は五体のラビイヤーが塵になっていった。
しっかりと唖喰を倒してはいる……でも、この違和感はなんだ?
あれだけ大見栄を切ったポーラの戦う姿に、どうしてこんなに違和感を覚えるんだ?
俺は今まで唖喰と魔導士の戦いは今回を除いて二回しか見たことがない。
ゆずの日常指導係になる前の時、河川敷で三体のカオスイーターを襲われた時のたったの二回だ。
それなのに感じるこの妙な違和感は何なんだ?
「……なにあれ」
「え?」
違和感の正体を掴めずにいると、鈴花がポツリとそう呟いた。
不意に聞こえた声に彼女に視線を向けると、その表情に驚かされた。
鈴花は眉を顰め、目は苛立ちを隠さない程細められていて、大変不機嫌だった。
「す、鈴花? なんでそんなに怒ってるんだ?」
「はあ!? アンタ、アイツらが戦いを舐めながら戦ってるのが分かんないの!?」
余程の怒ってるのか、半ば八つ当りのように突っ掛かって来た鈴花に慌てて弁明する。
「い、いや、違和感があるだけで、俺には全く分からねえんだけど……」
「! あー、そうだった、司に分かんなくて当然だった……八つ当りしてごめん」
八つ当りしたことを謝罪する鈴花に気にしてない、と意思を込めて右手を横に振る。
けれども俺には分からない、フランス支部の魔導士達に対する不満があるのは、鈴花だけじゃなかった。
「あれでベルブブゼラルを一週間で倒すなんて、無理に決まってる……」
「な、菜々美さん?」
船上パーティーでポーラを平手打ちした時と、同等の怒りを見せる菜々美さんに少し慄く。
あの時、ポーラ達は自分達なら一週間も掛からずにベルブブゼラルを倒せると言ったらしいが、菜々美さんの様子を見るとそうは見えないようだ。
「これは……あまりにも酷過ぎます……」
ゆずは比較的落ち着いているものの、やはり不満げな表情は同じだった。
一方で俺はというと、ゆず達が解ってるのに、自分がさっぱり解らないことに、戸惑うばかりだ。
「えっと、魔力って、使い続けると可視化するっていえばわかる?」
「可視化……そういえばそんな話があったな……」
鈴花が言ったことは、彼女が魔導少女になって最初の数日間でゆずから教わった魔導の授業で聞いたことだ。
あの時ゆずが鈴花の体の魔力を自覚させたが、自覚した魔力を使い続けると、体が魔力に順応していき、やがて可視化する……魔力の流れを見ることが出来るようになるらしい。
俺と初めて会った時、夏祭りの日に助けた迷子の女の子の時、あの時にゆずが相手を魔力持ちだと見抜いたのはこのためだ。
確かに男の俺に一生縁のない感覚だけど、知識としては覚えていたので、ゆず達が何を見て不満を口にしたのかだけは分かった。
「要は、皆にはポーラ達がどんな魔力の使い方をしているのか目で見て分かるってことだろ?」
「はい、そうですが……」
「あの人達、術式に流す魔力量がめちゃくちゃで……そのせいで魔力を浪費しているの」
「え……」
菜々美さんが怒りを抑えているためか、震えた声で答えてくれたが、その内容に絶句する。
術式というのは当然だが、ただ魔力を流し込むだけでいいわけじゃない。
装備に刻まれている空の術式に、魔力を流して満たす工程を経ることで、術式を発動する。
その際、それぞれの術式に適時適切の魔力量を流すことで、無駄遣いを減らし、効率良く魔力を温存することが出来る。
コップを術式、水を魔力で例えるなら、コップの大きさに応じて水を入れる量を調整する感じだ。
よく〝三連展開〟などを聞くが、あれは一つの術式に対して、術式発動の工程を瞬時に三回こなしているということ……さっきの例を引っ張るなら、コップが満たされる毎に次のコップに水を入れるということになる。
そう思い出すと、一秒で光弾の術式を五十も展開出来るゆずの手際の良さが浮き彫りになるが、今は置いておく。
ちなみに魔力を込めれば込める程、術式の効果が上がると言われたことがあったが、そのことと矛盾しないかと思うだろうけど、あれは魔力を圧縮して込めることで効果を上げているというのが実態だという。
ともかく、ポーラ達は一つの術式に流す魔力を圧縮せずに流しているため、余分な魔力が溢れ出てしまって、結果的に
それは、銃の残弾数を度外視して、撃ちまくりながら突撃しているような愚行だ。
「もちろん、いつもじゃないと思う。あれは〝自分達はこんなにも凄い魔力を持ってる〟っていう自慢以外何物でもないよ」
「なんで……って聞くだけ無駄か……」
実際は滑稽な姿を見せているだけだが、それでも頭が痛くなってくる。
「個々の実力が著しく低レベル……こんなあり様、あんまりです……!」
たった一年の間に地に落ちているフランス支部の魔導士達の実力に、ゆず達は呆れることも馬鹿馬鹿しくなる程の、軽蔑にも見た視線をポーラ達に向ける。
特にゆずは一年前の交流演習に参加していた魔導士達を知っているだけに、際立って侮蔑の念を抱いているようだった。
交流を通じて、個々のレベルアップを図るはずが、交流先の相手が酷く低い実力だった……。
ポーラ達はこちらと共に訓練しても意味が無いと言ったが、それは完全にこっちのセリフだ。
これでは交流演習を続けても、ゆず達にはなんの意味もない。
そんな諦念が僅かに生まれた時……。
「攻撃術式発動、光弾四連展開、発射!」
一人の少女の、必死な声が聞こえた。
その子は、出会った頃のゆずや菜々美さん、魔導少女になったばかりの頃の鈴花と同じ、グレーを基調とした武骨な印象を受ける魔導装束を身に纏っていた。
青色の短い髪を揺らし、唖喰の攻撃を回避しながら光弾の術式で反撃をする彼女の表情は、ポーラ達と正反対の真剣なものだった。
「ルシェちゃん……」
二ヶ月の新人である魔導少女の孤軍奮闘とも言うべき戦い様に、僅かな諦念は消え失せた。
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