142話 準備のあれこれ

 

 いつも通り射撃訓練をした後、自宅に帰った俺は珍しく早めに帰って来た両親との夕食中に、しばらく夕食を作らなくていい旨を伝えた。


 魔導のことはもちろん、そのままフランスに行くことも隠すために、両親には学習塾的なものがあると説明することにした。


「――ってな感じで、今月は十日から月末まで平日は帰りが遅くなるし、土日は泊まり込みなんだけど参加していいか?」

「……あなた」

「分かっている……なぁ、司……」

「な、なんだよ……」


 何故か神妙な面持ちの両親にたじろぐと、父さんはサムズアップをしてニカッと笑い……。


「ちゃんと避妊するんだぞ?」

「勉強しに行くつってんだろうが。遊びに行くわけじゃねえんだよ」


 思いにもよらない言葉を口にする父さんへ半ギレ気味に返す。

 良い顔して何ほざいてるんだ、この恋愛脳。

 

「だって金曜と土曜はゆずちゃんと鈴花ちゃんに菜々美ちゃんっていう美少女達と一つ屋根の下で泊まるのに、何も無いなんてあり得ないでしょ!!」

「恋人ですら無いのにそんな間違いを犯してたまるか!」


 一つ屋根の下って、部屋は別に決まってるよ。

 その辺も初咲さんから説明されている。


 ちなみにゆずはしょんぼりしてた。

 俺は部屋が別で良かったと心底安心した。


 何が悲しくて好かれている女の子から寝込みを襲われる心配をしなきゃいけないんだ。


 だったら付き合えばいいだろって?

 今、情緒不安定な菜々美さんがさらに落ち込んで自殺するかもしれないから、そんな簡単な話じゃないんだよ。


 そんな事情を何一つ知らない母さんは何やらハッとした表情をする。


「まさか4P!? 4Pがお望みなの!? きゃあああ! あなた、司ったら私達の知らない内に凄まじい肉食系男子になっていたわ!」

「なんて欲張りなやつだ……嫌いじゃないがな! むしろバッチコ――んぐがっ!??」


 脳に煩悩しかない父さんに金的を食らわせる。

 座った姿勢から蹴るのは難しかったけど、意外と何とかなるもんなんだな。


「食事中にふざけたこと言うなよ……とにかく、十日から俺の分の夕食は作らなくていいからな」


 金的を受けてテーブルに突っ伏す父さんと冷や汗を流しながら知らんぷりをする母さんに呆れながら再度伝える。


「そ、そう、か……つまり、母さんの作るご飯より、美少女達の作るご飯が食べたい、というわけか……」


 まだ言うか。

 息を詰まらせながらまだ俺とゆず達の進展を望む父さんの言葉をスルーして、俺は夕食を食べ終えた。


 ~~~~~


「とりあえず、父さん達には外泊許可はもらえたよ」

「ほっ……それは良かったです」


 翌日の登校時に俺が無事、交流演習に同行出来ると知ったゆずは安堵の息をはいた。

 まぁ、うちはあまり拘束するタイプじゃないし簡単に許可は下りると思って楽観視してたくらいだ。


「問題は鈴花なんだよなぁ……」

「え、鈴花ちゃんのご両親は厳しいようには見えなかったのですが?」


 ゆずは夏祭りの浴衣を着るのに、鈴花のお母さんに着付けをしてもらった経緯があって、橘夫妻と面識はある。


 鈴花のお母さん――百合子さんは羨ましいことに模範的な母親で、うちの母親みたいに子供の恋路に無暗やたらと首を突っ込んだりしたりしない。


 程々だ。

 たまに鈴花が俺に好意を持っていたことを茶化すくらいだ。

 

 だが鈴花のお父さん――悠大さんは鈴花をこれでもかと溺愛している所謂親バカだ。

 昔、父さんが俺と鈴花を許嫁にしないかと悠大さんに持ち掛けて半殺しにされたことがある程、娘命な人だ。


「……半殺しにされた理由が司君のお父様らしいと言えばらしいですね」


 父さんの蛮行は、ゆずですら呆れるしかないみたいだった。

 

「ですがそれほどであれば鈴花ちゃんがフランスに行く許可を得られるかは難しいですね……」

「もし難しいようだったら、ゆずからも頼んでもらっていいか? ゆずの人柄は信用されているみたいだし、きっと上手くいくと思うんだけど……」

「え? 私より鈴花ちゃんのご両親と付き合いの長い司君の方が良いのでは?」


 だよなー、そう思うよなー……。

 ゆずの言うことは尤もだ。

 だけど……。


「ゆず……人はな、付き合いが長いからって、必ずしも友好な関係になれるとは限らないんだ……」

「え……?」

「俺は基本的に悠大さんから嫌われてるんだよ」

「ど、どうしてですか!?」

「親バカのあの人からすれば、娘と仲の良い男は唖喰と変わらないからだろうなぁ」

「なるほど、つまり私の敵というわけですね」


 俺を嫌っているというだけで、ゆずの中で悠大さんの好感度が著しく下がった。

 

 ゆずさんってば本当に何事も俺中心の思考になっちゃったな……。 

 というかその光の無い目は止めよう?

 マジで病みの道を闊歩してるんじゃないか?


 ちなみに悠大さんと父さんは高校時代の友人で、百合子さんと結婚するまでに至ったのは、父さんと百合子さんと仲が良かった母さんが色々策を練ったからだと、協力した張本人から聞いたことがある。


 父さん達は誇らしげだが、絶対ロクなことしかしてないだろうことは容易に想像出来た。

 

「おーい、二人共、おはよう」

「おはようございます、鈴花ちゃん」

「おはよう、鈴花」


 噂をすれば何とやら……のほほんと鈴花が俺達に挨拶をして来た。

 

「鈴花ちゃん、ご両親から外泊の許可はもらえましたか?」

「うん、お父さんの説得に手間取ったけど、何とかね」


 おお、悠大さんを説き伏せたのか。

 

「どうやって説得したんだ?」

「寝込みを襲われたらどうするんだって言われたから、大丈夫だって信じてもらうためにお父さんを投げ倒した」

「悠大さんかわいそう!!」


 論より証の理論で娘に投げ倒された悠大さんの心境は複雑に違いない。

 ともかく、鈴花が自衛の術を身に着けていることで渋々外泊を受け入れたようだ。


「司はどうだった?」

「反対されなかったけど、あの二人は俺が一夜の過ちを犯すことを期待してたよ……」

「うわぁ……」

「あまりにもウザイから父さんに金的食らわせた」

「アンタもアタシと大差ないじゃん……」


 そうは言うが、悠大さんは純粋に娘を心配してるのに対し、こっちは俺の心情等お構いなしだ。

 むしろ率先して間違いを犯せとかいう悪魔の囁きの類だ。


「あ、あの、司君……私と司君はまだ恋人ではないのでそういうことは——」

「しないから安心してくれ」

「そう、ですか……」


 顔を赤くして、口では否定しつつもどこか期待する素振りを見せるゆずに断言すると、目に見えてしょんぼりとした。


 どうしてだろう。

 告白される前の方がとても気が楽だったように感じる。

 

 近いうちにストレスチェックでもした方がいいかもしれない。


「はいはい、イチャイチャしてないでもうすぐ学校だからちゃんとしようよ~」

「してないって……」

「イチャイチャ……ふふっ……」


 最後の笑いはなんだよ。

 

 ~~~~~


 そうして午前中の授業を受け終えて、屋上でゆずと鈴花と三人で昼食を摂っている際に、昨日初咲さんから渡された交流演習に関する日程や注意事項が記載された書類を見て、気になったことをゆずに尋ねる。


「なぁ、ゆず。交流演習の初日は訓練じゃなくて立食パーティーって書かれてるんだけど、まさか……」

「はい、訓練に参加する魔導士と魔導少女に組織の構成員、さらに融資をしてくれている企業の重役等の来賓の方々が出席しますよ」


 マジかー。

 たまーにテレビとかで見るああいうやつを実際にやるのかー。


 しかも組織の融資社とかよく見かける名前の企業とかあったから、場違い感が半端ないな。


「アタシ達みたいな小庶民がそんなお偉い方の人達がいる場所に居ていいの? マナー云々以前に完全に場違いじゃない?」


 鈴花も俺と似たような感想を抱いたようだった。

 でも小庶民って……流石にそこまでへりくだることはないと思うぞ。


 そんな俺達の庶民丸出しで恐縮する反応を予想していたのか、ゆずはクスリと微笑みながら答えてくれた。


「何もダンスを踊ったりするわけではありませんよ? もちろん最低限のマナーは必要ですが、ああいった場で重要視されるのは、互いの面識と交流、融通です」

「面識と交流と融通?」

「魔導士が身に着ける装備の素材は融資の企業が卸したものが使われています。企業側は装備の素材を提供して、組織側は提供された素材を用いて装備を作る……組織側が作った装備で唖喰と戦い、企業側は自分達の素材の有用性を実証させる……交流を得ることで所謂相互関係の構築が成り立つわけです」


 俺達はまだ高校生でも、経済の仕組みはある程度授業で習っている。

 

 企業側は素材を卸し、組織側に売る。

 組織側はその買った素材で装備を作って唖喰から人々を守る。

 それが出来たのは企業側の素材が優れているから。

 次は安く売るから、唖喰から自分の企業を優先的に守ってほしい。


 という打算的な考えが透けて見えるが、ゆずも言った通りこの相互関係はなくてはならないものだ。

 

 唖喰が企業に損害をだし、それによって素材が尽きれば、装備を作ることも修復することも出来ない。

 逆に唖喰によって人と資源が尽きれば、企業側は優先的に守ってもらえなくなる。


 相互関係というより利害の一致という方が正しいだろうが、社会の関係なんて割とそんなものかもしれない。


 少しでも条件を違えば戦争に発展しかねない程、経済のバランスというのは石で積み上げられた塔のように危ういものだ。


 片方が得をすればもう片方が損をするなんてザラだし、現に各国の首脳のいがみ合いなんて日常茶飯事だ。


 唖喰という共通の敵がいるからこそ、その一点に集中出来てはいるが、事情を知る企業は自分達が世界の平和に貢献しているのだとアピールするチャンスだと言わんばかりに素材を売る。


 実際に貢献しているのは魔導士・魔導少女達なのだが、その彼女達が戦うのに必要な装備は企業側が売った素材で作ったもの……持ちつ持たれつが現状だ。


 それ自体が悪いとは思わないが、少しでも他社より優位に立ちたいという優越感と自尊心はどんな状況だろうと変わらない人の性を見てるようで、少し心が曇る。


 俺やゆず達の給料もそんな企業からの融資で賄っているだけに、社会の仕組みというのは心一つでどうにもならない壁を感じる。


 まぁ、それでこうして俺達の日常に支障がなければいいか、と考えるしかないけどな。

 

「素材売るから率先して守れって、大人って意地汚いね……」

「大人、というより人そのもの、という方が正しいですね」

「個人の心象なんて社会を守ることに比べれば些細なことなのかもな」

「……とにかく、その立食パーティーが組織と企業の今後のためってのは分かったけど、なんでアタシ達魔導少女も参加する必要があるわけ?」


 これ以上は暗くなると悟ったのか、話題を切り替えた鈴花の問いにゆずが答える。


「将来的に職に就く人が多くいるのですが、その際に企業の重役と面識を持っておくと就職に有利に働きますし、唖喰が出た場合を想定した融通又は保障等もされます」

「うわぁ、世知辛いよぉ……初咲さんや隅角さんみたいに組織に身を置くだけじゃだめなの?」

「皆が皆唖喰と戦うために天寿を全うするわけではありませんから、魔導士を辞めた時に職がないと困りますし、履歴書の職歴にも魔導士は書けませんからね?」

「あぁ、そういうことか……」


 解り易い例で言えば、教師志望の菜々美さんが該当する。

 菜々美さんが魔導士として戦い続けるなら、教師を目指すことなんてない。

 そんな彼女が教師を目指すのは、魔導士を辞めた時の職種に教師を選んだからだ。


 実際に魔導士を辞めたいと聞いたことがあるし、何より教師というのは菜々美さんに合っている。


「魔導士を辞める時かぁ~、死にかけた時ですら考えなかったなぁ……」

「魔導士じゃない俺はともかく、ゆず達からしたら大きな選択肢だよな」

「まぁね……ゆずは進路とか決めてるの?」


 鈴花が同じ魔導少女であるゆずに尋ねる。

 ゆずのことだからすぐに答えが返って来ると思っていたのだが……。


「……分かりません」

「え? なんで?」


 鈴花が理由を問うと、ゆずは苦笑を浮かべながら答えた。


「その、私は先程の話で挙げた、唖喰と戦うことに天寿を全うする側のつもりでした」

「でした?」


 過去形の返答に思わず首を傾げると、ゆずは顔を赤くして俺を見つめた。


「司君と出会って日常を過ごしていく内に、それ以外の選択肢があるのではと考えるようになったんです。なので、鈴花ちゃんが期待するような答えは、まだ持ち合わせていなくて……すみません」

「「――」」


 ペコリと頭を下げるゆずに、俺と鈴花は揃って呆けた。

 俺達と関わることで、ゆずの将来に大きな影響を与えていた事実に俺は無性に心が満たされた。


 思考や言動だけじゃない。

 並木ゆずという少女の未来も変えることが出来たと理解したからだ。


「とりあえず、立食パーティー当日に着るドレス選びと付け焼き刃でもマナーを身に付けておきましょうか」


 先の回答を然程気にしていない様子のゆずがそう言ったことで、俺達はハッとして会話を続けた。


 そうして準備を進めていく内に、日々はあっという間に過ぎていき……。


 九月十日金曜日。


 ついにフランスへ向かう日となった。

 

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