141話 日仏魔導交流演習
「フ、フランスって……あのフランスですか!?」
鈴花が驚きながらフランスに行かないかと誘った初咲さんに尋ねる。
そんな鈴花の反応が予想通りだったのか、初咲さんはニコニコと笑みを浮かべていた。
「もちろん、そのフランスよ。ただし、観光が目的ではないからあしからず」
そのあたりは容易に察せていたことだ。
ただの観光ならこんな風に支部長室へ呼び出す必要はないしな。
「ベルブブゼラルとの戦いにおいて、日本は少なくない被害を受けたわ。それで組織は今後の戦いに備えて各魔導士・魔導少女のレベルアップを図ることを決定したのよ」
「ってことはフランスに行くというのも、訓練が目的ってことなんですか?」
「その通り……でもただの訓練ではないわよ」
俺の問いに頷いた初咲さんは、一枚の書類を取り出した。
そこには日本語ではない外国の言語で、多分大事な内容が事細かに記載されているように見えた。
先の話と照らし合わせるならば、書かれている言語はフランス語に違いないと把握出来た。
「……ねえ、司」
「大丈夫だ、分かってるよ……」
鈴花が言わんとすることを察して同意する。
何、別に難しいことじゃない。
「「読めません」」
「ま、まぁ、それは仕方ないわ……」
素直にそう言うだけなんだから。
初咲さんは苦笑するが、俺達は至って大真面目だ。
だって無理に決まってんだろ。
俺は簡単な英会話は出来るけど、鈴花は理系の科目に比べてマシってレベルで、英語ですら危うい俺達がフランス語なんていう未知の言語に対応できるわけがない。
こういうときは変に意地を張らずに早々にお手上げを宣言するに限る。
すると俺の隣に座っていたゆずが書類を手に取り……。
「Sur des exercices d'échanges magiques entre le Japon et la France……『日仏間における魔導交流演習について』と書かれています。つまり日本支部とフランス支部の二か国の魔導士による合同訓練ということですか」
「ええ、そうよ。他国の魔導士との交流して切磋琢磨することで実力をつけようというわけよ」
へえぇー、ゆずさんフランス語和訳出来るんだ……。
相変わらずのハイスペックだな……。
俺と鈴花が、ゆずはフランス語を理解して会話も出来るという事実に呆気に取られている間にも、初咲さんの説明は続く。
「場所はフランスの首都であるパリよ。そこにフランス支部の建物があるわ」
「パリ!? え、マジで!? モノホンのパリなんですか!?」
フランスに行くんだから、訓練場所がフランス支部になるのは当然の帰結だけど、支部が置かれている場所が首都のパリだとは思わなかった。
それは鈴花も同様で、誰もが知る有名な街に行けるとあって大興奮だ。
「でもパリまでの交通費とかパスポートは……」
「交通費も何も、フランス支部直結の転送術式の魔法陣を使っていくから心配いらないわよ。それに入国審査とかも組織関係者ならパス出来るから問題なしだから、安心しなさい」
「さっすが魔導クオリティ!」
そういえば各支部は転送術式で行き来出来るようになってるんだったな……。
ニュースで二か国以上の合同訓練を見た限りでも、相当の手間が掛かるみたいだけど、魔導の技術をもってすれば容易なのか。
「時差は日本より七時間程遅れるから、平日は日本時間の午後五時から訓練開始……この場合フランス時間だと午前十時から訓練開始ということね。そして終了時間は日本時間では午後十時……フランス時間では午後三時に終了となるわ」
おっと、そうだった。
フランスのパリと日本の東京は直線で約9.980キロメートル離れていて、地球儀で見ても地球の反対側に位置する程だ。
しかし、七時間か……。
日本人が午前六時に起きた頃には、フランス人は午後十一時とようやく寝入る時間帯だ。
日中の体感時間が正反対と言ってもいいだろう。
「平日ってことは、休日は向こうにいる時間が変わるんですか?」
鈴花が何気なく問いかけた。
午後五時から訓練開始というのは、学生の身分である俺達に学業と両立出来るように配慮されたからだろう。
平日でそうなのだから、休日はどんなスケジュールで訓練をするのか気にはなる。
「金曜日に日本時間午後五時から渡仏して訓練をして、日本での生活リズムを崩さないようにフランス時間の午後四時に日本支部用の外泊スペースで睡眠を取って、土曜日のフランス時間午前一時から日本支部側のみで訓練して、午前九時から午後四時までフランス支部と合同で訓練、そして睡眠……日曜日は午後三時に日本に帰ると、割とハードよ」
「ええっと、日本の午後五時がフランスの午前十時で、フランスの午後十一時が日本の午前六時に――に゛ゃああああああああ!!」
複雑な時差の計算に鈴花の頭があっさり限界を迎えた。
その気持ちは確かに分かるぞ……。
「それと日本の九月は残暑が目立つけれど、フランスの九月の気温は急に冷えだすから、渡仏時には秋物の装いで行くこと。じゃないと風邪を引くわよ」
そっか、気温差も考えないといけないのか……国外旅行の経験がないから、どうもそのあたりの認識が追いつかないな……。
「期間は今月の十日から月末までで、参加は一部を除いて自由よ」
「一部?」
「最高序列第一位のゆずは絶対参加よ。何せフランス側にいる最高序列に名を連ねる魔導士が参加を表明しているのだから、当然こちらも出ないといけないもの」
言われて俺達は納得した。
日本支部には最高序列に名を連ねる魔導少女が二人いる。
第一位〝天光の大魔導士〟のゆずと、今日も部屋で術式開発に勤しむ関西出身の魔導少女――第五位〝術式の匠〟こと、和良望季奈の二人だ。
そしてフランスに居るという最高序列に名を連ねる魔導士といえば……。
「確か、第四位〝聖霊の
最高序列第四位〝聖霊の歌姫〟――万人を魅了する歌声と〝天光の大魔導士〟に次ぐ膨大な魔力量を有するフランス支部に所属する魔導士だったはずだ。
さらにゆず曰く、最高序列の五人の中で突出した美貌の持ち主だとか……この辺はあまり重要じゃないな……。
「は~、その訓練に参加すれば、ゆずと季奈以外の最高序列の魔導士に会えるんだ……」
「その人が参加するなら、こっちも相応の魔導士を参加させる必要があるってことか……」
「ええ、そうでないと相手側への礼節に欠けるわ」
フランス支部において最強の魔導士が参加するのに、日本支部における最強の魔導士……つまりゆずが参加しないと割りに合わないってことだ。
ちょっと身も蓋も無い言い方になるが、要はメンツの問題ということになる。
「アタシはもちろん参加しますよ。ベルブブゼラルと季奈の戦いを見ることしか出来なかったのが悔しかったし、少しでも強くなれるならそうしたいって思うから」
「分かったわ。随分といい表情をするようになったわね」
「あはは……」
初咲さんの言う通り、これまでの戦いを通して鈴花の心境も大きく変化した結果、鈴花の表情はゆずのように確固たる意思を垣間見た。
その成長に感心していると、初咲さんからの話でちょっと腑に落ちない点がある。
「初咲さん、魔導士と魔導少女のレベルアップを図る交流演習なら、男の俺にこの話をする意味が無い気がするんですけど……」
「それよ!」
「えっ!?」
俺の指摘に初咲さんはよくぞ言ってくれたという風に前のめりになって俺に顔を近づけて来た。
あまりの勢いに驚いてしまったが、初咲さんはソファに座り直して理由を説明し始めた。
「ぶっちゃけちゃうと今こうして交流演習の話をしているのは、君にも同席してほしいからなのよ」
「ええ!? いや無理ですって! 俺が魔力を操れないのは初咲さんもよく知ってることじゃないですか!」
それとも的になれってか?
的ならある程度待てば白くてキモイのが異世界からやってくるじゃねえか。
「お願い! 君も来てもらわないと最悪交流演習が白紙になるかもしれないのよ!」
「白紙ってそんな大袈裟な……魔導士の訓練なら、別に俺がいなくても――」
「いいえ、司君は絶対に必要です! 司君がフランスに行かないというのであれば、
「え……?」
ゆずが当たり前のことのように言い切った反面、俺は戸惑いから素っ頓狂な声が出た。
ああ、解った……そういうことか……。
初咲さんがなんで俺に同行してほしいのか、完全に理解した。
単純明快……ゆずが訓練のためとはいえ俺と離れることを拒んだからだ。
平日は学校で接するからいいけど、週末から週明けの約二日間はフランスに滞在するわけだから、必然的に俺と接する時間が減る。
ゆずはそれが嫌だから、交流演習参加の条件に俺の同行を挙げたんだ。
もっと分かり易く言うと……。
好きな人と離れたくない、という恋する乙女の思考だ。
そこまで理解した俺は両手で顔を覆った。
……顔が熱い。
あー、ちくしょう……心臓の音がうるさい……。
ゆずさんってば俺のこと好き過ぎるだろ……。
能々考えると俺の行動一つに〝天光の大魔導士〟という最高戦力の動きが委ねられてんじゃねえか……。
『私が唖喰と戦い続ける理由は司君がいて当然の〝私の日常〟を守るためです。それが脅かされるというのであれば、私は唖喰だけでなく組織と事を構えることも厭いません!』
ゆずが俺に告白する前に告げたあの言葉……。
並木ゆずという少女が俺に寄せる好意はもはや同年代の少女の恋心を遥かに凌駕している。
それはもう恋ではなく、愛だ。
世界を敵に回せると断言した少女の、初めてで大きな愛。
とても純粋で、向こう見ずな、他の誰にも入り込む余地のない、俺の気持ちも無視しかねないほどの、だからこそ強い輝きをもつ愛情。
俺がゆずの日常指導係として頑張ってきた成果というべきか、代償というべきか、言葉に困るな……。
……悪い気がこれぽっちもない時点で俺も大概なのかもな。
両手を開けて、初咲さんに尋ねる。
「……先方には男の俺が魔導士の交流演習に同行するかもしれないってことは伝えてあるんですか?」
「ええ、ゆずが交流演習に参加する条件として日本支部側から提示した際に、了承を得ているわ」
それって暗に逃げ道塞がれてないか?
そう思うものの、俺の中でどんな返事をするかはもう決まってるから、むしろ背中を押されたようなものだ。
「……俺もフランスに行きます。部活のマネージャーみたく、ゆず達の訓練を出来る範囲でサポートさせて下さい」
俺の意思表明を聞いた初咲さんは静かに瞑目して頷いた。
ゆずはこれでもかと輝くような笑顔で、大変可愛らしい。
「あれ、でも男の司じゃ転送術式を使えませんよね?」
「あ……」
鈴花が重大な点を指摘する。
そうだよ。
俺じゃ転送術式を発動させられない。
「それだったら、第三者の魔導士が竜胆君の魔力を操作して転送術式を発動させるから大丈夫よ」
俺は初咲さんの助け舟に安堵した。
それなら何とかなりそうだけど、ふと疑問が浮かんできた。
「その魔力を操作する魔導士って誰がやるんですか?」
「私が――」
「いつも君の訓練に付き合ってる翡翠にお願いするつもりよ。あの子なら竜胆君の魔力を扱い慣れているでしょうし、適任だと思うのだけれど……」
「ですから私が――」
「そうですね、翡翠なら俺の魔力量も把握してますし、いいと思います」
「……ぐすん」
「はいはい、司もフランスに付いて来てくれるんだから、それくらい我慢しようねー」
ゆずの相手を押し付けて悪いな、鈴花。
初咲さんと二人で意図的にゆずをスルーしたのは、ゆずが魔力操作を理由にボディタッチを図っていることが明白だからだ。
大事な訓練に行き来する度にそんなことをされると堪ったもんじゃない。
いくら俺が同行するからって、ちゃんとTPOを弁えないといけないからな。
俺の場合嫌って言うより単純に恥ずかしいだけだが。
それに翡翠が適任なのは事実だし、魔力枯渇を起こすリスクは減らせる手段があるなら、そっちにしておくことに越したことはない。
「他に参加する魔導士か魔導少女はいるんですか?」
今知っているだけでもゆずと鈴花は確定だが、他にもいるのだろうか?
「二人以外には他県から十数名の魔導士が名乗り出ているわ」
「へぇ……そういえば季奈も最高序列の一人なのにフランスに行かないんですか?」
鈴花の質問は尤もだった。
ゆずが行くなら季奈も行くべきじゃないか?
そんな疑問に初咲さんは肩を竦めて答えた。
「季奈は不参加よ。ゆずが参加しないならともかく、当人が術式の開発に専念したいと言っているし、何より日本で唖喰が出た時に、季奈が居てくれた方がすぐに対処出来るから、という理由もあるしね」
「ゆずがフランスにいる間に唖喰が……そういうことか」
ベルブブゼラルを倒してからと言うものの、日本国内での唖喰の侵攻はかなり落ち着いている。
悪夢クラスのベルブブゼラルを倒したことと、アイツの能力で呼び出された唖喰が大量に倒されたことで、数が減っているのかもしれないな。
この時期に交流演習を行うのもそのあたりが関係しているのだろう。
「翡翠は中学生だから元の参加条件に合ってないのよ。だからあの子もお留守番よ」
「年齢制限ってことですか……」
何かお土産を買ってあげようか。
「それと……菜々美も参加をするようよ」
「っ!」
これもある意味当然だろう。
工藤の死でより強くなろうと躍起になっている菜々美さんが交流演習という絶好の機会に加わらないわけがない。
登校時にゆずと交わした通り、あの人を支えるためにもフランス行きを決めたのは間違いじゃなかった。
「まぁ、フランスへ行く際の細かい注意事項はこっちに書いてあるから、しっかり目を通して頂戴」
最後に初咲さんから渡されたプリントには日本語で渡仏の注意事項が細かく書いてあった。
それを受け取って、初咲さんからの話は終了した。
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