132話 ベルブブゼラル戦 決着


 先制は鈴花だった。


「固有術式発動、強化効果付与!」


 彼女の前方に展開された魔法陣に魔力で形成された八本の矢が通過してベルブブゼラルへと向かっていく。


 ベルブブゼラルの体に矢が直撃するが全く怯む様子はなかった。

 鈴花が矢をもう一度放つ前にベルブブゼラルが鈴花との距離を詰めて左側の爪で刺突を繰り出す。

 

「っ! 攻撃術式発動、光槍展開、発射!」


 鈴花は右側にサイドステップをして刺突を避け、魔導弓を持っていない右手で光の槍を放ち、ベルブブゼラルの左肩を貫いた。


「ギュギュギェアアアアアアッッ!!?」


 矢を受けた時には怯まなかったはずのベルブブゼラルが激痛から悲鳴を上げた。

 その反応を間近で確認した鈴花は「よし」と小さく呟いた。


「みんな、予想通り左肩の表皮だけが脆くなってる!」

「分かりました!」


 ベルブブゼラルの左肩には季奈が鈴花を助ける際に仕掛けた攻撃によって出来た網目状のヒビがあり、そこはゆずが来るまで持ち堪えた季奈が作った貴重な弱点と化していることが、鈴花の攻撃によって確実となった。


 ベルブブゼラルが未だ痛みに悶えているうちにアルベールが魔導ハンマーを上段に構えて振り下ろすが、ベルブブゼラルは飛行して回避したため、不発に終わった。


「Shit! じゃくてんが分かっても簡単にはいかないね」

「あれだけダメージがあれば左肩が弱点だということは向こうも理解はしていて当然です。隙を作って左肩に大きな一撃を入れるしかありません」

「それしかないね……」


 ゆずの言う通り、ベルブブゼラルは自分の左肩が弱点となっていることは理解している。

 逃げて時間をおけば回復するであろうが、ベルブブゼラルに逃げるつもりはない。


 ――てきは、ころす。


 相対しているゆず達を八つ裂きにして喰らい尽くさないと気が済まないこと、空腹からくる苛立ち、この二つの理由がベルブブゼラルを突き動かしている。

 

「たあっ!」

「ギュギュゲッ!」


 菜々美が鞭を振い、音速を伴う鋭い一撃がベルブブゼラルを穿つ。

 ダメージそのものは蚊に刺された程度だが、右から左から上からとあらゆる角度から襲い来る音速の連撃はベルブブゼラルをイラつかせるのに十分だった。


 その苛立ちを発散させるように、ベルブブゼラルは菜々美に向かって飛び掛かる。

 十五メートル程あった距離が瞬く間に詰められ、そのまま両方の鎌と爪で攻撃を繰り出す。

 

「固有術式発動、セルパン=マヌーヴル!」


 菜々美は動揺することなく固有術式を発動させ、変幻自在の軌道を描く鞭を操ってベルブブゼラルの四本の腕を縛って上に引き上げた。


「攻撃術式発動、重光槍五連展開、発射!」


 そうしてガラ空きになった胴体へ、左手に展開した魔法陣から五本の大きな光の槍を列車の様に連なる形で放ち、ベルブブゼラルは大きく後方へ吹き飛ばされた。


「ギュグガアアアアアアッッ!!」


 ますます思い通りにならないことに、憤怒を抱えたままベルブブゼラルは右側の鎌をゆずに向けて振るが、その距離は二十メートルも離れていたため空振りになった。


「何を……」

「ゆず、防御して!」

「っ! 防御術式発動、障壁展開!」


 ――バチィィッッ!!


 鈴花の言葉を即解すると同時にゆずが障壁を展開すると、障壁に衝撃が走った。

 

「っ一体これは!?」


 鈴花から咄嗟の忠告が無ければ訳も分からず攻撃を受けていただろうとゆずは冷や汗を流した。 


「ベルブブゼラルは鎌を振ってかまいたちを起こせるの。季奈もそれであんなに追い詰められて……」


 ベルブブゼラルが仕掛けたことを鈴花がゆずに説明した。

 ゆずはその説明に季奈の名が出てきたことで、ベルブブゼラルが季奈に何をしていたのかということも理解した。


(なるほど……〝桜華狂咲〟の効果時間が無くなるまで、先程のように遠距離から攻撃していったというわけですか……その後で季奈ちゃんはあんな風に拘束されたわけですね)


 ベルブブゼラルの悪辣さを改めて認識したゆずは、数度かまいたちを防いだあと、障壁を解除してベルブブゼラルへ駆け出していく。


「ギュギャ!」


 ベルブブゼラルは接近してくるゆずに両側の鎌によるかまいたちで攻撃するが、ゆずは軌道を読んで自身に向かって放たれる見えない風の刃を次々躱していく。


「ギュギュッ!?」


 ベルブブゼラルは驚愕する。


 ――どうしてあたらないっ!?


「見えない刃は確かに厄介ですが、衝撃波に織り交ぜていた時に比べると劣ります。一撃がそれほど強くない上に射程はあっても範囲はありません……それにかまいたちを放つ鎌のある腕をみればどのような軌道で放たれるのか容易に判別がつきます」

「ギュギャッ!!?」


 焦燥に駆られているベルブブゼラルに煽るように解説して見せたゆずは、かまいたちを障壁で数度防いで、その攻撃の特徴を把握したのだ。


 ベルブブゼラルは尚かまいたちを放っていくが、接近してくるゆずには掠りもしないまま、ゆずとベルブブゼラルの距離はどんどん縮まっていき、五メートルを切ったところでベルブブゼラルはかまいたちによる攻撃を止めて両側の爪で刺突を繰り出す。


 ゆずはスライディングをして刺突を回避した上にベルブブゼラルの右足を蹴った。

 よろけるベルブブゼラルに魔導杖を向け、攻撃術式を発動させる。


「攻撃術式発動、魔導砲、発射」

「――っ!!?」


 真下から至近距離で自身の体を飲み込む程の大きなレーザービームを受けたベルブブゼラルは、その衝撃によって上空に打ち上げられた。


 ベルブブゼラルは翅を動かして体勢を立て直すが、そこには既に先客がいた。


「ハァ~イ!」


 魔導ハンマーを上段に構えていたアルベールが満月をバックに待ち構えていた。 


「固有術式発動、メガトン・スマッシュ!!」


 魔導ハンマーが一回り、二回り大きくなり、アルベールはそれを振り下ろした。


「ギュッ……ギャギャ……!!」


 ベルブブゼラルは両腕をクロスさせて防御態勢を取るが、純粋な質量差と左肩に痛みが走ったことから衝撃を受け止めることが出来ず、真下へ叩き落される結果になった。


「これも! 固有術式発動、アシエ=デトリュイル!!」


 追撃として菜々美が二メートルを超す巨大な光球が先端に付与された鞭を振りおろし、地面に不時着したベルブブゼラルを押し潰すように落とされた。


 ――ドドオオオオオオオォォォォォンッッッ!!!


 アルベールと菜々美の攻撃を受けたベルブブゼラルはうつ伏せ気味に少し地面にめり込んだ。

 気が付けば体の至る所にヒビが出来ており、左肩は特にダメージが大きく、硬い表皮の下にある唖喰特有の白い体色が露わになっていた。


「ギュ……ギェ……」


 両腕で体を震わせながら起き上がろうとするベルブブゼラルだが……。


「固有術式発動、収束効果付与!」


 そんな隙を逃さなかった鈴花が矢を放った。

 五本の矢は魔法陣に触れると、魔法陣から一条の閃光となった一本の矢がベルブブゼラルへ向かって放たれた。


 光の速度で放たれた矢をベルブブゼラルは避けることが出来ず、矢は硬い表皮を破って胴体を突き抜けた。


「ギュギャアアアアアア!!?」


 ベルブブゼラルの腹部付近にこぶし大の穴が出来ており、その痛みにベルブブゼラルは悲鳴を上げた。


 ――いたい、いたい、いたい、いたい!!


 ――なぜこんなめにあう? ぜんぶ、ぜんぶあのてきのせいだ!! あいつがきたからだ!


 痛みと怒りがごちゃ混ぜになってベルブブゼラルはゆずへの憎悪を募らせていき、その恨みを晴らすようにゆずに向かってかまいたちを放ちながら距離を詰めていった。


 しかし、既に見切られているうえに、殺意と怒りに任せた攻撃がゆずに当たるはずがなかった。

 そのことにベルブブゼラルはさらに怒りを募らせていく。


 ゆずとベルブブゼラルの距離が三メートルを切ると、ベルブブゼラルは最大速度で鎌と爪による連撃を繰り出してきた。


 初撃で放った右側の爪の刺突は首を右に傾けるだけで避けられ、ならその首を刎ねようと続け様に右側の鎌を振るうが、振り上げられた左こぶしによって上に弾かれた。

 

「私が憎いですか?」


 ゆずはベルブブゼラルに問いかける。

 返事も理解も期待していない問いかけを。


 左肩の痛みを無視して左側の鎌を振り下ろすと、左足を軸に右足を後ろに下げて半身を反らすことで回避され、心臓に目掛けて左側の爪を突き出すがゆずの左手に側面から掴まれたことによって止められた。


「私を殺したいですか?」

 

 再度問いかける。

 その問いも返答を聞くつもりはなかった。


 今度は右側の鎌による袈裟斬りで爪を掴み止めたゆずの左手を切り落とそうとするも、ゆずが左手を引いて左側の爪を盾代わりにしたことにより防がれる。


 鎌は爪をバターにナイフを入れるようにスパッと切断し……。


「ギュギャアアアアアアアッッ!!?」


 ベルブブゼラルは自分の爪を自分の鎌で切り落とす結果となった。


「大変不愉快ですが、私も同様です」


 言葉とは裏腹にゆずの表情は毅然としたものだった。


 ゆずはベルブブゼラルの鋭い鎌や爪なら自身の表皮を易々と突破できるのではないかと予想していた。

 矛盾の語源である貫けぬものがない矛と貫けるものがない盾という相反する二つをぶつけたような状況を作り出したのだ。


 結果は切断されたベルブブゼラルの左側の爪が証明する形となった。


 爪を切断されたことによる痛みと衝撃から、ベルブブゼラルの中で募っていた憤怒と憎悪は霧散し、それまで怒りに任せていたことによって麻痺していた恐怖が顕わになった。


 ――いやだ、いたい、いやだ、きえたくない。


 ベルブブゼラルは一歩後退る。


 今すぐ飛び出さないのは、ベルブブゼラルにまだ意地が残っているからだ。


 それを支えにベルブブゼラルは……。


「ベルっ!?」

「アイツ結界を維持するために動けないベルのところに!?」


 アルベールと鈴花が声を上げる。

 ベルブブゼラルは最後の手段として後で殺せると放置していたベルアールの元へ飛翔し、右側の鎌を振り下ろそうと、鎌を振り上げる。


 ベルアールを殺せようが殺せまいが、穴詰まりとなっているポータルを包んでいる結界が解除され、他の唖喰が溢れ出れば自身が有利になると踏んだのだ。


 ベルアールは唐突に向けられた矛先に動揺して行動が遅れてしまい、ゆず達はベルアールのいる位置から距離があるためすぐに割り込めない状況……ベルブブゼラルの勝ちは揺るがなかった。



「ベル、ハンマー借りるで」



 ベルアールの足元でゆずが来るまで自信と戦い、気を失ってからベルアールに守られるように彼女の足元に横たわっていた和良望季奈が目覚めていなければ。


「おっもいなぁっ!!」


 傷は無いものの満身創痍のうえに、固有術式の反動で身体強化の術式が使えない状態である季奈に、ベルアールの魔導ハンマーはかなりの重量があったが、それでも自身とベルアールを守る盾として使うことは出来た。


 ――ガキィィン!!


「ギュギュッ!?」

「っぐ、病み上がりにも容赦あらへんなぁホンマ!!」


 季奈はそう愚痴るが、ベルブブゼラルの攻撃を防いだことにより、二人が怪我を負うこともなく、ベルアールが維持している結界も解除されずに済んだ。


 ベルブブゼラルの賭けに出た一撃は不発に終わった。


 そしてゆず達が追いついた。


「固有術式発動、アース・シェイカー!」

「ギュッ!?」


 まずアルベールの固有術式によりベルブブゼラルの動きが一瞬だけ止められた。


「固有術式発動、アン=スティング!」


 背後から菜々美が放った強烈な突きによって胴体を貫かれて地面に縫い付けられたような姿勢になった。


「固有術式発動、強化×衝撃効果二重付与!」


 鈴花が強化して放った十本の矢が、ベルブブゼラルの体をよろめかせた。

 そこへゆずが肉迫する。


 ベルブブゼラルのは右側の爪で刺突を繰り出して抵抗を試みるが、ゆずは跳躍して体を捻って右に半回転して躱す。


 そうして無防備になった左肩に……。


「固有術式発動、クラックブロウ」


 固有術式で強化した右こぶしによる裏拳を直撃させた。


「ギュグアアアアアアアアアアッッ!!!!?」


 ゆずの攻撃はベルブブゼラルの左肩から先をガラスを割るように吹き飛ばした。


 ――ばかな、ばかな、ばかな、ばかなっ!!?


 ――このままだときえてしまうっ!?


 ベルブブゼラルは左肩を破壊されたことにより、完全に死の恐怖に怯え、翅を動かして飛行して無我夢中で逃げ出した。


「はぁっ!?」

「ここまで来て逃げるの!?」

「まだ逃げる元気があったんか!?」


 唐突な逃走に鈴花達は驚愕の声を上げるが、ゆずは冷静だった。


「アルベールさん!」

「! リョーカイだよ、ユズ!」


 ゆずが自分の名前を呼んだだけでゆずがこのままベルブブゼラルを逃がすつもりなど微塵もなく、追撃することを悟ったアルベールは魔導ハンマーを構えた。


「え、ゆず? 何してんの!?」


 鈴花がゆずの行動に疑問を抱くより先にゆずはアルベールの元へ一気に駆け出して行った。


 跳躍して足をアルベールに向け、アルベールは魔導ハンマーを振り上げる。


「ユズ! いっっっけえええええええっ!!」


 ――ブオンッ!!


 そしてゆずはアルベールのハンマーを足場にした跳躍をして、ベルブブゼラルが逃げた上空へ跳んで行った。


 アルベールのハンマーによる加速もあって凄まじい勢いで上昇するゆずは、ベルブブゼラルへあっという間に追いついた。


「ギャッ!!?」


 ゆずが自身を追って来たことにベルブブゼラルは驚きの声が出た。


「はああああああああっ!」


 ゆずは右手に握っている魔導杖に魔力を流す。

 魔導杖の先端部分に一メートル程の光球が形成された。


 その輝きはベルブブゼラルが今まで見てきたどの光よりも自身を消し去ることが出来る明確な脅威を感じた。


「これで……終わりです!」


 ゆずがベルブブゼラルに向けてその大きな光球を放つ。


「ギュギャ!」


 ベルブブゼラルは迫り来る光球を避けるために振り切ろうと、大きく蛇行をした。


 ――ヒュンッ


 ベルブブゼラルの必死の回避行動によって、光球はベルブブゼラルの横を通り抜けていった。


 ――やった、よけてやった、これできえずにすむ。


 光球を避けたことで自身の生存に安堵したベルブブゼラルは、ゆずを嘲るために彼女のほうへ振り向いた。


 止めの一撃を外したことで、さぞ絶望しているだろうと、その顔をみた。



 ――あいつは……。


 

 だが、そうしてベルブブゼラルが見たゆずの表情は……。



 ――なぜ……。



 絶望しているわけでも、悔しがっているわけでもなかった。



 ――どうして……。



 ただひたすら、目の前の敵を倒すという確固たる意志をその目に宿していた。



 「固有術式発動」



 ゆずの口から、ベルブブゼラルに断罪を下すための術式の発動が告げられた。


 瞬間、ベルブブゼラルを通り抜けてそのまま上空に飛んでいった光球が、その輝きを消失させたかと思いきや、一拍おいて打ち上げ花火のように強烈な極光を放った。


「!?」


 その夜空を白夜に染め上げんばかりの輝くにベルブブゼラルは思わず顔をしかめた。

 視力が戻ったベルブブゼラルはその光景に驚愕した。



 視界の先には一目見て逃げ場は無いと信じざるを得ない――空を覆うほどの巨大な魔法陣が展開されていた。


 ――いやだ! いやだ! いやだ! きえたくない! きえたくない!


 一目見てその魔法陣が自身を消滅へと引導を渡すと確信し、ベルブブゼラルは必死に命乞いをするが、その視線を向けたられたゆずは……。



「その命乞いは聞き入れられません」


 

 歯牙にもかけずに切り捨てた。

 

「ギュ……ギュアアアアアア!!!」


 自身に残された生存への唯一の手段は、既に重力に従って落下を始めたゆずを殺すしかなかった。


 そのたった一つの方法を達成させようとベルブブゼラルは残った右腕の爪でゆずを貫こうと彼女に接近を謀る。


 

 だが、それは既に手遅れであった。



「トドメです! ルミネッセンスシャワアアアアアァァァァァァァッッ!!!」



 ゆずが魔導杖を振り下ろすと、夜空を白夜に染め上げる程の眩い極光が魔法陣から迸り、隙間が見当たらないほどの膨大な数の光の雨が流星雨のようにベルブブゼラルに向かって降り注いでいった。


 固有術式〝ルミネッセンスシャワー〟。

 ゆずの中に宿るベルブブゼラルを倒すという意思が術式の形となり現れた、〝天光の大魔導士〟が固有術式である。

 

 見た目通り魔力の消費量は著しいものだが、その圧倒的な威力と範囲はゆずが持つどの固有術式より強力なものとなっている。


 ベルブブゼラルは最大速度で以って光の雨を掻い潜ろうとするが……。


 ――ドドド。


「ギュ……」


 ――ドドドドドドド。


「ギャ……」


 ――ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!


「ギギャアアアアアアアアアア!!!!!?」


 如何なる武術の達人であっても、降りしきる雨粒を避けられないように、膨大な光の雨はベルブブゼラルの体を次々と貫いていった。


 光の礫の一つ一つがベルブブゼラルの身体を塵へと変えていく。


 ――いや……だ、きえたく……な……。


 そうしてベルブブゼラルの姿は徐々に極光に飲まれて見えなくなった。





「なにあれ!?」


 その光景を地上で見ていた鈴花はゆずが発動させた桁違いな術式の規模と威力に驚いていた。


「綺麗……」


 菜々美は光の雨が降り注ぐ光景に見惚れる。


「はは、土壇場でえげつない術式を作りよった……」


 季奈は納得半分、呆れ半分でそう笑った。

 しかし、見惚れる間も無く、季奈はベルアールに声を掛ける。


「ベル! アレ光の雨こっちまで降ってくるみたいやから、ウチが合図したら結界解除してや」

Okayいいの?」

「そのポータルから出てくる唖喰共の処理に手間取ってもうたら、ウチら全滅やで? せやったらゆずの術式に巻き込ましたほうが一石二鳥やろ?」

「ワォ! そういうこと! じゃあワタシはねんのために障壁を展開しておくね」

「お、おおきになぁアル」


 季奈達がそんな会話をしている内に、ゆずが降らせた光の雨が地上に絨毯爆撃じゅうたんばくげきのように降り注いできた。


「ベル、今や!」

Release解除!」


 季奈の声を合わせてベルアールはポータルを覆っていた結界を解除した。


 すると、今まで結界内に押し詰められていた唖喰達が栓を開けた炭酸のようにドバっと溢れ出てきたが……。


 ――ドドドドドドドドドドドドドド!!!


「ギャアア!!」「シャギャアアアア!」「クルアアアアア!」「ピイイイイイ!」「グルルルルルアアアァァァァァ!!」「ゴボバアアアアアア!!」「シャアアアアア!?」「ガアアアアアア!」「オオオオオオオッ!?」「ガオオオオオオ!!?」「ギギギギギギギッ!?」「グエエエエエエエエエエッ!」


 光の雨が余すことなくポータルごと唖喰達を塵に変えていった。


「うっは、なんちゅう威力やねん!」

「凄い凄い! なんかもう凄すぎるって!」

「流石にベルブブゼラルでも耐えられないはず……!」


 目の前で唖喰達が塵芥の如く消え去っていく光景に、鈴花達は感心するばかりだった。


 そうしてキャンプ場から見える夜空を覆っていた巨大な魔法陣は内包していた魔力が尽きたのか、ゆっくりと光を失って夜の闇に紛れるようにして消えた。


「っと……」


 それと同時に上空にいたゆずが地上に戻ってきた。

 身体強化術式と空中に障壁を展開して降りてきたことで、綺麗な着地を決めたのだった。


「……」


 すかさず上空へ顔を向け、ベルブブゼラルの姿が無いか確認をする。

 先の白夜が嘘のように、夜空は月明かりに照らされており、悪夢のような唖喰の姿は全く見当たらなかった。


 ――確かに直撃したはず……。

 ――お願い……!


 自分の持てる全力を以って戦いに臨んだ。

 これでもしあの唖喰が生きていたのであれば、また誰かを危険な目に遭わせてしまうかもしれない。

 

 それこそ、戦死した静の様に。


 だからこそ、ゆずは祈った。


 ベルブブゼラルを消滅させられていることを。


 ――ピリリリッ!


「!」


 ゆずが祈るように両手を重ねると観測室から通信が入ってきた。

 

「……はい」

『みんな……お疲れ様』

 

 通信の相手は初咲だった。

 堪らずゆずは尋ねる。


「初咲さん……ベルブブゼラルは?」

『今レーダーで反応を確認中よ」


 ゆず達は固唾を飲んで計測結果を待つ。


 両手を重ねて祈っているのは何もゆずだけではなかった。

 鈴花も菜々美も季奈もアルベールもベルアールも、皆が朗報が来ることを祈った。

 

『結果が出たわ』


 初咲の言葉に全員が息を呑み……。



『ベルブブゼラル反応は……消滅を確認。ベルブブゼラルの討伐完了よ!!」



「「「「「い………やっっったあああああああああ!!!!!」」」」」


 ベルブブゼラル撃破の報に、現場にいたゆず達だけでなく、観測室にいた構成員達の歓喜の声も通信越しに聞こえた。


「やった! ついにアタシ達が勝ったんだ!」

「よ、よかったぁ……よかったよぉ!!」

「はぁ~、今回はめっちゃ疲れたわぁ~」

「ワァーイッ!」

「Mission compl作戦完了ete……!」


 鈴花達は各々の反応で歓喜に震えていた。

 特に菜々美に至っては涙ぐむほどであった。


 ゆず達も誰もその事を咎めることはなく、むしろ同じように目に涙を浮かべる様である。


 それだけ強大な敵を倒せたという事実が、彼女達の心を震わせていたのだ。


『勝利の余韻に浸りたいところだけれど、まずは戦闘区域周辺の修復をしないとね』


 初咲はそう告げてから通信を切った。


「とりあえず、周辺に唖喰はおらへんし、ちょっと休んでから修復作業に入ろか」

「そうだね。もう悪夢クラスの相手なんてこれっきりで十分よ……」

「皆頑張ったもんね」

「ハァ~、もう眠たいよ……」

Tiredつかれた……でも、もうひとふんばり……」


 ひとまず休憩してから修復作業に入ることになったが、菜々美は一人立ち上がった。


「……私、先輩の遺体を綺麗にするね」

「ぁ……」


 ゆずが小さく息を漏らす。

 戦闘時の興奮が収まり、菜々美の胸中に静が殺された悲しみが込み上げて来たことを悟ったからだった。

 

 治癒術式で死者の蘇生は出来なくとも、遺体を綺麗にすることは可能である為、菜々美は自分の手で敬愛していた先輩である静の遺体の処理を買って出たのだ。


「……菜々美さん、私も手伝います」

「大丈夫だよ」


 ゆずの申し出を菜々美は制止し、彼女にあることを促す。


「それよりゆずちゃんには早く行く場所があるでしょ?」

「――っ!」


 何処に、とは言われずともわかった。


 ベルブブゼラル撃破という事実に彼女の鼓動を速めている要因はこことは別の場所にあるため、早くその場所へ赴きたいのは山々だったが、鈴花達だけに後処理を任せることに踏み切れないでいた。


(はやく行きたい……でも後処理が……)

「ゆず」

「っ、鈴花ちゃん?」


 ゆずが自身の欲求と責務に葛藤していると、不意に鈴花から声を掛けられた。

 鈴花の方に振り向くと、鈴花だけでなく季奈とアルベール、ベルアールもゆずを見つめていた。


「皆さん……」

「ゆずちゃん、後のことは全部私達がやっておくから、行って来ても大丈夫だよ」

「っ!」


 ゆずの葛藤などお見通しという菜々美の言葉に、ゆずは目を見開いたあと、静かに頭を下げて一気に駆け出した。



 ――彼のいる場所まで。

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