126話 一週間の日々
八月五日。
その日は鈴花ちゃんとの特訓のあと、鈴花ちゃんの家に行きました。
切っ掛けは鈴花ちゃんとの会話でした。
鈴花ちゃんが放った矢の雨を掻い潜って、私が攻撃術式で鈴花ちゃんに勝利したあとのことです。
「ううぇ~、今のも避けられるなんて……調子も取り戻したみたいだから何よりだけどさ~」
「ありがとうございます。鈴花ちゃんも惜しかったですよ」
互いを労ったあと、訓練用の魔導装束を解除してシャワー室へ向かう途中、私はふと思い出したことがありました。
「そういえば色々あって忘れていましたけれど、夏休みの課題は進んでいますか?」
「――!」
私がそう訊ねた瞬間、鈴花ちゃんは凍りついたかのようにピタリと歩みを止めました。
「……鈴花ちゃん、まさか?」
その反応だけで鈴花ちゃんが何を思っていたのか分かった私は鈴花ちゃんに詰め寄ります。
「………ベルブブゼラルとかゆずのこととかで完っ全に忘れていました」
「……はぁ、この後行くつもりだった夏季限定パンケーキは課題が終わるまでお預けということで」
「うわあああああごめんなさいいいいいいい!!!」
謝るくらいならちゃんとやっていればと口に出掛ったところを噤みました。
今鈴花ちゃんが言ったように、鈴花ちゃんが課題を忘れてしまったのは、ベルブブゼラル出現と私の心配が原因となっていることは否定できません。
ここは私も手伝うことにします。
「鈴花ちゃん、私も手伝うから早く課題を終わらせましょう。あとどれくらい残っているのですか?」
「……」
「鈴花ちゃん?」
「……どの教科も一ページたりとも進んでいないって言ったら……怒る?」
「………」
呆れて物も言えないとはこのことですね。
「……今夜は寝かせませんよ?」
「そのセリフが課題のためじゃなかったら喜んでたよ……」
自業自得です。
そういったわけで鈴花ちゃんの家で課題を片付けることになりました。
ただ、終わった後に鈴花ちゃんから「ゆずがスパルタ思考なのは変わらないね」と言われましたが。
八月六日。
この日は季奈ちゃんと訓練をしたあと、対ベルブブゼラルの作戦を話し合っていました。
「――って方法があるんや」
「確かに、アルベールさん達のあの固有術式なら……」
そうしていくつか作戦を考案して、私はシャワー室へ行こうとした時に、季奈ちゃんに呼び止められました。
「ゆず」
「季奈ちゃん? 作戦に何か不備でも……」
「ああ、ちゃうちゃう。作戦のことは後でウチと初咲さんの二人で詰めるわ」
「では何を……」
「ゆずってつっちーのこと好きなんやろ?」
「はい、司君のことは好き……ええっ!?」
何気なく言われたため、私も口を滑らせてしまいました。
そして私はどうして季奈ちゃんに司君への気持ちがバレてしまっているのかという動揺で、顔が熱く、心臓が激しく動いていました。
「ど、どどどうして……分かって!?」
「え、本気で言っとるんか? ゆずが自覚する前からゆず以外皆知ってんで?」
「えええええっ!? みみ、皆って、翡翠ちゃんや初咲さんも!?」
「知ってんで~。むしろバレてへんって思っとった方が驚くわ~、まぁゆずが自覚する前から分かりやすかったで」
「えぇ……」
確かに司君への気持ちを受け入れてから、今まで司君と接してきた出来事を思い出すと、どうしてあんな大胆なことが出来ていたのか不思議なほどでした。
そう思ったと同時に、季奈ちゃんの言葉に妙な引っ掛かりを覚えました。
「季奈ちゃん、皆ということは……
「えっいやいや、そんなわけあらへんって! つっちーって無自覚やったゆずに『俺のこと好きなのか?』って聞かんかったやろ!?」
季奈ちゃんが慌てて否定をしますが、私には一切信じられません。
なぜなら私の無自覚な好意が分かりやすかったこと、司君の妙な察しの良さという点から、季奈ちゃんの言うことは信用できないからです。
……司君に私の気持ちがバレていて、気持ちを伝える前に断られるのが怖いという反面、もしかしたらという希望的観測な期待もありますが。
「……信じられません」
「ほ、本当かどうかベルブブゼラルを倒してつっちーに聞いたら……」
「流石の私でもそれが告白同然であることぐらい分かります!!」
「それの何が悪いねん! つっちーの気持ちも確かめられて、ゆずの気持ちも伝わって一石二鳥やないか!!」
「開き直らないでください! 私にだって心の準備というものがあるんです!」
そもそもそれが出来るのなら、どう気持ちを伝えればいいのか悩んでいません。
「転送術式発動! と、とにかくウチはつっちーが知っとるかどうか知らへんからな!」
「あ、待って下さい季奈ちゃん、まだ話は……」
季奈ちゃんはわざわざ転送術式を使って逃げていきました。
この後、真偽を確かめるために鈴花ちゃん達に聞きまわったのですが、はっきりとした確証を得ることはできませんでした。
ただ、菜々美さんに、
「ゆずちゃんなら可愛いから大丈夫だけど、私だって負けないからね!」
と言われました。
……とりあえずこの話は季奈ちゃんの言う通り、ベルブブゼラルを倒した後に考えることにします。
八月七日。
今日は訓練を休んで、アルベールさんと二人で昼の巡回に出ています。
前回戦闘があった商店街を中心に回っていますが、その商店街での戦闘から一度もポータルが開いていないそうです。
初咲さん曰く、ベルブブゼラルの能力で溢れ出た唖喰達がいなくなったからではないか、ということらしいですが、真相は分からないままです。
野菜の売り出しを宣伝する八百屋さんの声、半額セールの服を見ている二人の主婦、アイスを食べ歩きしながら笑い合う子供達。
商店街ではあんな戦いがなかったかのように日常の光景を取り戻していました。
「……」
「ユズ、〝人の気も知らないで〟なんて考えていたの?」
「……筋違いだと、理解はしているのですがどうしても思わずにはいられませんね」
どうやら顔に出ていたようで、アルベールさんに心情を言い当てられてしまいました。
「エット確か……〝となりのしばふはあおい〟っていうんでしょ?」
「少し違う気がしますが……まぁ私が日常を過ごせていないのに、あんな風に楽し気に過ごされている姿を見ていれば、そうなりますね」
「ヨワキになっちゃだめだよ? そしたらできることもできなくなっちゃう」
「ええ、その通りですね。さ、長居は無用ですので移動を再開しましょう」
「オッケ~」
そうして移動している最中に、以前なら弱気になっていることを指摘されたら、意地を張って否定していたと思いました。
ちゃんと変われていることを実感しながら、その日を終えました。
八月八日。
今度はベルアールさんと訓練をしました。
訓練後、私はベルアールさんに訊ねたいことを聞いてみました。
「
「はい、翡翠ちゃんと同年代のお二人がどのような経緯で魔導少女として戦っているのか、知っておこうと思いまして……あ、言い辛いことでしたら、無理に聞くつもりはないので……」
「N
「ええ、何度か会った記憶があります」
マードリック・j・エルセイ。
ベルアールさんとアルベールさんの祖父であり、唖喰対策機関オリアム・マギのアメリカ本部の本部長という、組織の最高責任者です。
一番最後に顔を合わせたのは、今から一年前に序列三位の〝占星の
温厚な顔立ちの奥に、確かな意思を感じる人物でした。
「本部長とお二人が戦うことに関連性があるのですね?」
「T
そこからベルアールさんが語ったことはこういった内容でした。
お二人が学校に行く途中で唖喰と交戦していた〝破邪の戦乙女〟に出会い、唖喰が見えた二人は戦いを終えた彼女に唖喰と魔導のことを問い詰め、連絡を受けたマードリック本部長は吃驚したらしいです。
本部長から直接説明を受けた二人は、自分達の祖父が世界を守る組織のトップであることを誇り、その孫である自分達が唖喰と戦っていないことを恥じたそうです。
当然、孫娘を関わらせたくない本部長と両親は反対しますが、紆余曲折を経て〝破邪の戦乙女〟が教導係として育成することとなり、晴れて二人は魔導少女になったということでした。
「……詰まるところ家族のためですか」
「
そのあたりは鈴花ちゃんも同じことを言っていましたね。
戦う理由は十人十色とはいえ、案外近しい理由がほとんどなのかもしれないと、私は思いながらその日を終えました。
八月九日。
今日の捜索は工藤さんと一緒に行動することになりました。
彼女にも意固地になっていたことを謝罪したのですが、自分は鈴花ちゃんや菜々美さん程、心配していなかったと言われて、逆に謝られました。
互いに謝ってばかりでは捜索もままならないと、その話は一旦止めて一通り羽根牧区内を捜索しますが、ベルブブゼラルの姿も生体反応も見つかりませんでした。
「私ね、正直に言うと竜胆君に嫉妬していたのよ」
「え?」
捜索を切り上げてオリアム・マギ日本支部へ戻る道中で、工藤さんからそんなカミングアウトをされました。
更にその内容に司君の名前が出てきたことで、私は耳を傾ける以外の選択肢を一切捨てます。
そうして予想します。
工藤さんが司君に嫉妬する理由……。
「……工藤さんも司君の事が好きなんですか?」
私がそう尋ねると、工藤さんは目を見開いてびっくりした後……。
「……そう、って言われたらどうする?」
「ええっ!?」
瞳を潤わせて切なげな表情を浮かべる工藤さんに私は大いに驚かされました。
ですが、工藤さんはすぐににっこりといたずらを成功させた子供の様に、明るい表情に変わりました。
「な~んて冗談よ。生憎と彼は私の趣味とは合わないから、金輪際、恋愛対象として見れないわよ」
「それって司君に魅力がないって言いたいんですか……?」
「ちょ、ごめんなさいって!? そんな瞳から光を消して抑揚の無い声で脅さなくても大丈夫だから! そりゃ彼ほど行動力のある男の子は見たことはないから、魅力を全く感じてないわけではないわよ……」
「分かりました……ですが、くれぐれもうっかり好きにならないでくださいね……?」
「ならないならない……はぁ、これ早く彼を起こさないと並木ちゃんがヤバい子になっていってる気がするわ……」
工藤さんがなにやら知りたくなかった事実に直面したように呆れた表情を浮かべていました。
「それで、工藤さんは司君にどのような理由で嫉妬していたのですか?」
「ああ、そうね……ほら、私って菜々美の教導係を務めて来たでしょ?」
「そうですね、工藤さん程面倒見の良い方はそうそういないと思ってはいます」
「ありがとう。まぁ私が一年掛けても付けられなかった菜々美の自信を、彼が半年も経たずに持たせちゃったっていうだけなの」
言われて納得しました。
司君と出会った後からというもの、菜々美さんは自信と実力を加速度的に付けていったのは把握していましたが、それまでは工藤さんが奮闘していました。
「色々自信の持ち方を説いてきたわ……経験を積むとか自分の大切な物を見つけるとか……それが初恋で全部解決したって理解した時に、〝私がこの子の教導係として接してきた一年は何だったんだろう〟って落胆したわ」
「……」
工藤さんが胸に抱いた無力感がどれほどのものなのか、私にはよく分かりました。
菜々美さんに叱責されるまでの私がまさにそうでした。
「それでも菜々美は私のことを先輩って慕ってくれて、それで気付いたわ。私がしてきたことは、もしかしたら下地を作ったのかもしれないってね」
「下地、ですか?」
「そう、あの子が竜胆君と出会って恋をするまでの下地作り……そう考えたら私が二人の恋のキューピットだと思わない?」
「思いますけれど、余計なことをって気持ちが強いです」
「正直なのはいいけれど、もう少しオブラートに包んでもいいのよ……?」
工藤さんは泣きそうな表情を浮かべました。
ちょっと意地悪でしたか……。
「冗談です。菜々美さんが司くんに好意を寄せていなければ、私は死んでいたかもしれませんので、工藤さんの尽力には感謝しています」
「……ああ、もう。竜胆君の影響が凄すぎて本当に調子が狂うわね」
そう苦言を漏らす工藤さんの表情は、どこか感嘆としたものでした。
八月十日。
今日は菜々美さんが私の部屋に訪れて来ました。
とはいっても本当は隣の翡翠ちゃんの部屋に行って彼女に声を掛けたのですが取り合ってもらえず、途方に暮れていたところを菜々美さんに励まされたばかりなのです……。
「やっぱり、司君の事で私が恨んでると思われているようですね」
「う~ん、前々から思ってたけれど、翡翠ちゃんって司くんのことをどう思っているのかな?」
「それは、恋愛感情の有無というわけですか?」
「そうそう。前に司君に聞いた時は『妹がいたらあんな感じかな』っていってたけれど、翡翠ちゃん側の気持ちを良く知らないなーってね」
菜々美さんの言う様に、私も良く知りませんでした。
もし、翡翠ちゃんが司君に異性としての感心を持っているとすれば、あれだけ頻繁に抱き着くのにも納得がいくように思えます。
そうであれば、翡翠ちゃんが唖喰への恐怖を押し殺して、私の命を助けてくれたように戦場に立つ意思を持つことが出来たのにも理解が出来る気がします。
「そういえば菜々美さんは先程から何を読まれているのですか?」
「ん? ゆずちゃんにプレゼントした夏休み初日と私と模擬戦をした時から以外真っ白な日記帳だよ?」
「っちょ、えええええええっっ!?」
事も無さ気に答えた菜々美さんがひらひらと見せた茶色の革製の表紙に〝diary〟と書かれている本を見て、私は驚きと羞恥のあまり叫んでしまいました。
「どうして勝手に見るんですか!?」
「だって司くんが目覚めた時に、ゆずちゃんがどれだけ苦労したか知ってもらおうために一番手っ取り早いと思ったんだけど……どうして模擬戦の時まで真っ白なのかな?」
「そ、その、司君が眠ってしまったことにショックが強すぎて、模擬戦の時まで日記の存在を失念していまして……」
「もう、司くんとの出来事以外もちゃんと書く事って手紙を挟んでたのに勿体無いなぁ……」
「うぅ、すみません――ってやっぱり勝手に見たことに変わりありませんよ!?」
危うく絆されるところでした。
こんな風に彼女と気安く接することが出来るのは、私の日常を彩る要因の一つとなっていました。
八月十一日。
今日は久しぶりに司君のお見舞いに来ました。
変わらず眠ったまま司君の様子を、私は無言で見つめていました。
「……司君が眠ってから明日で三週間が経ちますね」
それほどの日数が過ぎているということにあまり実感が持てませんでした。
そう思えるほどの忙しなかったのか、印象が薄かったのか、どちらかはっきりとしないことに、改めて自分の日常に司君が必要だったと感じました。
「……」
私は眠っている司君の右手を取ります。
その手は私の両手でも包み込められないくらい大きくて、でも生きているとは思えないくらい冷たくて、胸が締め付けられるように痛みます。
「司君」
私は痛みに押されるように大切な人の名前を呟きました。
「……」
ぽつりと出た呟きに返事はありません。
そのことにまた胸に痛みが走って、思わず涙が出そうになりますが、寸でのところで堪えます。
「……もう涙は、ベルブブゼラルを倒した後まで流したくないですから」
司君の手を包んだまま目を閉じて祈ります。
――どうか、私達が勝てるように。
いつまでそうしていたのか、時間を忘れるように祈っていた私は、司君の手を放して立ち上がって病室を後にしました。
その翌日である八月十二日の午後七時。
久しく現れていなかったポータルの出現と、ベルブブゼラル発見の報せが届きました。
場所は……司君と友達になった、あのキャンプ場でした。
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