104話 山岳地帯の戦闘


 山岳地帯に辿り着くと、既に鈴花ちゃんと季奈ちゃん、工藤さんに柏木さんが既に唖喰と交戦していました。


 鈴花ちゃんが三体のラビイヤーを矢で射抜き、季奈ちゃんは薙刀を左回りに大きく振るってローパーとシザーピードを切り裂く、工藤さんは光刃による一太刀で突進攻撃をしてきたリザーガを両断して、柏木さんは鞭でイーターに連撃を浴びせて塵にしていました。


「カハァッ!」


 鞭を振るった柏木さんの背後をイーターが口を開けて光弾を吐きだそうとしていたため、私はそのイーターに魔導杖を向けて攻撃術式を発動しました。


「攻撃術式発動、光剣二連展開、発射」


 杖の先に展開された二つの魔法陣から二本の光の剣が放たれて、柏木さんに向けて光弾を吐きだそうとしたイーターに突き刺さり、塵に変えました。


「あ、並木ちゃん! ありがとう!」


 イーターが消えると同時に私に気付いた柏木さんがそうお礼を言ってくれました。

 それに私は会釈で返しました。


「遅れてすみません」

「そんな些細なこと気にせんでええよ」

「ちゃんと来てくれるだけでもありがたいわ」

「ゆずがいれば百人力だからね」

「鈴花ちゃん油断は禁物ですよ」

「油断はしてないよ、頼りにはしてるけど」


 鈴花ちゃんはそう言って前進していきます。

 私としては頼りにされることに嫌な気持ちはありませんが、過信されるのも困りものです。


 今回の戦闘で悪夢クラスの唖喰がいるのか分かりませんし、仮にいたとしてもどんな能力を持っているのか分からない現状で、私の力がどれほど通用するのか不安です。


 それでも全力を尽くさない理由にはなりません。

 例え魔力切れを起こすとしても……。


「ゆ~ず、ちょいと気張り過ぎやないか?」


 季奈ちゃんが私の頭に手刀を軽くトンッと落として来ました。

 そのせいで集中力が乱れてしまいました。


 何をするのかと季奈ちゃんの方へ視線を向けます。


「……気が緩んでいるよりはマシかと思いますが」

「せやけど張り過ぎもようあらへんやろ? つっちーのこと以外になんか気になることでもあるんか?」


 私の言葉に季奈ちゃんは飄々ひょうひょうとした態度を崩さないまま返しました。

 司君以外に気になること……。

 

「……翡翠ちゃんのことです。あの子は司君が眠る三十分前後に司君と会っていたそうです」

「あ~、大体察したわ……あの時みたいに自分の所為やって自分を追い込むところやったんやな」


 翡翠ちゃんの初戦闘時、致命傷を負った彼女を救うために教導だった魔導士が文字通り命懸けで彼女の命を救って、自らの命を散らしました。


 その事実を伝えられた当時の翡翠ちゃんのことはよく覚えています。

 当時の私は恐怖と後悔に苛まれている翡翠ちゃんに対して、励ますことも慰めることもせず気にも留めなかったという非情としか言いようのない態度を取っていました。


 今日はそうならなかっただけに私を変えてくれた司君には感謝の気持ちしかありません。


「その場は私が何とか落ち着かせましたが、翡翠ちゃんにあんな思いをさせた唖喰には司君のことを抜きにしても腸が煮えくり返る気分です」

「同感や。唖喰ってなんでやらしい性分の奴ばっかなんやろうなぁ」

 

 ひたすら気味の悪い外見。

 狡猾で悪辣な攻撃性。

 

 大まかに挙げた唖喰に共通するこの二つだけでも、唖喰という怪物の全てを語れるようなものです。


 どうして唖喰という存在がいるのか、どうして三百年以上も飽きずにこの世界を狙うのか、疑問は尽きません。


「まっ降りかかる火の粉は払うっちゅうことで抗っていくしかあらへんな」


 季奈ちゃんがそう言って話を終わらせて、唖喰の方へ駆け出して行きました。

 私も特に会話を続けるつもりもありません。


 一人残った私の元へ四体のイーターが大きな口を開けて飛び掛かって来て、私を噛み殺そうとしてきますが……。


「攻撃術式発動、光刃展開」

「グ、ガァ……」


 杖に展開した光の刃で以って四体のイーターを撫で斬りにして消滅させました。


「シャアアア!」

「シュー!!」


 五体のラビイヤーとシザーピードが同時に襲って来ました。

 ラビイヤーの攻撃を躱して出来た隙をシザーピードが突くという算段であることを見抜いた私は、躱さずに光刃でラビイヤー達を切り裂き、大きなハサミを振り上げたシザーピードに向けて左手を突き出しました。


「攻撃術式発動、重光槍二連展開、発射」


 二本の大きな光の槍で貫かれたシザーピードはハサミを振り上げた姿勢のままサラサラと塵が風に乗って消え去って行きました。


「グアアァァァッ!!」


 シザーピードを倒したのも束の間、三体のリザーガが突進を繰り出してきました。

 私は光刃を展開している杖を構えて迎撃しようとしますが……。


「そうはさせないっての!」

「グアッ!?」

「ゲゲェッ!?」

「ガ、ゲェ……」


 鈴花ちゃんが十本の矢を射って、リザーガ達を消滅させました。

 鈴花ちゃんのいる方に視線を向けると彼女は弓を持っていない右手を親指を立ててサムズアップをしていました。


「攻撃術式発動、光槍三連展開、発射」


 お礼として、私は鈴花ちゃんの後ろにいた二体のローパーを消滅させました。


「う……」


 遅れてローパーに背後を取られていたことに気付いた鈴花ちゃんは口端を引きつらせて、ローパーだった塵を忌々し気に睨んだあと、自身の前方にいるイーターへ弓を構えて矢を放ちました。


 今回の戦闘では人数が多いことで、鈴花ちゃんは周囲への警戒を少し疎かにしてしまっていました。

 ですが今ので気を引き締めたようで、同じように背後を狙って光弾を吐きだそうとしたイーターを矢で射抜いています。


 鈴花ちゃんはもう心配はいらないだろうと思い正面に向くと、五体のラビイヤーが私を標的として定めて、弾みながら接近してきました。


「攻撃術式発動、光弾五連展開、発射」 


 ラビイヤー達と同じ数の光弾で撃ち抜き、続けさまに襲ってくるイーターには光刃で両断しました。

 足元から小さな振動を感じ取った私はその場からバックステップをして飛び退きます。


 先程まで立っていた地面からローパーの触手がうねりを伴って現れました。

 

「グアァ!」


 一体のリザーガが突進攻撃で迫ってきました。

 タイミングの良さから私が触手を躱すこと読んでいたと思います。


 だからといって思い通りになるわけではないのですが……。


「っはあ!!」

「クブゥ!?」


 身体強化術式の出力を上げた右足によるソバットでリザーガを蹴り飛ばしました。

 そして蹴り飛ばした方向へ左手を向け、光剣の一本放ちます。


 地面に叩きつけられたリザーガに回避する方法はなく、光剣に貫かれて消滅しました。


 私へ向かってくる唖喰を警戒しつつ、他の皆さんの様子を窺います。


 季奈ちゃんは薙刀と苦無を駆使して唖喰を倒していっています。


「攻撃術式発動、光刃展開!」


 薙刀の石突部分に光刃を展開して柄の両端に刀身がある両刃刀のような形態になりました。


 それを風車のように激しく旋回させることで、接近してくる唖喰やローパーの触手を次々と切り落としていきます。


「ギギィッ」

「うわ、めんどくさっ!」


 季奈ちゃんと前に二体のスコルピワスプが現れました。

 ローパーやリザーガとは比べ物にならない空中機動能力とサソリのような尻尾から放たれる散弾針はかなり厄介です。


 季奈ちゃんが面倒な相手だと思うのも無理はありません。

 そんな己の長所を見せびらかすように、スコルピワスプは不規則な軌道を描きながら季奈ちゃんに迫ります。


「っ!」


 季奈ちゃんは苦無を投げて近づかれる前に倒そうとしますが、直線でしか動けない苦無と不規則な軌道で飛べるスコルピワスプでは話になりません。


 苦無をものともしないスコルピワスプと季奈ちゃんの距離は五メートルを切りました。


「ギギッ!」


 スコルピワスプはサソリの尾を一度後方に引いて、一気に前に振りかぶります。

 勢いよく突き出された尾から、幾重もの黒い針が放射線状に放たれました。

 

 針が飛ばされる速度はかなり早く、視認してからの回避は絶望的です。

 

 が、スコルピワスプの前にいるのは〝術式の匠〟と呼ばれる季奈ちゃんです。

 

「固有術式発動、絡繰り門」


 季奈ちゃんの前方に魔法陣が展開され、スコルピワスプの針は魔法陣に吸い込まれました。

 

「ギ――ゲッ!?」


 スコルピワスプは針が消えたことを訝しますが、魔法陣から針が自身に向かって飛んできたことに気付いたのは、全身が自分の針で串刺しにされた後でした。


 自身の攻撃で塵となったスコルピワスプをしり目に、季奈ちゃんはもう一体のスコルピワスプの方へ苦無を投げました。


 スコルピワスプはサッと身を捻って躱しますが、それを見た季奈ちゃんは悔しがることなく――むしろ狙い通りといった風にニヤリと笑いました。


 ――パチィンッ。

 ――ドオオオォォォンンッ!!


 季奈ちゃんが左手でフィンガースナップをするとスコルピワスプが避けた苦無が爆ぜて、至近距離から爆発を受けたスコルピワスプは跡形も無く消し飛びました。

 

 先の攻撃で苦無に何の仕掛けもないと錯覚させ、最小限の動きで躱したと思ったところで苦無の仕掛けを発動させたというわけですか。


 次に工藤さんと柏木さんの様子を見てみます。

 二人は固まって唖喰を撃破しているようです。


「攻撃術式発動、光弾六連展開、発射!」


 工藤さんが三体のイーターに向けて光弾を放ちます。

 イーター達は光弾を避けようとしますが一瞬だけ影がイーター達に触れると、壁にぶつかったように動きが止まり、工藤さんの放った光弾を直撃で受けて塵になりました。


 影の正体は柏木さんが振るった鞭です。


 悪夢クラスの唖喰との戦闘を想定して魔力を温存している私達の中では柏木さんの魔導武装では少々攻撃力不足な面があります。


 ですが工藤さんの攻撃術式を直撃させる補助に回ることでその欠点を補っていました。


「いい調子よ菜々美!」

「はい、先輩!」


 柏木さんが鞭を上に振り上げて、一気に振り下ろします。

 鞭の先端が風を切って一瞬でローパーの触手を絡め取り、動きを封じます。

 ローパーの触手は触れるものを溶かす凶悪な物ですが、柏木さんの鞭には魔力を纏わせているため、触手の特性を防ぐことが出来ます。


 己の武器を封じられたローパーを柏木さんは勢いよく引いて、工藤さんへと引き寄せました。

 

「攻撃術式発動、光剣二連展開、発射!」


 飛んできたローパーを光剣で貫いて塵にして、次の唖喰へと攻撃を仕掛けます。


 しかし、工藤さんの背後を三体のシザーピードが突いてきました。

 工藤さんは前方の唖喰に集中していて気付いていないようです。


 シザーピードが工藤さんへ高速で接近し……。


「させないよ……固有術式発動、アン=スティング!」


 柏木さんから見て直線に並んだ瞬間に固有術式によって強化された鞭が一本の槍のように放たれ、その貫通力は三体のシザーピードを貫いてなお遠距離まで及んでいました。


 派手さはないですが、確かな攻撃力を持っているのがよく分かる固有術式です。


 柏木さんはシザーピード達を貫いた鞭を右方向へ振り切って両断することで三体とも塵に変えて、工藤さんのサポートに戻りました。


 皆さんの奮戦で山岳地帯に現れた唖喰の数も大きく減りました。

 残りの唖喰の居場所を確かめるため探査術式で周囲の索敵を行うと、一つだけ高速で接近してくる唖喰の生体反応がありました。


 その唖喰が視界に入った刹那の瞬間に私は確信しました。


 今まで見たことのない姿と遠目でも伝わって来る上位クラスの唖喰以上のプレッシャー……。


 あの唖喰こそ、司君の意識を奪った元凶である悪夢クラスの唖喰だと。


「――見つけた……」


 私は悪夢クラスの唖喰の元へ駆け出します。


「わ、ゆず!? ちょっと待って!」

「すまん、二人共こっち任せてええか!?」

「わ、わかった! 気を付けてね!」


 私の後ろを鈴花ちゃんと季奈ちゃんが追い駆けてきています。

 一方で柏木さんと工藤さんは残りの唖喰の処理を引き受ける形になったようです。


 未だこちらに気付いていない悪夢クラスの唖喰へ向けて、私は杖を向けて攻撃術式を発動しました。


「攻撃術式発動、光槍三連展開、発射!」


 杖の先から展開された三つの魔法陣から三本の光の槍が放たれますが、悪夢クラスの唖喰の横を掠めるだけに留まりました。


 それでも私は内心安堵しました。


 悪夢クラスの唖喰が私の存在を認識して、こちらに向かって来たからです。


 接近してきた唖喰との距離は二十メートル……そこまで近づいて来て敵の全長が五メートルを誇ることを把握しました。


 これまでの唖喰と同様に白い体と随所にある赤い線があり、頭頂部はつば広の帽子のような形になっていて、顔の造形は蝿そのものといったように見えますが、くちばしが付いています。

 

 嘴はラッパのような形状をしていますが、あれは管楽器の一つであるブブゼラというものだと解りました。

 

 背中には二対の翅があり、それによって素早い移動が可能のようです。

 細い手足……手先は一本の鋭い爪があるのが確認出来ました。


「ギュギュギェ……」

「うわ、鳴き声も気持ち悪い……」

「見かけはカオスイーターより怖くあらへんけど……」

「……」


 唖喰は相対する私達が獲物としてどれほどの価値があるのか品定めするような下卑な視線を向けて来ます。


「司君を……返してもらいます!」


 私は唖喰に杖を向けて、宣戦布告をしました。

 

 悪夢クラスの唖喰との戦いの火蓋は、こうして切られました。

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