90話 満月の夜の唖喰連戦 ⑦
魔導弓を構えて魔力を流す。
弓に十本の矢が添えられた。
ゆずを助けるためにはあの子を拘束している触手を消す必要がある。
ただゆずを拘束している一本だけを消すだけじゃだめだ。
他の触手も消さないとアタシも捕まってしまうかもしれないし、そうなったらミイラ取りがミイラになる。
そうならないようにするには物量攻めでいくしかない。
「固有術式発動、分裂効果付与!」
弓の射線上に魔法陣を展開する。
通過した矢を十倍に増加させるこの魔法陣を十本の矢が通って、十の矢は百の矢の雨となってグランドローパーに降り注いだ。
「クイイイィィィィィィィ!!?」
一本一本のダメージは大きくないけど、塵も積もれば山となるみたいに一度で大量に浴びせられたら相当効くはず。
「攻撃術式発動、光弾展開、発射!」
グランドローパーが怯んだ隙にゆずを捕まえている触手に向けて光弾を直撃させた。
半ばで切断されれば触手の拘束力は弱まる。
拘束力が弱くなったことに気付いたゆずは落下したままで触手を振り払った。
「ゆず!!」
アタシはゆずが地面に落ちないように飛び込んで抱えた。
ゆずの体は四肢が血と肉がドロドロに溶け混ざっていて、とても直視出来る状態じゃなかった。
体の至る所から出血しているゆずの血がアタシの魔導装束に付いて血の匂いがするけど、構わずにゆずを落とさないように抱きしめた。
「す、ずかちゃん……」
「大丈夫、今すぐ治すから……治癒術式発動!」
ゆずに治癒術式を施す。
そうしたらゆずの体はみるみると元の白い肌に戻っていった。
ゆずの魔導装束はもうボロボロだ。
とてもじゃないけど戦えるようには見えない。
そうなるとアタシ一人でグランドローパーと戦う羽目になる。
怖い……でもそれ以上にこのままゆずが死んじゃったり、司に会えなくなるのがもっと怖い。
「ゆずは防御術式で自分を守ってて」
「鈴花ちゃん、っ、まさか一人で戦うつもりですか!?」
ゆずがアタシの意図を察して止めようとしたけれど尻餅をついた。
そんな状態じゃ尚更アタシが戦わないといけないじゃん……。
「しょうがないでしょ。菜々美さんはホテルのみんなを守らなきゃいけないし、ゆずは魔導装束がボロボロになってるから幾つか術式が使えなくなってるんでしょ? だったらまだ体力も魔力もあるアタシが戦うしかないよ」
「でも――」
「それにそろそろ限界だし」
「え?」
アタシが何を言いたいのか分からずにゆずはポカンとした表情を浮かべた。
それがまた可愛くて戦闘中なのに微笑ましくなった。
「人にトラウマ植え付けたり、女の子を傷付ける唖喰にはホントうんざり! だからお灸を据えてやろうって」
「お、お灸……?」
「だからさ――アタシが無茶しないようにアタシを見守っててくれる?」
動けないゆずにそんなお願いをする。
初めてグランドローパーと戦った時はアタシ一人で戦っていたけれど、ゆずがアタシを見守ってくれていれば、なんだか安心できるって思ったから頼んでみた。
「……解りました」
ゆずは嫌な表情をせずにアタシなら大丈夫って信じてくれた。
その信頼があればもうグランドローパーなんて怖くない。
「クアアアアアアアア!!」
グランドローパーが雄叫びを上げてアタシに触手を突き出してきた。
アタシは弓を構えて矢を五本形成する。
「固有術式発動、強化効果付与!」
魔法陣を展開して五本の矢を通過させる。
五本の矢はグランドローパーの触手を受けても勢いが止まることなく突き進んで行ってグランドローパーに突き刺さった。
「クィィィィィィアアアアアアアア!」
「攻撃術式発動、光剣五連展開、発射!」
グランドローパーが悶えている内に追撃を加える。
五本の剣をグランドローパーの本体になっている五つの球体の内の一つに突き刺さって消滅させた。
「次――っ!?」
次の術式を発動させようとしたけれど、グランドローパーは黒い触手でアタシを殺そうと薙ぎ払ってきた。
あの触手の威力を身をもって受けたことがあるから、最大限の警戒を向けていたアタシは術式を発動した。
「攻撃術式発動、爆光弾展開、発射!」
弓を持っていない右手を黒い触手に向けて放った。
爆光弾に触れた黒い触手は半ばで爆ぜてアタシに当たらなかった。
駆けていた足を止めて地面を滑りながら弓を構えて矢を六本形成する。
それを射るけどグランドローパーは他の触手で身を守ることで六本とも防がれた。
でも悲観はしない。
続けさまに三本の矢を形成する。
「固有術式発動、貫通効果付与!」
射線上に展開した魔法陣を三本の矢が通過すると、矢は勢いを増して矢を防ぐために一か所に集まった触手を障子を破いた時みたいにあっさりと貫通して、グランドローパーの球体も貫いた。
「攻撃術式発動、光槍三連展開、発射!」
矢が通った軌道をなぞらせるように光の槍を放った。
槍を妨げる障害物も手立てもないまま、矢が貫いたグランドローパーの球体を消し炭にした。
もっと追撃をしたいところだったけれど、アタシは深追いせずにバックステップで距離を取った。
理由はグランドローパーの中央にある球体から出ていた黒い触手が再生し終えていたから。
さっきゆずがやられた手段をアタシが受けるわけにはいかないから警戒は怠らなかった。
黒い触手がアタシを目掛けて振り下ろされた。
それを右方向にサイドステップして躱す。
地面に叩き付けられた触手は土を溶かしながらアタシのいる方向へ迫って来た。
さっきみたいに爆光弾を放って消し飛ばすのもいいんだけど、触手が再生するたびに意外に魔力消費の激しい爆光弾を放っていたらグランドローパーにトドメを刺す前に魔力が無くなっちゃう。
それを防ぐには迎撃ばかりじゃだめだ。
「転送術式発動、ショートワープ!」
即座に転送術式を発動させて避ける。
迫ってくる触手を避けることも出来たけど、唖喰のことだから途中で動きを変えてくるかもしれなかっらから、アタシは転送術式で攻撃の届かない位置へワープする方を選んだ。
転送先はグランドローパーの背後だ。
グランドローパーはすぐに気付いて黒い触手を向けてくるけど、すぐに届かせられないしさっきの矢を受けた触手はまだ再生出来ていないから、触手より先にアタシが攻撃出来る時間はある。
「十本フルをお見舞いしてやるんだから!!」
言葉通りアタシが射た矢は十本。
グランドローパーは咄嗟に中央を除いた二つを盾代わりにして受け切った。
そして反撃だというように黒い触手で刺突を繰り出してきた。
「――っち」
矢を射たばかりだから他の術式を放てないアタシは、ゆずみたいに障壁を空中に展開して足場代わりにすることは出来ないから、このまま触手の一撃を受けるしかない。
アタシ一人だったら。
「固有術式発動、プリズム・フォース!」
七色七重の障壁がアタシとグランドローパーの黒い触手の間に割り込むように展開された。
黒い触手は七色の障壁を貫けずに受け止められて、アタシは無傷のまま着地出来た。
「ありがと、ゆず!」
「いいえ、今の私に出来るのはこれくらいですから」
「でもアタシが本当に危ないって時まで割り込んでこないなんて、信じてくれてて嬉しいよ!」
完璧なタイミングで防御をしてくれたゆずに惜しみない称賛を送った。
「クイイイイイィィィィィィアアアアアアアア!!!」
アタシを殺せる絶好の機会を妨害されたことにグランドローパーは大きな雄叫びを上げた。
どんな攻撃をしてきてもいいようにアタシはグランドローパーの出方を窺う。
「クアアアアアアアアァァァァァァァァ!!」
そうしてグランドローパーは再生し終えた赤黒い触手をうねうねと動かして突き出してきた……アタシじゃなくてゆずの方へ。
「っ、この外道……! 防御術式発動、障壁展開!」
「鈴花ちゃん!?」
ゆずがさっき発動してくれた固有術式〝プリズム・フォース〟には大きな欠点がある。
それは二つは展開出来ない点と一度展開した結界は破壊されない限り任意の解除が出来ない点。
それを知ってか知らずかグランドローパーは七色の障壁に止められている黒い触手以外の赤黒い触手を全てゆずに向けて放ってきた。
アタシが展開した結界陣じゃすぐに破壊される。
だからアタシは身体強化術式の出力を最大で発揮してゆずと触手の間に割り込んで、アタシの展開できる最大高度の障壁を展開した。
ギリギリのタイミングで割り込んだのが功を奏してゆずを守ることは出来た。
「ぐ、……くぅ……っ」
でも自分の防御に間に合わなくて左わき腹に一本、右太ももに一本の触手が突き刺さった。
熱い、熱い、熱い……!
でも、あの時腕を抉られた時ほどじゃない……!
身悶えたくなるのを必死に噛み締めて堪える。
あの時グランドローパーに追い詰められたのは腕の痛みに気を取られてすぐに治癒術式を発動させられなかったからだ。
あの時と同じような失敗をするわけにはいかない。
触手に溶かされる前に刺さっている箇所へ魔力を集中させて塵にする。
まだいける……まだ戦える……!
「鈴花ちゃん! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫じゃないよ滅茶苦茶痛い!」
ほんとに痛くて仕方ない。
ゆずがいなかったらとっくに心が折れてる自信があるし、今もグランドローパーを倒す方法を探ることも出来なかったかもしれない。
そう、このまま戦っていてもアタシが勝てる見込みがない。
一応倒すための方法はあるんだけど、その一撃を叩き込める隙がない。
アタシはゆずと違って一度に展開できる数が少ないし速さもない。
触手による物量押しが得意なグランドローパー相手に圧倒的に手数が足りない。
分裂効果で赤黒い触手を消せても黒い触手までは威力が足りない。
かと言って一撃に集中したくても避けられるか防がれるかして仕留めきれない可能性の方が高い。
「クアアアアアアアアァァァァァァァァ!」
「!」
グランドローパーはアタシとゆずを潰そうと黒い触手を振り上げた。
まずい!
アタシじゃあの触手を受け止められるような障壁を展開出来ない。
かと言って回避しようにもゆずを抱えていたら攻撃が出来ない。
でもどうにかしないとこのままじゃ、二人共、殺され――。
「――諦めちゃだめです!」
ゆずの声が聞こえた。
「司君と季奈ちゃんがカオスイーターに襲われていた時、私は二人を助けられないと諦めそうになりました。でも司君は私が絶対に助けに来ると信じて、決して諦めませんでした!」
諦めそうになった?
ゆずが?
ふと浮かんだ疑問は続いたゆずの言葉で掻き消された。
「ですから私は信じています! 鈴花ちゃんなら絶対に勝てると!」
ゆずの目は唖喰と戦う時と同じように絶対に折れない意思を宿していた。
ああ、司はやっぱり凄いね。
魔力を操れないのに、ゆずが諦めそうになった時ですら諦めずに抗えるなんて。
少なくともその時のゆずがどんな気持ちだったのかよく分かった。
「あっちはカオスイーター三体で、こっちはトラウマ元のグランドローパー一体……こんな相手に諦めてたら情けなくなるじゃん……」
胸の奥が暖かくなるのを感じる。
勇気とか希望とか気合とか根気とかよくわかんないけど、一個だけよく分かることがある。
「絶対に負けてたまるか!」
負けん気。
一番感じたのはその気持ちだった。
こっちは半人前でも魔導少女なのに、武器持ちの一般人より先に諦めてるようじゃ立つ瀬がない。
アタシの叫びを合図にグランドローパーが黒い触手を振り下ろしてきた。
触手に対抗するように衝動のまま弓を構えて術式を発動させる。
「固有術式発動、貫通効果×分裂効果、
矢の数は十本。
射線上に二つの魔法陣が重なるようにして展開された。
その魔法陣を通過した十の矢は百に増加して……。
グランドローパーの黒い触手を
「クィィィィィィアアアアアアアアッッ!!?」
グランドローパーは予想外のダメージに驚いていた。
「はぁ、はぁ、い、今の……」
今まで発動させてきた固有術式よりずっと強力なものだった。
そうして思い出したのは固有術式が構築される二つの例だった。
一つは魔導士が時間を掛けて構築する方法。
もう一つは……ふとした瞬間に構築するいわゆる覚醒のような方法。
アタシは今まで矢に一つの効果しか付与出来なかったけれど、今発動させた固有術式は二つの全く異なる二つの効果を一本の矢に付与させることが出来たんだ。
確かに凄い効果だけど、未調整の固有術式だから魔力の消費が激しかった。
この分だと後一回が限界かも。
でも今はその一回があれば十分だ。
弓を未だに悶えているグランドローパーに向けて構える。
弓に魔力を流す。
出現した矢は最大数の十本。
「固有術式発動、強化効果×収束効果、
射線上に二重の魔法陣が現れる。
狙いはグランドローパー。
「いっけええええええ!!!」
矢を射る。
二つの魔法陣を通過した十本の矢が重なって、グランドローパーへと放たれた矢は、まるで彗星のみたいに煌びやかな軌跡を描いて飛翔していった。
グランドローパーは再生させた触手を伸ばして矢を防ごうとするけど、それでアタシが全力で放った矢が止まるはずもなく、次々と触手を貫いていく。
収束効果は魔法陣を通過した矢を一つに束ねて放つ術式で、魔法陣を通過する矢が多ければ多い程、それはあらゆる障害を貫く強大な一矢になる固有術式だ。
元々は隙を見てこの術式でグランドローパーにトドメを刺そうとしたんだけど、せっかくだから強化効果も付与したアタシが出せる全力で放った。
咄嗟の構築だったからもうアタシの魔力はすっからかんだけど、この矢がグランドローパーを倒せると確信していた。
そうして彗星の矢がグランドローパーの体に触れた途端……いつかゆずが〝クリティカル・ブレイカー〟でグランドローパーを叩き切った時みたいに閃光が迸った。
「グ、ク、ァ……」
光が治まって元の満月に照らされた森が視界に映るとグランドローパーは跡形もなく消え去っていた。
「……探査術式発動」
まだ緊張が解けないまま瞼を閉じて探査術式を発動した。
そうして森中の生体反応を確認して……唖喰の反応が一匹もないことを確かめ終えたアタシは、緊張の糸が切れて地面に倒れてしまった。
「はぁ、はぁ、つ、疲れた……!」
もう一歩も動ける気がしなかった。
「お疲れ様です、鈴花ちゃん」
魔導装束を解除して制服姿に戻ったゆずが労ってくれた。
「うん、そっちこそお疲れ様。なんとかなって良かった」
「鈴花ちゃんなら必ず勝てると信じていましたから」
「もう~、信じてくれるのはいいけどさ、そんなにプレッシャー掛けるのやめてよ~」
「え、あ、ごめんなさい……」
ゆずは申し訳なさそうにするけど、アタシは内心おかしくて仕方なかった。
「冗談。ありがと、信じてくれて」
「あ……」
アタシがそう言うとゆずはキョトンとしたけれど、すぐに微笑んだ。
「もう少し休んだら治癒術式で傷を治してホテルに戻りましょうか」
「うん、そうしよっか」
そうして満月の光を浴びながらアタシとゆずは体を休めた。
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