91話 3章エピローグ 修学旅行の終わりと事後処理
波乱の夜が明けて、修学旅行の最終日となった。
最終日って言っても朝食を食べたら羽根牧区に帰るだけだからもうやることはほとんどない。
あの後、ホテルに戻ったアタシとゆずは先生達に事情を説明した。
まぁ、唖喰のことを馬鹿正直に話すわけにはいかないし、事前に馬場さんに言われていたとおり熊のせいにした。
もちろんそんなことがあったから肝試しは中止。
例年に比べてカップル誕生数が少なくなったけれど、アタシとしては命あっての物種だと思う。
別に今すぐに恋愛しなきゃいけないってわけじゃないし、生きていれば今よりいい人に出会えるかもしれないしね。
「改めてゆず、昨日はお疲れ様」
「ありがとうございます。でも本当に頑張ったのは鈴花ちゃんなので、私はあまり……」
「いや二百体の内四分の三を一人で倒してる人が謙遜しちゃダメでしょ……」
「そ、それでもグランドローパーを倒せたのは鈴花ちゃんが頑張ったからですよ」
「まぁ、そういうことにしておこうよ」
「はいはい、わかりましたよ~」
個人で自由な席に座って朝食を食べながら昨日の戦闘を知る四人でそんな会話をしていると、ゆずが不意に顔をある方向に向けた。
「……」
そこにはあからさまに恨みの視線で睨みつけてくる色屋がいた。
「色屋か……一応魔導と唖喰の記憶は消してあるんだよな?」
「はい、ですが私のことを忘れたわけではありません」
「なんで?」
色屋の記憶からゆずのことを忘れさせれば変に絡まれることはないのに、どうしてそうしたのか疑問に思った。
「私一人との記憶を消したところであの人が元々抱えている人間性がまともになるわけではありませんから、いずれ私以外の被害者が出てくる可能性の方が高いからです」
「あくまで記憶処理術式が適用されるのは魔導と唖喰関連だけで、それ以外の記憶には干渉できない上に下手に記憶を消しちゃうとその人の在り方を壊しちゃうからとっても繊細なの」
ゆずが自分に関する記憶を敢えて色屋の中に残した理由を、菜々美さんが補足してくれた。
「でもゆずのことを忘れてないんだったらまたストーカー行為を繰り返すだけじゃない?」
「ですから既に手は打っています。恐らくそろそろかと思うのですが……」
ゆずが再度色屋の方に視線を向けたから、アタシ達も釣られてそっちに視線を向けた。
――ピリリリリリリリ!
突然携帯の着信音が鳴って、誰のかと思っていたら色屋のものだったみたい。
『ちょっと優!? 一体どういうことなの!? 今警察の人が家に入ってきてアンタの部屋を調べてるわよ!?』
「っはぁ!?」
電話にでた色屋の携帯から怒りと戸惑いが合わさったような声が聞こえた。
よっぽど慌てていたのか電話の主の声が離れているアタシ達だけに限らず朝食を摂っている羽根牧高校二年生にも聞こえた。
けれどそんな周囲の反応すら気にならない程の衝撃が色屋に襲っていたみたいで、電話の内容に大きく驚いていた。
「か、母さん、なんの冗談――」
『冗談なんかじゃないわよ!? どういうことか説明――ひぃっ!? ちょっと、盗聴器ってどういうこと!? それに女の子の写真が大量に……。どういうことなの、優!?』
「……な、なんで……」
変わらず周囲に響く電話越しの声で、アタシは色屋のストーカー行為の証拠を警察の家宅捜索によって押収されたことだけは分かった。
ともかく罪の証拠を押さえられたことで、色屋の顔色は真っ青になっていた。
同じく電話を聞いていた先生が事情を把握するために、色屋を連れてホールを出て行くまで、状況に付いて行けていない人達は会話もなく黙々と食事に移っていった。
「……ゆず、なにをしたんだ?」
司がゆずにそう尋ねた。
「昨夜のうちに初咲さんに事情を説明して、組織のコネクションを用いて警察に動いて頂いただけです。ストーカー行為の常識としてデータのバックアップは基本だから、家宅捜索すればポンッと出てくるだろうと言っていました」
「国家権力の横暴だ……」
警察を動かせるとか世界を守る各国公認の組織の恐ろしさを垣間見た気がした。
「ええっと、今回みたいなストーカーもだけど、魔導士は女性にしかなれないことをいいことに組織内でもセクハラとかパワハラがある支部があったりするの。貴重な魔導士が犯罪の被害に遭ったせいで戦えなくなるのは避けたいから、魔導士を守るために国家機関に要請する権利が組織に与えられているんだ。もちろんそう何度も行使していい権利じゃないけどね」
警察がロクな確証も無しに動いた理由を菜々美さんが説明してくれた。
日本支部じゃ隅角さんがアタシ達を含む魔導士のスリーサイズを把握しているけど、それは業務上どうしても避けられないことだし、それを悪用しているわけじゃないけど、他国の支部も同じだとは限らないみたい。
今回のケースで言えばゆずは色屋にストーカー行為を受けた。
しかも魔導器をゆずから奪った窃盗行為、司を日常指導係から解任させて自分を任命させる上に司の記憶を消してゆずにも司の記憶を消させるっていう脅迫行為もあるから完全にレッドカードなわけだ。
「長くなりましたが、色屋さんの中に私の記憶を消すと彼から証言を得られなくなってしまうというのが理由です」
「そうすれば確実に罪を問われることになるってわけか」
「はぁ~、ただ記憶を消すだけでいいってことじゃないのね~」
「でもこれを機にちゃんと更生してほしいっていう並木ちゃんの優しさだもんね」
菜々美さんが締めくくった言葉に誰も口を挟まなかった。
自分を傷付けた奴に更生の機会を与えるなんて、ホントにお人好しなんだから……。
「でも戦闘で倒れた木を修復とか、本当にアタシ達が手伝わなくて良かったのかな?」
「初咲さんや馬場さんからも他の魔導士を後日派遣するので手伝う必要はないと仰っていますし、そもそも私達は組織では休暇扱いでこれ以上は休暇の意味がないということですから、大人しく受け入れるしかありません」
「なにもピンポイントで唖喰が出てくることないのにね~」
ゆずが言った通り唖喰との戦闘で荒れた森は魔導士を派遣してもらって修復するから、アタシ達はゆっくり帰っていいって言われた。
せっかくの厚意を無下にするわけにはいかないのと、戦闘後でアタシとゆずと菜々美さんはへとへとだから喜んで受けた。
そうして朝食を食べ終えてバスやフェリーに揺られながら、アタシ達は羽根牧区へと帰って来た。
バスの中じゃアタシとゆずはまだ昨日の戦闘の疲れが残っていたからほとんど寝ちゃってたけどね。
ただ、目が覚めた時に司が左側にいるゆずと右側にいる菜々美さんに寄り掛かられているのはちょっと面白かった。
駅前のバス停で解散して各々の家に帰っていく。
「じゃあ、私達はここで。また明日ね」
「菜々美さんとゆずも気を付けて帰って下さい」
「はい、また明日。司君」
「またね~、ゆず」
ゆずと菜々美さんはオリアム・マギ日本支部の居住区に住んでいるから、アタシと司とはここでお別れ。
二人と別れて、アタシと司は二人で並んで帰路につく。
そういえばこうして司と二人で帰るのって久し振りだった。
ゆずが転入してくるまでいつもとはいかなくても、よく一緒に帰っていたっけ。
そう思うと無言のまま帰るっていうのも味気が無い気がしたから会話をしてみる。
「ねえねえ、ゆずが司のこと好きって自覚したけどさ、何か進展あった?」
「進展って……特に何もねえよ」
「ふ~ん、まぁ二人になんて返事をするのかちゃんと考えておきなよ?」
「分かってるよ」
司が悩まし気に答えた。
ゆずと菜々美さんの二人から好意を寄せられている司だけど、今まで告白されて付き合った女の子は美沙以外いない。
それは相手に対して司の気持ちをハッキリと示してきたからだ。
高一の時にクラスの女子の告白を断ってるし、当時三年だった漫研の女子部長の告白も振っている。
何が言いたいかっていうと、司が今の恋愛価値観を持ってからここまで自分の気持ちを推し量れずにいるのは初めてってこと。
簡単に返事できないっていうのは司が二人に並々ならない気持ちを持ってることの裏返しってことだけど、果たしてそれに気付いているのやら……。
「俺のことだけじゃなくて、鈴花はどうなんだ? 魔導少女を続けるんだろ?」
「あ~、話題逸らした」
あからさまに話題を逸らした司に苦言を刺すと、ジト目で睨んできた。
「まだ答えがでてないんだからいいだろ。で、どうなんだ?」
「一夜限りの復帰なわけないでしょ。戦うに決まってるよ」
「……そうかじゃあ鈴花の好きなようにすればいいさ」
「とか言って~、ホントは心配で心配で夜も寝れないんでしょ~? んげっ!?」
初めて魔導少女になるって言った時と違ってあっさり認めた司をからかうと、頭にチョップをして来た。痛い。
「心配なのは本当だが、この分だといらないかもな~」
「ごめんごめん、ちょっとした照れ隠しじゃん……」
頭をさすりながら本音を明かした。
慢心していた時と違ってアタシを信じて背中を押してくれたことに素直に感謝出来るわけないのにね。
それからも談笑しながらアタシと司は家に帰った。
〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇
「――ふぅ」
オリアム・マギ日本支部の支部長室のデスクにて、ゆずがまとめた夢燈島における戦闘の報告書を読み終えた。
そこには二百体以上の唖喰が夢燈島の森に潜んでおり、現場にいたゆずと菜々美、さらに前線を退いていた鈴花の三人で対処したという。
だが初咲が一番注目したのはポータルに関する記述である。
実は日本支部ではポータル出現の反応があったものの、すぐに消えてしまったのである。
初咲はてっきりゆず達が出現したばかりのポータルを発見して破壊したと思っていたが、ゆずから送られた報告書にはポータルの存在が確認出来なかったという記述がされていた。
(他国の支部の魔導士がいた? でもそうならゆず達と一緒に戦うメリットを取るはず……なら一体どういうことなの……?)
ポータルは一度開けば術式によって破壊しない限り自発的に閉じることはない。
故に初咲はこのポータルの即消滅に疑問を抱いていた。
まるで何らかの脅威の前兆のような漠然とした不安を感じざるをえなかった。
「……なんだか、嫌な感じね」
魔導少女達の日常が脅かされないことを祈りながらも初咲はそんなことを呟いた。
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