87話 満月の夜の唖喰連戦 ④
「アタシがゆずと一緒に唖喰と戦う」
鈴花の言葉に司は理解出来なかった。
そもそも、彼女が魔導少女として前線に出なくなったのは、上位クラスの唖喰であるグランドローパーに殺されかけたのが理由なのだ。
それ以来ゆずの訓練の相手はしていたものの、ポータルが出現しようとはぐれ唖喰に遭遇しようと、一度も唖喰と戦っていない。
「何? 自棄になったって思ってる?」
「……唖喰は怖くなくなったのか?」
「バーカ、今もめっちゃ怖いに決まってんじゃん」
「っ、じゃあなおさら鈴花が戦うなんて言い出す意味が分かんねーよ!」
司の怒りを見て、彼が本気で自分の身を案じていることを鈴花は理解出来た。
以前は分かろうとも受け入れなかった司の想いを明確に感じた鈴花は彼を安心させるように微笑んだ。
それを見た司は、鈴花の表情を訝しむ。
「……なに笑ってんだよ」
「ううん、今度はちゃんと司が心配してるのが伝わったから、アタシも成長してるんだなって思っただけ」
「……」
鈴花が司の言葉に耳を貸さなかったのは、彼女が慢心を抱いている時のことだった。
あの時からもうすぐ二か月が経とうとしている。
その間に鈴花の心境は変わりつつあった。
「それにいくらゆずが〝天光の大魔導士〟でも一人で二百体以上も相手じゃ多勢に無勢でしょ? まだ唖喰に対する恐怖を克服できたわけじゃないけど、多分一回でもどうにかすれば後は勢いで行けるはず……」
「行けるはずってそんな曖昧な……」
「でも、ずっと後ろでビクビクしながら見ていたら、次に戦えるようになるのがいつになるのか分からないよ……」
唖喰の名前を聞く度に鈴花の頭にはグランドローパーの黒い触手で自分の左腕が溶かされた前後の光景が過る。
その時の事は今でも夢に見ている程で、ゆずに見捨てられたり、ゆずも殺されたりするという悪夢という形で出てきていた。
その悪夢を見る度に治療されたはずの左腕が痛んで夢から覚める。
夢から覚めた瞬間、幻肢痛に苦しんで涙が止まらず、左腕がピクリとも動かなくなるときもあった。
自分でも相当根深いトラウマになっている自覚はあった。
それをどうにか克服しない限り、ゆずや菜々美に季奈と一緒に戦うなんて到底無理だと思い始めた。
「そんなに焦ることないだろ。鈴花は鈴花のタイミングでいいんだって」
「それじゃダメ! 後回しにしたら絶対に後悔する。そう思えるくらいアタシは今ここで戦いたい!」
「後悔……」
「司が河川敷ではぐれ唖喰に襲われてるって聞いて、戦えないことに凄く不甲斐無く思ってたんだよ!?アタシにも唖喰と戦う力があるのに、怖くなかったら今すぐにも行けたのにって悔しかった!」
「――!」
河川敷の戦いの後、ゆずのおかげで生き延びた司は全身筋肉痛で済んだものの、見舞いにきた鈴花はいつもと変わらない様子だったが、その心内に強い後悔を感じていたとは思っていなかった。
せいぜいが心配を掛けたくらいだと思っていたのだ。
鈴花がそんな気持ちを感じていたとは露も知らなかったことに、司は言葉が出なかった。
「とても怖かっただろうなと思ってアンタの見舞いに行ったら、全然いつもと変わんない調子で、魔力があっても操れないから魔導術式を使うことも出来ないのに、二回も死に掛けてるのに、アタシよりずっと強い司が眩しくて仕方なかった!」
自分には唖喰と戦える力があるのに、怖がって立ち止まっているのが恥ずかしくなった。
「何かしなくちゃって思って、アタシが一番出来ることってなにかなって考えて、必死に考えて決めた……アタシも唖喰と戦うんだって」
そのため、司の見舞いの後から〝術式の匠〟である季奈に色々協力を頼みいつでも戦えるように準備して来ていた。
「口だけじゃないって証拠も見せるよ……魔導器起動、魔導装束、魔導武装、装備開始」
鈴花は右手首に付けているメビウスの輪のように二つの輪が重なっている形状のブレスレット型の魔導器を起動させる。
足元に出現した魔法陣が一瞬で鈴花の頭上まで通り抜け、それまで学校の制服だった鈴花の装いが変わった。
「その魔導装束って……」
「うん、季奈に頼んで変えてもらった」
鈴花が装備した魔導装束のデザインは以前より大きく変わっていた。
上半身のフィットスーツ部分はゆずと同じグレーを基調とした武骨だったものから、オレンジをメインに深緑の胸当てが装備されており、右手にも同色の籠手が嵌められてる。
紺色のスカートの前部分はプリーツスカートの形状で膝上丈に、腰からふくらはぎに掛かるまで長さのある三枚の帯が備え付けられ、黄色がかった白色のサイハイブーツ、というものに変わっていた。
そして鈴花の左手には〝ショートボウ〟と言われる弓が握られていた。弓には様々な種類があるが、鈴花の持つ弓はよくファンタジー作品で出てくる弓とよく似た形状であった。
季奈曰く、この弓は魔力を矢にして射るもので、弓の長さは個人の体格に合わせて調整されているらしい。
魔導武装で顕現する武器は、最初の一回に限り武器の性能は度外視で発動させる必要があり、それは当人に相性のいい武器を出すためだとされている。
季奈の魔導武装が薙刀と苦無というのは彼女がそれらを扱う武術に精通しているためで、ゆずは特攻癖があった頃に術式をより強い出力で放つためである。
菜々美の鞭は本人が様々な武器を試した結果、あれが一番しっくり来たという。
鈴花の魔導武装が弓になったのは、季奈曰く過去のトラウマから近接戦闘を避けたいからではないかという。
そう言われると間違ってはいないと納得出来た。
鈴花自身も自分はゆずや季奈と違って苦痛に対する耐性が無い。
そのため傷一つ負いたくないという臆病さから出来た武器が弓だと理解できた。
一度武器の形が決まれば後は細かい調整をして魔導武装術式の完成となり、弓は鈴花の手にしっかりと馴染んだ。
鈴花の姿を見た司は依然不安気な表情を見せるが、その眼差しは既に鈴花を止めるつもりがない様子だった。
「魔導武装まで……本気なんだな?」
「本気、かぁ……それアタシが魔導少女になるっていう時にも言ってたね……」
「意味は大分違うけどな」
司がそう苦笑交じりに呟いた。
司の言う通り〝本気〟の意味合いが違った。
最初の〝本気〟は〝後悔しないのか〟という意味だった。
今の〝本気〟は〝もう一度辛い思いをしてもいいのか〟という意味であった。
鈴花は今になって思った。
――司が居てくれてよかった。
唖喰との戦いの過酷さを知り、日常でも自然体で接してくれる幼い頃からの友人。
今も自分の心配してくれているのもしっかり理解出来ている。
その心配を突っぱねたことがあったが、もうあんなことはしないと誓った。
覚悟を決めた鈴花はちゃんと司に自分の気持ちを打ち明ける。
「アタシ、司と友達でよかったよ」
「……そっか、じゃあ……行ってこい。そんでちゃんと帰ってこい」
「うん……行ってきます」
そうして鈴花は司と別れて唖喰がいる森の中に入って行く。
司は色屋を教師達に引き渡してからホテルの中で増援が来るのを待つことになっている。
菜々美はその周辺の防衛を務めることに専念という形だ。
司も菜々美も本当は一緒にゆずのところに行きたいはずだが、司は何も言わずに「わかった」と言って反対しなかった。
「ゆずを信頼してるのか、アタシを信頼してるのか……どっちもか」
初陣以外で司に良いところを見せることが出来た自信がない鈴花だが、それでも司は〝鈴花なら大丈夫だ〟と信じてくれた。
もう慢心していた頃とは違うと認めてくれた何よりの証拠だった。
そんな司からの信頼に、鈴花の心には恐怖を乗り越えようとする勇気が湧いてきた。
「親友からの信頼に応えないとね!!」
視線の先には唖喰が七体いた。
ラビイヤーが七体、ローパーが二体だった。
復帰戦の肩慣らしの相手としては十分と判断した。
彼女に気付いたラビイヤー達との距離は五十メートルも無く、鈴花は迫りくる敵に対して攻撃を仕掛ける。
ラビイヤーが接近し、ローパーが触手を伸ばす最中、鈴花は左手で弓をしっかり握り、弓の弦を右手で引き絞りながら魔力を流す。
魔力を素に青白い三本の光の矢が出現する。
鈴花は冷静に三体のラビイヤーに狙いを定めて……。
「っし!!」
右手で引いていた弦を離し、矢を射る。
「シャグッ!?」「シュブッ!?」「ジュ……!?」
放たれた三本の矢は一本たりとも外れることなくラビイヤー達を貫いた。
狙いを定めた段階でロックオン機能が働いているため、多少の軌道修正がされることにより余程のことが無ければ外すことはない。
「シュルルー!」
二体の内一体のローパーが鈴花に四本触手を放ってくる。
下位クラスとはいえ、自分のトラウマの元であるグランドローパーを否応でも彷彿とさせる攻撃に鈴花は一瞬体が竦むが、ゆずを助けたい気持ちと司の信頼を思い出して攻撃術式を発動させる。
「攻撃術式発動、光剣五連展開、発射!」
放たれた光の剣は四本はローパーの触手を切り落とし、五本目でローパーを突き刺した。
ローパーが痛みに悶えている内に、弓を構えて三本の矢を射る。
追撃の矢を避けることも出来ずにローパーは塵に姿を変えた。
「シャアア!!」
矢を放ったことで動きが止まった鈴花に四体のラビイヤーが飛び掛かっていく。
前後左右、四方を囲むように接近してくるラビイヤー達の攻撃を躱せば、その隙に残っているローパーが鈴花を触手で捕らえようという算段だった。
「攻撃術式発動、爆光弾展開、発射!」
鈴花は手の平に展開したバスケットボールサイズの光弾を地面に叩きつけた。
それによって発生した爆発と閃光により、彼女を包囲していた四体のラビイヤー達は吹き飛び、ローパーの触手も巻き添えになった。
閃光がおさまらないうちに、鈴花はローパーのいた方角へ四本の矢を射る。
「ギ……シュ……」
矢が直撃したのか、ローパーは小さな断末魔を上げたのが聞こえた。
爆光弾による閃光がおさまり、周囲の唖喰達を倒せていることを確認した鈴花は、一度大きく深呼吸をした。
「ガアアアアア!」
「! 今度はイーター!?」
一息ついたところで新たに五体のイーターが乱入して来た。
二体が鈴花を食らおうと飛び掛かり、後方にいる三体が鈴花の逃げ道を塞ぐように光弾を吐きだす。
バックステップで二体の攻撃を躱した鈴花はすぐに弓を構えて魔力を流すして六本の矢を展開し、一気に射る。
六本の矢は前方の一体と後方の二体に刺さったが、浅かったためか消滅することなく鈴花に向かって来た。
「ならこれで!」
鈴花は再び弓に魔力を流して矢を形成する。
今度は三本と少ないが、もう二メートルの距離まで接近しているイーターに放った。
三本の矢の内、一本がイーターに触れるや否や光弾と同等の破裂が発生した。
もう二本の矢も後方にいたイーター達に突き刺さり、同じように破裂を起こして塵になっていった。
魔導弓で生成された矢は、通常の矢以外にも季奈の苦無のように爆発性を持たせることも可能である。
その分一度に形成できる矢の数に制限が掛かる上に、矢一本分を形成するのに必要な魔力量も増えるため使い放題というわけではない。
「ガガァ!」
残っている二体のイーターが鈴花へ飛び掛かるが、鈴花は身体強化術式の出力を上げ、左足を軸に右足で大振りのソバットを決め、二体とも左側へ蹴り飛ばした。
そうして固まったところに矢を六本射ることでイーター達にトドメを刺した。
イーター達が塵になったあとで探査術式を発動させて周囲の安全を確認した鈴花は今度こそ一息つけると大きく深呼吸をした。
「はぁ~、良かった、なんとか戦えそう……」
唖喰と向かい合った時に恐怖で委縮しないか不安だったが、流石にそれは杞憂だった。
それは鈴花が魔導少女としての研鑽を怠らなかったことと、対抗する術を持っていたからだ。
漠然と鍛えていたわけではなく、戦線復帰を意識して鍛錬を積んできたことから、本番でも憶することなく下級唖喰相手とはいえしっかり戦えたことに鈴花は安堵した。
未だ恐怖と緊張が心に燻ってはいるものの、自分が決して戦えないわけではないことを認識した鈴花は、ゆずの元へ向かうために森の中を駆けていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます